21-16

16 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/11(土) 01:38:53.75 ID:XMJz00VE0 [1/9]
――天使かと、思った。

――王子様だと、思いました。


 まどかに出会ったとき、あたしは確かにそう思った。
 小学校五年生になったころのあたしは、髪を短くして短ズボンをはいた姿が格好いいとほめられるのが嬉しくて、どう見ても
男の子にしか見えない格好をしていた。自分には女の子らしい格好は似合わないと思っていたこともあったけれど、そのぶん
内心の女の子らしさへの憧れは人一倍強かったと思う。
 ふわふわのスカートをはいた自分の姿を想像してみたこともあるし、ピンクのリボンも付けてみたかった。似合わないって
自分でもわかっていたけど、その憧れを打ち消すこともできず、そして夢想すればするほどあたしの憧れは強くなるばかりだった。
 だから、まどかを初めて見たときは、あたしの理想の女の子が夢の世界から出てきたのかと、そう思った。

 さやかちゃんと出会ったとき、わたしは確かにそう思ったのです。
 見滝原に転校してきたばかりのわたしは、今よりも一層おどおどしていていつも泣きそうな顔をしていたと思います。タツヤが
生まれてすぐ一家で引っ越しをして、友達も誰一人いない知らない土地でいつも世界のどこにも身の置き場がないような思いを
抱えていたからです。パパとママはタツヤの世話で手一杯で、その上転校初日の自己紹介で大失敗したわたしには友達もできず、
家でも学校でも一人、灰色の毎日を送っていました。
 物語なら、清い心を持ったかわいそうな女の子のもとには白馬に乗った王子さまが颯爽と現れるところだけれど、それは物語の
話です。ましてやタツヤの世話をちゃんと手伝うことすらできないわたしのもとに、王子さまが現れてくれるはずもありません。
それでもわたしは、誰かわたしを助けてくれる人を、心のどこかで待ち望んでいたのかもしれません。
 だから、さやかちゃんを初めて見たときは、これはわたしの夢の世界なのかなと、そう思いました。

17 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/11(土) 01:39:24.38 ID:XMJz00VE0 [2/9]
――「大丈夫?」

――「あ……ありがとう」


 まどかと初めて言葉を交わしたのは、まどかが転校してきて数日たったある日の登校中のこと。なんとなくまどかに話しかけ
そびれていたあたしは、見覚えのあるピンク色の髪をした女の子が地面にへたり込んでいるのを見つけたのだ。
 状況はすぐに見て取れた。その子はつまづいて転んだはずみで、ランドセルの中身を地面にぶちまけてしまったようだった。
運の悪いことに、投げ出されたノートやお弁当箱は地面の水たまりに浸かってしまっていた。
「大丈夫?」
 気づけばあたしは駆け寄ってその子に声をかけていた。純粋な親切心もあったけれど、頭のどこかで『これはあの子に話しかける
チャンスだ』と思っていたことも否定できない。そのことが後ろめたくて、あたしはことさらに仏頂面を作っていた。
 あたしの声に振り向いたその子は、今にも泣きだしそうな目をしながらあたしを見返した。くりくりした大きな目。花のように
可憐な口元。女の子らしい柔らかそうな髪の毛。今思えば、その瞬間にあたしはその子のとりこになっていたんだと思う。
だから、あたしは一刻も早くその子の笑顔を取り戻してあげたくなった。
 あたしはすぐさま水たまりからその子のノートとお弁当箱をすくいあげ、ハンカチで拭いてあげた。その子はそれを泣きそうな
顔のまま呆然と見ていたけれど、あたしがノートもお弁当箱も大丈夫なことを告げると、途端に泣き出してしまった。
その子を笑顔にしてあげるつもりが、かえって泣かせてしまったことにあたしは大いに慌てた。なだめてあやして、ノートや
お弁当箱をランドセルに戻してやってようやくその子は泣き止んだ。
 その子に顔も同じクラスだということも覚えられていなかったのはちょっとショックだったけれど、泣き止んで笑ったその子の
笑顔が眩しくて、そんなことは気にならなかった。なにより、その子とこうして友達になれたことが、あたしにはとても、幸せだった。

 さやかちゃんと初めてしゃべったのは、わたしがクラスに馴染めないまま憂鬱な気持ちで登校していたある日のことです。
 朝、パパがタツヤの世話にかかりきりになっている間に思い出したように渡してくれたお弁当箱を受け取ったわたしは、
ランドセルのふたをしっかり閉めたかどうか確認することを忘れてぼんやりと歩いていました。今日も一日、友達もいない
教室でひとりさびしくお弁当を食べるのかな。そう思うと、わたしの足取りはどんどん重くなっていきました。
 そうやって心ここにあらずの状態で歩いていたので、わたしは通学路に転がっていた小石に気づかず転び、そのはずみで
ランドセルの中身が路上に広がってしまいました。どうにか体を起こしたけれど、同じ通学路にいた子は誰も手を差し伸べて
くれません。
 擦りむいた膝も痛むし、おまけにわたしのノートとパパに作ってもらったお弁当箱が水たまりに落ちてしまっているのを見て、
わたしは例えようもなく悲しい気持ちになりました。
 どうしてわたしはいつもこうなんだろう。どうしてわたしにばかりこんなことが起こるんだろう。そう思ってしまうと、
次から次へと悲しい気持ちばかりが思い出されて、わたしはノートやお弁当箱を拾うこともできずに、ただこぼれ落ちそうな涙を
こらえていることしかできませんでした。
「大丈夫?」
 不意に背後から声をかけられたわたしは、恐る恐る振り返りました。そこに立っていたのはポケットに手を突っ込んでツンとした
顔でわたしを見下ろす青い髪の男の子。いえ、背中に赤いランドセルをしょっていたので男の子ではなく女の子なのだとすぐに
気付きましたが、その子は男の子だと言っても通りそうなほど凛々しい顔立ちをしていて、わたしは思わず見惚れてしまっていました。
 わたしがぼうっとしている間に、その子はわたしのノートとお弁当箱を水たまりからすくいあげ、ためらいもなく自分の
ハンカチで拭いてくれました。ちょっと濡れちゃったけど大丈夫だよ、と笑ってその子が言ってくれたとき、わたしは心の中が
じーんと暖かくなって泣き出してしまいました。その子は再び泣き出したわたしを優しく慰め、わたしの手を取って立ち上がらせて
くれ、その様子は、まさしくわたしが夢見ていた、いつかわたしを助けに来てくれる王子様そのものでした。
 全く知らない子だと思っていたその子が実はクラスメイトだったと知ったときはとても恥ずかしくなったけれど、こんな近くに
わたしを助けてくれる人がいたんだと実感できて、わたしはとても、幸せでした。

18 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/11(土) 01:39:41.72 ID:XMJz00VE0 [3/9]
――「まどか、一緒に遊ぼう?」

――「う、うん!」


 最初の出会いから、まどかとあたしはすぐに仲良しになった。けれど、あたしの『仲良し』はほかの友達との仲良しとは明らかに
違ったものだった。
 小学校の授業中、あたしはまどかの様子がいつも気になって、まどかの席の方向をちらちら見るのが習慣のようになった。
休み時間になるとすぐにまどかの席に行き、次の授業が始まるぎりぎりまでまどかとおしゃべりした。休み時間が終わって席に
戻らなきゃいけないのがとても辛く、授業中は次の休み時間はまどかと何を話そうかとそればかりを考えていた。
 昼休みや放課後も、あたしは必ずまどかを遊びに誘った。男子も交えて遊ぶときはドッヂボールやサッカーが多かったので、
お世辞にも運動神経がいいとは言えないまどかは、たいていほかの子と一緒に見てるだけだけだったけれど、それでもまどかは
とても楽しそうだった。あたしがシュートを決めたりするとまどかは手を叩いて大喜びしてくれるので、それがあたしも嬉しくて
ますます張り切った。
 まどかがあたしの家にお泊りしたときは、それまで友達の家に泊まったことのなかったまどかが珍しく興奮してはしゃいでいた
ので、あたしも一緒になって大騒ぎして遅くまでおしゃべりして、両親に怒られたこともあった。
 そんな毎日の中で、あたしは自分の中でまどかの存在がどんどん大きくなっていくのを感じていた。まどかを構いたい。
まどかの声を聞きたい。まどかに笑ってほしい。いままで他の誰にも感じたことのないそんな気持ちが日々強くなって、
あたしはそれに戸惑いながらも、まどかと毎日一緒にいた。

 さやかちゃんとの出会いから、わたしの世界は一変しました。さやかちゃんを通じて大勢の友達ができて、さびしさなんて感じる
暇もなくなりました。けれど、その中でさやかちゃんはわたしにとって特別な人でした。
 それまでは休み時間に一人ぼっちになるのが辛くて、授業時間がいつまでも続いてくれればいいのにと思っていたのですが、
休み時間のたびにさやかちゃんがわたしに構いに来てくれるのが嬉しくて、早く授業が終わらないかなと思うようになりました。
お昼休みや放課後も、わたしはさやかちゃんと一緒でした。わたしはどんくさくてさやかちゃんと一緒に体を動かすのは苦手だった
けれど、みんなの中心で楽しそうに駆け回るさやかちゃんは、見ているだけで私に元気をくれました。他の子を華麗にかわして
見事シュートを決めるさやかちゃんの姿は、とてもかっこよくて輝いて見えました。
 さやかちゃんをわたしの家に招待したときは、さやかちゃんはいつもよりかしこまって大人しくしていて、その様子がおかしくて
わたしは笑いっぱなしでした。一緒のお風呂に入ったり、タツヤと三人で遊んだり、眠ってしまうのがもったいなくて、わたしは
がんばって夜更かしするのに、いっつもさやかちゃんより先に眠ってしまうのでした。
 そんな日々の中、いつしかわたしはさやかちゃんのことを想うときゅうっと胸が痛むことに気が付いていました。さやかちゃんに
触れてほしい。さやかちゃんとおしゃべりしたい。さやかちゃんに笑ってほしい。そう願えば願うほどわたしの心は苦しくなって、
さやかちゃんと一緒にいられない時間が辛くて、時にはあふれ出した気持ちに押しつぶされて泣き出してしまいながら、わたしは
さやかちゃんと友達でいたのです。

19 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/11(土) 01:40:10.18 ID:XMJz00VE0 [4/9]
――「まどかをいじめるな!」

――「さやかちゃん!」


 大人しく引っ込み思案なまどかは、よくいじめの標的になっていた。あたしやあたしの友達にしょっちゅう構われてクラスの
人気者みたいになったまどかを、鬱陶しく思った子もいたんだろう。
 上履きを隠されたり、机の上に花瓶を置かれたり、そういうことがしょっちゅう起きたことがあった。登校してきてそれを見た
ときのまどかは、とてもショックを受けて言いようもないほど辛そうな顔をするので、それを見るのがあたしも苦しくて、あたしは
自分のこと以上に怒って犯人を見つけ出して懲らしめた。
 まどかは一時期、別のクラスのガキ大将だった男子とその取り巻きののいじめに遭っていたこともある。あたしが目を離した
すきによくそいつらに囲まれて言葉でからかわれたり、小突かれたりしていたようだった。そういうとき、まどかはすぐ泣き出した
けれど、決して鳴き声は出さずに耐えていた。それがいじめっ子たちの癇に障ったらしく、しつこく狙われることになってしまった。
 それでも、まどかはあたしに助けを求めたりはせず、健気になんでもないよと言い続けた。あたしに心配をかけまいと思って
のことだったのだろうけど、見るからに泣き腫らした目で傷ついているまどかを目の当たりにするたび、あたしは心が千々に引き
裂かれるような思いをした。そして、まどかに頼ってもらえない自分の力のなさを心から呪った。
 だから、いじめっ子たちがまどかをいじめている現場を押さえたとき、あたしは怒りに我を忘れてそいつらに飛びかかっていった。
女子の方が男子より背の高い時期とはいえ、四人を相手に大立ち回りをしたあたしは三針縫うケガをした。そのかわり相手にも
同じかそれ以上のケガを負わせ、それ以降まどかへのいじめをやめさせることができた。
 ケガをしたあたしにまどかは泣きながらごめんね、ごめんねと繰り返した。でも、そのときのあたしはまどかを助けることが
できたという満足感と、まどかの『本当にありがとう、さやかちゃん』という言葉で痛みなんか忘れていた。

 当時のわたしは、よくいじめにあっていました。転校したてのときは目立たなかったのに、急にさやかちゃんやその友達と仲良く
なって明るくなったわたしのことが気に食わない子もいたようです。
 筆記用具を盗まれたり、教科書に落書きをされたり、そういったことがよく起こったことがありました。そういうとき、
さやかちゃんは自分のことのように怒ってくれて、犯人を捜し出して謝らせてくれました。わたしのためにさやかちゃんが怒って
くれるのはとても嬉しかったけれど、さやかちゃんが犯人とケンカになってしまうこともあって、そのことがわたしの心を苦しめ
ました。
 だから、違うクラスの男の子たちに目をつけられるようになっても、わたしはさやかちゃんにそのことを打ち明けませんでした。
打ち明ければ、さやかちゃんはその子たちと対決しようとしてくれるでしょう。でも、わたしなんかのためにさやかちゃんが
ケガでもしてしまったらと思うと申し訳なくて、自分が我慢していればいいんだと思うようにしていました。
 けれど自分一人では何もできず、結局さやかちゃんに助けてもらって、さやかちゃんにケガをさせてしまって、わたしは消えて
しまいたいほど情けない思いをしました。さやかちゃんがわたしのためにケンカしてくれて、それでもうわたしがいじめられる
ことはなくなって、そのことはとても嬉しかったけれど、いつもさやかちゃんに助けられてばっかりでさやかちゃんに何もお返し
できない自分が次第に大嫌いになっていきました。

20 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/11(土) 01:40:36.99 ID:XMJz00VE0 [5/9]
――「まどかはあたしの嫁になるのだ!」

――「もう、さやかちゃんったら」


 あたしたちが中学生になるころには、あたしはまどかへの気持ちが恋だってことにはっきり気づいていた。そして、この気持ちは
絶対にまどかに知られていはいけないということも。
 中学生になったまどかはますます女の子らしくなって、仕草も表情もとても愛らしかった。繊細で、傷つきやすくて、そのくせ
芯は強くて。まどかはあたしなんか逆立ちしたって敵わないくらい可愛い女の子で、まさにあたしの憧れだった。そして、そんな
まどかを見るたび、あたしは胸がとても苦しくなった。
 ぼうっとまどかを見つめているようなことも多くなって、このままでは、いつかまどかに本当の気持ちを悟られてしまうかも
しれないと思ったあたしは、幼馴染の恭介が好きだなんだってことにした。あたしはちゃんと男の子を好きになるんだって
まどかに思わせておけば、まどかにあたしの気持ちを見抜かれることもなくいままで通りの友達でいられると、そう思った。
 でも、どうしてもまどかのことを意識してしまって、反応がぎくしゃくしてしまうことがあった。だから、そういうときあたしは
『まどかはあたしの嫁になるのだ!』と言ってまどかに抱き付くことにした。こうして冗談めかして言えば誤魔化せるし、
まどかも本気には取らないだろう。
 まどかには、あたしの気持ちは絶対に言えない。万が一、まどかのことが好きだからなんて不純な心で、あたしがまどかの友達に
なっていたなんて知ったら、あの子は人間不信になってしまうかもしれない。そんなことになったら、謝っても謝りきれない。
 でも、あたしは弱くて、この気持ちを消し去ることも、まどかと縁を切ることも出来そうになかった。いつかまどかを傷つけて
しまう日が来ることに怯えながら、それでもせめて、ずっと友達でいるくらいはいいよねと勝手な言い分で自分を誤魔化して、
あたしは今日もまどかの隣にいる。

 さやかちゃんが上条君のことが好きだと打ち明けてくれたとき、わたしはきゅうっと胸が痛んで、自分がさやかちゃんに恋して
いるんだということを悟りました。そして、同時にこの気持ちは絶対にさやかちゃんに打ち明けずにいようと決めました。
 中学生になったさやかちゃんは体つきは女の子らしくなったけれど、小学生のころと変わらない元気の良さで、とても頼りに
なりました。けれど、大好きな上条君のことを話すさやかちゃんは、普段の男勝りはどこへやらでまさに恋する女の子の表情を
していました。そして、そんなさやかちゃんのことを想うたび、わたしの胸は泣きたいくらいに痛むのです。
 さやかちゃんが上条君のことを話すたび、わたしの心はきゅうっと締め付けられるようになります。さやかちゃんの心を一人占め
している上条君が羨ましくて仕方ありません。どうしてわたしは男の子に生まれなかったんだろうと埒もないことを考えたりもしました。
 そんなことを考えている私は、見るからに気落ちしているように見えてしまい、そんな様子ではさやかちゃんに本当の気持ちを
知られてしまうと思ったわたしは、上条君とのことを応援してあげることにしました。そんなこと、本当は微塵も望んでいないのに
です。本当は、誰よりもわたしのことを見てほしいのにです。
 さやかちゃんには、わたしの気持ちは絶対に伝えられません。さやかちゃんの恋を応援するふりをして、本当はさやかちゃんの
心が自分の方に向いてくれることを願っていたわたしの醜い心を、さやかちゃんは決して許してはくれないでしょう。たとえ
さやかちゃんが許してくれても、わたしはわたしを絶対に許せません。
 だけど、わたしはだめな子で、さやかちゃんへの想いを忘れることも、さやかちゃんと距離をとることもできません。いつか
さやかちゃんを裏切ってしまうことになると知りながら、それでもせめて、友達でいいから一緒にいさせてと言い訳しながら、
わたしは今日もさやかちゃんのそばにいます。



――だから、あたしは。

――今日も、わたしは。


 大切な想いを胸に秘めて、>>1乙

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最終更新:2012年02月28日 00:50
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