仁美の日本舞踊お稽古設定が意外と使い安すぎて後半まるで仁美無双……いや、ちゃんとまどさやだと思いますよ?
初詣行ってきたので正月ネタSS。
鹿目まどかは内心あせっていた。
起きたのは7時半。6時に鳴らした目覚ましを止めてしまったらしい。
9時には、さやかと初詣に行く約束がある。
普段であれば余裕のある時間だが、今日は両親が奮発して買ってくれた振袖に初めて袖を通す予定なのである。
「ま、自分で着付けられるように教え込むのは次の機会にして、あたしが着付ければ30分で済むから、心配すんな」
そういった鹿目詢子は、まどかが洗顔している間に着付けの下準備を終えた。
「先にご飯食べてくるね!」
洗面所を飛び出ようとするまどかの手を詢子が掴む。
「待ちな。先に着付けちゃったほうが良い」
「え、でも汚れちゃうよ」
不安がるまどか。
「仁美ちゃん家でご馳走いただくんだろう? 家でならこぼしても大丈夫なようにナプキンでも何でも用意できるけど、他所ではそういう準備が出来るわかんないから、そういうもんが無くても大丈夫なくらいの練習はしていくんだ」
「うん」
「よし。多少汚すなら良いけど、誰に見られても良い振る舞いで食えなきゃ、振袖だって泣いちまうぞ?」
サ、とまどかの後ろに回りながら言う詢子の所作を見て、まどかは服を脱ぐ。
「でもさ、ママ」
肌襦袢を付け終わったころ、意を決してまどかは尋ねる。
「汚しちゃってもいいの? 高かったんでしょ?」
まどかが見た明細では草履とあわせて4万円。成長期に何度着るかわからない物としてはとてつもなく高価なのは確認するまでも無いと思ったまどかだが、「安物だから大丈夫」という返答では安心できないから値段にまで踏み込んだ。
「まどか。服って何のために着るか知ってるか?」
詢子の問いに逡巡するまどか。
今聞かれるのだから、と、いくつも浮かぶ答えの中から一つを選んでみる。
「汚れても良いように?」
「そう、駆けずり回って来いとかスポーツして来いってわけじゃないけど、汚れるのも服の使命の一つだ。答えは後一つあるぞ」
体型補正用のタオルを巻き終えてから長襦袢の着付けに入る詢子は、まどかの答えにそう返した。
まどかは考えたものの、二つ目の答えが出る前に、長襦袢の着付けが終わった。
「はい、時間切れ。一旦考えんのはやめにして、鏡見てな。すぐわかるよ」
テキパキと振袖の着付けを進める詢子。言われるままに鏡を見ているまどかは、おぼろげながら答えを見つけていた。
「んー、後5分は縮めたかったなー」
35分で着付けは完了。薄い桃色の生地に目立つよう濃い色の縁取りの桜があしらわれた振袖は、まどかの髪色と合ってぴったりと決まっている。
「……着飾るため?」
先ほどの詢子の問いに答える言葉が見つかって、まどかは自信半分不安半分で詢子に尋ねる。
「正解。今の場合は着飾れるようになるため、ってとこだな」
正直振袖に負けている気がしたまどかだったが、朝食を食べに行こうと一歩踏み出して、詢子の本当に言いたい事がわかった。
歩きにくい。
振袖を着て、自分を着飾って歩けるようになるには時間が掛かりそうだと思った。
食卓にはお雑煮とおせちが並んでいた。
「早かったね」
和久はそういいながらもすぐお雑煮をまどかの前に置く。
餅の煮込み時間はピッタリ着付け時間とかみ合っている。
「まどか、紙ナプキンはあるけど、どうする?」
「うん、一応」
まどかの答えに紙ナプキンを持ってくる和久。
「はい、後、袂がながいから気をつけて」
「うん。いただきます」
最初は恐る恐る、大丈夫そうだとわかったら自信をもって箸を伸ばしていくまどか。
「ご馳走様」
そんなに長くかからず、結局こぼすことなく食事を終え、部屋へ荷物を取りに向かうまどか。
「だんだん、君に似てきたね」
「そりゃ、あたしと和久で毎日英才教育してるんだから似て当然」
そう言葉を交わして、二人して笑う。
「パパ、ママ、なかよし」
タツヤが笑顔で二人の間に入る。
「もちろんタツヤも、まどかもだよ」
タツヤを抱き上げる和久。そのタツヤの髪をなでる詢子。
「そうだ、まどかにお年玉渡してやんねーと」
詢子は玄関で草履を履くまどかに駆け寄って行った。
まどかは時に静々と、時にトテトテと、歩き方を試してみる。
転ばず、はしたなくない程度に走って見たり、ふと止まって立ち方を考えてみたり。
身の丈が伸びれば、この振袖も着れなくなるかもしれない。
それなら、この一着で「振袖を着れる自分」になる為に頑張ろう、と思うまどかだった。
約束より5分ほど早く待ち合わせの公園に着いたまどか。
「起きたときは間に合わないかなって思ったけど……」
万事上手く動いてくれているのは、母のおかげか、父のおかげか、自分が上手くやったのか。
「全部、かな」
上げれば事欠かない事に気づいたまどかはいろいろと思いをめぐらせる。そもそもお店の人が振袖を仕立ててくれたから今着て歩けるわけだし、昨日の大掃除をさやかが手伝ってくれなければ……。
「様になってるねぇ、まどか」
後ろからそんな恩人の声が聞こえて、振り返ると当然、
「どうかな、これ」
藍染の生地に梅の花をあしらった振袖を着たさやかがいた。
「素敵だよ。ぴったり」
その言葉にくるりと回って見せたさやかは、少し気恥ずかしそうに、
「あはは、なんか振袖に着られちゃってる感じがするよ」
と謙遜した。
見滝原には、神社が一件、町外れにある。
名だたる、というものではないが、都市開発において真っ先に保全される対象となるほどに地元では愛されていた。
「なるほどねぇ。おばさんもいい事言うなー」
朝の事を話したまどかに感想を述べるさやか。
「私も、このじゃじゃ馬を乗りこなす!」
「どっちかというとさやかちゃんが暴れ馬じゃないかな……」
ここに来るまで二、三度蹴躓きそうになったさやかを見たまどかは率直に言った。
「新年早々手厳しいなぁ。……暴れ馬がじゃじゃ馬を乗りこなしたらすごいと思わない?」
さやかの言葉に一瞬馬上の馬を思い浮かべてしまったまどかだったが、すぐにイメージを上書きした。
「伝説の騎士みたいな感じ、かな?」
「いや、そうじゃなくて馬に馬がさ……」
――最初の想像であってたんだ。
変に考え込むより、スッと思いついたとおりに話せば良い関係は、居心地が良い。
まどかは正直、振袖に負けないようにと考えて歩き続けて疲れていた。
「やっぱり、無理やり着こなそうとしないほうがいいのかな?」
「んー、答えまでどう考えたかしらないし、私はおばさんに言われたわけでも、私が言ったわけでもないけど、それでいいんじゃない?」
さやかは軽く顎に手を当てて考えながらまどかの考えに賛同する。
神社に付くころにはさやかも躓かなくなり、まどかも堅苦しさを感じなくなっていた。
参拝者の列は、境外まで伸びていた。
「結構並んでるね」
「境内狭いし、お払いとかもやってるから、そんなに時間かからないんじゃないかな?」
どちらにしろ参拝するつもりなのだからと、列に並ぶ。
「キリカは何をお願いしたの?」
「もう少し、あなたに近づけるように、って」
「おみくじ通りね。『急がば回れ』。直接言ってくれればいいのよ」
仲むつまじい少女たちの会話が聞こえる。
「さすが、縁結びとしてはそれなりに有名な神社だね」
「二人で来てる時点で仲がいいんだから、短いとは言え行列で間を持たせられれば縁も深くなるなるんじゃない?」
「『遊園地が登竜門』だっけ。ママが言ってた」
「先生も一回それで失敗してたよねー」
笑いながら前を見ると、家族連れもちらちらと見える。
「ママー、ゆま、おみくじ引きたい」
「うん、いいわよ」
「去年はママにもゆまにも迷惑かけちゃったからな。出店にも行こうか。ホットドックとか売ってるぞ」
「熱いの嫌……綿飴が良い!」
「うん……綿飴もあるよ」
すれ違う人たちは、笑顔を見せたり、真剣な面持ちだったり、いろいろな表情をまどかたちに見せる。
「やっぱりわいわいしてるのっていいね」
「悲喜こもごもだね。『人山の黒だかり』」
「さやかちゃん、それ、逆。『黒山の人だかり』だよ」
「うーん、ギャグを一つかますには時間が早すぎたかな」
境外の露天の前を通って、二人はやっと境内に入る。
「あ、ほむらちゃん」
「おお、ほんとだ。杏子もいるね」
「じゃあ……やっぱりマミさんも!」
背伸びして「おーい」と声を上げながら手を振るさやかに、三人は気が付いて走り寄ってきた。
「素敵な振袖ね」
マミが言う。彼女達は普段着だった。
「さやか、『馬子にも衣装』って知ってるか?」
「『衣ばかりで和尚はできぬ』なら知ってるけど?」
「つまり、振袖着ててもさやかはさやかか」
「一応、どっちの意味か聞いても良い?」
「さーねー」
まるでフックやストレートの応酬のような会話に思えたまどかは間に入ろうとするが、ほむらがそれを止める。
「ほむらちゃん?」
「まどか、子犬はじゃれ合いで牙の使い方を覚えるのよ」
いまいち意図が測れないまどかに、説明を追加するほむら。
「言葉でも、かかと落しや回し蹴りで目を狙うような危険行為じゃないし、ましてつかみ合って首を絞めているわけではないわ」
ともかく、喧嘩にはなっていないという事だろう、とまどかは考えて傍観に徹する。
しばらくして二人は威勢よくフン、と首を振って見せたが、起こった振りをしながらも笑顔も隠していないようだった。
「はー、すっきりした。でも何で三人で初詣に来たんですか」
杏子と一戦終えたさやかはマミに尋ねる。
「佐倉さんがレディースプランでホテルのスイートを取ってくれたの。初日の出の良く見える部屋よ」
それで三人で一晩泊まって、そのまま初詣に来たのだという。
「へぇー、って! 14、5歳でそんなところ泊まれるんですか!?」
さやかとまどかは想定外の答えに遅れて驚いた。
「伊達に毎日のようにホテルに泊まっちゃいねぇよ。ようは人数が一人でも三人でも、保護者役の一人が年をごまかしゃ良いんだ」
「佐倉さん、そんな事……」
杏子の発言に驚くマミ。
「いや、今回はマミだよ。三人で並んで歩いたら、やっぱり一番年上にみえるっしょ」
「多分、そういうことじゃないと思うんだけど……」
衝撃の告白を続ける杏子にやんわりと問題点の齟齬を指摘するまどかだった。
「まあ、それは帰ってからにしましょう。素敵な朝焼けだったし、大体は水に流してあげるわ」
マミが場をまとめに入る。是非は別として、確かに「マミが年長者」という作戦自体は間違いじゃないかもしれない、と思うまどかだった。
三人と別れて前を向くと、賽銭箱はすぐそこだった。
「思ったより早く済みそうだね」
「この分だと駅前で40分は仁美を待ちそうだな〜」
時計を見ると10時きっかり。仁美はダイヤに乱れがなければ10時50分に見滝原駅に着くという。
「じゃあ、おみくじでも引いていこうよ」
前の人がはけ、二人の番となる。
鳥居の前で軽く一礼、手水舎で手あらいと口ゆすぎを、賽銭箱の前では軽く一礼、賽銭、鈴、二礼、二拍手。願いは最後に住所・氏名・内容をさらりとまとめて。鳥居を出たらまた軽く一礼
立て看板にはやけに丁寧な祈願方法が書いてあった。
「丁寧なのはありがたいけど、鳥居の前で一礼ってのは、鳥居の前に書いてほしかったなぁ……」
「今からくぐりなおすのも、なんか違いそうだしね……」
とりあえず賽銭箱の前で出来るものをやってみる二人。
おみくじ売り場は賽銭箱前に比べれば人も少なく、二人ともすぐに買うことが出来た。
「大吉だって。万事つつがなく、係争は勝訴。……裁判なんてやってないんだけど」
大吉の喜びも珍妙な運勢の説明で半減といった感じのまどか。
「う、大凶。待ち人来ず、ねぇ……」
露骨に嫌な顔をするさやか。
「おみくじ、結んでいく?」
「いや、いいよ。筆箱にでも入れて目に付くようにしとく」
二人して微妙な気分で境内を出る。
「あ、鳥居くぐったんだから」
さやかが思い出し、二人で社殿へ軽く一礼して、駅へ向かう。
仁美と待ち合わせた駅前には多くの人がいたものの、二人は特に苦労する事は無かった。
「さすが日本舞踊習ってるだけの事はあるわ。勝てる気しない」
「歩き方が違うね」
生地の色はまどかより濃くも柔らかい落ち着いた色に、飾り気の無い質素な振袖の印象を覆す振る舞いで歩く仁美が見えた。
派手というより、落ち着いてなお響く大きな存在感。
「あら、お二人も良くお似合いだと思いますわ」
仁美のほうも即座に二人を見つけていた。
「そっかな?」
「なんか振袖に振り回されているような気がしちゃって……」
目の前のお手本のような所作に圧倒されていた二人は自信なさ気に答える。
「振袖に袖を通すと、大抵肩に力が入りすぎるか、振袖を着ていることを忘れて振舞ってしまうものです」
自分は昔、着るたびに固くなりすぎたものです、と軽く笑って言う仁美。
「こと普段から和服自体を着ることのない現代では、振袖を着ていることを忘れず、それでいて素のままで振舞える事自体、大変ですのよ?」
習い事の受け売りですけれど、と付け加える仁美。
「『素のまま』、って感じもしないんだけど……」
さやかは頭を軽く掻きながら笑う。
「そう、それがさやかさんの『素のまま』でしょう?」
ああ、と首を縦に振るさやかと、それを見てにっこりするまどか。
「お二方とも、振袖を着てもやっぱり変わりませんもの。それでいて何か周りに失礼でなければ、それ以上の着こなしは、私知りませんわ」
「神輿に担がれてるような気がするけど、そこまで言われると自信出るわ」
「なんか、恥ずかしくなっちゃうくらいだね……」
照れながら少し胸を張るさやかと、少し縮こまるまどか。
それを見て、やっぱり二人らしいと思う仁美だった。
「さて……では改めまして」
スッと二人を見る仁美。
「え、何?」
「どうしたのさ仁美、かしこまって」
折り目正しく立ちなおす仁美に驚くまどかとさやか
「あけましておめでとうございます。まどかさん、さやかさん」
「あ、ああ! あけましておめでとう」
「忘れてたね。あけましておめでとう」
返事をして二人は気づく。
「……そういえば私たち、みんなに言ってないね」
「あ! ほんとだ、忘れてた」
途中で出会ったマミたちとも、急いで出かけた家族とも年始の挨拶を交わしていない。
今度しなきゃね、でも二回目に会うときに言うものなのかな? そもそも帰宅して早々……二人して失敗の反省とフォローを相談し始める。
様子を見た仁美は、ある程度事情を察して口を開く。
「年始の挨拶は礼節の基本ですが、だからこそそれを欠かすことに違和感を持たないという事は、礼節に縛られないとても良い関係とも言えますの」
納得が半分、わかった気がしないというのが半分のまどかとさやかは、うんといいながら首をひねっている。
また考える事に戻りそうな二人を前に仁美はため息を一つ。
「それに、目の前にいる者との関係をおろそかにすることのほうが失礼だとは思われませんか?」
言葉を返せない二人。
「知る限りですが、挽回の仕方もお教えしますわ。それに、お二人であれば今目の前にいるのですから……」
「そうだね」
仁美が皆まで言う前にまどかが気付き、さやかが口火を切る。
「じゃあ、改めて……あけましておめでとう、まどか」
「うん、あけましておめでとう、さやかちゃん」
うん、なんか仁美無双状態だね。日本舞踊は強力武器過ぎる……
最終更新:2012年01月03日 14:25