751 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/03/03(土) 05:48:48.69 ID:J+CBcxMM0 [2/6]
季節は二月ももうじき終わりに差し掛かっていた。いつもの様に5人は無事魔獣退治を終えた所である。
今日は解散前に杏子から全員に話があるとの事だった。
「今度教会の催しでガキ相手に雛祭りやるんだけどさ。さやか、お前にお内裏様頼めねぇ?勿論バイト代は出るよ。」
「お内裏様…って男の役の方だよね? まぁ別に構わないけど…。」
[いつもと違う、お雛様とお内裏様]
お内裏様の役…つまり雛祭人形ではなく、雛人形の格好をした人を用意するのである。
杏子の所属する教会は宗教の関係で雛人形が用意出来ないが、人なら構わないというのだ。
まずは特に難なくお内裏様の役をさやかに承諾させる事に成功した。
だが、杏子の次なる提案でその意思はあっさり崩れ去ってしまう。
「んじゃ後はお雛様を三人の内誰に頼むかだが…。」
「…ってちょっと待てよ! あたしだってお雛様がいいわよ!」
「何だよ、この中で一番お内裏様に合ってそうなのさやかだろ。」
身長と髪型からして安直に男性役が似合いそうなのは間違いなくさやかだろう。
だがさやかとて一人の女の子だ。不当に押し付けられたのでは納得がいかない。
「さやかちゃんがお内裏様ならわたしお雛様やりたいよ!」
「私だってやりたいわ! お雛様は女の子の夢(?)ですもの!」
「巴さんは年齢的にちょっとキツいんじゃないかしら?」
「な、何ですってぇ…!」
「…お前ら一つしか違わねぇだろ。」
「和装には黒髪と相場が決まっているものよ。という訳で私もお雛様に立候補させてもらうわ。」
黒髪ロングを自慢気に靡かせるほむら。胸の大きさを除けば完璧美人の彼女も候補の筆頭だろう。
「…で、結局全員お雛様希望かよ…。」
「美樹さんはお内裏様でいいでしょ?」
「酷いっすよマミさん!さやかちゃんは女の子ですよ!」
「まどかがお雛様なら私がお内裏様やってあげなくもないわよ。」
誰一人と譲らずお雛様争奪戦はぎゃぁぎゃぁと激しく続く。
頭を抱えた杏子はこの状況を打開すべく、二組四本の割り箸を用意して即席のクジを作った。
「しゃーねー…4つクジ作ったからこれで決めるぞ。
一つが赤でお雛様、一つが黒でお内裏様だ。これなら文句無ぇだろ?」
「ちょっと杏子! それじゃ誰とになるか分からないじゃないの!」
「じゃぁどうすんだよ。どうせこのままじゃ決まらねぇだろ。」
事実杏子の言う通りであり、4人は渋々彼女の提案を受け入れた。
先端をお菓子の空き箱に隠し、4人は同時にクジを引き抜く…。
「やったー!さやかちゃんお雛様決定ー♪」
「「「「………」」」」
引いたクジを見て真っ先に飛び上がったのはさやかだった。
先端が赤マジックで塗られたそれを掲げて高らかな勝利宣言。
予想外というか想定外というか…一番お内裏様に似合いそうなさやかがお雛様を引き当てた為に他4人は固まっていた。
「…で、誰がお内裏様引いたんだよ?」
「………」
無言で手を上げるまどかに他3人は再び固まる。
結果、長身のお雛様と低身長のお内裏様という組み合わせに決まったからだ。
限りなくミスマッチに近いキャストを前に、杏子は正直かなり不安になっていた。
「(…せめて逆だったらなぁ…。まぁ何とかするか。)」
「さやかちゃんとなら…お内裏様でもいいかな…。」
………………………………………♭♭♭………………………………………
752 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/03/03(土) 05:50:55.48 ID:J+CBcxMM0 [3/6]
―3月3日/風見野市,紅桜教会―
見滝原市の隣街にある教会はすっかり整備され生まれ変わっていた。
"紅桜"とは杏子のイメージカラーに桜と佐倉と掛けた名称で設立した名称である。
身寄りの無い子供達、家庭の事情により預けられた子供達を杏子が引き取り、
いつしか教会というより孤児院の役割を担う様になっていた。
「杏子姉ちゃんお帰りー!」
「ガキ共~、良い子にしてたか? 今日はお前らの為にお雛様とお内裏様を連れて来たぞ。」
「「「わーい!」」」
「(意外と杏子ちゃんって子供に人気なんだね。)」
「(あいつ結構面倒見良いからね。)」
杏子の合図でお雛様とお内裏様の衣装に身を包んだ二人が現れた。
「(へぇ、お前ら意外と様になってんじゃん。)」
「(そ、そうかな…。)」
「(えへへ…♪)」
身長の高低が逆なのを除けば別段違和感は無い。尤も子供達は身長差など気にもしないが。
スタイルの良さとそれなりに美人なさやかは黙っていれば綺麗なお雛様。
まどかはスレンダーな体型に可愛らしく少し背伸びした感じのお内裏様だ
『きょ~うは楽しいひなまつり~♪』
杏子の先導で子供達と一緒に定番の歌を唄い、唄い終わった所で二人と杏子の三人で一緒に子供達に雛あられを配る。
さて…子供達を順番に回るうちに、好奇心旺盛な一人の女の子が声を掛けてきた。
「ねぇねぇ、おひなさまとおだいりさまはキスしないの?」
「へ!?」
「えっ!?」
思わず顔を見合わせるまどかとさやか。ませた子供というのは何処にでも居るものだ。
すると今度は別の女の子がこれ好都合とばかりに追い討ちを掛ける。
「二人はケッコンするんでしょ? だからキスくらい毎日してるよね?」
「ふぇ…け、結婚~!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ…」
「キース!」「キース!」「キース!」
間も無く子供達からキスコールが巻き起こった。
男の子達も悪乗りで女の子達に加勢し、会場は異様な雰囲気に包まれていた。
「きょ…杏子ちゃん…」
「観念するんだな。」
「」
「」
「これもガキ共の為だ、仕方ないさ。」
同情の言葉とは裏腹に杏子はニヤニヤと楽しそうな顔だ。
残念ながら主催者は子供達の味方だったらしい。
「(…あいつ…こうなるの理解ってて頼んだわね。)」
「(だから杏子ちゃん、自分は立候補しなかったんだ…。)」
思えば配役を争う際に杏子が一人だけ参加しなかったのにも納得が行く。
止まない子供達のキスコールと視線に押され、二人はおずおずと顔を近付けた。
(まどかってば何でそんな真っ赤なのよ…!)
(あううう…さやかちゃんそんなに照れないでよぉ…。)
女同士だから何もやましい事などない…
だが自分にそう言い聞かせても、顔が近付く度に頬が熱を帯びてゆく。
(ちゅっ)
「キャーキャー!」「ヒューヒュー!」
「…プププ…!」
唇が重なった瞬間、大喜びの子供達から黄色い声が飛ぶわ飛ぶわ。
杏子は初々しく真っ赤になった二人を見て笑いを堪えるので必死だった。
753 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/03/03(土) 05:51:31.15 ID:J+CBcxMM0 [4/6]
さて、今度はみんなで菱餅を食べる事になったが、ここでも子供達の悪戯心は容赦無い。
それぞれ餅に箸を付けようとした所で何事も無く見過ごしては貰えない。
「わたし知ってるよー。愛してる人同士はあーんして食べるんでしょ?」
「い"っ…!?」
「ふえぇっ!?」
ようやっよちゅーの試練を乗り越えたばかりの二人にそれ以上の要求が来た。
目の前の相手が子供ばかりとは言え恥ずかしい事に変わりはない。
恥ずかしいったら恥ずかしいのだ。
「あっははははははは!」
「杏子ぉ…」
杏子はうろたえる二人が可笑しくて大笑いしていた。
そんな中、お雛様のさやかははおろおろしながら遂に半泣きになってしまった。
「こらこら、お前らあんましお雛様をいじめちゃ駄目だぞ。」
流石にそろそろマズいと思い杏子は助け舟を出そうしたが、その前にお内裏様が思いも寄らない行動に出ていた。
お雛様の顔に近付き、溢れようとする涙に唇を落としたのだ。
「―――ま、まどか…!?」
「ほらさやかちゃん、子供達の為なんだから泣いちゃ駄目だよ。」
「う、うん…。」
先程まで半泣きだったのに、笑顔で迫るまどかにつられて思わず笑顔になってしまう。
どうやらお内裏様のまどかに変なスイッチが入ったらしく、お雛様をあやす様に軽く抱きしめ頭を撫で始めたのだ。
「おひなさまかーわいい~!」
「ひゅーひゅー!おだいりさまかっこいいぞー!」
「あはははは…!確かに可愛いけどさ…あはははは!!」
再び子供の黄色い声援でさやかはますますたじろいでしまう。
お雛様衣装の袖で口元を隠す仕草がとても愛らしく、さやかの元々の容姿も手伝って、男女問わず見た者は惹かれそうな光景だ。
「今日はわたしがお内裏様なんだよ。だからはい、あーん。」
「あ、あーん…。」
子供達の視線とまどかのいつになく自身に満ちた表情、加えてお雛様の衣装の影響も多少はあるのか…
さやかは耳まで真っ赤になり、完全にまどかの言われるがままになっていた。
「おだいりさまもかわいいー!」
「なにおー!おひなさまの方がかわいいよー!」
「あっははははははは!! や、やべー…腹が…」
その後もお姫様抱っこやら雛アラレの口移しやら子供達の容赦無い要求は幾度となく続き、
その度に杏子はお腹を抱えて爆笑するハメになっていた。
「さやかちゃん、ほら…んー…」
「うぅぅっ…。んー…///」
普段のさやかからは想像出来ない程しおらしい言動…というかお姫様状態である。
一方で赤面しながらも躊躇う事なく促すまどかは王子様とでも言うべき振る舞いを見せていた。
「~~~っ!~~~っ!」
普段の二人を良く知るが故か、杏子は笑いを堪えるので必死だった。
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754 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/03/03(土) 05:53:23.09 ID:J+CBcxMM0 [5/6]
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―次の日朝―
「いっやぁー、昨日は楽しかったな~♪」
登校中のまどか達に何故か杏子が合流していた。異様に晴れやかな顔で。
一方でまどかとさやかは顔を合わせた途端に真っ赤になって俯いたしまった。
「やけに嬉しそうね杏子。何があったの?」
「それがさー…さやかの耳まで真っ赤になって慌てふためく姿!
おろおろしながら半泣きでさ、しかもお雛様の衣装着てるからすっげぇ女の子してやがんの♪」
「も、もう…! 昨日のは忘れてよー!」
「あんな積極的なまどかも超レアだったしな。キスでお雛様の涙を拭うわ、裾踏んで転んだ所を抱き起こすとは思わなかったよ♪」
「はわわ…杏子ちゃんやめてよぉ~!」
一夜明けて昨日の光景が嘘の様に二人は元に戻っていた。
「実は一部始終を録画しといたんだんだが…今日学校終わったらほむらの家で見ようぜ。デカいスクリーンあったよな?」
「あら、いつもと立場ぎゃ反対の二人なんて楽しみね♪」
「甘いわね巴さん。まどかは攻めよ。相手が誰であろうと攻めるべきだわ。」
「やーめーてーぇぇぇぇ!!」
「酷いよぉ!そんなのあんまりだよー!!」
………………………………………♭♭♭………………………………………
―教室、朝礼前―
杏子と別れ学校に辿り着くと、まどか達のクラスは妙にざわついていた。
教室に入るなりみんなの視線が一気に集まって来たのだ。
「おっ、雛祭り夫婦が来たぞ!」
「ちょっと何よそれ! …ん?てか何で知ってんの…?」
「ほら美樹さん、今日の新聞見てよ。」
クラスメイトの女子に差し出されたのは本日の朝刊、地方記事のページだった。
そこには[風見野市の紅桜教会主催 子供の為の雛祭り]とある。
「なっ…!?」
「さ、さやかちゃぁん…」
「ふっふっふ、これどう見ても鹿目さんと美樹さんよね~?」
白黒ではあるが、お雛様・お内裏様に扮したまどかとさやかのキスシーンがばっちり掲載されていた。
加えて[仲つつまじき二人の奮発により身寄りの無い子供達は大喜びだった]とまで書かれている。
「もう言い逃れは出来ないぞこのバカップルめ~♪」
「うぅぅ…///」
「わたし、さやかちゃんとなら…いいよ…。」
「…へ?」
さやかが振り向くと、そこには爪先立ちで顔を近付けているまどかが居た。
(ちゅっ)
目が合った瞬間に躊躇う間も無くさやかの唇を奪うまどか。
それは昨日の光景の再現とも言うべき瞬間だった。
「―――~~~~っ!? ま、ままま…まどかぁっ…!?///」
「えへへ…♪ よろしくね、さやかちゃん…///」
さやかは確信した。こういう状況でまどかには勝てない…と。
その場には勿論、昨日の子供達の時と同じ様にクラスメイトの歓声が響き渡るのだった。
………………………………………♭♭♭………………………………………
―夕方、教会にて―
「佐倉さん。折り入ってお願いがありますの。
雛祭りを録画した動画をわたくしに買い取らせていただけませんか?」
「へ? いや別に買い取るとかしなくても、HD録画だし欲しいなら普通に焼くけど?」
[いつもと違う、お雛様とお内裏様]
おしまい。
最終更新:2012年03月12日 01:21