4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:16:37.85 ID:6Ibxfjje0 [1/6]
――辛いよ……苦しいよ……
――もう、限界……あたし……とてもまどかと一緒にいられない……
――ごめんね……ごめんね……まどか……
*
「ここはいつ来てもにぎやかですわね」
久々のまど界に降り立った仁美はひとりごちた。クリスマスや年末年始をまど界に入り浸って過ごしていた仁美は、そのつけで
今日まで家の用事や習い事などに忙殺されていたのだ。ここへ来るのは正月三が日以来だ。
高校受験を控えて周囲からは勉強に身を入れろとせっつかれているものの、当人は至ってのんきなもので、まど界通いをやめる
気はさらさらなかった。普段の勉強をきちんとこなしていれば、受験を前にして急におたおたすることなどない、というのが仁美の
信条だった。それに、まど界に住む親友二人の幸せそうな姿を見るのは、仁美にとって何物にも代えがたい生きがいなのだ。
「あら、あんなところにもカフェができたんですのね」
まど界の街並みは、そこを通るたびに変わっているのではないかと思うくらい新しい店が次々にできている。無理もない話で、
なにしろここの住民は魔法少女と魔女だけなので、すべてが女性だ。特に魔法少女はほとんどが10代なので、ファッションや
スイーツに目のない子も多い。魔女はたいてい自分の結界を作ってそこにこもっているが、神様に頼んで元の魔法少女姿に戻して
もらった子も大勢おり、そういう子たちも女の子らしいまど界ライフを大いに満喫している。
まど界は現世の見滝原がモデルになっていて、地形や大きな建物などはほとんどそのままのため、基本的には現世の土地鑑が
あれば迷うことはまずない。けれど、その代わりビルのテナントとして入っている店舗、特にDIYショップや電気店、釣具店などは
アクセサリーやコスメ、お洒落な喫茶店などに改装されてしまっていた。『こんなお店が欲しい』と神様の分霊に頼むと、その通り
に店舗を作り替えてもらえるのだそうだ。仁美たちがよく通ったファーストフード店の入っていたデパートも、ほとんどの店舗が
改装されてしまっていた。
仁美が行くあても決めずぶらりと歩いていると、向こうからまど界で顔見知りになった魔法少女がやってきた。
「あら、ごきげんよう」
「あれ? 仁美じゃない。久しぶり~! ねね、最近の神様の話、聞きたくない?」
「それは是非とも。なにかありまして?」
その子は噂好きのまど界の住人の中でも特に早耳で、久しぶりでいきなりまどかやさやかに会いに行くよりは、まずはしばらく
顔を出していなかったまど界の様子を見ていこうと思っていた仁美にとってはうってつけの相手だった。とは言え三週間やそこらで
なにか大事件が起こるはずもない。精々まどかがどこそこに新しいコスメショップを作ってくれたとか、まどかがまたまど界放送で
ノロケを連発したとか程度が関の山だろうと思っていた仁美は、彼女の次の言葉に少なからず衝撃を受けることになった。
「なにかあったどころじゃないよ! 神様、ついにパートナーの子と別れたんだって!」
「は……?」
「信じらんないでしょ!? でもほんとなんだってば! 最近神様が一人で買い物とかしてんの、あたしも見たもん!」
「嘘でしょう……?」
「嘘じゃないって! その前の週は神様がさやかって言ったっけ、パートナーの子を無理やりみたいに引っ張ってたとこも見たし!
ずーっと顔背けて見ようともしてなかったし、あれ絶対ケンカかなんかしてこじれたんだよ、きっと!」
滔々とまくしたてる彼女の言葉を、仁美は半分も聞いていなかった。まどかとさやかが、破局した? 数年来の親友で、現世でも
恋人同士のように仲がよく、まど界に来てついにめでたく結ばれた二人がこんなにあっけなく別れるなど、仁美には到底信じられ
なかった。しかし、さらに信じられないような言葉が仁美を襲った。
「でね、神様ったら最近めちゃくちゃ嬉しそうなんだよ! 鼻歌で演歌歌いながらよく歩いてるし、いっつもご機嫌だから今なら
どんなお店頼んでも作ってくれるって、みんなはしゃいでるし! やっぱりあれよね、さやかと別れたのがそんなに……」
立て板に水とばかりにしゃべっていた彼女は、そこで慌てて口をつぐんだ。我知らず怖い顔になっていた仁美を見て、仁美が
まどかとさやかの親友であったことを思い出したようだ。彼女は「じゃ、じゃあまたね!」と逃げるようにその場を立ち去った。
5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:18:29.94 ID:6Ibxfjje0 [2/6]
仁美は呆然と立ち尽くしていた。まどかがさやかと別れて嬉しそうにしているなどという話は、どう考えても自分が知っている
まどかと重ならない。一途にさやかを想い、過酷な戦いの末にやっとさやかへの片思いを成就させたまどかは、さやかと一緒に
いられることがなによりも幸せだと言っていたはずだ。
だが、今聞いた話は真っ赤な嘘だと言い切ることもできない。仁美にその話をした彼女は確かに噂好きだが、面白半分にでまかせ
をしゃべるような子ではない。現に、彼女から今まで聞いた話が嘘だったことはなかった。
考えてばかりいても仕方がない。さしあたって仁美は、今聞いた話の裏を取るべく別の知り合いのいそうな喫茶店やカフェに足を
向けた。まどかやさやかに直接あたるのはその後だ。このあと聞く話如何によっては、自分の心配が杞憂に終わるかもしれないと
半ば願いながら、仁美は足を速めた。
しかし、仁美の期待もむなしく、そのあと聞けた話も最初の話を否定してくれるものではなかった。曰く、いつも手をつないで
いた二人が手どころか視線も合わさないようにしながら歩いていた、今まで一緒のベッドで寝ていたのが最近は別々のベッドで
寝るようになったらしい、神様が一人で出歩いているのをよく見る、さやか以外の女の子と一緒にいるのを見た……。
仁美は困惑した。これだけ噂になっているのなら、もう疑いをさしはさむ余地はないと言っていい。しかし、いくら話を聞いても
二人が別れた理由らしきものが見えてこなかった。今更ケンカ程度でどうこうなるような仲ではないし、さやかの浮気(とまどかが
主張するもの)も最近はさやかが気をつけていた。それに、二人が自分に何の相談もなく別れたというのも不自然だ。
やはり、二人に直接話を聞くほかない。そう悟った仁美は、一路鹿目家へ向かった。
まど界の鹿目家も現世のそれと同じ場所にあり、外見や内部の構造も全く同じだ。つまり、仁美もよく遊びにきていた現世の
鹿目家そのものと言っていいはずだった。しかし、まど界の鹿目家の前に立った仁美は、その家からどこか寒々しい印象を受けた。
今聞いてきたばかりの話に引きずられているだけだと自分に言い聞かせ、仁美はチャイムを鳴らした。
時刻は四時過ぎ。普段なら、まどかはまだお勤めに出ていて鹿目家にはさやかしかいないはずの時間だ。話を聞くなら一人ずつが
いいと思いながら応答を待っていた仁美は、はたしてドアを開けたさやかと顔を合わせた。
「はーい、どちらさま……あれ、仁美じゃん。久しぶりだね」
「ええ……お久しぶりです」
「突っ立ってないで、上がってよ。なんもないけどさ」
さやかの後について家に上がった仁美は、さやかの変貌に驚きを隠せなかった。一見仁美の見慣れた普段通りのさやかのよう
だったが、顔や体はやつれて明らかに細くなっていた。顔色もすぐれないし、全体に弱々しい印象を受ける。現世ではたとえ
空元気だとしてもいつでも元気いっぱいだったさやかにしてみれば、考えられないことだった。
ダイニングの椅子に腰を下ろした仁美に、さやかが尋ねた。
「なんか飲む? といっても緑茶とココアくらいしかないけど」
「いえ、結構ですわ……」
やはり、さやかの様子はおかしい。どこか上の空で、心ここにあらずのまま手だけを動かしているような感じがする。結構だと
言ったにも関わらず、さやかは緑茶を淹れてきた。それも、湯のみではなくコップに入れて。それには手をつけず、向かいの席に
座ったさやかに仁美は尋ねた。
「あの、さやかさん? どこか、お体の具合でもお悪いのではないですか? ずいぶんやつれてらっしゃるようですし……」
「え……? いや、そんなことないよ。あたし、体だけは丈夫だからさ」
そう言ってさやかは笑ったが、どこか力ない笑みだった。病気でないなら、さやかの変調の原因は一つしかない。仁美は、本題に
入ることにした。
「あの、今日、まどかさんは? まだお勤めですか?」
まどかの名を出した途端、さやかがびくっと体を震わせた。その反応に、むしろ仁美の方が驚いたほどだ。顔をうつむけた
さやかは、目だけを仁美に向けて言った。
「そっか……仁美、あたしたちのこと聞いたんだ……」
「教えてください、さやかさん。お二人にいったい何があったんですの?」
6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:20:38.34 ID:6Ibxfjje0 [3/6]
さやかはそれには答えず、無言で席を立った。窓際に置かれていた写真立てのところにいくと、それを手に取って見つめている。
さやかが何も言わないので、仁美も席を立ってさやかの背後に近づいた。さやかが見つめている写真は、まどかとさやかがぎゅっと
抱きしめ合って笑っているもので、撮ったのは仁美だ。
「……のときの……れたら……ったのに」
さやかが仁美に聞こえるか聞こえないかくらいの声でぽつりとつぶやいた。仁美は、一瞬のちにさやかの言葉を理解した。
あのときのままでいられたらよかったのに。
「さやかさん! それはどういうことですの!?」
「あっ、やっ、なんでもない! なんでもないからね!」
振り返ったさやかは必死に顔の前で手を振った。。背後に仁美がいたことにも気づいていなかったようだ。よく見れば、さやかの
両目は赤く腫れており、頬にも泣いた跡がありありと残っていた。
「さやかさん、お願いですから話してください! 私ならいくらでも力になりますから、わけを……さやかさん!?」
仁美は、絶句した。どうにかしてさやかに心を開いてもらおうと言葉を尽くして説得するつもりだったが、言葉は一言も口から
出てこなくなった。さやかが仁美に背を向けて写真立てを胸に抱きしめ、うずくまって泣き出していたからだ。
「なんでもない……なんでもないったら……。お願い……お願いだから、勘弁して……」
涙声で哀願するさやかに、仁美は何も言えなかった。弱々しく震えながら、さやかは泣き続けている。こんなさやかの姿は、
今まで見たことがなかった。
何か言おうとして結局何も言えず、さやかを残して仁美は鹿目家を出た。
今度は本当に行くあてもなく、仁美は途方に暮れながら歩いていた。
まど界に降り立ったときには、こんなことになっているとは思いもしなかった。最初に話を聞いたときは悪い冗談だと思った。
しかし、さやかの様子を見て、いよいよのっぴきならない事態になっていることを仁美は実感していた。
これまで聞いた話やさやかの様子を総合すれば、大筋ではこういうことになる。まどかとさやかが何らかの原因で仲たがいをし、
お互い意地を張りあっているうちにまどかの気持ちが冷めた。一方のさやかは仲たがいしたことを悔やんでいるが、まどかはもう
さやかに見向きせず、一人で出歩いたり他の女の子と付き合ったりしている……。
自分で考えておいて、そんなことがあり得るのだろうかと仁美は自問自答した。あまりに現実離れしすぎていて到底信じられない
気がしたが、自分の目の前で泣き崩れたさやかの涙は本物だった。
さやかは、まどかと別れたことを心から後悔して、自分を苛んであのようにやつれてしまったのだろう。あの二人が仲たがいを
した原因がさやかの側にあったのかどうかはわからない。けれど、そうでなくともさやかはああやって自分を責め続けるだろう。
けれど、そうしてさやかがいくら自分を追い込んでも、もうまどかの心はさやかの方を向いていない。二人の関係は、終わって
しまっていた。
仁美は、立ち止まった。そこは鹿目家から街へ下る坂の途中で、鹿目家からわずかな距離しか歩いていない。それなのに、仁美は
もう歩けないような気がしていた。
仁美は無力感に包まれていた。自分が目を離したすきに二人が別れるなど夢にも思わなかった。今までずっと二人を見守ってきた
自分の日々まで否定されたような気持ちだった。こんなことなら、何を犠牲にしても、もっと足繁くまど界に通うべきだったと
悔やんだ。
仁美の目から、涙がこぼれ落ちる。両手で顔を覆って声を殺して泣く。ただ一人、立ち尽くして。
しかし、ひとしきり泣いた仁美は、もう落ち込んではいなかった。思い悩むだけで何も行動に移さないのは仁美の性分ではない。
涙を拭って自分にできることはまだあるはずだと自分を立て直した仁美は、思考をフル回転させ始めた。
まだ、遅くはない。まどかを見つけ出して、さやかが痛いほどまどかを想っていることを伝えて、よりを戻すよう説得するのだ。
さやかがああして泣くなんて、尋常な心持ちではないはずだ。二人は別居にまでは行き着いていないことだし、諦めてしまうのは
まだ早い。
まどかは今どこにいるのだろう。お勤めに出ているなら、そろそろ現世からまど界に帰ってきているはずの時間だ。けれど、今の
まどかがまっすぐ家に帰ってくるとは思えない。さやかと顔を合わせたくなくて街で時間をつぶしてから帰るのかもしれないし、
新しくできたお気に入りの子のところに寄っているかもしれない。まずはそっちをあたってみるべきだ。
7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:22:30.79 ID:6Ibxfjje0 [4/6]
仁美は自分の心に闘志が満ちてくるのを感じていた。頭は、まど界でまどかの行きそうなところを次々とリストアップしている。
まどかを説得するのに助力してくれそうな魔法少女や魔女の候補も思い浮かんだ。まどかと親しくしている子の情報も集めなければ
ならない。
まずは、まどかを探そう。そう決めて仁美が走り出そうとした矢先。
「あっ、仁美ちゃんだ! おーい、仁美ちゃーん!」
空からまどかの声が聞こえ、仁美は拍子抜けした。
上空に、仁美の姿を認めて今まさに舞い降りてきているまどかの姿が見えた。
「仁美ちゃーん! 今そっち行くから待っててねー!」
耳馴染んだちょっと舌足らずな声でまどかが仁美を呼ぶ。魔法少女の神様の衣装に身を包み、長い髪をなびかせて仁美の目の前に
降り立ったまどかは、現世でのそれより大人びて見える。けれど、その仕草や声は普段通りの子供っぽく可愛らしいもので、その
ギャップがまたまどかの魅力になっていた。
この神様なら引く手あまただろうと思いながらまどかを迎えた仁美は、さっきまでの気勢を削がれた形になっていた。
「久しぶりだね、仁美ちゃん! 元気だった?」
満面の笑みでまどかが仁美の手を取る。思わず釣られて笑顔になってしまいそうになった仁美だったが、慌てて気を引き締めて
まどかに言った。
「ええ。おかげさまで。けれど、まどかさん。今日は大事なお話があるのです」
「ふぇ? なぁに?」
仁美の真剣な口調と表情を見ても、まどかは一向にのどかな顔のままだ。『大事なお話』の察しはついているだろうに、こんな
顔ができるとは、いよいよ説得には骨が折れるかもしれないと思いながら仁美は口を開いた。
「お願いです。さやかさんと、よりを戻して差し上げてください! さやかさんは、まどかさんと別れてしまったことを心から
悔やんでらっしゃるのです!」
「へ? 仁美ちゃん、なにを……」
「どうか、さやかさんのお話を聞いてあげてください! さやかさんは、あんなにやつれてしまって、目を泣き腫らして……っ!
さやかさんは、さやかさんは……っ!」
感極まった仁美の言葉は、最後は涙にかき消されてしまっていた。それでも、言わんとすることは伝わったはず、と仁美は信じて
まどかの言葉を待った。
「あの、仁美ちゃん? わたし、仁美ちゃんが何を言ってるのか、よくわからないんだけど……」
仁美の渾身の言葉は届かなかったのか、まどかが戸惑った様子で答える。仁美の悲愴な口調とは明らかに温度差のあるまどかの
口調に、仁美は苛立った。
「ですから! さやかさんのもとに戻って差し上げてほしいと言っているのです! お二人が別れた事情は存じ上げません。
落ち度があったのはさやかさんの方かもしれません。けれど、それでもさやかさんは心から反省して……」
「あの、だからね? わたしとさやかちゃんは、別れてなんかいないんだけど……」
「え?」
今度は、仁美が戸惑う番だった。
まどかとさやかは、別れていない? それなら、今まで聞いてきた話はなんだったのだろう。そして、さやかの涙は。
「あっ、わかった。仁美ちゃん、さやかちゃんに会ってきたんだね? さやかちゃん、わたしと二人で写った写真立て抱きしめて、
泣いてたでしょ?」
「ええ……それにずいぶんやつれてらして、私は……」
「えへへ。あのね、さやかちゃんは心配いらないよ。だって、さやかちゃんのは恋患いなんだから」
「恋患い……?」
いよいよ仁美は混乱した。さやかが誰に恋患いするというのだろう。さやかはまどかと結ばれているはずで、普通に考えれば
さやかの恋の相手は――
「あの、もしかして……」
「うん、私にだよ。さやかちゃんね、わたしのこと、本当に好きになってくれたの!」
両手で顔をおさえながら、嬉しそうにまどかが言う。仁美の中で、ばらばらだったピースが次々につながっていく。そして、
組み上がったジグソーパズルの完成図は極めて平和なものだった。
「つまり、今までのさやかさんの、友情の延長線上のような『好き』ではなく……」
「そう。今のさやかちゃんのわたしへの『好き』は、上条君への『好き』と同じなの! さやかちゃんはね、わたしに恋してくれ
たんだよ!」
さっきにも増して幸せそうな笑みをこぼしながら、まどかが言う。今度こそ、仁美にも得心がいった。鹿目家を訪ねたときの
さやかの異常は、まどかに恋するが故の恋患いだったのだ。
8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:23:17.81 ID:6Ibxfjje0 [5/6]
鹿目家の方向へ歩き出したまどかを追って、仁美も連れ立って歩いた。まどかは満面の笑みで、仁美もさっきまで深刻な顔をして
いたのに、今はもうまどかの話に興味津々といった様子になっている。
「そういうことだったのですね……。でも、毎日一緒に暮らしてらっしゃるのに、さやかさんのあのやつれようは一体どういう
ことですの?」
「一緒に暮らしてるからこそ、かな。今のさやかちゃんね、わたしの顔を見るだけでドキドキして、まともにおしゃべりも出来ない
くらいなんだよ。だから一緒に暮らしてるってだけで一日中ドキドキしっぱなしなんだって。そのくせ、わたしがいない時間は
さびしくってしかたなくて、毎日写真立て見つめて泣いてるんだよ」
上条恭介に恋していたときのさやかの乙女っぷりもかなりのものだったが、今のさやかの乙女ゲージは常に針を振り切っている
らしい。
「では、まどかさんがさやかさんを無理やり引っ張っていたとか、まどかさんが一人でお買いものに行かれているというのは……」
「わたしがデートに誘うと、さやかちゃん真っ赤になって固まっちゃって。最初はわたしが手を引っ張って連れ出してたんだけど、
それも結構大変だし、わたしの顔恥ずかしくて見られないって言うし、最近はデートもおあずけなの」
「まどかさんがさやかさん以外の女の子と歩いていたという話もありましたけれど」
「わたしにだってこっちに来てからできた友達くらいいるもん。いっつもさやかちゃんと一緒だったから、目立ったんだろうね」
「ベッドも別々にされたそうですけれど、当然夜の方も……?」
「えへへ。恥ずかしいなぁ。当然そっちもごぶさただよ。キスも出来なくなってるのにそんなことしようとしたら、さやかちゃん
ドキドキしすぎて死んじゃうよ。 お風呂も一緒に入れないんだから」
これではまるで、恋人から逆戻りしているようなものだが、まどかはひたすら嬉しそうにさやかのことを語った。長年片思いして
きた相手から恋されるというのは、まどかならずとも格別な幸福だろう。
まどかの話を聞いて、仁美は深く安堵のため息をついた。断片的な情報やさやかの様子から早とちりしてしまったが、ふたを
開けてみれば、むしろ二人のバカップルっぷりがますます悪化している、というだけの話だった。
「来ましたわー……安心したら気が抜けました。でも、私の取り越し苦労で済んでよかったですわ。ところで、さやかさんの恋心に
ついて、なにかきっかけのようなものはなかったんですの?」
「きっかけ? んー、きっかけってほどのことはなかったかなぁ。なんか、自然にそうなってくれたんだと思うよ。わたしのこと、
本当に大事に大事にしてくれてたしね……」
「大事にしてくれたと言えば、さやかさんがイケメンさんでなくなって、まどかさんはさびしかったりはしないんですの?」
「ううん。前はぎゅーとかキスとかわたしが頼んだことはなんでもしてくれて、それもとっても嬉しかったんだけど、今のさやか
ちゃんもとっても好きなの。ちょっと突っついたりするだけで真っ赤になっちゃって、可愛くって」
さやかにとっては不本意なことかもしれない。『あのときのままでいられたらよかったのに』というセリフから察するに、
さやかは以前のようにまどかといちゃいちゃしたりしたいのに、それができないことをもどかしく思っているようだから。
けれど、まどかは独特の笑い声でえへへと笑いながら心から幸せそうにしていた。そのまどかを見て、仁美もまどかとさやかが
二人でいるのを見ているときの幸福感を思い出した。やきもきさせられた分、今日はたっぷり二人のラブラブっぷりを満喫させて
もらうまでは帰らない。仁美はそう心に決めていた。
気が付けば、まどかと仁美は鹿目家の前までたどりついていた。まどかが玄関のドアを引くと、鍵が閉まっていた。
「あら、さやかさん、さっきまでいらっしゃったのに……お買いものでしょうか? もうすぐまどかさんが帰っていらっしゃる
ことはお分かりのはずですのに」
「逃げちゃったんだよ、私たちから」
「逃げた……?」
まどかは、仁美に種明かしをした。
「さやかちゃんね、自分が好きな相手に自分も好かれてるって状況が慣れないらしくて、最近はわたしから逃げ回るように
なっちゃってるんだ。わたしが家に帰ってくると自分の部屋にこもったり、デートしようって言っても恥ずかしがっていやいや
したりね。特に今日は仁美ちゃんもいるし、わたしが帰ってきてドキドキしてるところをからかわれてたら身がもたないと
思ったんだろうね」
9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/01/27(金) 18:24:21.21 ID:6Ibxfjje0 [6/6]
幸せそうな表情で、まどかが言う。自分が恋した相手に恋されているとなれば、誰だって顔がほころぶだろう。さやかが真っ赤に
なって照れたり、自分から逃げ回ったりすることすら愛おしい、そんな表情だった。
「あら、失礼してしまいますわね。では、さやかさんはどちらへ?」
「んー。たぶん、あそこかな?」
*
「……でね、さっき仁美が来たんだけど、もう問い詰められちゃって参ったよ。たぶんまどかからあたしのこと聞いて、『現世では
あんなにイケメンさんでしたのに、一体どうなさったんですの~?』とかあたしをからかいに来たんだろうね。真っ赤になった
あたしを見てまた『キマシタワー』ってやるつもりだったんだと思うんだけど、あたしもいっぱいいっぱいになっちゃってて。お願い
だから勘弁してって頼んだら渋々引き下がってくれたんだけど、仁美のやつ、絶対明日も明後日も来るよね。ねえ、どうしたら
いいと思う?」
「さあ」
「あー、もう! それもこれもまどかが可愛いのが悪い! 恋愛は惚れた方が負けだってよく言うけど、恭介のときもそうだった
のに、まどかに対してもこうなっちゃって、さやかちゃん負けっぱなしだよ……」
「へえ」
「ねえ、聞いてる? エリーってば。聞いてるんなら、何か言ってよ」
「……なら言わせてもらうけどさ……。あたしは平和に引きこもっていたいだけなのに、なんで毎日毎日あんたのノロケを聞かされ
なきゃならんのよ!!!?」
「ノロケじゃないよ! あたしは本当に困ってるんだってば!」
「それがノロケだって言ってんでしょうが! やれ今日もまどかが可愛くて正視できないだの、くっつかれてドキドキするだの、
こんな自分がまどかに嫌われないか心配だの、まどかに浮気されたら生きていけないだの、そんなんを毎日聞かされるこっちの
身にもなってみろってんだこんちくしょー!」
「まぁまぁ、落ち着きなさいな、エリー。さやかさんだって、好きで毎日こうして赤くなったり青くなったりされてるわけでは
ないんですから……ぷぷっ」
「んなこと言うなら、エルザがこいつ引き取ってよ! それに半笑いで言っても説得力ないわよ! 大体さやかも何で毎回あたし
んち来るわけ!?」
「だって、織莉子さんとこは行くといじられてろくなことにならないし、仁美には喜ばれるだけだし、事情を知ってる魔法少女や
魔女たちだってニヤニヤしてくるだけだし、うちから近いしからかったりしないエリーだけが頼りなんだよ!」ヒシッ
「ええい、引っ付くな! ほんっと惚れた弱みでキャラ変わるわねあんた! このヘタレ!」
「ううっ……惚れた弱みでもなんでもいいからさ、話だけでも聞いてよ……このままじゃあたし、ドキドキしすぎでいつか心臓が
止まっちゃう……」メソメソ
「いいじゃありませんか。そんな幸せなことってなかなかありませんよ? 見ている私たちまで幸せな気持ちになってきます」
「そりゃ見てる側はいいだろうけどさぁ……」
ピンポーン
「ひゃあっ!?」
「あら、もしかして……」
「エリーちゃーん? まどかだけど、さやかちゃんお邪魔してないー? わたしがお勤めから帰ってきたら、家にいなかったのー」
「やっぱり」
「い、いないって言って、お願い!」
「だから引っ付くな! はいはーい、さやかはここにいますよー! うっとうしいからさっさと引き取ってくださいよー!」
「は、薄情者ー! あんたには人間の情ってものはないの!?」
「おかげさまであいにくこちとら魔女なもんでね!」
「お邪魔しまーす。あっ、さやかちゃん見っけ! えへへ。ただいま、さやかちゃん」
「あ、うっ、お、おかえり……まどか///」
「ねえ、どうしておうちにいてくれなかったの? わたし、とってもさびしかったんだよ?」ギュッ
「ひゃあああっ!? ままままどか、近すぎ……っ!」
「抱き付かれただけで顔真っ赤にして硬直するとか……」
「あらあら、完全に熱暴走してますね」
「まっまどか、ごめん!」ダッ
「あっ、さやかちゃん!? どこ行くの!?」
「逃げたよ……恥ずかしいから逃げるとか、小学生かっつの……」
\ついて来ないで! あたし今顔真っ赤だから!//// \さやかちゃーん! 待ってよー!/ キマシタワー!>
今日も平和なまど界から、\>>1乙/
最終更新:2012年02月04日 07:51