5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/23(木) 00:21:46.04 ID:rbZl5PR10 [1/3]
これは、罰かもしれない。まどかを本当に好きになることができない、あたしへの。
いつのころからか、あたしはひどい不眠症に悩まされるようになっていた。まど界に導かれてきて、まどかと結婚して、まどかと
一緒に暮らして、毎日幸せに過ごせているはずだったのに、まどかと一緒のベッドであたしは眠れなくなってしまったのだ。
床につくといつもすぐに動悸が起こり、顔や体が熱くなって全身びっしょりと汗をかく。そんな状態で一向に眠気がやって
こないために、一晩中布団の中で寝付けずにもぞもぞしているしかなく、その分昼間ひどく眠くて仕方がない。頻繁に寝返りを
打ってまどかを起こしてしまうのが心苦しくてまどかと床を分けてからは不眠症は改善されたが、今度は日中にも動悸がする
ようになった。何気なく普段通りに生活しているはずなのに、突然心臓が高鳴りだすのだ。しかも、それがまどかが家にいる
ときにばかり起こるので、突然顔を赤くしてうずくまってしまうところをまどかに見られて心配されている。厄介なことに、
まどかが熱心に看病してくれるほど症状がひどくなるので、そういう時はさっさとベッドにもぐりこんで寝てしまうくらいしか
対処法がない。また、熱に浮かされたように頭がぼーっとなって、気づかないうちに何時間もぼんやりと惚けて過ごしてしまう
こともある。そのせいで台所の火を点けっぱなしでお鍋を焦がしてしまったこともあるし、まどかが帰ってくるまで掃除も洗濯も
夕飯の準備も忘れていたこともある。そして、最近は急にひどく胸が痛んで、わけもなく涙が出てくるようになってしまった。
病院にも行ってみたが、体にはどこにも異常はないと言われた。
原因は、自分ではっきりわかっていた。あたしは、まどかに嘘をついているから。まどかは心からあたしを恋して、愛して
くれているのに、あたしの気持ちがそれに釣り合っていないから。
もちろん、まどかのことが嫌いなわけじゃない。まど界に来てまどかに告白された時はびっくりしたけど、あたしは自分でも
意外なほどあっさりとまどかの気持ちを受け入れていた。抱きしめあって、キスをして、夜を一緒に過ごして、段階を踏んで
ゆっくりとあたしたちは距離を近づけていったけれど、その過程には想像していたほどの抵抗感はなく、むしろ無心にあたしを
慕ってくれるまどかがとても愛おしく感じられた。
たぶん、あたしのまどかに対する気持ちは『好き』だと思う。もちろん、友達としての『好き』じゃない。そう言ったとき、
まどかは涙を流して喜んでくれた。
けれど、あたしの気持ちが恋人としての『好き』なのかどうか、あたしには自信がなかった。まどかと結婚して、友達だったら
絶対しないようなことまでしているのだから、ただの『好き』なんかではないことは確かだ。けれど、まどかのあたしに恋している
熱っぽい目を見ると、あたしはまどかをこんな目では見ていないだろうなと思い知らされる。
まどかは、お互い現世で魔法少女なんて知りもしないときから、あたしを恋していたという。あたしはそれを露も知らなかった
のだから、まどかはつらい片思いをずっと続けていたのだ。だからか、今のまどかはあたしに想いが通じたことが何よりも幸せで、
家にいるときはあたしのそばを離れようとしない。あたしにされることは何でも嬉しいらしく、「可愛いよ」と言ってあげれば
いつでもすぐに笑顔になり、プレゼントでも贈ろうものなら飛びついてくるし、夜も毎晩ねだってくる。そんなまどかをあたしは
愛おしく感じている。
けれど、そんなまどかの幸せそうな顔を見るたび、いつもあたしの胸はずきりと痛む。まどかはあたしのことを全身全霊で
恋していてくれているけれど、あたしもまどかのことを同じくらい想っていると言えば嘘になる。まどかのことは大切だし、
好きになろうと努力もしてみた。けれど、まどかのあたしへの愛情に比べたら、そんなものは存在しないも同然だった。あたしは
まどかのことが好きなわけじゃなく、たまたま恭介のことを諦めた直後にまどかに告白されたので、無意識のうちにまどかを
体のいい恭介の身代わりとでも思ってまどかの気持ちを受け入れたんじゃないかと自分のことが疑わしくなる。
あたしは、まどかと一緒のベッドで眠り、まどかのご飯を作り、掃除や洗濯をこなしてまどかと暮らす家を清潔に保ち、まどかを
撫でたり抱きしめたりスキンシップを欠かさず、まどかが求めてきたときはいつでもそれに応えた。それがまどかに対してできる
唯一の罪滅ぼしなんだと信じていた。まどかがくれる愛情の何十分の一、何百分の一でもいいから、そうやってまどかに報いる
ことが、あたしのすべきことなんだと思っていた。
6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/23(木) 00:22:47.62 ID:rbZl5PR10 [2/3]
それでも、不眠症や四六時中の体調不良が積み重なっていくのが辛くて、あたしは自分でもわかるほどやつれてきてしまっていた。
*
「あたし、まどかに言わなくちゃいけないことがあるの……」
ある日、とうとう口に出してしまった。
「あたし、まどかのことをね……本当に好きになるのができない、みたい」
夕飯の後のくつろぎタイム。いつもなら、一緒に居間のソファでテレビでも見ている時間だったが、あたしはまどかと差し
向かいでダイニングのテーブルの椅子につき、前置きもなしに切り出した。
「まどかに告白されて、まどかと結婚して、まどかのこと、本当に好きになろうって、恋しようって、努力したの。でも、あたし
そんな器用なタイプじゃなくて、どうしても心から恋しようと思っても、そうなれなくって……」
まどかの顔が見られなくて、視線はテーブルに向けたまま。まどかは身じろぎもせずあたしの話を聞いていて物音も立てない
ので、今のあたしにはまどかの様子は一切うかがい知れなかった。
「まどかは、あたしのこと本当に好きになってくれてるのに、あたしは、まどかのことを本当に好きってわけじゃなくて……。
そのことがすっごく心苦しくて、申し訳なくて、夜も眠れないし、熱が出るほど悩んだんだけど、どうしてもだめで……。あの、
謝られたって何にもならないって思うだろうけど、とにかく、ごめんね……。ごめんなさい、まどか……」
言ってしまった。そんなことを伝えられても、まどかを苦しめるだけなのに。あたしは、最低だ。自分が楽になりたいからって、
まどかを傷つけるなんて。
恐る恐る顔を上げると、押し黙って軽くうつむいているまどかの顔が見えた。まどかは、怒るだろうか。あたしを恨むだろうか。
どうなろうとも、あたしはまどかを受け止めなくちゃいけない。その覚悟はできていたけれど、まどかに泣かれたらどうしていいか
わからない。今のあたしには、まどかの涙を受け止めてあげられる自信は、なかった。
「あのね、さやかちゃん」
まどかが口を開いた。
あたしは、びくりと体を震わせた。
「さやかちゃんのお話はわかったから、今度はわたしのお話、聞いてくれる?」
意外にもまどかの口調は落ち着いていて、怒り出しそうな気配も泣き出しそうな気配も感じられなかった。そのことにちょっぴり
安心しながら、あたしはまどかの言葉を待った。
「わたしね、そんなふうなさやかちゃんをよく知ってるの。今みたいなさやかちゃんを、わたしずっと見てきたの」
まどかはあたしを責めも詰りもせず、あたしが全く予想もしない話を始めた。まどかが何を言いたいのかわからないまま、
あたしはまどかの話を聞いていた。
「それはね、上条君に恋してるときのさやかちゃん。今のさやかちゃんはね、上条君を好きだったときのさやかちゃんと、同じ
顔してるの」
まどかの話がにわかには飲み込めない。つまり、それって……。
「だからね、わたし思うんだけど、さやかちゃんはわたしのことを好きになってくれたんじゃないかな、って……」
あたしはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。何をどこから理解していいのかわからない。今のあたしは、恭介を好きだった
ときのあたしと同じ? 恭介はここにいないんだから、つまりあたしが好きなのは……。
「ねえ、さやかちゃん。違うかな?」
「わひゃあっ!?」
いつの間にかまどかがあたしの目の前から消えて、あたしのすぐ隣に立っていた。まどかがずいっと体を乗り出してあたしに
顔を近づけてきた途端に、あたしの心臓はばくばくと高鳴り始めた。
「やっ、ちょ、ちょっと待って、まどか! 近い、近すぎるから! 」
「え? だってさやかちゃんはわたしのこと好きになろうとして好きになれなかったんでしょ? だったら別に近くったって
平気じゃない」
「そっ、そうだけど! そうじゃなくて、えっと……」
まどかはにひひっと悪戯っぽく笑いながらじりじり距離を詰めてくる。あたしは中腰で椅子から立ち上がって必死にあとずさる
ことしかできなかった。
「ねえさやかちゃん、どうして逃げるの? それに顔真っ赤だよ?」
「だっだからこれは! とにかく違うんだってば!」
壁際まで追いつめられてへたりこんだあたしは、なぜか涙目になっていた。まどかの言うとおり自分の頬が火照っているのも
わかるし、心臓の鼓動もまどかに聞こえてしまいそうなほど大きくなっている。自分がどうしてこんな目にあっているのかも
わからないまま、あたしはぎゅっと目を閉じて震え出した。
7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/02/23(木) 00:23:18.85 ID:rbZl5PR10 [3/3]
「もう! さやかちゃんったら、わたしの気持ちどころか自分の気持ちにもにぶちんさんなんだから。教えてあげる。さやか
ちゃんはね、わたしのこと本当に好きになってくれたんだよ。わたしと一緒にいると胸が痛むのも、わたしが近いと顔が真っ赤に
なるのも、そのせい。夜わたしと一緒のベッドで眠れないのも距離が近くてドキドキしてるせいだし、ぼーっとしちゃうのも
さやかちゃんの心がわたしのことでいっぱいになってるからだよ。わかる? さやかちゃんは、わたしに恋してるんだよ!」
あたしが、まどかに、恋してる……? ちょっと待って。あたしさっき何を言った? まどかに、あたしまどかのこと本当には
好きになれないとか言って、でも実はまどかのこと好きで、それを自分でわかってなくて、まどかにそれを言われて……。
「まったく、結婚した後でさやかちゃんからこーんな遠回しな告白されるなんて、夢にも思わなかったなぁ。でも、さやかちゃんに
本当に好きになってもらえて、とっても嬉しい。わたし今、最高に幸せだよ」
こっ告白!? あたし、そんな……でも、まどかの言うとおりなら、つまり……。
「えっ、さやかちゃんっ!?」
熱暴走しきったあたしの頭の回路は、そこで限界を迎えた。だんだん視界が白くなり、自分の体がふわふわ浮き上がっていく
ような心地がして、あたしはその場にゆっくりと倒れ込んだ。
*
目が覚めたとき、あたしはベッドに寝かされていた。どこか懐かしく感じる匂いに包まれて、安心するような切なくなるような
気持ちでまどろんでいると、誰かに優しく頭を撫でられた。
額にかかったタオルが新しいものに取り替えられ、快い冷たさがあたしの気分を楽にしてくれる。ぼんやりした視界の隅に
まどかがいて、あたしのそばで微笑んでいる。ああ、ここはまどかのベッドか……道理でいい匂いがすると……まどかのベッド!?
ベッドから跳ね起きたあたしは、急速に頭が働き始めるのを感じていた。次から次へとさっきまでのことが思い出され、あたしは
再び耳まで赤面した。
「あーびっくりした。さやかちゃん急に起きあがるんだもん。でも、もう大丈夫かな?」
「あっ、うっ……、ま、まどか……」
「なーに? さやかちゃん」
まどかが含み笑いをしながら小首をかしげる。ふと自分の体を見ると、あたしはいつの間にかパジャマに着替えさせられていた。
つまり、あたしを着替えさせたのはまどかで、まどかはあたしの体を……。
「ごっ、ごめん!」
そこまで考えたあたしは思わずまどかの部屋を飛び出し、自分の部屋に駆け込んで鍵をかけた。自分が何をやっているのかも
よくわからなくなっていたが、とにかくまどかの元から逃げ出したい一心からの行動だった。あたしはベッドの布団に潜り込み、
なぜか両手で真っ赤な顔を覆いながら震えていた。
と、そこに隣の部屋からまどかの声がかかった。
「さやかちゃーん! まだ起きてるー?」
「ひゃい!? なっ、なに!? まどか!」
「えへへっ。さやかちゃん、だーい好きだよ!」
「~~~っ!!!」
まどかの言葉に今度こそあたしの頭の回路はオーバーヒートし、火照りの引かない顔で嬉しいのか恥ずかしいのかも判然と
しない混乱した頭を抱えて、あたしは一睡もできずに夜通し悶えながら>>1乙。
最終更新:2012年02月28日 01:36