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王者の槍は、王に当たる

明らかに普通ではない水色の光に、下から照らされる空間の中。
大気中には魔力とも怨念とも言えぬ、尋常ならざる空気が満ちている。
その『世界』の一点に、水色に溶け込むかのような青に彩られた男が降り立った。
彼の名はクー・フーリン。幼名をセタンタと言う。
数多の伝説を残した英雄であり、第五回聖杯戦争に召還されたサーヴァントである。

「……ツいてる、って言えるのかねぇ。
 消えるはずだったのに、気が付けばまた違う殺し合いに参加か。
 しかも、聖杯の次は神様直々。確かにオレの望みは死力を尽くした戦いだ。
 そういう意味じゃ有り難い……だが、オレの槍を没収するのはどうかと思うんだがな。
 神様は聖杯よりも気が利かないってことか?」

彼がまず不満を漏らしたことは、槍を出せないことであった。
木々がぽつりぽつりと存在する荒れた山中に、ただ空しく声が響いていく。
もっとも、彼はそれを誰も聞いていないとは思っていない。
仮にも全知全能の神だ、これくらいは容易く聞き届けていよう。そう思っていた。
英霊とは、数多の時代に召還され座において知識を蓄える存在である。
そして彼の世界にもYHVHと同名の神は存在し、教会などが信仰している。
故に、主催者の名を聞いたことでその正体を自分の知識から導き出していた。
実際には彼の知る神とこの殺し合いを主催した神は別物であり、性質が同一とは言い切れない。
だが、それでもYHVHが絶大な力を持つ神であることには変わらない。
それを踏まえた上での発言。さすがのクー・フーリンと言えど、あまりにも不遜。
クー・フーリンは太陽神ルーの息子にあたる。つまりは半神だ。
その威光は並みの英霊では及ばず、その槍技に及ぶ者は数えるほどしかいない。
しかし、相手は半神たる彼ですら及ばぬ存在である。跪くのが道理のはずだ。

「だいたい、呼び出すなら座から直接呼べばいいだろうに。考えてることがよくわかんねえな。
 それとも、サーヴァントとして呼ばれた俺にこそ用があるってことか?
 ま、いざとなれば本物の神に牙を剥いてみるってのも悪くねぇがよ」

否。
その程度で警戒するクー・フーリンではなかった。
バーサーカーとしての適性も持つクー・フーリンは、戦いとあらば震えはしない。
例えそれが、全世界で信仰を受ける神であろうとだ。
猛りを表情に乗せたまま、彼は共に転送された荷物を探る。
まず取り出したのは一枚の紙――参加者名簿だった。
月明かりを頼りに名を追う中で、その眉が僅かに釣り上がる。
バゼット・フラガ・マクレミッツ。自分の元マスターであり、気に入っていた女。

「同姓同名の別人ってことはねぇか。流石神、と言ってやりたいところだが……
 どうやら、確かにサーヴァントとしてのオレ達に用があるらしいな。
 ご丁寧にサーヴァントとしてのクラス名が書かれてやがる。
 それに、聖杯戦争の関係者もいる……坊主にバゼットまで……何のつもりだ?
 ま、んなことはキャスター辺りが考えてりゃいいことだけどよ」

それだけ呟いて、彼は思考を切り替えた。
バゼットの名前があったことには驚いたが、悩んで何かが変わるわけでもない。
どんな魔法が絡んでいるかなんてことは、魔女が悩むべきことで彼には関係ない。
どの道、出会った際にどうするかは決まっている……
ランサーとして責務を果たす、今度こそ守りぬくだけだ。
ともかく今必要なのは武器。特に槍だ。
いざとなれば素手でも戦えるが、やはり槍があるのとないのとでは大きな違いがある。

「麗しの若武者さんもいるんだ、槍を競うには事かかねぇだろうしな。
 その辺りを考えれば大人しくご要望に応えてやってもいいんだが。
 しっかし、あの色男もランサーとして呼び出された経験があるのか……」

感慨に耽りながら中を探る彼の手が探すのは、当然のことながら槍だ。
一応他にも様々な武器を持ってみたことはあるが、どれも槍には遠く及ばない。
影の国で授かったものは伊達ではないのだ。
――しかし。

「……何にもなしか」

ヒランヤなるものを右手で弄びながら、クー・フーリンは渋い顔で呟いた。
槍どころか、剣も、斧も、棍もない。
元々幸運に自信があるほうではないが、初っ端からこうも蹴躓くとさすがに苛立つ。
舌打ちしながら左拳を近場にあった木に叩き込むと、めきりとそれが軋み、倒れた。
一応ヒランヤはそれなりに有用なアイテムであるが、
白兵戦を好む彼にとって接近戦用の武器が無いことは苦痛極まりない。

「参加している面子は魅力的だが、武器を渡さないとはな。
 ……ちょっとばかし、賭けでもしてみるか。
 やっこさんに従うか挑戦してみるかどうかは、こいつ次第。
 まさに神様の言うとおり、ってな」

そう呟いて、クー・フーリンは指の先を軽く切った。
そのまま流れ出た血で、ベルカナのルーンを小石に刻む。
しばらくして小石は意志を持ったかのごとく弾け、走り始めた。目的は、探索である。

■

「……西行妖と同等……いえ、それ以上の力が、この世界に満ちている。
 この『世界』と外を私の能力で干渉するのは絶望的……か」

同時刻、少し離れた場所で。
大妖怪八雲紫は、珍しく弱音を吐いていた。
境界を操る能力にも限度がある。なんでもぽんぽんと変えられるわけではない。
どんな力を持てば、これほどまでの事が出来るかは分からない。
だがあれだけの存在なら出来るかもしれないとは、思っていた。
あの存在について知らぬほど、八雲紫は愚かではない。
相手は発声することさえ憚れる、神……いや、この言葉ですら正確ではないだろう。
日本で言われる八百万の神とは、根本的に定義が違う唯一神。
むしろ神と言うより天主と呼ぶのが妥当な絶対的存在だ。
恐らく、幻想郷に来ることは余程のことがない限りないだろうと思うのだが。

「……そういえば、数多の並行世界、次元世界より、と言っていたわね」

そこまで考えて、思い返す。
ということは自分が知るそれではなく、別の世界のそれであるということだろうか。
そんな思考が浮かんでため息を吐く。傍迷惑な唯一神もいるものだ。
まぁあの二柱は二柱でかなり迷惑だけど、と思ったところで。

「お、予想より早く見つかったか。
 よお、美人さん。オレはランサーのサーヴァント……
 いや、名簿に記されているからには大人しく真名を名乗るべきか。
 オレはクー・フーリン。只者じゃねえな、アンタは」

考えは、突如掛けられた声によって打ち切られた。
探索のルーンを使って他の参加者を探していた、半神によって。
男の声がした方向へと、紫は振り向く。
青い神に、赤い目。引き締まった身体から立ち上る気配はまさに猟犬のそれ。
いるだけで空気を凍らせるような気配に、紫は何の興味も恐怖も覚えなかった。
ただ男が名乗った名前に対してのみ、ほんの僅かに表情を変えただけ。
彼女は彼を知っている。いや、正確には『クー・フーリン』を知っている。
紫の住む世界にもケルト神話は存在し、また違う『クー・フーリン』が存在する。
その彼もまた、ケルト神話に謳われる信仰厚い英雄であることは変わらない。
故にその知識から、その実力は警戒すべきものである可能性が高いと彼女は判断した。

「私は八雲紫。結界の管理をやっている、ただのしがない女です」
「抜かせ。一目見たときから、テメエは人間じゃねえと分かったぜ」
「あら。
 私は人間ではない、とは一言も言っていないのだけど」
「あいにく、言葉遊びに付き合うのは趣味じゃねえ。
 化け物については怪物退治をやって見慣れてるんでな。
 テメエから感じる気配は、間違いなく相当な年月を生きた古株のそれだ」

人を喰ったような態度を取る紫に、面倒臭そうな表情でクー・フーリンは返す。
丁寧なようでその実、人を馬鹿にしている態度。言葉の節々から溢れ出る胡散臭さ。
彼はいい女を好むが、とりあえず紫が好みのタイプでないことだけは確実だった。

「人間と妖怪の境界なんて、簡単にあやふやにできるものよ。
 そうでしょう、人間でも神である英雄さん?」
「言葉遊びに付き合うのは趣味じゃねえと言ったはずだぜ。ま、それはともかく。
 オレもツキに自信はないが、そっちも運がいいほうじゃねえな。
 いやまぁ、こんなモンに呼び出された時点でツいてなんかねぇが」
「と、いうと?」
「なに、単純な話だ。ちょいとばかし賭けてたのさ。
 最初に出会った奴が、力を持たない奴ならそいつを連れて神に挑む。
 力を持つ相手ならば――そいつに挑むってな」

そう言い切ると共に、素手で構えるクー・フーリン。
それに、呆れたような表情を紫は見せた。

「……クー・フーリンは、槍技を謳われている英雄だと聞いているのだけれど」
「あいにく、まともな武器がなかったんでな。
 だが、槍がないと戦えないってわけじゃない。
 全力を出せないなら、出せる限りで死力を尽くすだけだ」
「愚かね。
 最後の一人になるのを狙うにせよ、生き残りたいなら最初は力を温存するのが合理的でしょう」
「あいにく、オレの望みは勝ち残ることじゃねえ――死力を尽くした戦いだ。
 二度目……いや三度目か? そんな生に執着するのは趣味じゃねえんだよ。
 見た感じ武器を持って戦うってタイプには見えねえが……もし得物があるってんなら出しな。
 挨拶もせずに殺り合うってのも、オレの趣味じゃねえしな」
「得物? そうね。
 強いて言えば――美しき幻想の境界かしら?」

その言葉と共に、つう、と指で虚空に線を引く紫。
瞬間――刻まれた線から針のような弾丸が機銃掃射のごとく撃ち出された。
普段の事変解決の時と違って威力をセーブしていない結界針が、十重二十重に走る。
機銃掃射の連射量と速度を持つそれは、銃弾よりも重い威力を持って敵へと向かう。
それが命中すれば、人体など容易く挽肉に変えるだろう。
しかし。

「――バカが!!!」

相対するクー・フーリンもまた、機銃掃射程度で怯む者ではない。
虚空にルーンを刻み、避けることさえなくその場で針弾を迎え撃った。
多種多様なルーンは空間を舐めつくし、針穴ほどの隙も見せてはいない。
故に、針が通らずに地に落ちていくは道理というもの。
一つも通らずに叩き落される針弾。それを見て、ぴくりと紫の眉根が上がる。

「いくらなんでも舐めすぎだぜ。
 テメエの本気、こんなもんじゃねえはずだが」 
「そう。
 ……では、黒死を告げる蝶はどうでしょう?」

紫の腕が、指揮するかのように動く。
とたん――クー・フーリンの周囲を、淡く輝く蝶弾が取り囲んだ。
それを見て、包囲された当人はにやりと笑い、

「――甘えんだよ!」

ほんの僅か、指先を動かしただけで迫り来る蝶弾を落としていく。
クー・フーリンの本分は、ルーンを使う魔法戦士としての姿にある。
彼は白兵戦を好むためめったに日の目を見ないが……
流石に槍を手放した状態では、ルーンをフル活用して戦うしかない。
加護を刻んだ拳で叩き落し、上半身を振って迫り来る蝶弾を避ける。
様々な原初のルーンが守り、凍らせ、無効化する。
だが、ただ一つ、足だけは動いていない。

「先ほどから少しも足を動かしていないようだけれど、縛りでもあるのかしら?」
「は。そっちは動いてねえってのにこっちだけ動けってか?
 そりゃ、調子に乗りすぎだ。自分を縛ってるのはテメエだろう」

紫の声に返ってきたのは、そんな言葉。
貴様は本気を出していない、だからこちらも本気は出さん。そうクー・フーリンは言った。
気に入らないのだ、底を出さずにこちらの底だけを見ようとする紫の考えが。

拳が走る。かつて番犬を絞め殺した剛腕が、迫り来る蝶弾を叩き落していく。
同時に刻まれたアンサスが炎の壁を生み出し、上空から迫る弾を燃やし尽くす。
背中へ走る蝶弾も、先んじて空中に刻まれていたアルギズとぶつかり合い消滅。
更に弾幕を撃とうとする紫に、クー・フーリンは声を掛けて制止する。

「やめとけやめとけ。どうやら対魔力が通じない類の射撃らしいが……
 生まれつきでな、見えてる相手からの飛び道具は俺に効かねえ。
 よっぽどのモノじゃない限り、このオレには当たらねえよ――それで、だ。
 いい加減、おまえの本当の芸を見せろ。こんな遊戯用のものじゃなくな」
「それはご心配なく。
 今、貴方の後ろで見せているところですから」
「なに? ……うぉっ!?」

とっさに屈みこむクー・フーリン。
虚空から現れた何かが、先ほどまでその後頭部があった場所を掠める。
だが、彼の動体視力は確かに捉えていた。紫の腕が、何も無い虚空から生えていたのを。

(少なくともこの程度の距離ならば問題はないようね。
 どこまで行けるかは試してみないと分からないけれど……)

冷静に思考を回転させながらも、再び腕を伸ばす。
そう。
見えている飛び道具が当たらないのなら、見えないところから撃てばいいだけの話。
伸ばした腕は肘から先だけ転移し、相手の足へ撃ち込もうとして……
それより速く、クー・フーリンは紫の視界から消えていた。

「それがおまえの能力か。ようやく底を見せ始めたな。
 ……なら、こっちもそれなりの技で行かせてもらうぜ!」

響いた声に顔を上げる。今まで不動だった、クー・フーリンの足が動いている。
一瞬にして跳んだ彼は、既に紫の真上、その目前に現れていて。

(速い!)
「そぉら!!!」

上から、錘のような飛び蹴りを叩き込んでいた。だが、それは届かない。
硝子に亀裂が入るような音を立てながらも、紫が展開した結界が止めている。
ほんの一瞬だけ、互いの視線が交差した。

「ふん、防御されたか……おっと!」

呟きながら後ろに跳ねる彼の後ろから、後頭部目掛けて紫の腕が伸びる。
そうして至近距離で撃ち込まれた結界針を、とっさに首を曲げることで彼は避けた。
更に、後ろを見ずに盲でその腕へ裏拳を叩き込む。当たった感触は無い。
舌打ちをして着地するその背中へ、地面から走るレーザー。
それが命中しようとした瞬間に、身体ごと回転させることでかわす。
そのままの勢いでクー・フーリンは紫の真正面へと跳び、その拳を突き出した。
ため息を吐きながらも紫は結界を張り直し、それを防ぐ。
ルーンで強化された拳と結界が軋みを上げる中、彼女は口を開いた。

「ずいぶんと速いようね?」
「そりゃ当然。猛犬の異名は伊達じゃねえよ。
 それより、テメエの後ろにある妙な空間……それがおまえの手品の正体か?」
「……さぁ、どうかしら?」
「そうかい!」

そのまま、クー・フーリンは一歩踏み込んだ。勢いを増した拳が、結界を叩き割る。
いかに結界といえど、所詮は急ごしらえのもの。頼りになるとは本人も思っていない。
同時に、紫は後ろへ――スキマへと飛び込み、消えた。

「むっ!?」
「全身移動も問題なし、と」

その後ろから、気楽そうな声と共に色とりどりの弾丸が撃ち込まれる。
それでも、クー・フーリンは臆さない。下がらない。
無数の弾丸を避け、拳で弾き、ルーンで防ぎながら接近してくる。
……実を言うと、声色ほど紫に余裕はない。
本来ならもっと早く境界を繋げられる予定だったのが、予想以上に時間が掛かったのだ。
故に、クー・フーリンに作成中のスキマを見られるという、醜態。

(四肢だけならともかく全身丸ごと移動させるほどのスキマを作るのは、やっぱり手間が掛かるわね……
 文字通りの異界で境界を引き直すのは相当な手間。戦闘で活用するには相応の手順が必要か)

げに恐ろしきは、そこまで力で満ちているこの空間か。
この密度をこの広さ全てで保っているなど、紫には正直信じがたいことだった。
とはいえ、今はのんびりと考え込んでいる場合ではない。
十近いレーザーを地面や虚空から放ち、一時的に空間を区切ることで相手の足を止める。
とはいえ、彼の速さならば止められてせいぜい数秒といったところか。
今までとは、違う武器が要る。生半可な体術が通じる相手ではない。
飛び道具では見られた瞬間に用を成さなくなる。ならば。

「ついでに試してみようかしら」

厭味な調子の声を漏らして、腕を振る。
最後のレーザーを彼が掻い潜った瞬間、また境界を歪ませる。
死角から後頭部へと襲う右腕。ただし、先ほどまでとは大きな違いがあった。

「……ちぃ!!」

今までのように、撃ってこない。代わりにその腕には、武器がある。
パターンが変わったことにクー・フーリンは多少驚きながら……それでも、避けた。
だが、打突を避けただけでは避けたことにはならない。なぜなら、突き出されてきたのは槍。
そのリーチは生半可なものではなく、またそれはただ突かれるだけの物ではない。
当然、避けた頭を追うかのように払いが来るし、それは彼にもわかっている。
素早くアルギズを刻み、盾としながらも横へ跳ぶ。
だが、突き進んできた槍はアルギズの防護を容易く貫いていた。

「中々いい槍だ。羨ましいねぇ」

飄々と漏らす、クー・フーリン。
姿勢を直しながら声を上げたその顔には、一筋切り傷が残っている。
紫はその成果に満足しつつ、優雅に腕を戻して。

「私には似合わないと思っていたけれど、意外と相性が……!?」

槍に刻まれていたものに、声を詰まらせた。
そこにあるのは、スキマに戻る一瞬の隙に刻まれたアンサスのルーン。
まるでガソリンに濡れているかのごとく、槍から炎が吹き出す。
槍そのものは燃えずとも、その炎が紫の腕を舐めようとした瞬間……
槍は紫自身の手によって地面へと叩きつけていた。
槍は地面に刺さり、そこに刻まれていたもアンサスも地中へと隠される。
いくら紫と言えど、魔力に満ちている原初のルーンそのものを消すのは少々骨だ。
よって熱く滾るアンサスは、槍ごと地中に突き刺し出火しないように物理的に抑えこむ。
いかに原初のルーンといえど、酸素がない状況では生み出した炎もすぐに消える。
あとはルーンの魔力が切れるのを待てばいいだけの話だ。
……逆に言えば、それまで槍を地中に埋めっぱなしにするしかないということだが。

「……解せんな」

相手の武器を封じ、好機とも言える状況に、しかし。
クー・フーリンは襲い掛かることなく、ただぽつりと声を漏らした。

「弾を撃つのは、貴様が主とする能力ではないな。恐らく主軸となるのは空間操作の方だ。
 だがその能力ならば、生き残るために効率が良いのは闇討ちだろう。
 どこかに潜みつつ、相手を排除する。それなのになぜ姿を晒して突っ立っていた?
 わざわざ姿を現している必要は無いし、それが分からないわけでもあるまい」

今までの粗野な口調とは違い、問い詰めるような様子の言葉。
彼は戦いを好む根っからの戦士ではあるが、馬鹿ではない。
寧ろ戦士であるからこそ、冷静に戦況を考えることが出来る。
その言葉に、紫はスキマを展開してそれにのんびりと腰掛けた。
まるで、知己と話しているがごとく。
脇ではアンサスが断末魔を上げているかのように、チロチロと地中から炎を噴いている。

「んー、まぁ、空間操作だけではないのだけれど。
 そもそも、私が生き残るだけではあまりいい状況とは言えないのよ。
 そうね……博麗霊夢と東風谷早苗。少なくともこの二人は無事に帰したいところね。
 霊夢が死ぬと新しい巫女を準備しないといけないから面倒だし、風祝を帰せば恩が売れるから。
 しょっちゅう問題を起こして困っていたところだし」
「だから隙だらけで突っ立ってなんとかしてくれそうな仲間を探してた、ってか?
 残念だがむしろ興味が沸いたぜ。その二人はどんな力を持っているかとな」
「そう。興味が沸いてよかったわ」
「……なに?」

紫の言葉が理解できず、眉を吊り上げるクー・フーリン。
その目前に、彼女が投げた槍が突き刺さった。

「おい、何のつもりだ?」
「単純な話よ。
 私はこの槍を差し上げる、貴方は私の言うことを聞く。
 喉から手が出るほど、これが欲しいのでしょう?」
「む……」

突如の提案に、喉を詰まらせる。
確かにその通りであって、クー・フーリンは喉が出るほど槍が欲しい。
この槍はゲイボルクではないが、相当な業物であるのが分かる。
分かるが。

「悪いがお断りだ。
 テメエみたいな胡散臭い女に絶対服従だなんてのはな」

それでも、彼は断った。側に突き立った槍に、まったく腕を伸ばさずに。
その理由として牛程度で戦争を吹っかけてきた我侭女王や、
自分を散々弄んだマーボー神父があったのは疑いようがない。
断ったからには槍を拾おうとしない辺り、つくづく律儀な性格であるが。

「別に、絶対服従でなくてもいいわ。
 こちらがあげるものは一つだけなのだから、やってくれることも一つだけで構わない。
 私の知人を見つけたら手を出さない、程度で十分よ。
 他の知り合いは霧雨魔理沙に、アリス・マーガトロイドに、パチュ……」
「待てよ、正気か? 仮にオレがその契約に従うとしてもだ。
 その契約の内容に、貴様に手を出さないというのがねえだろ。
 オレがこの槍を使ってテメエを殺しても、文句は言えないってことになるが」
「それはご心配なく。私は九尾の狐を従えている身。
 ただの狗から逃げることなんて簡単ですから」

瞬間、空気が凍りついた。
嘲る様な紫の声ではなく、クー・フーリンの殺気によって。
紫の返答に、クー・フーリンは地面に突き立っていた槍を抜き放つ。
それは契約に応じる意思表示であると共に――紛れもない殺害の意志表示でもある。

「狗と言ったか、ユカリ」
「間違いなく言いました。
 少なくとも、今の貴方は大いなる神の言いなりに動くただの狗ですし」

戦場の鴉を全て射殺すかのような鋭い視線で、クー・フーリンは紫を睨みつけた。
槍――ホーリーランスの先には既に彼の手により、数多のルーンが刻み込まれている。
ホーリーランスは、使用者の魔力を向上させる聖槍。
そして彼の真髄は、ルーンを使いこなす魔法戦士としての姿にある。
かの魔槍に及ばぬとはいえ、魔術的な措置による聖槍の強化は十分に可能だ。

紛れもない必殺の意志。
そんな状況にあってなお、紫は腰掛けたまま、余裕の態度を崩さない。

「いきなりで悪いが、この槍はすぐに返す。
 ……オレがゲイボルクをどう扱ったかは知っているな?」
「もちろん。ケルト神話はそれなりに聞き及んでいます――貴方の末路もね」
「よく言った。ならばオマエが先に逝け」

その言葉を残して、クー・フーリンは大きく後退した。
逃げたわけではないし、紫も逃げたとは思っていない。
必殺の意志を示したからには、間違いなくその行動も必殺。
――だからこそ、表面上は余裕を取り繕いつつもその実色々と仕込んでいる。

「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい――!」

後退したクー・フーリンが、再び疾走する。
槍を手にした重みを感じさせず、それどころか先ほどより遥かに速い速度で迫り――跳んだ。
数十メートルの助走をつけて宙へと跳んだその姿は、中空で腕を引き絞り、ホーリーランスを『なげる』――!
『刺し穿つ死翔の槍』に遠く及ばぬとはいえ、それでも音速は容易く超えた槍が迫る。
紫の準備はできている。否、彼と喋っているうちから準備していた。
敵の最大の一撃が放たれるとわかっているのに、手放しで待つほど紫に余裕はない。
避ける余裕もない。銃弾なぞ及びも付かない速さで放たれた槍。そして、それに刻まれた無数のルーン。
ただ転移するだけでは、その前に衝撃波が周囲の空間ごと抉っていくだろう。
故に、手を翳す。
二つの結界を目前に展開し、クー・フーリンの一撃を防ぐ。
スペルカードとして弾を防ぐために生み出されたものではなく、
実戦のためルールに囚われず生み出されたそれが放たれた槍を遮る!
……だが、それもほんの二秒。
クー・フーリンが地面に落着したのが合図だったかのように、
聖槍を叩きつけられた結界は、その衝撃に亀裂を走らせ始めた。
――当然だ。
結界を維持しつつ他に能力を割いているのだから、防ぎきれないに決まっている。
いや、そもそも――紫に防ぐ気など、ない。

「伝説は謳っているわ。王者の槍は――」 

どこまでも優雅に、どこまでも涼しい声で放たれた言葉と共にスキマが開く。
時間を稼ぎ、軌道を見極めた上で槍を飲み込むかのように境界が歪む。
――そう。結界の役割は時間稼ぎだけ。
槍の軌道を見極め、その軌道とクー・フーリンの背後を繋げる時間さえ生み出せれば……それで十分!

「――王に当たると!」

結界が硝子のように砕け落ちると同時に、槍が転移する。
それは速度を落としながらも地面に降り立っていた持ち主の背後へと襲い掛かり、

「は、大方こんなことだろうと思ってたぜ。だがな」

その周囲に展開されていた、ルーンによる結界によって止められていた。

「確かにこの槍は大したモンだが……王者の槍には遠く及びやしねぇよ」

止まった槍を掴むこともなく、俯いたまま静かにクー・フーリンは言う。
もし『刺し穿つ死翔の槍』が跳ね返されたならば、彼と言えども防げなかっただろう。
そもそも、現実に英雄クー・フーリンはそうして死んでいる。
だが、投擲したのはあくまでルーンで強化したに過ぎないホーリーランス。
況してや、その威力は紫の結界で抑えられている。
十八のルーン全てを刻んだ結界は、上級宝具の一撃をも耐え抜くのだ。
この程度の一撃、六つルーンを刻めば防ぎきれる。

「オレの王者の槍はゲイボルクだけだ。
 ま、この様子だとそれを見越してたのかもしれねえが」

次の言葉はやれやれ、と肩を竦めながらのものだった。
それに答える者はいない。ただ地に落ちた聖槍がからんと音を立てるだけ。
紫がいた場所には彼女が作ったスキマだけが残っており……それも、すぐに消えた。

「成程。
 結界で時間を稼いでいたのはこの槍を跳ね返すだけではなく、逃げるための準備をもするためだったか。
 衝突による閃光と轟音で五感を遮り、槍を跳ね返して注意を逸らす。
 道理でわざわざオレを挑発して大技を誘ったってわけだ」

フン、と鼻を鳴らしている顔は苦い。
彼の支給品に槍はなく、紫もさっさと逃げることを最優先にしていた。
今のは所詮互いに全力を出せずに終わった戦いでしかない。
強いて言えばスポーツ、あるいは挨拶代わりといったところか。
もっとも、そんな戦いでも一つだけ分かったことがクー・フーリンにはある。
あの女は、気に食わない。

「そしてしっかりこの槍はオレに押し付ける、と。
 あーやだやだ、胡散臭さが匂いになって染み付いちまう。
 さっさと次の相手かいい女を捜すとしますかね」

そうぼやいて、クー・フーリンはホーリーランスを拾い上げる。
ほとんど押し付けられたに近い口約束だが、それでも誓いは誓い。
槍を受け取った以上、それを破るという選択肢は彼には存在しない。
拾い上げた槍の感触を確かめるかのように素振りをする様子に、疲労の色はほとんどない。
元々、彼は生き残ることに特化しているサーヴァントだ。
宝具を始めとして、彼の戦闘方法は基本的に燃費がいい。
この程度の攻防ですらそれほど消耗しているわけではないし……
それに、彼にはヒランヤなるものが複数支給されていた。
なんでも、使用するとHPとMPを少しずつ回復する、らしい。
現界し続けられる程度に魔力も供給されているし、補給は大丈夫だろう。

「確かHPが体力、MPが魔力だったか?
 しっかし、こんな知識まで対応してるとはすげえな聖杯は。
 唯一神様も見習って欲しいもんだぜ」

聖杯戦争に「ランサー」として召還された時に得た知識を思い出しつつ、一人ごちる。
一応神の命令に従ってはいるが、その態度はどこまでも不遜だった。

「せめてユカリの知人とやらはいい女だといいんだが。
 ま、適当に歩けば誰かにはぶち当たるさ。
 この調子だと結構な奴が揃ってるようだし楽しめるだろ」

その言葉を残して、半神は再び歩き出す。
マスターを見つけたら今度こそ役目を果たさないとな、などと呟きながら。

【C-Ⅰ・山/1日目・深夜】
【ランサー(クー・フーリン)@Fateシリーズ】
【状態】:疲労(小)、魔力消費(小)
【装備】:ホーリーランス@FF6
【道具】:基本支給品 不明支給品0~2(白兵戦用の武器なし)、ヒランヤ×3@真・女神転生Ⅰ&Ⅱ
【思考・状況】基本:強い奴と戦いたい
1.ゲイボルクと強い相手を探す。
2.バゼットを見つけたら、守りきる。
3.いい女を見つける。
4.まあ、ユカリの知人も探してやるか……

■

なんとか逃げ切った紫は、疲れたようにため息を吐いた。
彼女が移動したのは僅か二十メートル程度。だが、身を隠すには十分に足る。
紫達が戦っていたのは山の上。そして、移動した方向は地下。
要するにあらかじめ発見しておいた、地下に走る洞窟へと逃げ込んだのだ。
クー・フーリンが来た方角から考えるに、この洞窟についてはまだ見ていないはず。
故に、気付かれることはない。

「なんとかして、彼を説得できれば戦力になるのだけど。
 ゲイボルクを手に入れれば味方に引き込めるかしら?」

頭を捻る。
彼の目的はあくまで戦いであって殺しではないと紫は思ったし、それで正解だ。
そういう意味では、幻想郷の住人となんら変わらない。
もっとも、彼は決着を付ける手段として殺しが前提である、という点で絶望的な差異があるが。
例え友でも我が子でも、敵に回ったのならば自らの情を切り詰めて殺すのがクー・フーリンである。
頭が悪いというわけでもないから、軽い詭弁では逆に斬り捨てられるだけだろう。

「……まあ、今考えるべきなのはここから身体を出すことね」

はぁ、と再びため息。
そう、洞窟に逃げ込んだのだが……少しばかり、目測を誤ったらしい。
紫の身体は、天井から上半身だけ逆さまに宙吊りになっているという奇妙な形だった。
下半身は天井に埋まっている。綺麗に。

要するに、いしのなかにいる。


【B-Ⅰ・地下洞穴内/1日目・深夜】
【八雲紫@東方project】
【状態】:疲労(小)
【装備】:なし
【道具】:支給品 不明支給品0~2
【思考・状況】基本:神を出し抜いて、知り合いと脱出
1.ここから出たい。

【ホーリーランス@FF6】
高い攻撃力を持ち、装備すると魔力が上昇する槍。
攻撃するとたまにホーリーが追加で発生する。

【ヒランヤ×3@真・女神転生Ⅰ&Ⅱ】
HPとMPを少し回復するアイテム。

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最終更新:2009年05月21日 20:41
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