365 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 23:01:51.28 ID:+1pWfNZY0 [1/2]
「さやかちゃん、喜んでくれるかな?」
バレンタインデー。
今日は、ここ見滝原中学校でもチョコのやりとりがさかんに行われる。ほとんどは女の子から女の子への友チョコだが、中には
密かな想いを込めて贈られようとしている本命チョコもある。まどかのカバンの中で出番を待っているチョコもその一つだった。
それは、まどかが一月も前から何度も失敗しつつ作り直しを重ねてようやくできた、さやかに渡しても恥ずかしくないと思える
出来栄えのチョコだった。まどかの掌にすっぽりと収まってしまうほどの大きさのハート形で、中には知久特製レシピのブランデー
をちょっぴり垂らしたシロップが詰められている。ほおばると口の中でチョコレートとシロップが混ざり合って絶妙な味わいを
醸し出す逸品だった。まどかはシンプルなスカイブルーの包み紙に包んだそれを、カバンの底に忍ばせていた。
それをさやかに手渡すのは放課後とまどかは決めていた。自信作を早くさやかに見せたくて、まどかは授業時間が終わるのを
心待ちにしていた。
「ひゃあ、今年も結構あるなー」
一方、当のさやかはもらう専門だ。学年を問わず女子からの人気が高いため、毎年この日に受け取るチョコの数も多い。登校時の
下駄箱、机の上はもちろんのこと、授業の始まる前の時間帯に直接渡しに来る子もいた。各授業の合間の休み時間にも他クラスや
他学年からチョコを渡しに来る子がひっきりなしに訪れ、まどかはそれを遠巻きに眺めていた。
困っている子を見ると放っておかない気遣い、男子顔負けな運動神経を存分に発揮しての体育祭での活躍、そして底抜けに明るく
ひょうきんなキャラクターで、さやかのファンになる生徒はかなりの数にのぼる。また、特に教室まで直接渡しに来る一年生の
女の子を見ていると、顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながらも、友達に励まされてどうにかさやかにチョコを差し出している、
というふうな子もいた。そして、そうしてさやかに渡されるチョコは、どれも明らかに友チョコの範疇を越えて気合の入ったもの
がいくつもあった。
*
朝、足取り軽く家を出て、浮き立つ心をおさえながら学校にやってきたまどかだったが、放課後になった今、まどかはさやかに
渡された数々のチョコを目にして意気消沈していた。
(わたしのなんかより、ずっとおいしそうなのとか、ずっと高価そうなのがいっぱいあった……あんなすごいのもらってたら、
こんなわたしのチョコなんて渡されても、さやかちゃん嬉しくなんかないよね……)
教室の自分の席に座ったまま、まどかは自分のチョコはさやかに渡さずに帰ろうかと考え込んでいた。
そこへ、下校際にまどかたちのクラスに寄った子からチョコをもらったさやかが戻ってきた。
「いやー、今年は特に多いや。職員室で袋もらってきて正解。あ、さっきの子ね、こないだよその学校の生徒に絡まれてたとこ
助けた子だったよ。わざわざお礼の気持ちですって、こんなおっきなのもらっちゃった」
「そう……よかったね」
屈託なく笑うさやかに、まどかはぎこちない笑みを返した。やはり、いま自分のチョコを渡したところで有象無象の中の一つに
埋もれてしまう。それに、下校途中にもさやかにチョコを渡しに来る子がいるかもしれない。その子のチョコがこれまた自分の
より立派だったら、今度こそうまく表情を取り繕える自信がない。そう考えて今日は一人で帰ろうと席を立ったまどかに、さやかが
声をかけた。
「あれ、まどか帰るの? もしかして、あたしの可愛い嫁は今年はあたしにチョコくれないのかなー?」
まどかの足が止まった。さやかの口調は明るいというより普段以上に軽薄で、大勢からチョコをもらえた興奮で浮かれている
ような感じがした。もちろん、まどかの心中の憂いには微塵も気づいている様子はない。まどかは。チョコを渡して喜んでもらえる
かどうかあれこれ思い悩んでいたことが急に馬鹿馬鹿しくなり、どうとでもなれと思いながらカバンからチョコを取り出して
さやかの顔を見ずに突き出した。
「そんなに欲しいなら、あげるよ。スーパーで買った安物だけど」
「やったねー! まどか、嬉しいよ。ありがと!」
さやかは、まどか以外の子からチョコを受け取ったときと変わらない態度でチョコを受け取った。普段のさやかなら、まどかの
様子からまどかが相当へそを曲げていることに気づくところだろうが、あいにく今日のさやかはまどかの様子など意に介した気配も
なく無邪気に喜ぶだけだった。
366 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/14(火) 23:02:11.94 ID:+1pWfNZY0 [2/2]
自分の想いにも気づかず、軽薄に喜ぶさやかの態度を見てさらに暗く重くなった心を抱え、まどかは今度こそ帰ろうと歩き出した。
と、そのまどかの手に、小さな物体が滑りこまされた。
はっと驚いたまどかが手の中を見ると、それはピンクの包み紙に包まれた可愛らしいチョコレートだった。状況が呑み込めない
まま、まどかは言った。
「あの、これ……?」
「やっ、チョコなんて作ったの初めてだからさ、きっとおいしくなんかないと思うんだけど、とにかくまどかにあげたかった
っていうか、その、深い意味はないんだけどね? 今日はまどかにチョコ渡すことばっかり考えてて、なんかちょっとテンション
上がりっぱなしで、ってあはは、あたし何言ってんだろ。あっ、誰かあたしを呼んでる! ちょっと行ってくるね! まどかを
待たせちゃうのも悪いから、今日は別々に帰ろ? じゃあね!」
真っ赤な顔でまどかの方を見ずにそこまでまくしたてたさやかは、教室を飛び出していった。もちろん、さやかを呼んだ声などない。
まどかは、さやかに渡されたチョコを握りしめて、へたりこんだ。まどかの心臓は今頃ばくばく鳴りだしている。
「さやかちゃん……これ……本当に……?」
いいんだろうか、こんなことがあって。夢とか、幻じゃないのかな。そう思いながら、まどかはうれし涙を一つ、膝に落とした。
最終更新:2012年02月28日 00:59