2-504,おまけ


まどさやSSです。

まどかが願い事で三人を復活させて、五人共闘の末ワルプルを撃破したみたいなIFエンド後を妄想した物です。

本当は最終回放送前に書き終えるつもりだったのが、間に合わなかったのでお蔵入りになっていたのを、

今になってもったいないと思ったので仕上げた物です。



いつもと同じ学校からの帰り道、わたしの隣にはさやかちゃん。
お互いに笑顔を浮かべて、何でもない会話を交わしながら家路に着く。
何の変哲もない光景だけど、今のわたしには、それがどれほど大切なものなのかがよく分かる。
さやかちゃんがわたしの隣で笑ってくれるのが嬉しい。
さやかちゃんに笑顔で話しかけられるのが嬉しい。
こんな平凡で幸せな日常をまた迎えることが出来て、本当に良かった。

そう、こうしていられることはとても幸せなこと。
そう分かっているのに、今のわたしはそれを素直に喜ぶことが出来ない。

「杏子の奴が言うのよ。ダンスゲームだったら、さやかになんか絶対に負けないって」

また杏子ちゃんの話。
最近のさやかちゃんは、口を開けば杏子ちゃんのことばかり。
今の二人は、初めて会った時の様子からは考えられないくらい仲がいい。
もちろん、それはとてもいいことだと思うのだけど。
そこに、ほんの少しの寂しさを感じてしまうのは、わたしがわがままな人間だからだろうか。
思わず顔をしかめそうになったわたしは、ちょっとだけ無理をして笑顔を作った。

「杏子ちゃんって負けず嫌いだもんね。それで、勝負したの?」
「もっちろん! すぐにゲーセン行って勝負したんだけど、やってるうちに勝負のことなんかすっかり忘れちゃってさ。
結局、夕方まで普通に遊んでたんだ」
「あはは、二人らしいね」
「それでね、帰る途中で勝負のこと思い出して、次に会った時に決着をつけようってことになってさ」
「さやかちゃんは……」
「うん?」

わたしといるよりも、杏子ちゃんといるほうが楽しそうだね。
思わず洩れそうになった言葉。そんなこと、言えるわけがない。とっさに別の言葉を口にした。

「さやかちゃんは、杏子ちゃんとずいぶん仲良くなったよね」
「あぁ、不思議なもんだよね。初めて会った時は、あんなにガンガンやりあったってのに。まさかこんなに気が合うとは
思わなかったよ」

さやかちゃんの、一番の友達はわたしなのに。

そんなこと、言えるわけがない。そんなことを言っても、さやかちゃんを困らせてしまうだけ。
せっかく仲良くなれたんだから、さやかちゃんが杏子ちゃんと遊びたいと思うのは当然だと思う。
ちょっと寂しいけれど、それは仕方がないこと。そう分かってるのに、わたしの心はちっとも納得してくれない。
さやかちゃんから杏子ちゃんのことを聞くたびに、心のどこかがちくちくと痛むのを感じる。

さやかちゃんの、一番の友達はわたしなのに。

何度振り切ろうとしても、そんな言葉が頭の片隅から離れない。
さやかちゃんと一緒にいられるのは嬉しいことのはずなのに、これ以上はここにいられそうにないくらい苦しい。

「ごめんね、さやかちゃん。わたし、今日は本屋に寄ってから帰るつもりなんだ」
「えっ、本屋?」
「うん。だから、今日はここでお別れ。じゃあね、さやかちゃん」
「あ、ちょっと、まどか?」

居たたまれなくなったわたしは、さやかちゃんの声を振り切るようにして、商店街の方へと走り出した。




どっさりと買い込んだ参考書が入った袋を抱えた私は、レジから出口へと向かう途中で足を止め、壁にかかっている
時計を見上げた。

四時三十分過ぎ。

このまま真っ直ぐ家に帰れば、夕食までに明日の予習くらいは済ませられるだろう。
小さくため息をつく。少し疲れているのを実感した。
そういえば、ここ数日はまどかとろくに話せていない。
まったく、優等生なんてなるものじゃない。

何回も何回も繰り返したあの一ヶ月。数え切れないほど繰り返したおかげで、私はあの一ヶ月分の授業範囲については、
どんな問題もすらすらと解ける優等生になった。
あの一ヶ月分の授業範囲については、だ。元々の自分は、退院したばかりでほとんど授業についていけない劣等生。
今の私にとって毎日の授業はまさに未知の領域であり、以前と同じような優等生として過ごすためには、日々の努力が
不可欠となった。

馬鹿らしい。仮に私が多少成績を落としたとしても、まどかは私のことを見損なったりはしないだろう。
まどか以外の人には、どう思われようと気にもならない。
まどかに良く思われようと無理に背伸びをして、そのせいでまどかと会う時間が減ってしまうのでは、本末転倒と言うものだ。

決めた。勉強時間をもう少し減らそう。成績は中の上くらいを維持できれば十分だ。今日も夕飯までは適当に遊んでやる。
この時間、もうまどかは美樹さんあたりと遊びに出ていて捕まらないかもしれない。
今日のところは仕方ない。お茶請けになりそうなクッキーでも買って、巴さんの家に押しかけよう。
あの寂しがり屋の先輩は、きっと喜んで受け入れてくれるだろう。

ここから一番近いコンビニはどこだっただろう。そんなことを思いながら店を出ようとした私は、ちょうど店に入ってきた人に
ぶつかりそうになってしまった。
とっさに軽く頭を下げて謝る。

「すみません」
「わたしの方こそごめんなさい。……あれ、ほむらちゃん?」

ぶつかりそうになった相手は、他でもないまどかだった。
まさかこんなところでまどかと会えるなんて。今日は運がいいのかもしれない。

「こんなところで会うなんて奇遇ね」
「そうだね。ほむらちゃん、何を買ったの?」

私は重たげに袋を掲げてみせた。

「巴さんに勧めてもらった参考書。言われたものを全部買ったら、ずいぶんな量になっちゃったわ」
「うわぁ、たくさんだね。それ全部やるの?」
「そのつもりで買ったはずなんだけど……」

わざとらしく苦笑してみせる。

「買った途端にその気がなくなっちゃったわ」
「あはは。買う前に気づこうよ」

私のちょっとした冗談に顔をほころばせるまどか。
あまりに素直に笑顔を浮かべるまどかにつられるように、私の方まで微笑んでしまった。

「まどかは何を買いに来たの?」
「特に何か欲しい本があるわけじゃないんだけど……」

私がそう聞くと、まどかはそれまで浮かべていた笑顔を曇らせてしまった。
何かあったんだろうか。
心配になったが、こんなところでこれ以上立ち話をするわけにもいかない。
予定変更。巴さんの家に行くのはやめにして、喫茶店かどこかに入ってまどかの話を聞いてみよう。

「ねぇ、まどか。これからお茶でも飲んで一息つこうと思っていたんだけど、良かったら付き合ってくれないかしら?」
「えっ、お茶?」
「えぇ。一人で飲むお茶は味気ないだろうけど、まどかと一緒ならきっと美味しく飲めるわ」
「あはは、ほむらちゃん大げさだよ。じゃあ、一緒にお茶飲みにいこっか」
「決まりね。行きましょう」




「ほむらちゃんは参考書買ったりして、日頃からちゃんと勉強しててえらいなぁ。わたしなんて、勉強するのは
テストの前くらいだよ」
「元々そんなに頭がいい方じゃないから、コツコツやらないと身に付かないだけよ」
「そうなの? でも、自分に出来ないことを身に着けるためにしっかり努力してるんだから、やっぱりえらいよ」

まどかに尊敬の目で見てもらえるのは嬉しいけれど、私はつい先ほどその努力を減らそうと決意したばかりなのだ。
まるで騙しているかのようで、少し気恥ずかしい。

「でもね、勉強も大切だけど、友達と遊んだりすることも同じくらい大事だと思うの。だから、少し勉強時間を
減らそうかと思ってるのよ」
「そうなんだ」
「えぇ。だから、これからはもう少しまどかたちと遊ぶ時間を取れると思う」
「そっか。ほむらちゃんともっと遊べるようになるなら、わたしも嬉しいな」

まどかが柔らかく微笑む。でも、その笑顔はいつもより少しだけぎこちない。やっぱり、何か心配事でもあるのだろうか?
相談に乗ってあげたいけれど、話してくれるまで待つべきだろうか。それとも、こちらから聞いた方がいいのだろうか。
人と話すのがあまり得意ではない私には、にわかには判断しづらい。

「あのね、ほむらちゃん。ちょっと相談したいことがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「えぇ、私で良ければ」

結局、私が悩んでいるうちに、まどかは自分から話すつもりになってくれたようだ。
さりげなく悩みを聞きだすなんて芸当は私には難しいし、まどかが打ち明ける気になってくれてよかった。

「さやかちゃんがね、最近すっごく杏子ちゃんと仲がいいの」

確かに、あの二人は初めて会った時からは考えられないくらい仲がよくなった。
ひょっとしたら、今も二人でどこかに遊びに行っているのかもしれない。

「もちろん、仲良くなるのはいいことだと思うんだけど……」

そう、仲良くなるのはいいことだ。少なくとも、いがみ合っているよりはよほどいい。
まどかは何をそんなに気に病んでいるんだろう?

「でもね、最近のさやかちゃんは、わたしといる時まで杏子ちゃんの話をするようになってきてるの。
わたしはさやかちゃんとはしばらく一緒に遊べてないし、なんだかまるで……」

そこまで言ったところで、まどかは口ごもった。
あぁ、なるほど。何を悩んでいるのか、ようやっと分かってきた。

「杏子に美樹さんを取られちゃったみたいに感じてるのね」
「そ、そこまでは言わないけど。ただ、さやかちゃんはひょっとしたら、
わたしといるよりも杏子ちゃんといるほうが楽しいのかなって」

まどかは顔をゆがめて、今にも涙をこぼしそうになっている。
小さくため息をついた。
まったくあの子は。どうしていつもいつも、まどかの気持ちを考えずに行動するんだろう。
あの直情径行なところを、もう少し何とかして欲しい。

杏子と遊ぶようになって嬉しいというのは、分からなくもない。
でも、まどかをそっちのけにして悲しませて、しかもそれに気づいていないというのは気に入らない。
あれでよくまどかの親友を名乗れるものだ。

「美樹さんは別に、あなたよりも杏子の方が好きになったわけじゃないわ」
「そうなの、かな」
「彼女はただ、新しくできた友達と遊ぶのが楽しくて、他のことが目に入っていないだけ。しばらく経てば、
きっと今まで通りの関係に戻れるわ」

そう、きっとただそれだけのこと。まどかも多分、理屈では分かっているのだろう。
ただし、理屈で分かったからと言って、納得できるとは限らない。
感情面では納得できなくて、でも美樹さんを責めたくない。気持ちの折り合いがつかなくて悩んでいるんだろう。

「しばらく、美樹さんから距離を置いてみたらどうかしら」
「えっ?」
「そばに居るのに、自分の方を見てくれないと思うから辛く感じるだけ。
少し距離を置けば、そんな風に感じたりせずにもう少し冷静になれるはずよ」
「でも、距離を置いたりしたら、ますますさやかちゃんと疎遠になっちゃったりしないかな」
「大丈夫。あなたと美樹さんの仲は、そんなに簡単にこじれるものじゃないわ」

そう、そのくらいのことでこじれる程度の仲だったら、私はこんなに嫉妬したりしない。
二人の絆の強さは、私が一番よく知っている。繰り返すたびに絆の強さを見せ付けられて、どれだけ嫉妬したことか。

「別に一切口をきくなという事じゃないわ。私が出来るだけそばに居るようにするから、まどかは私と話していればいい」
「分かった。ありがとうほむらちゃん」




「さやかちゃーん、お待たせー」

携帯の時計に目を落としていたあたしは、やっと聞こえたまどかの声に顔を上げた。
まどかが手を振りながら、足早に歩み寄ってくるのが目に映る。

「もう、まどか遅ーい」

本当はまだ、遅刻するような時間じゃない。
でも、あたしはわざとちょっと怒ったような声をあげた。

「えへへ、ごめんね」
「まったくこの子は、いつもいつもあたしを待たせよってからに!」
「ごめんってー!」

少し困ったように笑うまどかにじゃれかかる。あたしとまどかの、いつものコミュニケーション。
少し前はこれが当たり前で、何てことのないスキンシップだと思ってた。
でも、ごくごく当たり前だと思っていた日常は実はとてもかけがえのないもので、こうしてすごせることは
本当に幸せなことなんだというのが、今のあたしにはよく分かる。

「そういえば、昨日は何の本を買いに行ったの?」

昨日、本屋に行くと言い出した時のまどかの様子は、どことなくおかしかったような気がする。
単に、すぐにでも買いに行きたいような本があっただけなのかもしれないけど。
まどかがそんなに欲しがる本ってどんな本だろう。ちょっと想像できない。

「あ、それはね」
「おはよう」

まどかが口を開きかけた時、暁美ほむらがやってきた。
あたしは、はっきり言ってこいつのことが嫌いだった。
でも、こいつがどんな事情を抱えていたのかを知った今では、そんなに悪い奴じゃないんだと思うようになっていた。
まぁ、無愛想で何考えてんのか分かりにくいのは相変わらずだけど、あたしだってそんなに人当たりがいい方じゃないし、
その辺はお互い様だと思う。

「ほむらちゃんおはよう」
「おはよ、ほむら」

あたしたちがあいさつを返すと、ほむらはちょこんと会釈をした。
あぁ、そういえば、無愛想なのは変わらないけど、高圧的な感じはすっかりとなくなった。
今にして思えば、高圧的だったのは精神的に追い詰められていて、余裕がなかったからだったのかもしれない。

「まどか、昨日は楽しかった。また誘ってもいいかしら?」
「うん、また行こうね」
「えっ? まどか、昨日ほむらと会ってたの?」

あたしには本屋に行くって言ってたのに。
別に二人で遊びに行きたかったのなら、最初からそう言えばよかったのに。
本屋に行くなんて言って、誤魔化すことないじゃん。
少しだけ、モヤモヤとしたものを感じる。

「本屋に行ったら、偶然ほむらちゃんと会ったの。それで、一緒にお茶を飲みながらおしゃべりしたんだ」
「あんなところでまどかと会えるなんて思わなかったわ」

なんだ、偶然会っただけか。それもそっか、別に秘密にすることなんかないもんね。
でも、それを知っても胸の中のモヤモヤは消えてくれない。自分でも、何がそんなにイヤなのかが分からない。
うー、何だろうこの感じ。

「ね、ほむらちゃん、さやかちゃん。今度、みんなでカラオケとか行こうよ」
「カラオケか、そういえばしばらく行ってないね」

みんなでカラオケ。うん、楽しそう。みんなどんな歌を歌うんだろ?
なんか想像もつかない面子ばっかりな気がする。

「その、私、カラオケは……」
「ほむらちゃん、カラオケはイヤ?」
「イヤということはないわ。ただ、私は今までずっと入院してたから最近の歌は知らないし、カラオケも行ったことがなくて」
「えぇ!? あんた入院してたの? でもほむら、体育の授業で凄い記録連発してたじゃん。病み上がりには見えなかったよ?」
「体育の授業は、魔法少女になって身体能力が上がっていたおかげよ」

あぁ、なるほど。確かに、魔法少女なら体育の授業で活躍しても不思議じゃないか。
ちょっとずるい気がしないでもないけど、魔法少女の身体能力を考えれば、あれでも加減してたのかもしれない。

「身体の方は大丈夫なの?」
「えぇ、もうすっかりいいわ。でも、カラオケに行くのはいいけれど、何を歌えばいいのか」
「じゃあ、今日の放課後はCD買いに行こっか。ほむらちゃんが好きそうな歌、探してみよ?」

ほむらがマイクを握っている姿……。うーん、ちょっと想像できないなぁ。
一緒にカラオケに行った時に、ほむらがすんごい笑顔で可愛いラブソングなんか歌いだしたりしたら、
あたしはジュースを吹き出しちゃうかもしれない。

「どんなのがいいのか、自分でもよく分からないわ。まどかはどんな歌が好きなの?」
「わたし? えっとね、実はわたし、演歌が好きなんだ。えへへ、ヘンだよね」
「少し珍しいかもしれないけど、別にヘンではないと思うわ」
「そ、そう? さやかちゃんに話した時はすっごく笑われちゃったから、ちょっと気にしてたんだ」

う……。確かに、あの時思わず笑っちゃったけどさ。でも、ちょっと考えてもみてよ。
まどかみたいなすっごく可愛らしい女の子から、演歌が好きで氷川きよしの大ファンなんだーなんて言われたら、
そりゃもう笑うしかないと思わない?
まるっきり動じないほむらの方がおかしいんだよ。

ふとほむらの様子を窺うと、あたしが今まで見たこともないような微笑みを浮かべていた。
へぇ、こいつでもこんな顔するんだ。
きっと、こんな表情を見せるのは、まどかが相手の時だけなんだろうな。
まどかを助けるために何回も時間を巻き戻してたっていうんだから、ほむらは本当にまどかの事を大切に思ってるんだろう。
でも、ほむらには悪いけどさ、まどかの一番の友達と言えば、やっぱりあたしだよね。
何てったって、付き合いの長さが違うし。

……そんなの、あてになんないか。
一番付き合いが長い幼馴染に振られちゃったあたしだもんね。告白、してないけど。

あぁ、そっか。さっきから何でこんなに居心地が悪いんだろうって思ってたけど、恭介と仁美が話してるのを覗いた時と、
同じ感じがするんだ。
すぐ近くに居るはずなのに、二人がとても遠い感じ。
あの時、二人は何を話してたんだろう。よく聞こえなかったけど、やっぱり仁美が告白してたのかな……。
凄くいい雰囲気だったし、付き合い始めたのかな……。

あれ以来、あたしは二人のことをずっと避けてるから、本当に付き合い始めたのかは分からない。
でも、二人からはっきりと私たち付き合い始めましたなんて言われたら、自分がどうなっちゃうか分からない。
しっかりと吹っ切れていれば、祝福してあげたりも出来るんだろうけど。
あたしはやっぱり、今でも恭介のことが好きなんだ。

はぁ、あの時のことを思い出したからかな、どんどん辛くなってきた。
ねぇ、まどか。
あたし今、すっごく辛いよ。すっごく寂しいよ。いつもみたいに慰めてよ。
ねぇ、まどか。
ほむらばっかり見てないで、ちゃんとあたしのことも見てよ。
まどかがそばで見ててくれなきゃ、あたし、いつもの元気で明るい美樹さやかになれないよ。
ねぇ、まどか。

「さやかちゃん?」
「え、あ、何?」
「もうすぐ予鈴鳴るよ。急いで行こ?」
「あ、うん」

考え事をしていたせいか、気付けばあたしは二人よりも少し遅れていた。
気分を切り替えなきゃ。落ち込むと悪い方へ悪い方へと考えちゃうのは、あたしのよくない癖だ。
あたしはイヤな考えを振り払おうと頭を軽く左右に振ってから、二人に追いつくために小走りになった。




放課後――あたしたちは、ほむらがカラオケで歌えそうな歌を探しに、CDショップに来ていた。
さっきから、まどかがひっきりなしに色々なCDをほむらに視聴させている。
ほむらはそんなまどかに嫌な顔をするどころか、嬉しそうに微笑みながらCDを聴いている。
その様子はとても楽しそうで、まるで昔からの親友同士みたいな雰囲気に思えた。
そんな二人に、あたしは見えない壁に阻まれているような、近づきがたいものを感じてしまった。

心のどこかがずきりと痛む。頭の中に、恭介と仁美が微笑みあっている光景がよぎる。
まどかが、あたし以外の誰かと微笑みあっている光景なんて見たくないよ。
なんでほむらがまどかの隣に居るの? そこはあたしの居場所じゃないの?
そこを取られちゃったら、あたしはどこに行けばいいの?
朝も感じたモヤモヤがよみがえる。胸の中に孤独感と疎外感があふれて、押しつぶされそうになる。
これ以上この場に居ることに耐えられなくなったあたしは、逃げるように店の出入り口へと向かった。

ガラス戸を開けようとして、そこに映っている自分の顔に気が付いた。その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
悔しさが胸にこみ上げてくる。このまま逃げちゃうのは、負けを認めたみたいでイヤだ。
あたしは無理やり表情を引き締めて、店の中へと引き返した。

さっきまで自分が立っていた場所へと戻り、まどかとほむらの姿を探す。
ほむらが一人でキョロキョロしているのを見つけたけど、まどかの姿は見当たらなかった。
あたしの姿を認めたほむらが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「美樹さん、ちょっといいかしら?」
「なんか用?」

その口調は自分で思っていたよりも、ずっととげとげしかった。

「ずいぶんと機嫌が悪いみたいね。何か嫌なことでもあったの?」
「別に……。あんたには関係ないでしょ」

ほむらは何も悪くない。
そう分かってるのに、きつい口調を改めることが出来ない。

「私にまどかを取られたようにでも感じた?」
「なっ!?」

ほむらが小さくため息をつく。
その態度に、思わずムッとしたものを感じた。

「あなた、やっぱり気付いてなかったのね」
「何の話よ?」
「昨日まどかに相談されたわ。あなたが杏子とばかり遊んでいて寂しいって」
「えっ?」

予想だにしていなかった言葉に、あたしは思わず耳を疑った。
まどかが、ほむらにそんなことを?

「しかもあなた、まどかと二人で居る時ですら、杏子のことばかり話していたそうね」
「あ……」

言われてみれば、確かに最近は杏子とばかり遊んでいたかもしれない。杏子のことばかり話していたかもしれない。
あたしから杏子の話を聞いている時、まどかは今のあたしと同じような疎外感を覚えていたのだろうか。
まどかはあたしの一番大切な友達なのに。いつも守ってあげたいと思っている相手なのに。
あたしは、まどかを傷つけてしまっていたのだろうか。
強い後悔の念が胸にこみ上げた。

「あなたはまどかの親友でしょう? もう少し、あの子のことをちゃんと考えてあげて」
「……ごめん。あたしが悪かった」

思い返してみれば、最近のまどかは何となく元気がなかったような気がする。
でも、今日のまどかはいつも通りの様子だった。
きっと、元気がなかったのはあたしのせいで、今日はいつも通りだったのは、ほむらが慰めてくれたからなんだと思う。
言われるまで気付かないなんて、あたしってホント馬鹿だ。

「謝る相手が違うわ。謝るならまどかに謝って」
「そうだね、まどかにも後でちゃんと謝るよ。でも、ほむらにも謝る。
あんたがまどかを慰めてくれたんでしょ? 手間をかけさせちゃって、ごめん」

あたしはそう言って頭を下げた。
頭の中で三秒数えてから顔を上げると、普段はあまり表情を変えないほむらが大きく目を見開いて驚いていた。
ほむらがこんなに驚いてるのを見たのは初めてだ。そんなに、あたしが謝ったのが意外だったのかな?
しばらく驚きの表情を浮かべていたほむらは、表情を戻してから静かに頭をさげた。

「私の方こそごめんなさい。今日まどかが私とばかり話していたのは、私がそうするように言ったからなの」
「あんたが?」
「正直に言うとね、まどかがいつもあなたのことばかり気にかけるから、私はあなたに嫉妬していたの」
「えぇっ!?」

心底驚いた。いつも済ました顔してると思ってたほむらに、まさか嫉妬されてたなんて。
思ってもみなかったって表現は、きっとこういう時に使うんだと思う。

「だから、ちょっとだけ意地悪させてもらったの。ごめんなさい」
「嫉妬されてたなんて、全然気付かなかったよ。でも、なんであたしたちに嫉妬なんかしてたの?」
「仕方ないでしょう? 何回時間を巻き戻しても、いつも二人でイチャイチャしてるんだもの」
「い、イチャイチャって……」

そりゃまぁ、まどかとはいつもじゃれあったりしてるけどさ。
イチャイチャなんて表現をされるとは思わなかった。

「あれだけ見せ付けておいて、イチャイチャしてなかったなんて言わせないわよ」
「えぇっ!?」

あたしはほむらのことを、そんなに悪い奴じゃないと思っていたけれど。
ほむらは"そんなに悪い奴"じゃなくて、良い奴なのかもしれない。
こうやって冗談話にすることで、あたしがあんまり落ち込まないようにしてくれてるんだと、そう思えたから。
まぁ、あたしの勘違いかもしれないけどね。




わたしがレジを済ませて振り向くと、さやかちゃんとほむらちゃんが何か話しているのが見えた。
いつの間にかさやかちゃんの姿が見当たらないのに気が付いた時、わたしは思わず取り乱しそうになった。
ほむらちゃんはそんなわたしに、自分が探すからその間に会計を済ませて欲しいと頼んできた。

わたしは昨日ほむらちゃんに言われた通り、さやかちゃんと居る時でも出来るだけほむらちゃんと話すようにしていた。
今日のさやかちゃんが寂しそうに見えたのは、きっとそのせいだと思う。
わたしのわがままのせいで、さやかちゃんにわたしと同じような心の痛みを感じさせてしまうことには、正直抵抗があった。
でも、ほむらちゃんはわたしの悩みを聞いてくれて、その解決法としてこのやり方を考えてくれたんだから、
わたしにはそれを否定することは出来なかった。
だからほむらちゃんのやり方に従ったんだけど、さやかちゃんの姿が見えなくなった時、わたしは強く後悔した。
わたしが考えていた以上に、さやかちゃんに辛い思いをさせてしまったんだと思ったから。

でも、二人が話している様子はとても楽しげで、さやかちゃんにはさっきまでのような寂しさは感じられなかった。
そのことに安心を覚えながらも、わたしはやっぱり謝ろうと心に決めた。
何て言って謝ろうかと考えながら、二人の元へと向かう。
さやかちゃんなら、謝ればきっと許してくれる。そう思うのに、少しずつ緊張が高まっていくのを感じた。
二人のところへたどり着いたわたしは、さやかちゃんに向かって勢いよく頭を下げた。

「さやかちゃん、ごめんね!」「まどか、ごめん!」

わたしが頭を下げて謝るのと同時に、さやかちゃんの謝罪の言葉が耳に届いた。

「えっ?」「えっ?」

不思議に思って発した疑問の声までもが重なった。

「なんで、さやかちゃんが謝るの?」
「まどかこそ、なんで謝るの?」

きょとんとした顔を見合わせる。
そっか、ちゃんと謝る理由も話さないとダメだよね。

「えっと、つまりね、今日はほむらちゃんとばっかり話しちゃって、さやかちゃんを無視するみたいになってごめんね」
「そんなの謝らなくていいって。ほむらに聞いたよ。あたしが杏子とばっかり遊んでたのが原因なんでしょ?」
「ほむらちゃん、話しちゃったの!?」
「ごめんなさい、ちょうどいい機会だと思ったから」

うぅ、別に口止めしてたわけじゃないからしょうがないけど、まさかほむらちゃんが話しちゃうとは思わなかったな。
でも、謝るなら事情を話さないわけにはいかないし、結局同じことだったかもしれない。

「とにかく、わたしのわがままのせいでイヤな思いをさせちゃってごめんね」
「いや、元はと言えばあたしのせいなんだから、まどかが謝ることないよ。ホントにごめん」

さやかちゃんは悪くない。悪いのはわがままを言ったわたしの方。
さやかちゃんが謝ることはない。謝るべきなのはわたしの方だと思う。

「ううん、わたしがさやかちゃんに悪いことしたんだもん。わたしが謝らなきゃダメだよ」
「もう、なんでそんなに強情張るかな。悪いのはあたしだってば!」
「さやかちゃんに強情だなんて言われたくないよ! 悪いのはさやかちゃんじゃなくて、わたしだよ!」
「強情じゃん! たとえまどかが許してくれたとしても、あたしは自分のせいでまどかが辛い思いをしたのがイヤなの!」
「わたしだってそうだよ! さやかちゃんがいいよって言ってくれたって、さやかちゃんをあんなに寂しそうにさせたのは
わたしなんだもん! そんなのイヤだよ!」

二人で顔を見合わせる。
えっと、さやかちゃんは要するに、わたしがさやかちゃんを許したとしても自分自身を許せないって言ってるわけで、
つまりはわたしと同じ気持ちなわけで……。
さやかちゃんは、わたしが許しても自分を許せない。わたしは、さやかちゃんが許してくれても自分を許せない。

このままだと、お互いにどうしようもない。やっぱり、もう一つの理由も言わなきゃダメだ。
これを言ったら、さやかちゃんに怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。
そうなるのは怖いけど、黙ったままでいるのはずるいと思った。

「あのね、わたしが謝らなきゃって思った理由、もう一つあるの。わたしね、少し嬉しかったんだ。
わたしがほむらちゃんとばっかり話してるのを見たさやかちゃんが、寂しそうに、辛そうにしてるのが。
まるで嫉妬してくれたみたいに思えて」

そこで一度言葉を区切って、さやかちゃんの顔を見上げる。
さやかちゃんは、少し驚いたように目を見開いていた。

「さやかちゃんに、一番大切な友達に辛い思いをさせておいて、それを喜ぶなんて絶対おかしいよ。だから、ごめんね」

わたしが残りの言葉を口に出すと、さやかちゃんはゆっくりと優しそうな微笑みを浮かべた。

「あたしもまどかと同じだよ。今まどかに言われて気が付いたんだけどね、あたしもほむらから事情を聞いた時、
まどかが杏子とのことで嫉妬してくれてたのかなって思って、それを嬉しいと思っちゃったんだと思う」
「さやかちゃんも……なの?」
「うん。だからね、もう謝らなくていいよ。あたしも、もうやめるからさ。
これからは嫉妬する必要なんてないように、もっと一緒に居るようにしよう?」
「うん……。そうだね」

さやかちゃんと二人で、少しだけ照れくさそうに微笑みながら見つめあう。
わがままでもいいから、最初から素直に気持ちを伝えてれば良かったのかな。
そう思うと、何だか自分たちがバカみたいだった。
そんなわたしたちの様子を見たほむらちゃんが、小さくため息をついた。

「またそうやって、私の前でイチャイチャと見せ付けるのね」
「えぇっ!? だからイチャイチャなんてしてないってば」

さやかちゃんが慌てたように反論した。
わたしも一緒になって言葉を返す。

「そ、そうだよ! 別にわたしとさやかちゃんは、い、イチャイチャなんて……」
「なら、どうしてまどかはそんなに真っ赤になっているの?」

ほむらちゃんに言われて、顔がすごく熱くなってるのに気が付いた。
こんなに熱く感じるなら、きっと顔は真っ赤になってると思う。

「え? ま、まどか?」

さやかちゃんがびっくりしたような視線を向けてきた。
わたしを見つめるさやかちゃんの顔まで、みるみるうちに赤くなっていく。
何だかさやかちゃんに見られるのがすごく恥ずかしくて、ますます顔が熱くなるのを感じた。

「え、あ、ち、違うよぉっ!」

何が違うのかもよく分からないまま、そう口にする。
うぅ、恥ずかしいよ……。
ほむらちゃんがため息をつきながら、わざとらしいくらい大きく肩をすくめてみせた。

「全く、痴話喧嘩の仲裁なんてやるものじゃないわね」
「ち、痴話喧嘩!?」「ち、痴話喧嘩!?」

わたしとさやかちゃんが、声を揃えて反応する。
ほむらちゃんはわたしたちの方を見もせずに、すたすたと歩き始めた。

「お邪魔虫は退散するから、後はお二人でごゆっくりどうぞ」
「ちょ、ちょっとほむら!?」「ほむらちゃん!?」

二人で声をかけるけど、ほむらちゃんは聞こえていないかのように、そのまま歩いて行ってしまった。
さやかちゃんと二人、顔を見合わせる。
さやかちゃんの顔は真っ赤で、多分わたしの顔も同じくらい赤くなってるんだと思う。

「あ、あたしたちも帰ろっか」
「うん……」

さやかちゃんが照れくさそうにそっぽを向きながら、わたしに手を差し出してきた。
わたしはその手をぎゅっと握って、二人で並んで歩き始めた。
そっとさやかちゃんの横顔を見上げる。
さやかちゃんもわたしの方へ視線を向けていて、お互いの視線が絡み合った。

さやかちゃんは何も話さない。わたしも何も話さない。
でも、何だかすごく幸せだった。
わたしの頭の中はさやかちゃんのことでいっぱいで、さやかちゃんの頭の中も、きっとわたしのことでいっぱいなんだと思う。
そう思うと、心の中が幸せと嬉しさと、ほんのちょっぴりの恥ずかしさであふれそうになった。
何だかこの気持ちを黙っているのがもったいなく思えて、わたしは素直に言葉に出すことにした。

「ね、さやかちゃん」

わたしはいたずらっぽい笑顔を浮かべると、さやかちゃんの腕を取って両手で抱きしめた。
そのまま耳元に顔を寄せて、そっとささやく。

「大好きだよっ」

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