248 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2011/11/20(日) 02:35:38.97 ID:5oqF1jxS0 [2/13]
だいぶ前だけど立派なグランドピアノが~って話があったので、それを思い出して書いてみた。
さやかちゃんは恭介と釣り合おうなんて考えてたんだからそれなりの覚悟はあったんじゃないかと思うんだ。
クソみたいな文章ですが投下させていただきます。
一応まどさやもつもりです。さやまどかも?
何を言いたいのか意味不明な箇所が多数ございますが、
何卒最後まで読んでいただけると幸いです。
まどまどさやさや。
[A Maiden's Prayer]
学校帰りに立ち寄ったさやかの家で遊んでいた時、まどかは1枚の紙切れを拾い上げた。
それは音楽の授業で見た"楽譜"。彼女にはあまり馴染みの無い記号と横線ばかりが目に留まる。
「ねぇさやかちゃん、これ落ちてたよ。」
「ありゃ、中のページが落ちてたかー。見つけてくれてありがとね。」
さやかはそれを受け取ると、そそくさと本棚の隙間に押し込んでしまった。
そんな親友の態度に?マークを浮かべるまどか。見られたくない物だったのだろうか?
何となく違和感を感じてそれとなく周囲を見渡してみる。
ふと、本棚の近くの壁にひっそりと置かれた、見慣れない黒い光沢のある何かを見つけた。
それは箪笥として見るにはやや背丈が低く、中段にやや丸みを帯びた出っ張り部分があるという形状である。
埃の付着を防ぐ目的で被せられたワインレッドの布地は、あたかもその存在を隠しているとさえ受け取れる。
「これ何かな? 綺麗な黒い…机???」
「ピアノだよ。もう辞めちゃったから最近は置き物と化してたけどね。」
「えっ?さやかちゃんピアノ弾けるの?」
「あっ! …いや…今は弾いてないし…。」
内心「しまった…」と呟くさやか。実は訳あって周囲にはあまり知られたくなかった。
とは言え迂闊な言動で自ら墓穴を掘った事には違いないのだが。
そんなさやかの心情に気付く筈もなく、まどかは好奇心一杯の瞳を向けて来た。
「ねぇねぇ、ちょっとだけでいいから聴いてみたいな。さやかちゃんのピアノ。」
「う"………。」
本当はこの場でキッパリと断りたかったが、無垢な親友の眼差しに観念してしまった。
それに今更話題を逸らした所ですぐピアノに話を戻されるのは目に見えている。
鹿目まどかは普段は控えめで温厚な少女だが、こういう時には絶対譲らない芯の強い子なのだ。
さやかとはそれなりに付き合いの長い親友であるが故に熟知していた。
「…じゃぁ少しだけ。下手でも笑わないでよ…?」
物陰に押し込んでいた椅子を引っ張り出して腰掛け、アップライトピアノの蓋を開く。
太股に触れる黒塗りの椅子と、指を立てる鍵盤の冷たさが妙に懐かしく感じられた。
己のブランクを考えると指の動きが激しい曲には些か自信が無い。
ピアノ曲集を適当に捲り、さやかがページを止めた楽曲名は「アヴェ・マリア」だった。
楽譜を置くと、さやかは鍵盤にゆっくりと指を走らせ始めた。
楽曲が示す意味と、自身が込める感性を交錯させて。
メロディとアルペジオが優雅に流れるが、その響きはとても物悲しい景色を思い起こさせる。
カッチーニ作曲とされるアヴェ・マリア…
さやかが鎮魂歌という意味合いの矛先を向けたのは、奏者であるさやか自身へ向けてだった。
その想いは叶わなかった恋、自身の恋心に対する鎮魂歌とでも呼ぶべきか。
「うわぁ………」
初めて間近で自分だけに向けられた生のピアノと、初めて見る親友の光景に目を輝かせるまどか。
曲の意味とか詳しい事は理解らないが、切なく音色を重ね続ける続ける目の前の親友に心奪われていた。
旋律という感情の流れを澱み無く終着点まで辿り着けたのを確認し、さやかはそっと指を離す。
一月程ピアノから離れていたとは言え、自分で思ったよりは上出来で安堵としていた。
「すごい…! さやかちゃんがさやかちゃんじゃないみたいだよ!」
「うぐっ…言いたい事は理解るけど今のは傷付いたわよ! あーもうおしまい!」
幼馴染の悪意無き感想は結構なダメージだったらしい。
怒った様で照れた、そんな表情を浮かべながらさやかはパタンとピアノを閉じた。
「えへへ…ごめんね。でも…小さい頃から一緒に居たのに知らなかったなんてショックだよ。
何回か遊びに来てるのに、お家にピアノある事も気が付かなかったし…。」
「まぁ…あんまり周りにバラしたくなかったからね。何て言うかあたしのキャラじゃないし。」
「わたしはそんな事ないと思うけどなぁ。」
まどかがその言葉を否定しようとするのは励ましの現われ。
視線を逸らして照れ隠したさやかだが、今度は逆に表情を曇らせてから話を続けた。
「…元々恭介と知り合ったのが音楽教室でさ。
ホントはね…アイツの腕が治ったらまた聴いてもらうつもりだったんだ…。」
遠くを見る様なさやかの視線にまどかの心が痛んだ。
短調による憂いな情景の選曲は、"失恋したからピアノも諦めた"という現実を暗示していた。
―だから今でも隠そうとしてたんだ…―
そんな事も露知らず、残酷な要求をした自分を後悔するまどか。
決してさやかの悲しい顔を見たくて追求した訳ではないのに。
(ギュッ!)
「わっ!?」
気付けばまどかは謝るより先にさやかに抱きついていた。
本能的というか、言葉を選ぶ前に身体が動かずには居られなかったのだ。
「…ごめんなさい…悲しい事思い出させるつもりじゃなかったんだけど…。
でも…またさやかちゃんのピアノ聞きたいな。」
"聞きたい"のは気遣いとかではなくまどかの本心だった。
知らないさやかの面をもっと知りたいなと、いつもの笑顔で訴えた。
「それじゃぁちょっとだけ真面目に練習してみますか。」
積み上げたものが崩れ落ちたここ一ヶ月程、殆ど触れる事の無くなっていた音楽。
まどかの天然で愛らしい顔を向けられたら…また少し頑張れる気がした。
その日からさやかは時々学校の帰りにまどかを自宅へ招き、練習した曲をピアノで聴かせる様になった。
鍵盤に触れる度、自分でも理解らない程練習に熱が入る。何故なのだろうか。
気が向いた理由なんてどうでもいい。ただ誰よりも傍に居た親友が望むから、それだけで十分だった。
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
ある日、音楽の授業中に合唱コンクールの伴奏者と指揮者を決める話になった。
両方共必ずクラスから1人選出しなければならないのだ。
音楽室での授業中、課題曲を決めるべくスピーカーで試聴していた時、まどかがふとさやかに話しかけた。
「さやかちゃん、この曲昨日お家で弾いてた曲に似てない?」
「ん? そだね、パッヘルベルのカノンをモチーフにしてるんだと思うよ。」
「あら、美樹さんピアノ弾けるの?」
「え!?」
たまたま近くを通過した音楽の教師に私語を聞かれてしまった。
"キャラじゃない"というコンプレックスで、ピアノが弾ける事を周囲に知られたくないさやかは慌てる。
「いや…あの…」
「このクラスピアノ習ってる子が居ないから困ってたのよ。
ゼロから練習するのは結構大変だし、曲選ぶのにも難易度の低いのに限定されちゃうのよね。」
クラス全員の視線がさやかに向けてモロに集まる。
正直この場から逃げたかった。弾ける弾けないの問題ではない。
さやかは大の苦手だった。こういう"品を求められる"というプレッシャーが。
「いや・あ・あ・あ・の…あたしもう結構前に辞めちゃってて…。」
とにかく言い訳を探すので精一杯だったが、それは友の一言によって虚しくも打ち砕かれる。
自宅で楽譜を見つけられたあの日と理由で。ただし今度は好奇心ではなく、背中を押したいという意思を込めて。
「さやかちゃん弾いてよー。」
―全く…まどかにお願いされたんじゃ断るに断れないじゃないの。―
先生に何か弾いてみてと言われたのでとりあえずピアノと向かい合う。
譜面立てには先程課題曲の一例として先生が弾いた曲があり、さやかはとりあえずこれを弾き始めた。
初見では完全に譜面を読み取りながらの演奏なのでややぎこち無いが、それでも記された音を確実に並べて曲にする。
1コーラス分だけ弾き終えて手を置くとクラスメイト達から一斉に拍手を受ける。
「まぁ!先生より上手じゃないの!」
「い、いえ…1箇所間違えましたし…」
「でも初見でこんなに弾けるなんて凄いわ!」
「ええっ!? 弾いてって言われたから今この曲を弾いたんですけど!?」
さやかは特に何も考えず目の前の楽譜を音にして見せた。
即ちただの演奏ではなく、演奏経験の無い楽曲を始めて見る楽譜で演奏した事になる。
無意識に自分の技術を見せ付ける結果となってしまい、さやかは今度こそ覚悟した。
「2年○組の伴奏者は美樹さんに決定しました! 皆さん拍手〜♪」
クラス全員一致で決まってしまった。そもそも他に候補者居ないし。
―放課後―
「はぁ…」
「さやかちゃんどしたの?そんなに落ち込まなくてもいいのに」
「あたしさ…大勢の前で演奏するのって凄く苦手なんだよねー…。
なんつーか、体育とかと違って変な期待向けられるっていうか…」
「むー。わたしも指揮者だから一緒にがんばろーよ、ね?」
さやかがピアノ奏者に決定した後、すぐにまどかは指揮者に立候補した。
クラスメイト達も2人の"仲が良い"という点であっさりと決定したのだった。
「…まぁ、まどかが一緒なら…頑張ろうかな…。」
「えへへー♪
あ! ねぇさやかちゃん、音楽室空いてるよ。1曲だけピアノ弾いて欲しいなー。」
校門へ向かう前に通り掛った空の音楽室。生徒の姿は見当たらず、2人はピアノの元へ歩み寄る。
さやかの自宅にあるアップライトピアノとは違い、立派にスペースを用いたグランドピアノがそこにはあった。
やかり大勢の前で演奏するのは気が進まないが、まどかにだけならいいかなと思う。
「んー…じゃぁ1曲だけだよ?」
今も手元に楽譜など無い為、暗譜した手馴れた曲にしようと考えた。
左手がゆったりとしたワルツのリズムを並べ、右手がオクターブによる調和された音を響かせる。
乙女の祈り。ホントは恭介へ告白した後に聴かせるつもりだった曲。
けど今は傍に居るこの子に"ありがとう"を伝えたくて、もう1度練習した。
ただそれだけを考えながら鍵盤を叩いた。一緒に居てくれてありがとう、支えてくれてありがとう。
曲が終わる頃には"柄にも無いなぁ"と自嘲しつつ、残響音が落ち着くのを待ってから鍵盤とペダルを離す。
その直後、待ち侘びたかの様に音楽室の外から拍手が巻き起こっていた。
「………へ? えええぇぇぇぇぇ!!???」
観客が居た…というか徐々に集まっていた事に微塵も気付かなくて。
人目も気にせず演奏に夢中になっていた自分が恥ずかしくて。
見知った顔が仁美、恭介、何故かほむらまで居た。恥ずかしいったらありゃしない。
瞬く間に耳まで真っ赤になるのが自分でも感じられた。
「う………うゎ……わぁぁぁぁぁぁぁ〜!!」
気が付けば鞄とまどかの手を引っ張って猛ダッシュしていた。
一目散に校門まで駆け抜ける。それはもう、さやか自身も驚く程の速さで。
全力疾走したさやかも、引っ張られたまどかも息も絶え絶えだった。
「はぁ…はぁ…。さやか…ちゃん…なんで…逃げ…たの…?」
「だ…だだだだって…ぜぇ…ぜぇ…。いきなりあんなに人が来るなんて聞いてないよ!
なんで途中で教えてくれなかったのさー!」
「えー…だってさやかちゃん凄く幸せそうな顔で集中してたから…。」
"幸せそうな顔で集中していた"、その一言が更にさやかの羞恥心を高まらせる。
さやかは耐え切れず真っ赤な顔で電柱の日陰で頭と膝を抱えて丸くなっていた。
「うう…恥ずかしい…もう学校行けないよー…」
「そ、そんなに気にする事…かな…?」
「気にするわよ!!」
―さやかちゃんって意外と恥ずかしがり屋さんなんだ―
まどかは新たに弱点を知った友人を何とか宥めながら共に帰路に着いた。
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
次の日
「………はぁ…。」
「さやかちゃんお…はよ…?」
「………ぉぁょ…」
心地良い筈の朝ぁら溜息混じり。さやかの足取りは果てしなく重かった。
普段なら親友の挨拶に無理矢理でも明るく振舞うさやかだが、今日の彼女にそんな気力は全く無いらしい。
「どうしたのさやかちゃん?」
「………あのねぇ…」
さやかが理由を述べる前に、既に周囲から何となく想像の着く囁きが聴こえ始める。
「昨日ピアノ弾いてた美樹さんだ」「CDみたいだったよね」みたいな会話がチラホラ耳に障る。
同校の生徒が数人見え始める通い慣れた通学路なのにプレッシャーが果てしなく重い。
普段能天気な元気娘なだけに、気品とかそういう器を求められるのが苦手で居辛いのだ。
クラスに到着したさやかを待ち受けたのは、案の定昨日のピアノに対する質問攻めと噂の数々。
目を輝かせた女子が数人、家柄の違いとまで言わずとも、育ちの良さそうな女子生徒に囲まれてたじろぐ。
「美樹さんがピアノを習ってるなんて驚きを通り越して感激です!」
「どんな先生に教えてもらってるの? 何歳からお教室に通ってらっしゃるの?」
「美樹さんはどんな作曲家がお好きなの? 好きなピアニストとかも教えて欲しいな。」
「うがぁぁぁ〜! やーめーてー!」
かつて恭介に付き添った為クラシックについての知識はそれなりに持ち合わせている。
友人に仁美というお嬢様が居るが、お上品な雰囲気の方々が一遍に来られると会話すらままならない。
さやかが元々面倒見の良い性格である為、今まで縁の無かった生徒にとっては話し掛け易いのだろう。
「ピアノったってあたしはただ何となく弾いてただけだし…」
「そんな筈ない!」
「!?」
さやかを含めた周囲が一斉に振り向いた先に居たのは、手負いの天才ヴァイオリニスト、上条恭介だった。
現在は松葉杖で立つ恭介、かつてさやかの想い人が"何となくという"一言を一喝したのだ。
「恭介…?」
「何となくであんなに生きている音が奏でられる訳ないじゃないか!僕には理解る!」
退院後に初めて聞いた彼の大きな声が教室に響く。
真剣な眼差しが何故自分を戒めたのか理解らずさやかは困惑する。
「あっ…とその、怒鳴ったりしてごめん…。」
「急にどうしたのよ。そういやあんたが大きな声出したの久しぶりね。」
すぐに取り乱したのを反省する恭介。さやかとクラス全体を驚かせた事に。
恭介から話し掛けたという事実は、さやかにとって恭介が入院する以前の様な、懐かしいものに感じられた気がした。
「ホントにごめん…。ただ、昨日偶然聴いたのがあんなにも"生きている音"だったからさ。
少なくとも今まで僕の前じゃ聴いた事の無い程のいい響きだったよ。」
「そっか……。ありがと…。」
叱咤というより突然の賞賛に驚き、さやかは平坦な返事しかできなかった。
"僕の前じゃ聴いた事の無い"…それから暫くの間、この一言がさやかの脳裏に残り続けるのだった。
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
美樹さんって実は凄かったんだね。
クラスでも今までどっちかと言うとお馬鹿キャラなイメージだった周囲の見る目が一変した。
その後も度々放課後まどかにせがまれて演奏した為、一週間程でさやかは学内で有名人になってしまった。
相変わらず大勢の前は苦手だ。だがでも親友まどかが傍に居れば自然と気負わない。それが当たり前になってきた。
家での練習によく付き合うからか、曲の進行や目線を合わせるだけでまどかはタイミング良く楽譜を捲ってサポートする。
その内放課後には音楽室に立ち寄るのがすっかり日課になった。初対面、常連さん、一日1曲限定のリクエスト。
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
さやホーム
「今日はさやかちゃんのお家で元魔法少女限定リサイタルで〜す♪」
「ちょっと待ってまどか。」
「さやかがピアノ弾くのか…想像できねー…。」
半ば強引にまどかが推し進めた演奏会が始まろうとしていた。
奏者のさやかと、その演奏を聴いた事の無い杏子は困惑気味なまま始まる。
―そりゃそうだろうよ―とかつての喧嘩友達を半眼で軽く睨み付けてやる。
既に学内で演奏を目の当たりにしたほむらとマミはちゃっかりコーヒー&紅茶を準備していたのだが。
仲間内でいつも通りな雰囲気のさやかだが、ピアノに向かう姿は自然と絵になるものだった。
「それじゃぁ…あたしたちが魔法少女の頃に…んーと…
なんていうか、戦いとかそういうのに似合いそうな曲を弾きます。」
譜面立てに置かれた楽譜の題名は「月光」。いつもは譜面を捲るまどかも今日は観客である。
そんなまどかにも聴かせた事の無い、新たに準備した曲のページを開く。
―月光第一楽章―、続けて―三楽章―。記憶を思い描きながら悲しく重く、そして激しく軽快に指を進める。
苦しかったのはきっとあたしだけじゃない筈。みんな辛かった…
「…今まで馬鹿にしてすみませんでした。」
いきなり杏子が土下座してきた。
「えっと…今弾いてたのは誰だったのかしら」
―現実逃避に走りますかそこのお姉さんは。―
「っていうかさやかちゃん、指が人間の動きじゃなかった気がするよ。」
「何ですかその反応はー!あたしだってちょっとは頑張ってみたんだよ?!」
大親友にすらこの言われようである。一応賞賛の言葉が引っくり返ってしまう程の成果はあったらしい。
さやかにとっては褒められているのか貶されているのか複雑だったが…。
「あら暁美さん?目が赤いわよ?」
「―――!! こ、これは……ちょっと悲しい事を思い出して…」
先程から無言だったほむらは目を向けられた途端、慌てて真っ赤な目を隠して俯いてしまった。
「ごめんほむら…。やっぱ明るい曲にすればよかったかな。」
「いえ…貴女のピアノが…その…………
………………から………」
ぼそぼそを何かを喋るほむら。だがさやかは敢えて無理に聞き返す事は避けておいた。
魔法少女時代に最も多く辛い体験をして来たのは暁美ほむらだったと聴かされていたから。
自分の選曲がほむらの体験を感傷に至らせてしまったと少し反省していた。
「あ…貴女は悪くないのよ! これは………私が…勝手に………」
「ほむら…。」「大丈夫ほむらちゃん?」
「ア、アタシは後の曲が凄くかっこいいなって思ったけどさー!」
沈んだ空気を変えるべく乱入したのは佐倉恭子。
彼女の感想もまた、自身の感性に率直なものであった。
「ピアノなのにジャンジャンギターとかで演奏してる感じでさ。
なんつーかー、ゲームで戦ってる時に流れる音楽みたいだったよな。」
「クスッ、佐倉さんらしい感想ね♪」
「な、何だそりゃ!アタシ何か変な事言ったか!?」
「「あはははは!」」「…フフッ」
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
たまに3年生からお茶に誘われたりするが、さやかは丁重にお断りを入れる。
―いやいやいや!そんなお上品なお付き合いとか無理ですから!―
同輩、下級生からは告白紛いの言葉や手渡しでの贈り物が届く。
「美樹先輩ってお付き合いしてる方とかいらしゃるんですか?」
「へ…!??」
素っ頓狂な声を上げてしまうさやか。やたらお嬢様扱されて本人は未だ戸惑いを隠せない。
―ごめんね…居るんだ、好きな子が。気持ちだけ受け取っておくよ。
君の気持ち…伝えてくれてありがとうね。―
最早恒例行事の様にお決まりの台詞と化してしまった。しかもほぼ女子からである。
元気一杯で真っ直ぐな女の子じゃ優雅なキャラにはなりきれない、もといなるつもりも無いさやか。
それでも周囲から見ればそのギャップがまた魅力的なんだとか。
「さやかちゃん美人なんだから、仁美ちゃんみたいなお嬢様にもなれると思うけどなー。」
「うう…あんたまで言うか〜! そういう堅っ苦しいの苦手なのよ…。」
「うーん…さやかちゃんはやっぱりさやかちゃんだね。」
「そうだぞー。ピアノ弾いててもあたしはあたしだー!」
尊敬される事に悪い気はしないが、そればかり続くと正直息苦しい。
何だかんだで自分を一番理解ってくれるのは慣れ親しんだ親友なのだ。
変にさやかの人物像を歪めたりせず、いつも通りに接してくれるのが嬉しかった。
………………………………♭♭♭♭♭♭………………………………
放課後いつもの様に拍手に包まれた音楽室を後にした頃、見知った顔が出迎えてくれた。
「いつもだけど素敵な演奏だね、さやか。
今日は折り入って君に頼みたい事だあるんだ。」
「うん。どしたの?」
「今度のヴァイオリンのコンクール、君に伴奏をお願いしたいんだ。駄目かな。」
「え…恭介が…あたしと…!?」
「もう少しで立ってヴァイオリンが弾けると思う。次が怪我が治って初めての舞台になるんだ。
人の心を動かせる君のピアノと共に是非…演奏させて欲しい。」
運良くその場に居合わせ、2人の話を立ち聞きできた十数人は耳を傾けていただろう。
将来を期待されたヴァイオリニストの復帰、かたや人知れず才を磨いていたピアニストの卵である。
しかし周囲の期待とは裏腹に、ピアニストの少女は呆れた様子で溜息を落とす。
「やれやれ、恭介って音楽の事以外は結構不器用だよね。」
「えっ…?」
「未来のピアニストかと思った? 残念!さやかちゃんでした!」
呆気に取られる恭介を尻目に、悪戯な笑みを浮かべウインクを決めて見せるさやか。
改めて向き直ると、表情を神妙な面持ちに変えて告げた。
「あたし…これでも振られた側なんだよ?」
「―――!! ………ハハ…そうだよね…。ゴメン…。ホント無神経だな…僕は…。」
恭介は漸く理解した様子で、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
この場には誰の敵意も悪意も無いのに、今は埋め様の無い溝ばかりが露になる。
「ありがとね恭介、あたしなんかに声掛けてくれて。
気持ちは凄く嬉しいけど…そういうワケだからさ、恭介の気持ちには応えられないよ。」
そこに敵意や悪意といった感情は無かった。互いに見え隠れするのは少しの未練と後悔だけ。
それでも…さやかは和睦の証にと睦まじげに笑みを浮かべ淡々と続ける。
「それよりさ、ちゃんと仁美と上手くやんなさいよ?」
踵を返し背を向けたまま右手で一礼すると、さやかはもう振り返らなかった。
幼馴染だった2人が追い求めた夢は、それぞれが思っていた以上に近い場所にあった。
しかしその事に気付き合えたのは、皮肉にも恋愛という舞台ですれ違った後だったのである。
振った、振られた者同士が肩を並べるのには、まだ暫く時間を要するのかもしれない…。
帰り道、色を変え始めた空の下でいつもの様に2つの影が並んで歩く。
背の低い影は気遣う様に寄り添いながら、背の高い影に控えめに尋ねた。
「さやかちゃん、本当に良かったの?」
「うん…今のあたしじゃアイツの力にはなれないよ。
あたしって馬鹿だからさ、今アイツと一緒に演奏なんかしたらきっと…
…まだうじうじしてて、憾みとか…嫉みばっか出てきて、悲しいだけの音楽になりそうでさ…。
それは…ちょっと…良くないなって……悲しいなって………思うんだ…。」
言葉は後になる程暗く途絶がちで、本音を告げた声色は幽かに震えている。
掘り起こされた痛みに耐え続けた少女は、この場で静かに箍を外す事を選んだ。
「さやかちゃん…泣いてる…?」
「………うん…ごめん…。ちょっとだけ…いいかな…。」
足を止め、堪えきれなかったものが声にならずに嗚咽と共に零れ落ちる。
まどかはそんなさやかを、小さな身体で目一杯、両腕と胸元であやす様に支えた。
いつもは自分を守ってくれている、自分より背丈の大きい彼女。
腕の中で震える肩が、本当は誰より繊細で打たれ弱い事もよく知っていたから。
誰も居ない公園のベンチでさやかは涙の痕を拭っていた。
いつもの笑顔にはまだ遠いが、片時も傍を離れずに居たまどかの為に明るく前を向いてみせる。
「恭介に怒られて気が付いたんだ。
あたしは何となくじゃない、ちゃんと心を込めてピアノを弾いてたんだって。
大切なものがあるから、失くしたくないものがあるから…あたしはそれを表現できたのかもね。」
「いつかさやかちゃんにもまた新しい恋が見つかるよ。
きっと、さやかちゃんが本当に大切だって思える人がいる筈だよ。」
これで終わりじゃないんだから、元気出してと友人の背中を押すまどか。
だがそんなまどかの思惑とは裏腹に、さやかが胸に秘めた答えは既に決まっていた。
「うん、いるよ。」
「え…っ?」
「ここに、いるよ。」
一瞬何の事だか理解らない。さやかの真っ直ぐな視線の先にはまどか以外居ないのだから。
間を置いてやっと、告白の言葉が自分に向けられたものだと心臓の鼓動が告げた。
「ずっとあたしを見てくれた、いつも支えててくれた人なんだ。
まどかが居たから、これだけ練習続けられたんだと思う。」
幼い頃に始め、一ヶ月前忽然と辞めた筈のピアノのレッスンも、講師に頭を下げてまで再び通い始めていた。
苦手だった人前での演奏も平気になった。全ては隣に居てくれる存在のお陰だと気付いたのだ。
「わたしが…?」
「そうだよ。まどかがもっと聴きたいっていうからあたし、また本気で頑張れたんだよ。
だからあたしは…まどかが好きです。女同士で言うのは変かもしれないけど…その…
これからは…親友としても…恋人としても…あたしの傍に居てくれないかな…?」
どんな大舞台よりも張り詰めてしまいそうな空間…でもさやかは目を逸らさない。
今まで当たり前だった存在を、それ以上の姿で捉えたいという少女の願い。
誰よりも掛け替えの無い存在は貴女なのだと。
「わ、わたしなんかでいいのかな…? 上条くんの代わりになれるのかな?」
「代わりなんかじゃないよ。まどかはまどかだし。」
ずっと受身だったまどかに差し伸べられたのは何よりも待ち望んでいたものだった。
自分はただ傍に居られるだけでいい、決して届く事は無いと心の何処かで諦めていたのかもしれない。
待ち続けるだけの臆病な自分にも、神様は奇跡をくれたのだと信じたかった。
全てを受け入れた時…まどかは大粒の涙で泣き出していた。
「えっ!? な、なんで泣くの!? もしかして嫌だった!?」
「うぇぇ…嬉しいよぉ〜…」
「あはは…また振られたかと思ったよ…。」
フルフルと首を横に振る。答えを返すべくおずおずと顔を近付けるまどか。
いっその事さやかの方から迫る事もできたがここは受け取る側で居る事にする。
自分の為に精一杯振舞おうとしている、健気なまどかの勇気を見守りたかったから。
軈て程なくして夕日に伸びる2つの影が重なった。
「佐倉さん、あのまま見守っていて良かったの?」
「…悔しくないなんて言えば嘘になるけどな。
出会って二三ヶ月そこらのアタシより、アイツとの絆の方がずっと上だったって事だよ。」
物陰からこっそりと見守る戦友が3人。
それぞれが願っていた世界とは若干違うかもしれないが、普通の少女達として歩む日常は確かなものだった。
何かが変わりゆき、変わらないものもある。仲間達の内、2人はお互いが結ばれる道を選んだのだ。
「それにあの2人じゃどっちも頼りなくてさ、正直見てらんないんだ。
もしアイツ達の邪魔する奴が居たら…アタシがいの一番にブッ潰してやるよ。」
「あらあら、佐倉さんはイケメンね。」
赤髪の少女は友情を貫き見守る道を選んだ。
女性同士の恋愛には多少なりとも壁はあるだろう。だが誰にも邪魔はさせない。そう少女は誓った。
そんな力強い恭子の頭を、マミの手は妹を慈しむ様に優しく撫で続ける。
「へへ…あんがとよ…ぐすっ…。」
「まどかぁ…。」
「………こっちは当分引き摺ってそうだけどな。」
寄り道した為にすっかり日が暮れてしまったが、この日もまどかはさやかの自宅にお邪魔していた。
隅っこの部屋にこっそりと隠してあったアップライトピアノは、いつしかリビングに堂々と置かれている。
心なしかピアノ自体も以前より随分と手入れが行き届いている様だ。
「今日はまどかにどうしても聴かせたい、聴いて欲しい曲があるんだ。聴いてくれるよね?」
「うん!」
「こんな馬鹿で弱いあたしを救ってくれた、傍に居てくれるまどかの為に弾きます。」
これは新しい恋路と、想い叶った恋人へ贈る乙女の祈り。
たった1人の観客に送る愛の謳は「献呈」。
おしまい。
最終更新:2011年12月02日 23:01