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~剣 Sword Line 線~

それはある種荘厳な風景であった。
整然と並ぶ信徒席。
突き抜けるほどに高い天井。
壁を飾る聖人の像の数々。
そして、月の光を浴びて燦然と煌く壮麗なステンドグラス。
後世に残れば間違いなく歴史的遺物と語られるであろう宗教建造物。
それこそがエリアD-Ⅰ、大聖堂の威容である。

「まったく……神様は傍迷惑だって相場が決まってるのかしら」

信徒席の片隅でアリス・マーガトロイドは溜息を吐いた。
聖堂の芸術的な内装には興味も払わず、膝の上の荷物に視線を落とす。

「人形が一体もないのは困ったわね。このカードも意味が分からないし」

トランプの手札を扱うように、荷物の中に入っていた数枚のカードを広げてみる。
形状は角が丸く削られた長方形。
サイズは掌に収まるかどうかといったところで、彼女達が普段使っているスペルカードとそう変わらないくらいだ。
手首を返してカードの表と裏を見比べる。
濃い色合いの縁取りとシンプルなエンブレムで飾られた裏面。
六角形の内側に、白昼の猫の瞳に似た円が描かれた表面。
どちらも実に簡潔なデザインだ。
解説はおろか、意味を匂わせる意匠すら見当たらない。
無駄がないというのを通り越して、必要なことすら書かれていないのだ。
カードからは魔力を感じるので、何かしらの魔術的なアイテムだというのは間違いないだろう。
問題は、肝心の効用が分からないことなのだが。
アリスは手の中でカードを一纏めにすると、信徒席からすっと腰を上げた。

「見てないで出てきたらどう?」

少しばかり離れた柱の影に冷ややかな視線を送る。
聖堂内に照明は灯されていないが、窓から入り込む月明かりが夜闇を薄暗闇にまでは希釈している。

「気付かれてたか。泳がせておくとは趣味の悪い」
「あら。覗きの方が趣味が悪いと思うけど」

アリスの呼びかけに応えるように暗闇の一部が動き出す。
革靴の音を鳴らしながら、その男は窓からの光に身を晒した。
青年と呼ぶには経験を重ねているように見えるが、壮年と呼ぶには若々しい容貌だ。
黒い背広に黒い革靴、黒い帽子にサングラス。
それらの中で白い頭髪がよく目立っている。
ネクタイも締めず背広を着崩した服装は、聖堂の厳粛とした雰囲気には似つかわしくない。
その点は、落ち着いたアンティークドールのような格好のアリスとは正反対だった。

「自称神様にあんなこと言われて、ずいぶん落ち着いてるじゃない。
 怪しいわね……ひょっとしてお仲間だったり」
「落ち着いてるのはお互い様だろう。
 まぁ、神様と戦うのに慣れてきたかもしれないのは否定しないが」

アリスと男は一定の距離を置いたまま言葉を投げ交わし続けた。
互いに敵意を向けてはいないが、同時に相手への警戒は絶やしてはいない。
どちらからも距離を詰めることはなく、またどちらからも距離を離すこともない。
信徒席の長椅子四つ分、アリスの歩幅で六、七歩分。
男の歩幅ならばその半分ほど。
両者の間に、この距離を保つという暗黙の了解が出来上がっているようだった。

「とりあえず、名乗りくらいはしておくべきなんだろうな。
 俺の名は日向玄乃丈。探偵だ」

アリスは、男――玄乃丈の名乗りを軽く聞き流した。
平時ならいざ知らず、こんな状況で初対面の相手と交友を結ぶような性格ではない。
まして目の前の男が持つ気配は、ただの人間とは思えないものだった。
常人離れした力があるだとか、特別な訓練を積んでいるだとかいう次元ではなく、種族の問題だ。
早い話、アリスは玄乃丈を妖怪――或いはそれに類する存在だと踏んでいた。

「自己紹介して貰っておいて悪いんだけど、こっちは名乗るつもりはないわ」
「そいつは残念だ」

警戒されるのも尤もだと思ったのだろう。
玄乃丈は特に機嫌を悪くすることもなく帽子を押さえた。

「で、俺達は殺し合いをしろと言われているわけなんだが……」
「その気がないのもお互い様。違う?」

アリスに言葉の先を言われ、玄乃丈は苦笑とも微笑ともつかない表情を浮かべた。
発言の通り、この殺し合いに乗るつもりがないのはアリスも同じだ。
妖怪退治や神様対策は専門家に任せたいところだったが、こうも完全に巻き込まれてしまった以上は話は別だ。
こんな『異変』はさっさと解決してしまいたかった。
幸い、異変を起こした元凶の顔は割れている。
後は見つけ出してどうにかさせればいい。

「ところで探偵さん。これって何か分かる?」

アリスは手にしていたカードを一枚抜き取って、玄乃丈に向けて投げた。
無風状態の聖堂の中を、カードは縦に回転しながら放物線を描いて飛んでいく。

「これ……?」

カードを受け取ろうと手を伸ばす玄乃丈。
その目つきがにわかに厳しさを増した。


  ◇ ◇ ◇


大聖堂の扉が砕け散る。
内から外へ向かう衝撃が扉の残骸を吹き飛ばし、辺りに土煙を巻き起こす。
その中から飛び出した人影が二つ。

「やっぱりか! 嫌な予感がしたんだ」
「それなら早く言ってよね!」

アリスと玄乃丈を追うように、巨大な怪物が聖堂の出入り口で身を捩らせる。
怪物が外に出るに従って、石の外壁が小規模な崩落を起こす。

「"アーカウ"やらにいた奴と同じだな」

玄乃丈は、アリスが放り投げたカードから召喚された怪物を見上げた。
まるで角のない雄牛のような姿形。
脚から肩まではおおよそ五メートル、頭から尾の付け根までは八メートル程。
そこから更に、体高に匹敵するほどの長さの尾が鞭のように伸びている。
灰色の分厚い外皮に体毛は無く、口は癒着して開かないように見える。
丸く肥大化した肩から生えるスパイクのような棘と、顔に並ぶ六つの赤い眼球が実に異様だ。

「あんなのが出てくるなんて知らなかったんだから」
「分かってる。お前さんのせいじゃないよ」

聖堂の扉とその周辺を破壊して、怪物が全身を露わにする。
怪物は猛牛がそうするように前脚で地面を打ってから、二人に向かって一直線に駆け出した。
地面を揺り動かすパワーと猛牛さながらのスピードであるが、この距離では一撃で捉えるには至らない。
アリスと玄乃丈は左右に分かれる形で飛び退いて、怪物の突進をやり過ごす。
怪物はしばし直進すると、速度を維持したまま大きく方向転換した。
標的となったのは玄乃丈の方だった。
怪物はアリスには目もくれず、玄乃丈だけに襲い掛かろうとしている。

「なるほど、召喚者は襲わないのか」

玄乃丈の右腕から雷が奔り雷球を形成する。
この怪物と遭遇したのは初めてではない。
東京を襲った二番目の城において、玄乃丈はこれと同じ怪物を数え切れないほど倒していた。
故に、たった一体だけでは脅威にもなりはしない。
繰り出された雷球が、怪物の右前脚を粘度細工のように粉砕する。
それだけで怪物は安定を失い、地面に勢いよく倒れ込んだ。
土が抉れ、湿っぽい臭いの土煙が玄乃丈のところにまで飛散してくる。
止めを刺そうと雷球を引き戻した瞬間、魔力の弾が集中豪雨のように怪物の頭部の周辺に降り注いだ。

「悪いな、手を煩わせたか」

玄乃丈は雷球を消すと視線を上に向けた。
怪物の体高よりも更に高い位置に浮かぶアリスと、一瞬だけ目が合う。
しかしアリスはすぐに目を逸らしてしまった。

「自分で始末をつけただけよ」

アリスが地面に降り立つと同時に、怪物の肉体が消失する。
後に残されたカードを拾い上げようとして、アリスは手を引いた。
このカードからはもう殆ど魔力が感じられない。
一度しか使用できないのか、それとも単に怪物が死んでしまったからなのか。
どちらにせよこのカードを回収する意味はなさそうだ。
アリスが振り返ると、玄乃丈は破壊された聖堂の入り口に向かって歩き出していた。

「ちょっと、どこへ行くの」
「聖堂の中を見て回る。黒幕とかなり関係深い宗教施設なんだ。何もないわけがないだろう」

玄乃丈の後を追って、アリスも聖堂に戻った。
アリスは玄乃丈が雷を操ったことを気にも留めず、玄乃丈はアリスが空を飛び魔力の弾幕を張ったことを当たり前のように見ていた。
どちらもそんなことを気にするような環境には生きていないのだ。
怪物によって破壊された入り口を踏み越え、荒れ放題の信徒席の間を歩いていく。
あれほどの巨体なのだ。
身じろぎ一つでも、周囲に与える影響は小さくない。
現に、聖堂の入り口付近は地震にでも遭ったかのような壊れようだった。
アリスは先を行く玄乃丈との間に六、七歩程度の距離を維持している。
駆ければ三秒と掛からない距離。
それが、今の彼らのソードラインであった。


  ◇ ◇ ◇


日向玄乃丈にとって、神を名乗る者との戦いは三度目になる。


最初の事件――式神の城。

力の薄れた太古の神々が、現代社会においての復権をかけて召喚した巨大な城。
召喚した城を東京に落下させることで、人々に神の存在を知らしめようとしたのだ。
多くの人命が失われながらも、東京の壊滅と神の復権は阻止されたが、玄乃丈にとっては苦い結末となった事件である。
かつて何者かに殺され、亡骸まで奪われた彼の恋人、日和子。
倒すべき神は彼女の肉体に宿り、彼女の姿形で凄惨な儀式を執り行っていた。
神を倒すということは、恋人の姿をしたものと戦うということだったのだ。

しかしこの事件は、彼の部下、玖珂光太郎と日和子を戦わせ、次代の神の候補を絞る実験場に過ぎなかった。


二番目の事件――ねじれた城。

先の事件で神を倒したことで、玖珂光太郎は世界を統べる神となるほどの力を得た。
しかし、光太郎が作る世界は万物平等の世界。
人間が全てを支配する今の世界を統べる神――世界の秩序、ワールドオーダー――はそれを受け入れず、
全長40kmに及ぶアーカウ要塞を召喚し、光太郎を倒そうとする。
だがワールドオーダーの半身である光太郎の兄、玖珂晋太郎の思惑は違った。
晋太郎は最初から光太郎に神の座を譲るつもりであり、この戦いを光太郎を強くするための場として利用していた。
結果、古き世界の存続を願う世界の意志は倒され、晋太郎も敗北する。
光太郎による兄殺しという結末こそは回避されたが、哀しい別離は避けられなかった。


そして三度目――


名簿には、彼の知る名が3つあった。
アーカウを封印するため他の世界へ旅立った玖珂光太郎。
光太郎の帰還を待ち、玄乃丈の探偵事務所でアルバイトをしている結城小夜。
想い人を追いかけて彼の世界に現れて、そして違う世界へと去っていったニーギ・ゴージャスブルー。
彼らのことだ。ここでもかつてと同じように、神に戦いを挑むのだろう。
無論、玄乃丈も。


――それにしても、と玄乃丈は振り返る。
少女は玄乃丈との間に一定以上の距離を保ち続けているようだった。
魔力の弾を放ったことも、空を飛んだことも、今時見ない雰囲気の衣装も、もはや気になるところではない。
元の世界でも玄乃丈の周りにはそんな輩ばかりだからだ。
しかしこの微妙な距離感は何なのだろう。
小夜といい、ニーギといい、事件のたびに奇妙な少女と知り合うのは宿命なのだろうか。

「女難かな」

思わず漏らした呟きに、悪かったわね、と返された。

【D-Ⅰ 大聖堂・内部/一日目・深夜】
【アリス・マーガトロイド@東方Project】
【状態】:健康
【装備】:カード(幻獣)×5
【道具】:支給品一式、不明支給品0~2
【思考】
基本:異変の黒幕を倒して脱出
1.聖堂の中を探索する
【備考】
※玄乃丈にはまだ名乗っていません
※玄乃丈のことは敵ではないと判断していますが、信頼はしていません


【日向玄乃丈@式神の城】
【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:主催を倒す
1.聖堂の中を探索する
【備考】
※最終話以後、エピローグ以前からの参戦です
※アリスの名前はまだ知りません
※アリスのことは敵ではないと判断しています



【カード(幻獣)@式神の城】
ねじれた城のガーディアン、堀口ゆかりが使用していたカードの一種。
元はアルカランドというカードゲーム用のカードらしい。
一枚につき一体の幻獣を召喚する。
幻獣は数種類いるが、どれを召喚するカードであってもデザインは同じ。
召喚された幻獣は、本編では光太郎の力に引き寄せられていただけで、命令を聞いていた描写はない。
ロワ内では召喚者の命令を簡単に聞き、命令がない場合は付近にいる召喚者以外の人物に対して攻撃を加える。

※細かな制限については未定です。


【ゴルゴーン(亜種)@式神の城】
カードから召喚される幻獣の一種。
あえて実在の生物に喩えるなら牛に近い外観で、長い尾を持つ。
PSゲーム「高機動幻想ガンパレードマーチ」に登場する同名幻獣の亜種にあたるらしい。
オリジナルの方は生体ミサイルを武器としていたが、こちらも同じことが出来るのかは不明。

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最終更新:2009年05月21日 21:35
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