19-19

19 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/12(木) 00:30:29.61 ID:x+zYJ64I0
http://loda.jp/madoka_magica/?id=2849
長くなったのでろだに。
1乙

誰かが、あたしを呼んでいる。
誰の声だろう? 思い出せないけれど、とても懐かしく響く声だ。
声は、ひたすらあたしの名前を繰り返す。それは、あたしに何か伝えたいかのような、あたしに気づいてほしいかのような――

「さやかさんっ!」
「ひゃいっ!?」
仁美の再三の呼びかけに、さやかはようやく目を覚ました。机から顔を上げ目を瞬かせながら周囲を見回すと、すでに大半の生徒は席を立ち、友達としゃべったり、教室を出ようとしたりしているところだった。さやかは、授業が始まってすぐに陥落し、仁美に起こされるまでずっと眠りこけていたようだ。
「もう、ようやく起きましたのね、さやかさん」
「ああ、ごめんごめん仁美。次、何時間目?」
「今のが六時間目のあとのホームルームです。今日はもう授業はありませんわ。一時間目から六時間目までもれなく居眠りなさって見事ビンゴ達成です」
「あちゃー……和子先生、怒ってた?」
「呆れかえってらっしゃいましたわ。……さやかさん、最近変ですわよ? 顔色もよろしくありませんし、授業も居眠りばかり。どこか具合でもお悪いんですの?」
「え? あたし? まっさかー! さやかさんは体の丈夫さだけが取り柄ですよ?」
「それならよろしいんですけれど……。でも、そうでないなら……」
そこまで言って、仁美は次の言葉を飲み込んだ。さやかに対して自分がそのことを持ち出してもいいのか判断しかねているようだ。その仁美の様子から、彼女の言いたいことを察したさやかは言った。
「ねえ、仁美。あのお店行こっか」

いつものファーストフード店で、さやかと仁美は向かい合った。二人がここに来るのは、仁美がさやかにあのことを告げたとき以来。そう、上条恭介への告白だ。
仁美はうつむきがちにしながら押し黙っている。それを見たさやかは、自分から口を開いた。
「あのさ、仁美の言いたいこと大体わかるから言っちゃうけど、あたしは仁美と恭介が付き合ってること、もう気にしてないよ?」
「さやかさん……」
仁美の表情は、さやかの言葉を信じていいのかわからないと言いたげだった。努めて明るい声を出して、さやかは言った。
「あ、その顔は信じてないね? そりゃあさ、恭介にふられたのはショックだったよ。でも、自分があいつには友達だとしか思われてないってのは薄々わかってたことだし」
「……」
「むしろ、今までうじうじ悩んでたのがすっきりしたみたいな部分もあるしね。ちょっとダメージはあったけど、もう乗り越えられたよ。それは本当」
「でも……」
「仁美。あたしね、仁美のこと、本当に大事な親友だと思ってる。恭介だって、あたしの唯一無二の幼馴染だしね。こんなことっていうのもあれだけど、恭介のことで仁美とぎくしゃくなんてしたくないんだよ。二人にはずっと笑っていてほしい。だからさ、あたしに罪悪感なんて感じなくていいんだよ」
「はい……すみませんっ……さやか、さんっ……」
さやかの言葉に、仁美は声を殺して泣き始めた。さやかはその手を握り、笑って仁美に声をかけた。その目尻にも、かすかに光るものがあった。
「もう、なんで仁美が泣くの。綺麗な顔が台無しだよ?」
「はい……ごめんなさい……本当に、ありがとうございます……」
「だから泣くなって。全く、このお嬢様は『さやかさんが先に告白してください』なんて度胸の据わったこと言えるくせに」
からかうような口調で言うさやかに、仁美も言い返す。
「でも、さやかさんも『あたしも仁美も恭介を好きなのは同じなんだから、それじゃ不公平だよ。告白するなら、一緒にしよう』なんておっしゃったじゃないですか……」
「あたしは度胸がなかっただけだよ……仁美がいなきゃ、いまだに告白なんかできなかったと思うし」
そう言うとさやかは泣き笑いのような表情を改め、心底憤慨したような顔をした。
「それにしても、恭介のやつも情けないよね。あたしと仁美に同時に告白されて、『えっ、でも……さやかは友達だし……』とか間の抜けたことしか言えなかったんだもん。あたしにも仁美にも無礼千万だっつーの」
湿っぽい雰囲気を一変させるさやかの発言に、仁美もふふ、と微笑んだ。
「そうですわね……『私たちに好意を寄せられているなんて思いもしなかった』と言わんばかりの表情をなさってましたわ」
「あいつは筋金入りのバイオリンバカだからね。バイオリンの演奏にかけちゃ天才としか言いようがないけど、それ以外のとこはてんでダメで鈍感なんだよ。子供のまんま。割と自分勝手でわがままなとこあるし、人に気遣いとかできないしさ」
そう愚痴るさやかだったが、その口調には幼馴染としての愛情がこもっていた。仁美も興味を引かれたように口を開く。
「上条君は、幼いころはどんなお子さんでしたの?」
「え? そういう話、恭介としないの? 彼氏彼女なのに」
「上条君、バイオリンの練習で忙しくしてらっしゃるので……ときたまいま練習してらっしゃる曲のことや、クラシックのCDの話などはしてくれますけれど」
「あー、もう! それって恭介が一方的にしゃべってるだけってことでしょ? ほんっとにあいつは……」
「いまはバイオリンを弾けることが嬉しくて仕方がないのでしょう。それより、上条君のお話が聞きたいですわ」
さやかは心底あきれたように深いため息をついたが、仁美はそれには頓着していないようで、さやかの話の続きを促した。
「まあ、子供のころからあんま変わってないかもね、恭介は。バイオリンを始めたのは五歳のころだったけど、すぐに夢中になってね。それまではよく一緒に外で遊んだりもしてたんだけど、それからはもう暇さえあれば一日中弾いてたよ。最初はひどいもんだったけど、どんどん上手くなってね。恭介のおじさんにバイオリンの先生をつけてもらってからは、一日八時間とか当たり前に練習してたなぁ」
「まあ。本当にバイオリンがお好きなんですのね」
さやかは片肘をテーブルにつき、もう一方の手でジェスチャーを交えながら話を続ける。仁美も身を乗り出して聞いている。
「まーね。でも小学校に上がってからはちょっと大変だったよ。筆記用具とか宿題とかしょっちゅう忘れてくるの。そのたびにあたしが鉛筆貸したりしてさ。バイオリンに関心が行き過ぎてて、それ以外に気が回らないんだろうね。ほっとくと授業中も運指の練習したがるし。体育も手をケガしたくないからって休みたがるから、よわっちく見られて体の大きい子に絡まれたりとかね。まあ、そういうやつはあたしがやっつけてやったんだけど」
「あらあら。さやかさんも大変だったんですのね……」
「まあ、そんな大したことでもないけどさ。どんな分野でもそうだと思うけど、天才ってのは、ちょっと変わり者が多かったって聞くじゃない? 得意分野以外は全然ダメだったり、子供みたいにわがままだったり。あいつもそんな感じでさ、中学校に上がる直前だったかな。一回腱鞘炎をやっちゃってしばらくバイオリンが弾けなかったことがあってさ。もー、そんときはあたしにも当り散らすから大変だった。自分の練習しすぎが原因のくせに、夢中になるといつまででも練習やめないから……」
「そうですわね。いまも、バイオリンを弾けるのが嬉しくて嬉しくて、食事をとり忘れることもあるそうですわ」
「そう! ほんっと筋金入りだから、あいつ」
さやかは姿勢を正して仁美を見据え、人差し指を仁美の前に突き出した。
「だからさ、これから仁美の役目は重大だよ?」
「と言いますと?」
「せっかく奇跡的に腕が治ったんだからさ、また練習のしすぎとかで体壊したら元も子もないでしょ? だから仁美がちゃんと目を配ってやって、あんまり根詰め過ぎるようなら無理やりにでも休ませてやってよ。恭介のおじさんは恭介に甘くてさ、練習やめなさいとか言えないんだよ」
「そうなのですか……。はい、わかりましたわ。でも、どうすれば……?」
「集中してるときの恭介は練習の邪魔されると途端に機嫌悪くなるからね。やめなさいって言うより、練習室にお茶でも持っていって、あいつの好きなバイオリニストの話とか、新しく出たCDの話とか振るといいよ。そしたらあいつの関心がバイオリンからこっちに向くから。あいつがチェックしてる音楽雑誌も教えとくから、読んでおけば一緒に話できると思うし」
「はい。……あの、ありがとうございます、さやかさん。そこまでしていただいて……」
「いーのいーの。それより、こっちの方が大事だよ。あんまり恭介を甘やかさないようにしなね?」
「甘やかす、とはどういうことですの?」
「仁美がしてほしいことはちゃんと口で言いなってこと! 『忙しそうだから』って遠慮してると、あいつたぶんずーっと仁美のことほったらかしにしてバイオリンと仲よくしてるだろうからさ。バイオリンだけじゃなくてちゃんと自分のことも構いなさいって主張しとかないと、『仁美とはこれでいいんだ』ってあいつが図に乗っちゃう」
「でも、上条君が練習したいのをお邪魔するわけには……」
「いくらバイオリニストは毎日の練習を欠かしちゃいけないって言ってもさ、ずっと練習だけしてればいいってもんでもないでしょ? 練習室から外に連れ出して、いろんな経験させてやってよ。人生経験ってのは、積めば積むほど音楽にも活きてくるんだから」
「……はい。その通りですわね」
さやかの言葉を、仁美は一語一句聞き逃すまいと真剣に聞いていた。その様子を見て、さやかは安心したように微笑んだ。
「うん。これで、あたしがいなくなってもあんたたちは大丈夫だよね」
「……それは、どういうことですの?」
仁美に言うともなく一人ごちたさやかの言葉を、仁美は聞き逃さなかった。今日ここにきた理由であるさやかの変調のことを思い出した仁美は、不安げな声音を隠さなかった。
「あの、さやかさんは転校を考えてらっしゃるのですか……? その、私たちのせいで……」
「いや、転校なんかしないって! 言ったでしょ、気にしてないって! あんたたち二人に幸せになってほしいのは本当。無理して言ってるわけじゃないよ」
あわてて否定するさやかに、それでもなお仁美は問い続けた。
「でも、それならなぜ『いなくなっても』なんておっしゃるのですか? それに、最近のさやかさんのご様子は本当に心配で……」
「いやー、その……あのね、これは……単なる、寝不足なんだよ。深夜ラジオにはまっちゃってさ!」
さやかは心底言いづらそうに白状した。しかし、それでも仁美は半信半疑の様子だ。
「それに、『あたしがいなくなっても』ってのも深い意味はないわよ? 元々あんたたちにあたしの助けなんか余計だと思うしさ」
「そんなこと、ありませんわ。私はさやかさんとお友達になれて本当によかったと思っています。さやかさんがいてくださらなかったら、私はこの学校に馴染めていなかったかもしれませんし。私は、さやかさんにはお返ししきれないほどよくしていただいて、本当に感謝しているんです」
熱のこもった口調で話す仁美を見て、さやかは柔らかく微笑んだ。どこか安らかで嬉しげでもあるその表情は――
「じゃあ、いっこ約束してくれる? もしも、もしも仮に、の話だよ? そんな確率ほとんどないけどさ、今後いつか事故とかであたしがいなくなったりするかもしれないじゃない? そのとき、あんたたちはあたしのことなんか絶対に気に病まないで幸せになるって、約束して?」
「なんですの、それは……」
「だから、もしもの話だって! 事故ってのはオーバーだったなぁ。えーと、例えば高校生になったら、あんたたちとあたしが離れ離れになるかもしれないじゃない。てかその確率の方が高い気がするけど。そのときに、あたしに気を遣ったりしなくていいからってこと! だってさ、仁美ったら、まだどっかであたしに遠慮してるでしょ? 『さやかさんの気も知らないで上条君と仲よくするなんて』とかさ」
「いえ……そんなことは……」
「してるよ。あたしにはわかっちゃうんだよそういうの。だからさ、あたしが近くにいる間は難しいだろうけど、あたしが目の前からいなくなったら、遠慮しないで恭介とたっぷりいちゃついちゃって! そんで、幸せになってほしい。それが、あたしの幸せでもあるから」
「さやかさん……」
さやかの強い視線に促されて、再び目に涙をためた仁美は無言で頷いた。それを見て、さやかは改めて付け加えた。
「仁美。恭介のこと、よろしくね」
「はい……!」

                 *

「やっぱり、ここにいたのね」
「わわっ! 誰っ!? あれ、ほむら……? なにしてんのよ、こんな夜中に」
「それはこっちのセリフだわ」
すでに日付の変わった深夜の、上条家の裏手の森の中。森は上条家の全容を一望できる高さの小高い丘になっていて、さやかはそこに身を隠していた。さやかは魔法少女姿で木陰から上条家の方向をうかがっていて、音もなく忍び寄ったほむらが背後から声をかけたのだ。
「ストーカーは感心しないわね、さやか」
「誰がストーカーだ! ったく、なにしに来たのよ、あんた」
「だからそれはこっちのセリフだと言っているでしょう。さやか、あなた毎晩こうしてあの男の子の家を見張っているんでしょう。上条君と言ったかしら、彼が魔獣に襲われることのないように」
「うぐっ……」
図星を突かれたさやかが固まった。無言で前を向き直すさやかの背に、ほむらは追い打ちをかけるように続ける。
「魔法少女の契約を使って腕を治してあげるほど上条君に入れ込んでいるのはわかるけれど、あまり効率のいい方法とは言えないわね。第一、ここは魔獣の生まれやすいスポットからは外れているわ。彼が魔獣に襲われる確率は極めて低い」
「……」
「普段私たちが四人組で戦っているのはなんのためだと思っているの? 魔獣との戦いにおいてできるかぎり魔力の消費を抑えてソウルジェムに濁りを溜めないためよ。今日だって、さっきまでそうやって戦っていた。それなのに、四人で戦い終わって解散した後に、あなた一人だけここに来て上条君の見張りをしているなんて、魔力の無駄使いにも程があるわ。愚の骨頂と言い換えてもいい」
「あーはいはい」
「真面目に聞きなさい、さやか! そうやって毎晩深夜まで見張りをしていては、体が休まらない。ソウルジェムの濁りもずいぶん溜まっているでしょう? あなた、学校では一日中寝ているし、最近は魔獣との戦闘でも精彩を欠いている。こんなことを続けていては、遠からず無理がたたるわ」
「……わかってるよ」
「わかってないわよ! そうまでして上条君に執着する理由はなんなの? 彼が志筑仁美と交際していることが気に食わないというなら……」
「ほむら!」
振り向いたさやかが怒声を張り上げ、険のある目つきでほむらを見上げた。
「それ以上言ったら、本気で怒る」
「……そう。では、それが理由でないなら、なぜあなたはここにいるの? 上条君が襲われる可能性はほとんどないんだから……」
「そうでも、ないよ」
「え?」
再び前を向いたさやかに合わせてほむらが目を上げると、上条家を取り囲むように三体の魔獣が出現するところだった。消えたり現れたりを繰り返し、少しずつ上条家に近づいている。やつらが点滅をやめ、姿を現し続けるようになったら、それが人間を襲い始める兆候だ。
「魔獣!? なぜ……? こんな場所に出現したことはなかったのに、三体も……」
「三体だけじゃないよ」
そうさやかが言ったとき、さらに四体の魔獣が次々に現れた。動きは鈍く、まだ点滅を繰り返しているが、それでもここまで連続して魔獣が出現したことにほむらは驚きを隠せなかった。
「一体、どういうことなの? 魔獣は『ぐねぐねになった世界のバランスを戻すために、人間の感情を吸い上げてグリーフシードにする』存在……。それゆえに、やつらは人の憎しみや悲しみが集中する場所に生まれるはずなのに、どうしてこんな人の少ない郊外に……!?」
「憎しみや妬みの感情の、大元を断とうとしてるんだよ」
戸惑うほむらに、さやかは言った。
「大元……? どういうこと?」
「この世界では、人間の憎しみや妬み、恨みとかの感情が呪いになって、それが『世界をぐねぐねにしてる』んだってあたしは思ってる。つまり、魔獣は人間からそういう感情を吸い上げてその人間を廃人にすることで、呪いを断ち切って『ぐねぐねになった世界のバランス』を元に戻そうとしてるってわけだけど、ここには、他の人間にそういう憎しみや妬みの感情を抱かせる大元になってる人間がいるんだよ。魔獣は、その大元を断とうと集まってくるんだろうね」
「それって、まさか……」
「そう。恭介だよ」
「でも、上条君にはそんなに他人から恨みを買っているような印象はないわよ? ずっと入院していて、つい最近退院したばかりなのに……」
「退院した、ってのがミソなんだよね。あと、恭介を妬んでいる人間は、学校のクラスメイトとかじゃないよ。そういう人間がいる場所は、だいたいが見滝原から遠く離れた場所。言ってみれば、日本中にいるとも言えるかな」
「どういうこと……?」
珍しく動揺を隠せないほむらと対照的に、さやかは淡々と説明した。
「恭介のバイオリンの腕前は知ってるよね? それこそ、百年に一人の大天才、とか持ち上げられちゃうほどだけど、それだから同じバイオリンを弾いてる人間とか、音楽関係者からの妬みとか嫉妬とかも、ものすごいんだよ」
「上条君の才能に嫉妬している人間が大勢いる、ってこと?」
「そういうこと。あいつは中一のとき東京の有名な管弦楽団のソリストに抜擢されて演奏したり、出場したコンクールを総なめにしたり、とにかく目立ってたからね。その上、謙遜したり他人の感情に配慮したりってことが苦手で、他人から見るとずいぶん生意気に見えるんだよ。特に、何年も何年もこの世界で頑張ってたのにぱっとしない人なんかから見たら、あの年でバイオリンの腕前は自分より上、注目を浴びて前途洋々の人生送ってる恭介なんか、鬱陶しくしてしょうがないだろうね」
さやかが音楽の世界に意外なほど通暁していることに内心驚きながら、ほむらは聞いていた。上条家と長年家族ぐるみの付き合いをしていたさやかには、そういうことは嫌でもわかるのだろう。
「でも、事故があって……」
「もうバイオリンは弾けないって言われてた。こう言っちゃ悪いけど、恭介を妬んでた人たちはほっとしただろうね。でも、恭介の腕はあたしが治しちゃって無事復帰、ってことになったから……」
「『才能に恵まれた上、奇跡にも愛されている』と、前以上に憎しみを抱かれるようになった……」
ほむらは、上条家に魔獣が集まる理由に、ようやく得心がいったようだ。
「そう。音楽の世界も結構狭いからさ、恭介の復帰のニュースが流れて、『復帰コンサートを大々的にやる』だの『中学を卒業したらパリのコンセルヴァトワールに留学する』だの『フランスの有名オケの次期コンサートマスターに今から内定してる』だの、尾ひれ付きまくった噂も流れてさ。だから、そういう人たちの妬みとか恨みが全部結集して、こうなってるんだと思う」
さやかとほむらが話している間にも次々と魔獣は現れ続けており、今では広大な敷地を持つ上条家が蟻の這い出る隙間もないほど多くの魔獣に取り囲まれていた。魔獣の点滅は次第に消えている時間が短くなり、そろそろ上条家への襲撃が始まりそうだった。それを見据え、さやかは立ち上がって剣を取り出した。その背中にほむらは言った。
「なぜ、一人で戦っていたの? 言ってくれれば、私たちは協力したわ。あなたがそこまで無理して戦うことはなかったはずよ」
「ん〜……うまく言えないんだけどさ、恭介の腕を治したのはあたしだからね。その責任はあたしがとらなきゃ、って気がして……」
「愚かね。そうやって、これからもずっと上条君のために自分を犠牲にして戦い続けるつもり?」
「いや? 今日で、最後。今晩を乗り切れば、その必要はなくなると思う」
「どうして?」
「明日の夕方、東京で恭介の復帰後最初のコンサートがあるから。恭介のバイオリンは、本当にすごいんだよ。聞いてる人が誰もかれも子供みたいな顔になって聞き入っちゃって、気づいたらみんな泣いてるの。心の中の醜いものが全部洗い流されるような気持ちになってね。今まで恭介を妬んでた連中も、あいつの演奏をもう一回聞いてそのことを思い出せば、もう妬むとかそんな気になんかならなくなる。そういう力が、あいつのバイオリンにはあるんだよ」
「……」
さやかは、恭介の腕前に全幅の信頼をおいていると言わんばかりに言い切った。そして、振り返って目標を見定め剣を構える。それを見たほむらも弓を取り出し矢をつがえ、戦闘準備を整えた。
「あれ? 手伝ってくれんの? ツンツンほむらちゃんがついにあたしにデレた瞬間?」
「素直に『手伝っていただいて嬉しいです』と言いなさい? それに、あなたがそこまで言う上条君のバイオリンを、私も聞いてみたくなったの」
「うん。後悔はさせないよ、絶対に。じゃあ、行こうか」
魔獣の群れに向かって、魔法少女たちは飛び出した。

「恭介の家から引き離す! こっちだ、魔獣ども!」
さやかはわざと魔獣の群れの前を駆け抜け、その注意を引いた。魔獣の数は膨大で、すでに上条家の周囲をぐるりと囲んでいた。魔獣の多さは、コンサートを明日に控え恭介をこころよく思わない人々の妬心や憎しみが最高潮に達しているためだろう。恭介や上条家の人々に被害を出さないためには、この魔獣の群れを出来る限り上条家から引き離さなければならない。適度に魔獣を攻撃しつつ、さやかは市街地の方向へ走った。
「魔獣どもを駅の方向に誘導する! もう終電は終わってて人はいないし、あそこなら駅のホームに登ればあんたは魔獣を狙って撃ち下ろせる!」
「了解したわ。せいぜい走りなさい。誘導漏れは残らず仕留めてあげる」
さやかの狙い通り、魔獣の大部分はさやかにつられて駅の方向に集まってきた。何体か誘いに乗らずに上条家に向かおうしている魔獣もいたが、それらはすべてほむらの弓に撃ち抜かれて消滅した。
魔獣がギリギリ追いつける程度の足でさやかは走った。魔獣の注意をひきつけながら走り、追い付いてきた魔獣を倒してはまた走りを繰り返し、魔獣の群れを引き連れて駅までたどり着いたさやかは、そこで思いがけないものを見た。
「どきな、ぼんくら! ぼんやり突っ立ってんじゃねえよ!」
「美樹さん、よく頑張ったわね。あとは任せて!」
解散して家に戻っていたはずの杏子とマミが、次々と魔獣を仕留めていく。ほむらから連絡を受けた二人は、先回りして駅で待ち受けていたのだ。狩り場に魔獣の群れを追い込んできたほむらも合流してきた。
「やってくれちゃって、ほむら! にくいねこの!」
「無駄口を叩かないで、しっかり自分の身を守りなさい。あなたのソウルジェムはもうあまり余裕がないはずよ」
魔獣の大群と魔法少女との、熾烈な戦いが始まった。
恭介の並外れた才能に比例してそれを妬みうらやむ人々の感情も強くなるのか、魔獣の数は並外れて多かった。マミとほむらは駅のホームから開けたロータリーに集まってくる魔獣たちを狙い撃っていたが、あまりの数の多さに撃ち漏らした魔獣をホームに近づかせてしまう。さやかと杏子はよじ登ってきた魔獣を一体一体斬り払っているが、それも魔獣たちを押し返すところまでいかない。休む間もなく次々と襲ってくる魔獣をその都度倒していくしかなかった。
これだけ数が多いと、隙の多い大技は使えない。倒した魔獣が落とすグリーフシードを回収している暇もない。戦いは、集中を切らしたら負けの持久戦の様相を呈していた。

                 *

無限に湧いて出てくるのではないかと思われた魔獣の大群も、次第に目に見えて数が減ってきていた。ロータリーを埋め尽くしていた魔獣の群れが少しずつまばらになっていくにつれ、魔法少女たちにも余裕が生まれていた。
残りの魔獣の数を確かめたマミが、さやかと杏子に下がるように指示を出す。
「ティロ・フィナーレ!」
マミの大技が次々と魔獣を貫き、魔獣の群れを全滅させた。見る限り、魔獣の姿はもう見えない。ほっと一息ついた魔法少女たちに、マミが言った。
「今のうちに、グリーフシードを回収しましょう。魔獣はまだ現れるかもしれないから、遠くに行かないで、近くに落ちているものからね。一人ずつ順番に穢れをとって、その間はほかの人たちが警戒に当たりましょう」
「おっしゃ!」
杏子が周囲のグリーフシードを拾い集め始めた。その手つきは素早く、瞬く間に駅のホームに落ちていたグリーフシードが拾われていく。さやかたちも負けじと拾い始めた。ほむらが、さやかに声をかける。
「さやか。あなたが最初にグリーフシードを使いなさい。もうこれ以上魔力は使えないくらい危なくなっているでしょう」
「ああ……うん。そうさせてもらおうかな」
そう答えたさやかは、ほむらの背後を見て戦慄した。
駅のロータリーとは反対側から十数体の魔獣が至近距離まで迫り、グリーフシードの回収に気を取られている魔法少女たちを狙っていた。おそらく、さやかたちが駅のロータリー側を向いて魔獣を迎え撃っている間に反対側から集まってきていたのだ。しかも、ほむらたちはまだ気づいていない。さやかは、躊躇しなかった。
両足に魔力を込めて全速力で走り、そのスピードを乗せて刀身を撃ち出す。渾身の威力を込めたさやかの一撃は極太の閃光のように飛び、次々に魔獣を巻き込んで残った敵を一掃した。
それと同時に、さやかのすべての魔力を使い果たして。

(ああ……やっちゃったかぁ……あたし、死ぬのかな……)
走っていた足から力が抜け、さやかはゆっくりと倒れこむ。
(なんとなく、こんなことになる気はしてたんだけど……でも、不思議と怖くない……死ぬときってこんな気持ちなのかな……?)
地面に横たわったさやかは、仰向けになって空を見上げた。限界を迎えたさやかのソウルジェムは、ひびが入って崩壊し始めている。
(マミさん……不出来な後輩で、ごめんなさい……。杏子、あんたとは色々あったけど、出会えてよかったと思ってる……。ほむら……あんたも、素直じゃなくてケンカしたりしたけど、あたしの大事な友達だったよ……。あとのこと、よろしくね……)
さやかが静かに目を閉じようとしたとき、不意にその眼前にまばゆい光に包まれた何かが現れた。それは、ピンクの長い髪をなびかせ、純白の衣装を身に纏った魔法少女の神様。その姿を見たとき、さやかは思い出すべきことをすべて思い出した。
(ああ……そっか……あんたはずっと、あたしのことを呼んでたんだね……これで、よかったんだ……)
その神様に優しく抱き上げられ、また抱きしめ返しながら、さやかの姿はかすれながらゆっくりと天空へと昇っていく。
「お帰りなさい、さやかちゃん……」
「うん……久しぶり、まどか。今までさびしい思いさせて、ごめんね」
「ううん。ずっとさやかちゃんのこと見てたから、全然さびしくなんてなかったよ。さやかちゃん、本当にがんばってたね……おつかれさま……」

1乙かれさま。

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最終更新:2012年01月20日 23:20
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