18-93

93 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/31(土) 02:52:44.28 ID:Edbrjx2A0 [1/5]
まど界・鹿目邸,女神様の私室

その日の円環の仕事を終え,帰宅するまどか。
「さやかちゃん,ただいま~」女神服姿のまま私室に入るまどか。
「よっ,おかえり,まどか」さやかは三角巾を被り,まどかの私室を掃除中。
床の上には,棚に並んでいた本やぬいぐるみ,押し入れの中のものなどが一時的に並べてあり,足の踏み場もない状態。
まどかが無意識のうちに,地上世界と寸分違わぬ自室をこちらの世界にも再現してしまったため,以前からあまり整理整頓されていなかったことがバレバレである。
「ごめんね,私の部屋の掃除までお願いしちゃって」すまなそうに言うまどか。
「いいっていいって。まどかの仕事は年末年始なんて関係ないんだし,あたしもこの位は手伝わないとね…あ,ちょっとそっち側,持ち上げてくれる?」棚の位置を手前にずらす二人。
「一段落したらお茶にするから,もう少し待っててね」動かした棚と壁の隙間を掃除しながら言うさやか。
「うん,分かった」その間に服を着替えよう,と別室に行こうとするまどかだったが,ふと床の片隅に積まれたアルバムを見つける。
「わぁ,これ…」顔を輝かせるまどか。
一年に一冊ずつ,合計14冊。前半7冊は両親がまとめてくれ,後半7冊は自分の手で一枚一枚写真を貼り付けて作った,思い出の詰まったアルバム。
今となっては,かつてまどかが確かに地上の世界に存在したことを証明する,数少ないものの一つ。
まどかは,横積みされたアルバムの山の中程から,迷わずある年のアルバムを引っぱり出す。
それは,まどかが見滝原に引っ越してきた年,そしてさやかに出会った年のものだった。
「わぁ,懐かしい…」ページをめくるまどか。
前半のページは,前に住んでいた家や街の風景,生まれたばかりのタツヤ,引っ越してきた新しい家など,家族と写っている写真が多い。
(ママ,パパ,タツヤ…。みんなが私の側に居てくれたから,今の私が居るんだよ)
地上に残った3人に,まどかの記憶がもうはっきりとは残っていないことを少し哀しく思いつつ,
かつて確かに共有した同じ時間を,優しい記憶を,受けた愛情を思い出し,心の底が温かくなるまどか。
後半のページには,さやかが一緒に写っている写真が一気に増える。
知り合って間もない頃に行った春の遠足,初めて二人で撮ったプリクラ,庭に出した小さいプールで水浴びをするタツヤ(フルヌード!)を囲む二人,
テントで寝袋にくるまって寝た林間学校,浴衣を着付けてもらった夏祭り,さやかの家に泊まり込んだ夏休みの宿題の追い込み,すっかり仲良くなった秋の遠足,
さやか大活躍の運動会,まどかの手作り衣装が好評だった学芸会,そして仲のよいクラスメイトたちとのクリスマスパーティ…。

仕事の疲れもあり,懐かしい思い出に包まれながら,まどかは夢の中に落ちてゆく…


94 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/31(土) 02:56:28.83 ID:Edbrjx2A0 [2/5]
>>93 続き

アルバムのページをめくる音が聞こえなくなったことに気づいて,あたしは振り返った。
「やっぱり寝てる…」
部屋の片隅に腰を下ろし,膝の上にアルバムを広げながら,まどかはうつらうつらしていた。口元には微かな微笑み。いい夢でも見てるのかな。
はじめは揺り起こすつもりだったあたしは,思い直して手近なハンガーに掛かっていたカーディガンを取ると,まどかの肩にそっと掛けてやった。
まどかの細い肩の感触がカーディガン越しに伝わり,あたしははっとする。
…あたしの短い魔法少女人生で出会った仲間の中で,まどかの身体は一番小さい。そのまどかが,あたしたち他の魔法少女の誰も比較にならないくらい
大きな願いを叶え,そして今もそのために闘い続けてる。こんな華奢な身体で,こんなに小さな肩に,すべての魔法少女の絶望を一人で背負い込んで。
それに比べてあたしときたら,図体だけは人一倍デカいくせに,ささいな嫉妬から他人を憎んだり,自分の弱さに向き合えずに迷ったり。
まどかのことを一番よく知っているあたしが,まどかを一番傷つけてきた…。でもまどかは,そんなあたしを助けようとしてくれた。
最後まで友達で居てくれた。あたしのために。こんな…あたしなんかの…ために…
ううん,もうやめよう。こんな風に自分を責め過ぎるあたしを見て,いつも一番悲しむのはまどかだから。
そうだよ,あたしはこの子の,天使のような無邪気な笑顔が大好きなんだ。きっとまどかも,あたしの笑顔が大好きなのと同じように。
目の前で幸せそうな表情を浮かべてうたた寝しているまどかを,急に堪らなく愛おしく感じて。
あたしは,その細い肩を力一杯抱きしめたい衝動に駆られたけれど。その想いをぐっと押さえる。ぎゅっと目をつぶり,湧き上がる涙を堪える。
「…疲れてるんだもん,いきなり起こしちゃ,悪いよね」
あたしは,まどかの肩からそっと手を離して立ち上がると,目頭に少しだけ滲んだ涙をぐしぐしと拭った。
二度三度,深呼吸をして気持ちを落ち着かせ,あたしは考える。今のあたしが,まどかのためにできることって,何だろう?
今までと同じように,これからもずっとまどかを支えていくことにはもちろん変わりはないけれど,せっかく年が改まるタイミングだし,
ささやかでも何か特別なことがしてあげられれば…。あたしは,まどかの気持ちになって考えてみた。この子があたしに伝えたいことって…
考えることしばし。ある考えに思い至ったあたしは,手短にその準備を済ませると,できるだけ平静を装って,眠るまどかに呼びかけた。
その柔らかい頬をつんっと突きながら。
「ま~どか。そんなところで寝てると風邪引いちゃうぞ」


95 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/31(土) 03:02:15.20 ID:Edbrjx2A0 [3/5]
>>94 続き

「ふえぇ!?」
一瞬,自分の状況が分からなかった私は,びっくりして変な声を上げてしまいました。膝の上にはページを開いたアルバム,肩にはいつの間にかカーディガンが掛けられています。少し離れたところで,さやかちゃんが窓を拭くための雑巾を絞っていました。
「あ…さやかちゃん…私,寝ちゃってた?」
「んふふ,にやにやしちゃって… いい夢でも見てたの?」
「う,うん,そうみたい…えへへ」
まだ寝ぼけまなこの私は,さやかちゃんの問いかけに照れ笑いで応じると,改めて膝の上のアルバムに目を落としました。そこには,出会った頃の私とさやかちゃんの笑顔があふれています。
この年の前半の写真に写っている不安気な顔と比べると,さやかちゃんと仲良くなった後の私の顔は,まるで別人のように輝いていました。
この年に出会った私たちは,ずっとクラスも一緒で,同じ中学に進学し,仁美ちゃんと出会い,そして…
いくつもの平行世界の中で,私たちは何らかの形で魔法少女に関わることになります。
ある時は私が,またある時はさやかちゃんが先にキュゥべえと契約を結び,二人で共に戦ったこともありました。中には,魔法少女や魔女が引き起こした事件に巻き込まれて,何も知らないまま命を落としたこともありました。
そんな,繰り返される時間軸の中で。さやかちゃんはいつも私の側に居てくれました。自分だって本当は怖いはずなのに,いつも私を守ろうとしてくれました。
「ごめんね。あたしバカだから,いつもまどかに迷惑かけて…」さやかちゃんはそんな風に言うことが多かったけれど,魔法少女に関わるずっと前から友達だったさやかちゃんの存在が,何よりも私を勇気づけてくれていたんです。
そうして,私たち二人の迎えた結末は…
私は少し沈んだ気持ちで,アルバムから目を上げました。そこには,鼻歌交じりで窓拭きをするさやかちゃんの背中がありました。
…私がさやかちゃんに残してあげることのできた結果は,私自身満足できるものではありませんでした。そんな結果を,さやかちゃんが100%納得しているはずがありません。
それでも。それでもさやかちゃんは「これでいいよ」って言ってくれた。私の選択を受け入れてくれた。そうして,今に至るまで文句一つ言わずにずっと私を支えてくれているのです。
もしも,私の選択がさやかちゃんに否定されていたら… 役目を果たした魔法少女たちが導かれるこの世界は,もっと荒涼とした墓場のようになっていたでしょう。私自身の絶望を映し出すように。
いつかちゃんと,お礼を言わなきゃ。ずっとそう思っていました。でも,改めて言うとなると何だか照れ臭いし,ありがとうの気持ちが大き過ぎて,どんな言葉にしても伝え切れない気がしてしまって… 
結局,今日の今日まで言えないままです。でも,もうすぐ来年になっちゃうし,どんな言葉でもいいから伝えなきゃダメだよね… 意を決した私は,さやかちゃんの背中に向かって話しかけました。
「あ,あのね,さやかちゃ」
「まどかが何を言いたいか,当ててみよっか?」


96 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/31(土) 03:06:49.04 ID:Edbrjx2A0 [4/5]
>>95 続き

「えっ…」
さやかちゃんに心を見透かされている気がして,私は一瞬ドキッとしました。
「今,まどかの考えてることは……」
…ゴクリ。私は緊張しながら,さやかちゃんの答えを待ちます。
「『今日の夕飯は何かなぁ』でしょ?」
「へっ!? えっ,あっ,うん…」
期待とは大きくかけ離れた言葉に,私の返事は曖昧に口ごもるだけ。ううう…こんなに感謝してるのに気付いてくれないなんて,さやかちゃんのバカ…ってそうじゃないよ! 
元は私がさやかちゃんに「ありがとう」って言えないのが悪いのに,さやかちゃんの方から気付いてくれることに勝手に期待して,それが外れたからってさやかちゃんを恨むなんて… 私,サイテーだよ… 
ひょっとして,「ありがとう」の一言さえ言えない私って,本当はさやかちゃんのこと,あまり感謝してないんじゃ…?
…はぁぁ,今日はもう,無理。考えがどんどんネガティブになっちゃう。本当にお腹も減ってきちゃったし,もう頭も回らないや。うん,明日にしよう,それでいいよね。
「あ~,こんなところにもゴミ発見! まったく,これじゃいくら掃除してもきりがないよね~」
拭いていた窓の側に新しいゴミを見つけたのか,さやかちゃんがつぶやきます。
 ポフッ 「?」
何かが軽く頭に当たった感触に続いて,頭の上から軽く丸められた紙くずが転がってきました。…え? これってひょっとして,今さやかちゃんが見つけたゴミ? 
さやかちゃんが投げてよこした真意が分からず,私はその紙くず――ゴミにしては埃一つついていない――に手を伸ばし,すぐに目につくところに「まどかへ」という文字を発見して,慌ててその紙くずを拡げてみました。そこにはこう書かれていました。

「どういたしまして。
 こっちこそありがとう。
 来年もよろしくね。   さやかちゃんより」

びっくりした私は,思わずさやかちゃんに向かって尋ねます。
「さやかちゃん! これって」
「どう,まどか? さっきのあたしの答え,当たってた? ちなみに,今日の夕飯はさやかちゃん特製オムライスなんだけど」
窓拭きを続けながら,私の質問をはぐらかすように答えるさやかちゃん。あ…そうか。私はすべて理解りました。
さやかちゃんが私の感謝の気持ちにちゃんと気付いてくれていたこと。私に余計な気を遣わせないために,わざとこんな手の込んだやり方でそれを伝えてくれたこと。そして…さやかちゃんもやっぱり,改めて「ありがとう」っていうのが照れ臭いんだっていうこと。
…最後のはちょっとズルいよ,さやかちゃん。せっかくなので,私もさやかちゃんに合わせて答えました。
「えへへ…うん,正解…すごいよ,さやかちゃん」
「ま~,この時間のまどかはいつもお腹をすかせて帰ってくるから,実はそんなに難しくなかったんだけどね~」
私を励ますように,わざと軽い調子で答えるさやかちゃん。思えば,出会った頃からずっと,さやかちゃんはそうだった気がします。そんなさりげない気遣いと,感謝の気持ちが嬉しくて。
私は思わず涙ぐみそうになり…それを一生懸命我慢しました。だって,さやかちゃんは,私の笑顔が大好きだから。私がさやかちゃんの,澄んだ青空のような笑顔が大好きなように。私は,目尻に少しだけ滲んだ涙を小指の先でそっと拭うと,
「ねぇ,さやかちゃん… 今日のオムライス,とっても楽しみなんだけど… もう一つ,お願いしても,いいかな?」
「そりゃ~もちろん! 女神様にして我が嫁の望みとあれば,何なりと!」
まるで私の涙が引っ込むのを待っていたようなタイミングで,くるりと振り向いたさやかちゃんに向かって。私は,とびきりの笑顔で…
「さやかちゃんの特製おせち,食べたいな♪」

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最終更新:2012年01月03日 14:04
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