4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/17(土) 18:13:49.24 ID:/juBOsef0 [1/4]
中学校に上がって二週間。
東京の有名なお嬢様学校に進学しろという父の言いつけに背いて進学した市立の見滝原中学校で、私は周囲に馴染めずにいました。
私の生まれた志筑の家は見滝原では知らない人のいないくらいの名家で、そこの一人娘が周囲の反対を押し切ってこの学校に進学してきたという噂は、
この二週間で学校中に知れ渡っていました。そして、そのためか私に親しくしようとするクラスメイトは、一人もいなかったのです。
「はあ……」
朝、ため息をつきながら家を出た私は、通学路をとぼとぼと歩いていました。私が見滝原中学校に進学しようと決めたのは、
名家の子女ばかりが通う私立の小学校で六年間を過ごして、生徒も先生も誰もが仮面をかぶり本音を押し殺した当たり障りのない態度をとることを
強いられているようなような環境に、つくづく嫌気がさしたからです。私は、誰かの操り人形となって期待される役割だけをこなしていくような人生はまっぴらでした。
私は、自分の意志で自分の人生を選び取りたかったのです。しかしいま、その代償は予想以上に大きかったことを私は痛感していました。
「おはよー」
「でね、うちのママったらさー」
「今日部活のあとゲーセン行かねー?」
通学路で笑いさざめく見滝原中の生徒たちの声が聞こえてきます。私が学校見学で訪れたときの見滝原中の雰囲気はとても感じがよく、
ここでなら私にも本音でお話ができる友達ができるのではないかとほのかな期待を抱いて、私は見滝原中に通うことを決めました。
しかし、誰かに用意された人生を安穏と歩んできた私には、自力で友達を作ることなど所詮高望みだったのかもしれません。
父はことあるごとに「庶民の通っとる学校なぞ」と馬鹿にし、「有象無象の輩などと付き合う必要はない」と転校を強いようとします。
このまま見滝原中に通っていても、早晩「庶民の友達を作ろうとして、できなかったのだろう? それならもうあんな学校に通っていることはない」
と転校させられてしまうでしょう。
そのときのことを考え、心ここにあらずの気持ちで歩いていた私は、知らず知らずに道の中央から外れて通学路脇の小川に近づいていたことに気づきませんでした。
「きゃあっ!」
小川べりに並んだ岩につまづき、私はバランスを崩します。思わず体を引いて川に落ちまいとこらえましたが、
肩に掛けていた私の鞄はするりと腕から抜け、小川に落ちてしまいました。
「あっ……待って!」
流されていく鞄を追おうとした私の耳に、二人の女の子の声が飛び込んできました。
「あっ! さやかちゃん、あれ!」
「大変! まどか、これ持ってて!」
振り返ると、二人組の女の子のうちの背の高い水色の髪の子が、もう一人の背の小さな女の子に自分の鞄を預けて靴と靴下を脱ぎ、
素早く小川に飛びこむところでした。
私の鞄は瞬く間に小川から拾い上げられ、私の手に戻ってきました。
「はい。すぐ拾えたから、ほとんど水染みてないと思うよ。念のため中身取り出しておいた方がいいと思うけど」
「は、はい。あの、申し訳ありませんでした。わざわざ川の中まで入って拾っていただくなんて、なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「いいっていいって。たまたま気が付いたから拾っただけなんだから」
鞄を拾ってくださった子は、手をひらひら振りながらそう快活に答えました。駆け寄ってきたもう一人の子も、優しく微笑みかけてくれます。
「よかったね。鞄、流されなくって。あ、さやかちゃん、はいハンカチ。これで足拭いて?」
「おっ、サンキューまどか。私の嫁は気がきくなぁ。褒めてつかわそう」
「もー、さやかちゃんったらー」
私の眼前で、二人はじゃれ合います。ああ、私にもこんな友達がいたらどれだけ嬉しいことでしょう。
そんな思いで見つめていると、靴下と靴をはき直した子が立ち上がり、私に「じゃあね」と声をかけてもう一人の子と一緒に歩み去ろうとしました。
5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/17(土) 18:15:27.10 ID:/juBOsef0 [2/4]
「あのっ、待ってください!」
私は思わず叫んでいました。その声の大きさに自分で驚いたくらいです。怪訝そうな顔で振り向いた二人に、私は再び叫ぶように声を上げました。
「わ、私、志筑仁美と申します! あの、お二人にお願いが! 私と、お友達になっていただけませんか!?」
二人の口がへ? と言わんばかりに開きます。呆れているのかもしれません。戸惑っているのかもしれません。
しかし、そのときの私はこの二人とどうにかして友達になれないかとそのことばかりを考えていました。
「あのっ、お恥ずかしい話なのですが、中学校に上がってからいまだ私にはお友達ができませんで……。
それで、図々しいお願いだとは承知しているのですが、この御縁におすがりさせていただけないかと……」
「志筑って……ああ、あのなんでか見滝原中なんて普通の学校に来た変わり者のお嬢様って評判の!」
「ちょっと、さやかちゃん。失礼だよそんな言い方。めっ。ごめんね? 志筑さん。さやかちゃんってばいっつもこうで」
「悪かったわねー」
この二人には、私に対して構えているような雰囲気がまるでありませんでした。志筑の名を聞くと、途端に阿るような表情を浮かべたり、
必要以上に無関心を装ったりといった反応を示されることが多かった私の目に、あくまで自然体で振る舞う二人の姿は、とてもまぶしく映りました。
「あの、それで……」
「ああ、ごめんごめん。友達になってって話だよね? もちろん、大歓迎だよ。ね、まどか?」
「うん! よろしくね、志筑さん。私、鹿目まどか。まどかって呼んでね?」
「あたしは美樹さやか。さやかさんって呼んでもいいのだよ?」
「もう、さやかちゃんったら」
私の申し出があっさりと受け入れられた安堵と喜びで、私の頬の緊張はいつの間にかゆるんでいました。
「くすくす。よろしくお願いしますわ、まどかさん、さやかさん」
それからの私は、まどかさんとさやかさんに連れられて、今まで知らなかった新しい世界に旅に出たような、新鮮な体験をいくつもすることになりました。
ファーストフード店では、初めて自分でメニューを選び、時間を気にせず心ゆくまで三人でおしゃべりを楽しみました。
ゲームセンターでは、周囲のものすごい音に戸惑いながら、プリクラを撮りました。さやかさんが自在にクレーンゲームを操り、
ぬいぐるみを落とす様はまるで手品のようでした。CDショップでは棚中に並んだCDの数に目を回しそうになり、
映画館では上映が終わった後に拍手をしてしまって周りの方々から変な目で見られ、カラオケではまどかさんが演歌しか歌わないので
カラオケとはそういうものだと思い込んでしまったりと失敗もたくさんしましたが、それらもすべてとても楽しい思い出になりました。
帰りの遅くなった私に父はいつも小言を言いましたが、そんなものは全く苦になりませんでした。
さやかさんとまどかさんを通じてクラスに少しずつお友達も増えていきました。学校のカリキュラムより先の範囲を家庭教師に習っていたため、
お友達内で勉強のわからないところを教えるのは私の役割になりました。私も私もと次から次へとお友達に頼りにされるのはとても嬉しく、
思わず教える口調にも熱が入りました。
まどかさんとさやかさんはとても仲が良く、二人がじゃれ合っている様は見ている私も幸せになる光景でした。
聞けば二人は小学校五年生からのお友達で、それこそ姉妹のように仲よくしてきたそうです。なにより驚いたのが、
二人はお互いに言い過ぎではないかと思えるくらいにストレートに言葉をぶつけ合い、ときにはケンカになってしまうのにすぐに仲直りができるということでした。
これまでの人生で、本音は隠して表向きだけを取り繕うような人間関係しか知らなかった私にとって、この二人の関係はそれだけで奇跡のように輝いて見えました。
6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/17(土) 18:15:57.34 ID:/juBOsef0 [3/4]
「仁美はさ、なんか固いんだよねー」
あるとき、すっかり馴染みとなったファーストフード店で、さやかさんにこう言われたことがあります。
私が、どうしたらまどかさんとさやかさんのように何でも話せる人間関係を築けるのかと尋ねたときのことでした。
「固い……とは、どういうことですの? 自分で言うのもなんですが、私は人当りはよくしているつもりなのですが……」
「んー、それはわかるんだけど……わかるからこそなんかね、そういうとこ『作ってるなぁ』って感じがしちゃうのよ。言い方は悪いかもしれないけど」
「『作っている』……」
「あのね、私たちと話してるときの仁美ちゃんは、ああいま素の仁美ちゃんだなってわかるの。
でもね、私たち以外の人としゃべってるときの仁美ちゃんは、いかにも優等生のお嬢様って感じで、なんだか壁があるの」
「そうなのですか……」
「初めてクラスで見たときの仁美の印象はね、ほんとにそんな感じで、ちょっと近寄りがたい雰囲気だったんだよね」
「……」
いままで志筑の一人娘として恥ずかしくない振る舞いをしなければいけない、と常に思っていた私にとって青天の霹靂とも言える言葉でした。
生まれてこの方、私は人の上に立つ者は自分の感情をあけっぴろげにしてはいけない、常に理性的で他人につけこまれないようにしろと
繰り返し教えられてきました。それが、クラスに馴染めなかった理由だったとは、思いもかけませんでした。
黙り込んでしまった私を見て、まどかさんとさやかさんは私が気を悪くしたと思ってしまったようです。
「あの、仁美ちゃん?」
「えーと、仁美だって好きでお嬢様やってるわけじゃないよね、事情も知らないで勝手なこと言って、ごめんね?」
「いえ、お気になさらないでください。勉強になりましたわ……決めました。私、これからはなるべく本音で振る舞うことにします。
お嬢様の仮面で無意識に壁を作るだなんてもうごめんですわ」
「うん、その意気だよ、仁美ちゃん!」
「じゃあさ、いままで言いたくても言えなかったこといっぱいあるでしょ? それ、全部吐き出しちゃいなよ」
「と、言われてもなにからお話しすればいいのか……」
「何でもいいんだよ。例えば、いま何か不満なこととか、ない?」
「そうですわね……」
私は、思いつくことを話し始めました。高圧的で私の意思など気にもかけない父のこと。そんな父に逆らえない気弱な母のこと。
父や母の前ではぺこぺこしているのに、裏に回れば愚痴ばかり言っている使用人たち。ひたすら厳しく、教えられたこと以外のことをすると
ヒステリックに叫びだす習い事の先生。まるで腫れ物に触るかのように私を扱う先生方。
いままで胸の内に溜めこんできた不平は次から次へと出てきて、止まりませんでした。
自分の心を素直にさらけ出すことがこんなにも気持ちのいいことだと思いませんでした。
私が話し終えたとき、呆然と聞いていた二人はくすくすと笑いだしていました。
「やっぱり仁美だってあたしたちと同じだね。お嬢様って言ったって、人間なんだからさ」
「うん。仁美ちゃんはその方がずっといいよ」
二人の温かい言葉に押されて、私はそのとき決心しました。これからは、できる限り自分を押し殺すのはやめにすることを。
どんなことでも、まどかさんとさやかさんには本音を隠さずにいようと。それができる絆というものを、この二人は教えてくれました。
気持ちのいい朝。通学路を歩む私の足取りも軽いものです。今日はまどかさんとさやかさんとどんな話をしましょうか。
そんなことを考えているうちに、いつもの待ち合わせ場所でじゃれ合っている二人の姿が見えてきました。
まどかさんとさやかさんは、初めてできた私の親友です。この三人で、いつまでもずっとお友達でいたい、そう願っています。
だから、私は。
「うりうり可愛いやつめー。お? 仁美だ! おーい、仁美ーっ!」
「ほんとだ! 仁美ちゃーんっ!」
この光景を強く強く、目に焼き付けるのでした。
7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/17(土) 18:16:56.39 ID:/juBOsef0 [4/4]
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>一,ヘ 、 `ー 、
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/,イ | ハ小 ト、 ヽ. \\ . . ’
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「ム>' / i | i | |小 ヽ x云トハヽ ヒア ヽ ヾ、
ャ===ェュイ/ / | ヽ ヽ l ト、j,利 ` 以リ 灯| 爪 | 、 トヽ、
. 寸マイ/ | | . | . ト屮、 弋ソ jハ . |ソ小i ハjヽ
/久∨ / || ハ| j 、.八"" r―‐ 、 """ _小 |〔リハル
r-‐ュ_ィ/イ | || l i ト、 l├ ト、{> ぇ、 ノ ィfユィハj ̄ミ、
`フ¨, /' l.小. V⌒l ヽ ヽ|ソヽハオミ. ∧ト丁ト<ィ´ ー‐ぅ
. ノ, イ/|l , ||{ ト,x_|ュ '"¨ソ/ jュlリ ハjУ ><¨ ̄`くト\
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ムク' 'ヘVXヘ`"" r‐ 7 ' ィ /ムァタ ノ’ ,イ ヒ≦圭圭入
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ムへ、{i j リ/rヲ' / / /  ̄ 、 ⅧⅨ少圭圭圭t、
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八 r} 从 l∨´ , . | 、\ { 寸抄守才´
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Ⅷ《圭圭λ`ーグ \ / { ト > ゝtx、ヽ
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{圭{圭歩へ>  ̄ _}ヽ /ヽx、 /ィt、 ,.ィ%zz|:lllzz|:.:lllト、
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最終更新:2011年12月18日 20:56