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それは危険な出会いなの?

 砂漠と森に挟まれたごくごく狭い草地で、一人の少女が膝を抱えていた。
 まだ十にもならない幼い顔は陰鬱な色に沈み、悲しげな瞳は荒涼とした砂だらけの大地をぼんやりと見詰めている。
 少女の名は、高町なのはといった。

(なんで、こんなことになっちゃったんだろう……)

 ジュエルシードを巡った悲しい事件から、数ヶ月の時が流れていた。
 あれ以来特に大きな出来事もなく、なのはは家族や友人達と平和な日々を過ごしていた。 朝起きて学校に行き、アリサやすずか達と一緒に勉強したり遊んだりする。 友達と別れて家に帰ってからは、翠屋を手伝い、宿題に取りかかる。
 普通の子供と変わらない一連の流れを済ませた後は、新しい日課となった魔法の訓練をこっそりと終え、ベッドに入った。
 眠る前に思い出すのは、かつて事件の渦中で出会い、大切な友人となったユーノやフェイト達の事。 いつか彼等と再会するその日を思い描きながら、ゆっくりと睡魔に身を委ねた。
 これが、なのはにとってごく当たり前の、いつも通りの一日だった。

 だから、何処とも知れぬ暗い空間で我に返った時には、夢を見ているんだと思った。
 周囲には大勢の人がいて、寝ていた筈の自分は何時の間にか普段着に着替えている。 何が何だか分からないで困っていると、YHVHと名乗る存在が現れた。 聖書に関する知識を持たずとも、それを「神様だ」と思ったのは、子供らしい純粋な感性が真実を半ば捉えたというところだろう。
 しかしその神様は、すぐ後に現れた悪魔と一緒になってとんでもない事を要求してきたのである。
(……ころしあい、なんて)
 思い描くだけでも抵抗感があるその言葉。 それは拒否権の無い命令となって、なのは達に下された。
 本当に全てが夢であったなら、どれだけ良かっただろう。 しかしなのはは今、ただ殺し合いの為だけに用意された暗い世界に放り出されているのである。

 日常から非日常への急速な変転は経験したことがあった。 かつてフェレット姿のユーノに出会い、導かれるままにレイジングハートを手にした事は昨日の様に思い出すことが出来る。
 だが今回の不条理さ、理不尽さはそれとは比べ物にならない。 果敢にも神と悪魔に反抗した男は、無残にその命を断たれることになった。

「……!」
 あの怖ろしい光景を思い出すだけで、なのはの身体は震えが止まらなくなる。
 周りにいる人々の姿は暗かったり眩しかったりでよく見えなかったのに、神の悪意か、一人の人間が土くれと化し消滅する様だけは脳裏に焼き付いていた。

 嫌だ。
 怖い。
 悲しい。

 余りにも過酷な現実が、少女の心を押し潰そうと重く圧し掛かった。

 ──しかし、そこで潰されないのが高町なのはである。

「……なんとか、しないと」
 PT事件にまつわる一連の出来事は、普通の少女だったなのはに大きな変化をもたらした。
 決して折れない不屈の心。 出来ることを全力でやるという決意。
 元より頑固な面のあるなのはだったが、良くも悪くもその性質はさらに強まっている。 或いは子供ゆえの向こう見ずな愚直さに過ぎないのかも知れないが、不当で理不尽な仕打ちに抗おうとする心に、何の間違いもある筈が無い。
「止めよう。 絶対に、殺し合いなんてさせない」
 誰にでもなく、自分自身に誓いを立てる。 知らず暗い空を仰いでいたなのはの顔は、幼く純粋な決意に満ちたものだった。
 そうして彼女が取った行動は、現状打破の第一歩。 恐らくはこの世界に呼ばれた多くの者が最初に行うであろう行為、支給品の確認である。

(……持てるかな?)
 傍らには大きなサイズのデイパックが置いてある。 なのはがこの場所に"送られた"時からずっとそこにあった物だ。 この中にたっぷり荷物を詰め込んだ場合、中学生かそれ以上ならまだしも、九歳の少女がどこまで持ち歩けるのか不安が残る。
 ともあれ、中身を確かめるべくジッパーを開く。 すると女の子の顔が出てきた。
「ふぇぇぇ!?」
 先程の決意の表情も瞬く間に吹き飛び、なのはは頓狂な声をあげて派手に飛び退いた。
(お、おばけ!?)
 間合いを取ってじっとデイパックを睨み付けるが、特に何事も起こらない。 油断無く近付き、恐る恐るもう一度中を除くと、女の子の顔は目をぱっちり開いた無表情のまま、一切動きを見せていなかった。 何の事はない、只の人形である。
「だ、だよね、にゃはは……」
 誰にともなく照れ笑いをしながら、人形を取り出してみた。 あるのは顔だけではなく、首から爪先まで全身揃っている。
「あ、かわいい」
 一人で勝手に驚いたことも忘れ、年相応の声をあげるなのは。
 西洋人の少女と思しきその人形は赤いドレスを身に纏い、金の髪にリボンを結っていた。
 子供の目から見てもかなり精巧な作品と思え、角度を変えてあちこち眺め回していると、どこからか一枚の紙が抜け落ちた。 拾い上げると、そこには"蓬莱"という二文字だけが記されていた。
「?」
 ホウライと読むが、小学三年生の知識には無い。
(でも、何でこの子が入ってたんだろう)
 人形の出来に感心していても、現状を忘れた訳ではない。
 殺し合いの為に用意された道具の中に、何故こんな物が入っていたのか? 考えながら、じっと少女の顔を見詰める。
 不意に、なのはの感覚に触れるものがあった。
(……これって、魔力?)
 はっきりとは分からない。 しかし一瞬、人形の中に極めて小さな魔力を感じた様な気がした。 果たしてどういう事なのか、振ったり逆さにしたりしてみたが、それで何が起こる訳でもない。
 取り合えず保留とし、支給品の確認を続けることにした。 人形をきちんと腰を下ろして座らせられたことに微かな満足を覚えつつ、再びデイパックに目を戻す。

 次に出てきたのは、名簿と地図だった。
(ここに連れて来られた人の名前……だよね)
 まず名簿を眺めると、ざっと見るだけでも五十以上の名前が記されていた。
 上から順に名前を確認していく。 知らない名ばかりがズラリと並んでおり、それも日本人らしき者は少ない。 多くは外国人か、或いは──違う世界の住人か。
 程無く"高町なのは"の名に行き当たり、もし他に誰か知っている人がいたら、と考える。 こんな危険な場所にはいて欲しくないと強く願う一方で、心を許せる誰かの存在を期待している自分もまた否定できなかった。
 相反する想いに揺れ動きながら名簿を読み進め、ついに、その名を見つける。
「ユーノくん……!」
 なのはの運命を変えた少年、ユーノ・スクライア。 その名が、確かに名簿に記載されていた。
 予想はしていた。 あのYHVHとサタンが現れた奇妙な空間で、「なのは」と呼ぶ声を聞いていたのだ。 姿ははっきり見えなかったが、異様な事態に戸惑う中で聞いた彼の声は、未だ耳に残っている。
「いたんだ…… ユーノくん……」
 安堵と悲しみが胸の中でごちゃ混ぜになり、膨れ上がった感情が眼から零れ落ちそうになる。 しかしぐっと堪え、鼻を啜った。
 喜んでも悲しんでも、ユーノがここにいるという事実は変わらない。
(ユーノくんに会わなきゃ)
 まずはそれが目標だ。 時空管理局に務め魔法に深く精通している彼は、なのはにとって何より心強い存在である。
 それから残りの名前を確認したが、結局、なのはの知人はユーノ以外にいなかった。 無論、ティアナ・ランスターやジェイル・スカリエッティという人物の事も知る筈が無い。
 取り合えず名簿を脇に置き、地図に目を移す。 5×5のマス目に区切られているのは、禁止エリアがどうのと言っていたやつだろうか。
「ゲームのマップみたいに見えるのは気のせいだよね」
 何となく独り言を呟き、周囲の地形と地図を照らし合わせてみる。 遠くの方は暗くてよく見えないが、前方に砂漠、後方に森が広がっているとなれば、C-IVの塔を囲む森の外周であることは間違いない。 明るくなればもっと判り易くなるだろう。

 さらにデイパックを覗くと、簡素な水と食料が入っていた。 特に気にすることも無くそれらを取り出し、
「──!」
 下に隠れていた物を見て、なのははぎょっと目を見開いた。

 拳銃だった。 それも、かなり大きい。

 微かに震える手を伸ばし、両手でゆっくりと持ち上げてみる。 ズシリと重い。 手に伝わるその重さは、物理的な重量によるものだけではなかった。
 先程の人形とは違う、余りにも明確な"殺し合い"の為の道具。 銃そのものには狩猟やスポーツなどの使い道もあるが、このデイパックに入っている以上は、ただ一つの用途にのみ使えということだろう。
 そんなこと、出来るはずが無い。 
 強烈に湧き上がった嫌悪の感情に任せ、なのはは人殺しの凶器を放り捨てようとした──が、刹那、脳裏によみがえった過去の映像がその手を止めた。
 白いバリアジャケットを身に纏い、空を飛んでいる。 レイジングハートから放たれるのは光の矢、狙うものは一人の人間。 周囲からかき集めた魔力は凄まじい量に膨れ上がり、ともすれば拳銃などよりもっと大きな力を、自分と同じくらいの少女に向けて全力で──
「違う!」
 突如沸き起こった嫌な考えを、なのはは大声で否定した。 魔法で人を撃つことと、銃で人を撃つこと。 それはまるで異なる意味を持つ筈だ。
 あの時は、彼女──フェイトと解かり合うことだけを考えていた。 対話に応じず力を振るってくるフェイトに気持ちを伝えるには、自分も全力でぶつかるしかないと思ったのだ。 拒絶や否定の為ではなく、それが相手にとっても自分にとっても良い結果をもたらすと信じたからの行動だった。
 しかし今手の中にある銃という凶器は、解かり合うという言葉とはむしろ真逆の結果をもたらすのだろう。 非殺傷設定など期待できる筈も無い。 ただ他人の存在を否定する為だけに用意された武器なのだ。
(……使わない)
 やはり、置いて行くことに決めた。 その判断は忌避や逃避の類いではなく、なのはの明確な決意の表れだった。
 先程は適当に放り出そうとしたが、後で誰かがこの銃を拾い、別の誰かを傷付けないとは限らない。 砂の中に埋めてしまおうかと思い、広大な砂漠の方に目を向けた。

 直後、なのはは振り向いた。 物音が聞こえたとか、魔力を感じたとか、そういう何らかの切欠があったのかどうかなのは自身にも判らない。 ただ直感的な動作だった。

 森を背に、全身銀色の怪物が立っていた。


 フェンブレンは、木立の中で呆然と立ち竦んでいた。
(一体、何が起こっている……!)
 現状は全く彼の理解を超越していた。 ハドラーの命により死の大地の東南を警護していた自分が、何故この様な事態に陥ったのか。
 否、彼だけではない。 あのYHVHだのサタンだのいう連中が現れた得体の知れない空間の中で、確かにハドラーの気配を感じ取ったのだ。 妙に暗がりではあったが、その姿を見たような気もする。
(ワシだけではなく、ハドラー様までこの事態に巻き込まれたと言うのか……)
 かつては魔王と呼ばれ、現在は魔軍司令の任に就くハドラー。 親衛騎団にとって創造主であり、絶対的忠誠を誓う君主でもある。
 そのハドラーを容易く捕らえることが出来る者など限られている。 となるとこの事態は大魔王バーンの意向か、もしかすると冥竜王ヴェルザーの企みか。
 何れにしても早計は禁物である。 速やかにハドラーと合流し、指示を仰ぐことがフェンブレンの義務だった。
 とは言っても、ハドラー自身の身を案じている訳ではない。 案じる必要など無い。 彼がそこいらの有象無象に負けることなど万一にも有り得ないことだし、どんな危機的状況をも打破できる力があると信じている。
「ふん、ならば動くか」
 フェンブレンは一人ごちると、腕を一閃させて傍らに置いてあった鞄を切り開いた。 どう動くにせよ、まず最初に手持ちのアイテムの確認をせねばならない。
 とはいえ、鞄を逆さにしてぶちまけた数々の物品の中で、彼が必要とする物は名簿と地図だけだった。 オリハルコンから誕生した金属生命体には水も食料も不要であるし、全身が刃物であるが故に武器を頼みにすることもない。
 そうして散らかした様々な支給品には目もくれず、まずは名簿を眺め──硬直する。 もしフェンブレンの頭部がヒムやアルビナスといった仲間達と同じ造りであったなら、その顔は驚愕に歪んでいたことだろう。

「アバンだと……!?」
 想像もしていなかった名前が、そこには記されていた。
 ダイやポップといったアバンの使徒、そして元百獣魔団長でありながら魔王軍を裏切ったクロコダイン、小賢しいばかりの司令補佐ザボエラ。 ハドラーも含め知っている名は幾つもあったが、中でもアバンだけは別格の驚きをもたらした。
(死んだのではなかったのか……!?)
 かつて魔王ハドラーを倒した人間の勇者。 しかしその後、デルムリン島の戦いにおいて復活したハドラーを前にメガンテを使用、死んだものと伝えられていた。
 それが、生きていたというのだろうか。 今や魔王軍にとって最大の脅威となっているダイ達を育て上げた、ある種の伝説と化していたような男が。
 フェンブレンは予想外の事実に暫し言葉を失っていたが、しかし、と思い直す。
(しかし…… ワシのやることに変わりはあるまいよ)
 敵の首魁とも言える男が生きていた。 ならばこの世界にいる唯一のハドラー親衛騎団として、今度こそ確実な死を与えてやれば良いだけだ。 むしろ甲斐のある仕事が増えたと言ってもいいだろう。
(勇者アバンか。 腕が鳴るわ)
 どうせ知った名前は少ないので、名簿はもう必要無い。 フェンブレンは地図だけを片手に歩き始めた。 飛翔呪文トベルーラによる移動も考えていたが、生い茂る木々でハドラーを見落とすという万一の失敗を想定し、まず森を抜けるまでは足で移動することにした。

 そうして、どれほど歩いただろうか。 木々の向こうに砂の大地が見えてきた頃、その手前に人間の少女を発見した。

(……アレも、この殺し合いとやらに招かれたのではあるまいな)
 特に意識せず、木の陰に隠れるような位置から少女の背中を見据える。 どうやら自分の支給品を確認しているらしく、鞄の中から色々と取り出しているところだった。
 どうでも良いか、とフェンブレンは踵を返す。 今の彼には目的があり、ザコ一匹に関わっている暇は無い。
(いや、だが)
 去ろうとした足を止める。
 後姿を見るだけでは何の変哲も無い人間の少女だが、本当にそうだろうか。 自分やハドラー、アバンなどといった一流の戦士が"殺し合い"の名目で集められたというのに、一方でただの獲物にしかならないであろう小娘を浚って来るという事は有り得るのだろうか。
 外見では判らない何か特殊な資質を秘めているのかも知れない。 或いはYHVHやサタンについて、価値のある情報を持っている可能性もある。
(何も無ければ、殺せばいいだけか)
 それは本当に様々な可能性を考慮した上での結論か、或いは彼の嗜虐的な欲求を正当化する為の理屈か。 フェンブレンは再び少女に向き直り、何やら一人で大声をあげているその背中に歩み寄って行った。
 背中に腕を突き付ける。 その状態で尋問する。 良い情報が得られなければ色々と痛い目に合わせ、さらに尋問する。 必要が無くなれば殺す。
 考えるとも無しに脳裏に浮かんだ、簡素な予定。
 それは一瞬後に破綻することになった。 少女が唐突にこちらを振り向いたのだ。
「!」
 少女はフェンブレンの姿を見、目を見開いた。 銀色に煌く全身刃の怪人──その姿は人間からはさぞ脅威に見えることだろう。
 しかし、少女の顔に浮かんだ驚きや動揺の気配は長続きしなかった。 少し経てば彼女は真っ直ぐな目でじっとフェンブレンを見詰め、
「あ、あの、わたし、高町なのはっていいます」
 そんな風に話しかけてきた。

(……何だ、この小娘は?)
 フェンブレンは微かに苛立ちを覚えた。
 先程、少女──タカマチナノハと名乗った──は背後から近付く彼の存在に気付いた。 硬質なオリハルコンの身体ではあるが、一介の戦士として気配を隠すことぐらいは出来る。 それがアバンの使徒ならまだしも、何の変哲も無さそうな小娘に悟られたのだ。
 さらに、こちらを向いてからの反応も気に入らない。 弱者を痛めつける嗜好を持つフェンブレンからすれば、驚き戸惑い腰を抜かして悲鳴をあげる程度のリアクションがあれば内心楽しめるところだ。 しかし実際はその真逆、少女の対応は冷静なものだと言っても良い。
(ただの小娘ではないのか、やはり)
 考えながら、なのはが抱えている物体に意識を向ける。
 この形は、確か"銃"と呼ばれる武器ではなかったか。 実物をその目で見るのは初めてだったが、かつてアバンが製造した魔弾銃のことは、彼の弟子達に関する情報として親衛騎団全員が知るところとなっている。
「あ、あの」
 なのはが何か言いかけた瞬間、フェンブレンは動いた。 両者の間にあった幾らかの間合いは秒も経たずに消え去り、一瞬後には超金属で出来た刃の腕が少女の首に突き付けられていた。
「小娘、貴様は何か知っているか? あのヤハウェだのサタンだのいう連中は何だ? この銃はどこで手に入れた?」
 相手の言葉など無視し、一方的に問う。
 なのはの顔にも流石に恐れの色が浮かび、喉元に迫った冷たい刃を見た。 しかしすぐにその視線をフェンブレンの顔に戻し、
「……あの人たちのことは知りません。 鉄砲は、鞄の中に入ってました」
 微かに震えてはいるものの、ハッキリとした声音で答えた。
「本当か? 見ての通り、ワシの身体は全身がよく切れる刃物でな…… 指先だけでもこの通りよ」
 突き付けた手からゆっくりと指を伸ばし、なのはの左頬に触れる。 そのまま柔肌に沿って動かすと、一筋の赤い線が後を引いた。
 幼い顔が苦痛に歪む。 しかしそれはフェンブレンが期待するよりも遥かに小さな反応であり、なのはは尚も目を逸らすことなく「本当に知りません」と告げたのである。

(ほう……)
 フェンブレンは内心、感嘆の声をあげた。
 小さく、か弱そうな見た目からは想像もつかない精神力。 本当に恐怖や危機感というものが無いならば、それはただ心の壊れた人間でしかない。 しかし未だ十歳にもならぬなのはは、恐怖を感じ、なおそれを乗り越える意志の強さを有しているのだ。

 ……なんと、いたぶり甲斐のある娘だろうか。

 しかし、と思い直す。 現在はゆっくり趣味に興じていられる様な状況ではない。 小娘で遊んでいる時間があるなら、一刻も早くハドラーを探すべきだろう。
 本当に何も知らないのであれば、残念ではあるが、楽に死なせてやることにしよう。 フェンブレンがそう考えて腕を突き出そうとした瞬間、
「じゃあ、次はわたしが質問します」
 なのはがそんなことを言った。
「な……に?」
「あなたは、その…… 殺し合い、をするつもりなんですか?」
 フェンブレンは絶句していた。 相手に命を握られているこの状況で逆に問いかけるとは、彼の常識では考えられないことだった。
「もしそうなら、絶対にやめて下さい。 他の人とも、ちゃんと話せばなんとかなると思います」
「……ワシがどう動こうと、貴様には関係の無いことだ」
「関係あります。 わたしだって、ここに連れて来られたんですから」
 まるで眼前の刃が見えていないかの様に、なのはの抗弁は早い。 フェンブレンの中には、彼女の正気に対する疑いすら浮かび始めた。
「みんなで力を合わせれば…… ユーノくんもいるし、外に連絡が取れればきっと逃げ出せます。 ヤ…… えっと、ヤハヴェ? さんもサタンさんも、どうしてこんな事をするのか、話を聞ければ……」
 なのはは更に話を続けている。 その内容は聞き流しつつ、フェンブレンはほんの僅かな時間を思索に費やした。
 今は親衛騎団として動くことに集中すべきである。 しかし個人的な嗜好からすれば、目の前の小娘に対する興味もまた捨て難い。 そのタフな精神が無残に崩れ去り、泣き叫ぶ姿を是非見てみたい。
「あと、それと……」
 すぐに結論は出た。 行動目的を幾つか追加しつつ、後は運次第というところだ。
「あ、あなたの名前を教えて下さい」
 その要求に、フェンブレンは低く笑った。 つくづく面白い小娘だと思う。
「いいだろう小娘。 ワシはフェンブレンだ、覚えておけ」
 オリハルコンの腕が一閃した。

「う……ん」
 数分後、草むらの中に伏していたなのはは唸りながら上体を起こした。
 左頬にズキズキと重い痛みが残り、ひどく腫れ上がっているのが分かる。 フェンブレンと名乗った怪物の指で傷を付けられた後、さらにその腕で──刃ではなく側面の平面部で──強く打たれたのだ。 鏡を覗けば大変な有り様になっているだろう。
(でも……殺されなかった、よね)
 自分の命が相手に握られている事はよく分かっていたが、それでも何か言わずにはいられなかった。 目の前にいる人(?)が他の誰かを殺し、誰かに殺されるかも知れない──そう考えると黙っていることなど出来なかった。 ユーノが見ていたら、無茶し過ぎだと怒るだろうか。
 ぶたれて意識を失っている間に、フェンブレンはどこかへ行ってしまった様だ。 殺そうと思えば殺せた筈なのにそうしなかったのは、少しは想いが通じたのかも知れない。
(それに、名前も教えてくれたし。 へん…… ブレン? さん、だよね)
 正確な名前は後で確認することにして、なのはは立ち上がった。 そこでふと妙な違和感を覚え、周囲を見回し、すぐにその原因に思い当たる。
 銃が無かった。
(持って行っちゃったんだ……)
 肩を落としそうになるが、今更どうしようもない事だった。 弾が入っていたかは判らないが、とにかくあの銃口が誰かに向けられない事を祈るしかない。
「……行かないと」
 いつまでもここにはいられない。 ユーノを探し、殺し合いを止めなければならない。
 どうやらフェンブレンは他の支給品には手を付けていないようだった。 放り出されたままになっている各支給品をデイパックに詰め直そうとして、なのははもう一つの事に気付いた。
 奥にまだ何か入っている。 中身を調べた時は拳銃の方に気を取られ、どうやら意識がそちらに向かなかったらしい。
 取り出してみると、それは液体の入った青い瓶だった。 円筒状の本体に奇妙な形の蓋が付いており、一見は香水か何かを思わせる。 底の部分に折り畳んだ紙がセロハンテープで貼り付けてあり、開いてみると簡単な説明が書いてあった。
『ポーション HPを50回復する ※飲み物です』
「……???」
 今一つ解かり難い。 飲料であることはハッキリと書かれているが、どうにも飲もうという意欲を湧かせにくいデザインである。
 なのはは暫くその真っ青な外観を凝視した後、意を決した。 蓋を取り、中にある液体を一気に喉に流し込む。
 ……微妙な味だった。

(栄養ドリンクか何かかな…… でもこれから大変そうだし、力を付けておかないとね)
 どうにも誤った選択をしたという思いを捨て切れず、頭の中で理屈を付けて正当化しておく。
 それから空になったポーションの容器も含め、目ぼしい荷物は全てデイパックに収めた。 何の役に立つかは判らないが、件の人形も手足が曲がり過ぎないよう注意して丁寧に入れておいた。
「う~ん、やっぱり重い……」
 色々な物が入ったデイパックは、やはりなのはの小さな身体では少々きつく、学校の鞄の様にはいかない。 とは言え銃が一つ無くなったことを考えれば、最初の状態よりはマシになっているのかも知れなかった。
 取り合えず、砂漠に対し右へ進んで行けばいつかは絶望の町が見える筈である。 なのはは幼い顔に決意を浮かべ、ゆっくりとではあるが、歩み出した。
 頬の傷がずいぶんマシになっていることには、暫く気付かなかった。


【C-IV/森と砂漠の境 1日目 深夜】
【高町なのは@リリカルなのはシリーズ】
【状態】:疲労(小)
【装備】:なし
【道具】:共通支給品、蓬莱人形、ポーションの空瓶
【思考・状況】
基本行動方針:ユーノとレイジングハートを探し、脱出の方法を考える。
1;絶望の町へ向かう。
2:参加者を見かけたら協力を求める。
3:殺し合いに乗ろうとしている人は止める。
【備考】参戦時期は一期終了後、A's開始前です。
フェンブレンの名前と容姿を記憶しました。

【蓬莱人形@東方Project】
アリス・マーガトロイドが所有する人形。
アリスなら生きているように操ることが出来るが、彼女の手を離れれば只の人形。

「……幸先の悪い」
 同じ頃、フェンブレンは真っ暗な山中に佇み、人間で言うところの舌打ちの様な仕草をしていた。
 彼は飛翔呪文トベルーラを使用して北へ向かった。 しかし希望の塔とやらが眼下を通過し、高い山を越えようとした所でその効果は急速に失われていった。
 本来の自分であれば、この程度の距離を飛んだところで魔力を使い切ることは無い筈である。 飛行中も妙な圧迫感の様なものを感じ、魔力を存分に消費できなくなっていた。
(呪文の効果を抑制する力が働いているのか…… つくづく面倒なことだ)
 とりあえず、当分は足を使うしかないだろう。 遠くに見える湖の様な大きな穴を眺めつつ、フェンブレンは高町なのはの事を思い返していた。
 度胸がある、と見て良いのだろうか。 嗜虐趣味を持つ身で言うのも何だが、やや異常性を感じなくもない。
 人間という生物を高く評価しているハドラーなら彼女の事を褒めるのかも知れない。 しかし他の親衛騎団はともかく、フェンブレンは彼に忠誠を近いつつも、その思想や価値観までそっくり自分のものにしようとは思っていない。
 フェンブレンにとってなのはは、例えるなら調理の難しい食材と言ったところだろうか。 その分、料理として完成させ食したならば上質の味を楽しめそうだ。
『ユーノくんもいるし』
 その言葉だけは明確に記憶している。
 あの後なのはに支給されていた名簿を確認してみれば、確かにユーノという名前があった。 あの希望的観測に満ちた話の中でその名を挙げるということは、少なくともなのははユーノとやらを状況を打開する有力な戦力と見ているか、或いは個人的に信頼を置いているものと考えても良いだろう。
 本当にユーノが使える者だったならば、ハドラーの前に引き立てて巧く利用するのが良いだろう。 しかしそれほどの価値も無いザコだった場合は……自分の趣味の方に利用させて貰う。
(己だけならば恐怖にも苦痛にも耐えられるかも知れん。 しかし目の前で他人が同じ目に遭わされるとなれば…… どうかな)
 もしフェンブレンの頭部がヒムやアルビナスといった仲間達と同じ造りであったなら、その顔は残酷な笑みに歪んでいたことだろう。
 とは言え、この想定は全てが都合の良い方に流れた場合のものだ。 なのはもユーノも他の参加者に呆気なく殺されるという可能性の方が高いかも知れない。
 親衛騎団としての己の立場も忘れてはいない。 なのはが抱えていた銃を奪って来たのは、これがアバン達が造った新武器であった場合、その威力や構造を調べておくべきだと思ったからだ。
 まずは責務を優先させるべく、フェンブレンは北に向かって山を降り続けた。

【C-III/山中 1日目 深夜】
【フェンブレン@ダイの大冒険】
【状態】:健康、魔力消費(大)
【装備】:なし 
【道具】:地図、トンプソン・コンテンダー(残弾0)
【思考・状況】
基本行動方針:ハドラーと合流し、指示を仰ぐ。
1:北へ向かって下山する。
2:参加者を見かけたら尋問して情報を集める。
3:アバンの使徒や仲間達は必ず殺しておく。
4:ユーノとかいう人間を探す。
5:全てがうまく運べば、なのはの前でユーノをいたぶってみる。
【備考】高町なのはとユーノ・スクライアの名前を記憶しました。

【トンプソン・コンテンダー】
衛宮切嗣が使用していた単発拳銃。
元々は狩猟用に開発された銃であり、改造によって30-06スプリングフィールドという大口径弾を撃てるようになっている。

※C-IVの森の中にフェンブレンの支給品(共通支給品、未確認×3)が放置されています。デイパックは切られて使い物になりません。

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最終更新:2009年05月21日 21:00
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