「ちょうどいい。呪印の力の発動を見せよう」
そう、告げただけだった。静かに、サタンの6本の腕の一つがその男を指さす。
それだけだった。たったそれだけの小さな動きを原因として、男の足が土となりぼろぼろと崩れていく。
「ぬううううおおおおおおおっ!?」
それでも男は砕けかけた脚で一歩を踏み出した。
彼の背を押すのは目の前のものへの怒りか、軍人としての矜持か。
「魔破……斬魔ァっ!」
男の突き出した腕から放たれた大量の衝撃波、真空波がサタンへ殺到する。
乳白色に淀んだ風が、サタンを包む。しかし、サタンからすれば、それはそよ風にもならない。
風の中サタンは平然と別の腕を男に向ける。
「『神の裁き』」
恐らくそれが、男が耳にした最後の声だったのだろう。
一瞬の後、男の肉体は既に無く、十字に抉れた床だけがその名残であった。
「呪印の力は見ての通りだ。では――行け」
その言葉を皮切りに、集められた者達の姿が次々に消えていく。
サタン、或いは『神』の力によって、戦場たる『世界』へ送られているに相違ない。
「そこまでだ、この悪党!」
急激に広がっていく空白の中、一人の若い男が前に出た。
前の開いた、上下ともに黒い服装――学生服を着た男。
「俺の名前は久我光太郎! 悪をぶっとばす青年探偵!」
転送は滞ることなく続いており、もはや彼の姿を見る者は殆どいないだろう。
しかしその口上はどこまでも力強い。
高次の存在が放つ威圧に気圧されることもなく、まっすぐに目の前の敵を見据えている。
光太郎は拳に青い光を纏わせ、サタンと『神』へと一直線に駆け出した。
サタンが無言で腕を動かす。
それと同時に床を蹴り、サタンの巨躯に迫る高さにまで跳躍する。
「うおおおおおっ!」
空中で拳を振りかぶる。
青く輝く一撃がサタンに放たれんとした瞬間、光太郎の姿は跡形もなく掻き消えた――
◇ ◇ ◇
「Y.H.V.H.……」
ユーノ・スクライアはダイニングルームの椅子に腰を下ろし、思案に意識を沈めた。
十九歳という歳にしては声が高く、顔立ちからも少年っぽさが抜けていないが、その表情は難解な命題に挑む学者のようだった。
「確か、地球で最も勢力のある宗教が信仰する神様だったはずだ。
サタンもその宗教における悪魔の名前で……」
後頭部で括って背中に流した長い金髪を揺らして、天井を仰ぐ。
ユーノは考古学者であり、幾つもの次元世界を管理する時空管理局に属する身でもある。
管理局本局に存在する巨大データベース「無限書庫」の司書長という役職柄、日常的に数多くの資料に触れている。
地球は管理局の分類では第97管理外世界と呼称され、管理外の名の通り、管理された世界と比べて明らかになっている情報は多くない。
その上でなお、Y.H.V.H.の名はユーノの知るところであった。
神が実在した――
そう考えること自体に論理的な瑕はない。
アルザス地方において「大地の守護者」として信仰された古代竜ヴォルテールや、
かつて古代ベルカを統べ、今や聖王教会の信仰対象となった聖王の例を挙げるまでもなく、
何かしらの強大な力を持つ存在が畏敬され、神として崇められることは決して珍しくないのだ。
だが彼の知る地球では魔法が認知されておらず、魔力資質を持つ者も稀である。
果たして、そんな世界にあれほどの力を持つ者が存在しえるのか。
「駄目だ……情報が少なすぎる」
ユーノは小さくため息をついた。
たかだか数分目にしただけの相手について、半端な知識だけで考察するなんて、土台から無理があった。
もっと情報を集めてからでなければ、彼の者達の正体を突き止めることなど叶わないだろう。
ところで、ユーノがここに転送されたのは、『あの場』に深い十字が刻まれた直後である。
転送先はまさにこのダイニングルームであり、転送されたことに気付いてから椅子に掛けるまで十秒と掛けていなかった。
その数秒に、思考のため費やした時間を加算しても精々四十秒か五十秒。
即ち、全員の移動が同時に成されていないのであれば、最後の方に転送された人物が今更になって現れても不思議はないのだ。
「あれ――?」
真夜中だというのに、突然部屋が明るくなる。
そういえば電気をつけていなかったな、なんてくだらないことを考えながら、
ユーノは爆発するように崩れた天井と青い光に飲まれていった。
◇ ◇ ◇
「ちくしょうっ!」
光太郎は苛立ちを表すように足場を殴りつけた。
サタンと名乗る怪物に繰り出した拳は、あと一歩というところで転移に先んじられ、狙った相手には届かなかった。
代わりに破壊されたのが、光太郎が足場にしている二階建ての家屋である。
光太郎はこの家屋の屋根に飛ばされたのだが、下方へ放たれていた拳の勢いは殺しきれず、家屋の半分以上を瓦礫に変えてしまっていた。
次元を超えるアーカウ要塞の壁すらぶち抜く光太郎の拳を受けたのだ。
当たる寸前に咄嗟に腕を引いていなければ、半壊どころか丸ごと破壊されていたに違いない。
「殺し合え……?」
サタンは確かにそう言った。
不完全な世界、不完全な生命を裁くための儀式だと。
あの場所に集められた人達の姿を思い返す。
男も女も関係なく、色々な人がいた。
光太郎と同じく普通の格好をした少年もいた。
年端もいかない少女もいた。
貴族のような格好をした人もいた。
明らかに人間ではない外見の者もいた。
そんな人達に殺し合えと言ったのだ。
罪もない人々を贄とする神の儀式。
光太郎は、一年前の『式神の城事件』で自分を慕ってくれた後輩を失い、
世界の秩序となった兄、玖珂晋太郎との戦いでは、己の式神であるザサエさんと、
親友ロイ・バウマン、そして実の兄である晋太郎を立て続けに失ってきた。
激しい戦いを潜り抜けるうちに強まっていった、みんなを護りたいという彼の正義。
それはこの凄惨な世界においても変わるはずがなかった。
荷物を掴み、屋根から飛び降りる。
光太郎はあれこれ考えてから行動する性格ではない。
手掛かりがない状態であれば、闇雲に走り回って敵を見つけ出すということも平然とやってしまう。
「軍人のおっさんも、仇はとってやるからな……!」
そしてこのときも、光太郎は走り出すことを選んでいた。
【C-Ⅴ 民家付近/一日目・深夜】
【玖珂光太郎@式神の城】
【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:黒幕をぶっとばす
1.とりあえず走って探す
【備考】
※本編終了後からの参戦です
◇ ◇ ◇
「間一髪……だね」
崩れた家屋の瓦礫の下、半球状のバリアの中でユーノはひとりごちた。
サークルプロテクション。
後方支援に秀でた魔導師でもあるユーノが幼い頃から習得している防御魔法である。
天井が崩落した瞬間、ユーノは身を低くすると同時に結界の展開を試みていた。
魔導師としての活動を休止して久しかったため、かつての強度と展開速度を維持できているか不安があったが、それ以外に選択肢はなかった。
結果だけを見れば防御は成功で、小さな破片が幾つか当たった程度だったのだが。
「さて、と」
呼吸を整えて、デイパックに手を掛ける。
瓦礫はそこまで分厚く折り重なっているわけではなく、プロテクションを解いても生き埋めになる心配はなさそうだ。
しかしユーノはそれをせず、しばらく様子を伺うことにした。
この破壊が自分を狙った攻撃によるものだとしたら、プロテクションを解除するのは自殺行為になりかねない。
まずは相手の出方を見る必要がある。
仮に攻撃以外の原因で発生した事故だとしても、状況が分からないのに安全地帯から離れるのは危険だ。
そしてどちらにせよ、まずは手持ちの道具を確認しておく必要がある。
「サバイバルに必要そうなものは一通り揃ってるのかな」
床に物品を几帳面に並べていく。
食料、水、コンパス、地図、そして――
「名簿……!」
ユーノは荷物の検分を投げ出して名簿を広げた。
名簿に記載された名前のうち、彼が知る名は3つ。
彼の十年来の友人である高町なのは。
なのはの部下で、一応の面識もあるティアナ・ランスター。
そして、次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ。
ユーノにとっては最悪とも最良とも言いがたい取り合わせだ。
なのはの名前を見つけてショックを受けたのは確かだが、実のところ、彼女の安否についての不安は少なかった。
管理局が誇るエース・オブ・エースの実力を、ユーノは幼い頃から間近で目にしてきたのだ。
生き残る可能性は自分よりもずっと高いに違いない。
むしろスカリエッティが何をしでかすか分からないのが一番の不安材料だった。
あの男の行動や発想は常人の理屈と倫理の外にある。
そしてどう転ぼうと、起こるのは災厄以外の何物でもないだろう。
ユーノはサークルプロテクションを解除すると、瓦礫をよじ登って外に出た。
「急ごう、きっと時間がない……」
ぐずぐずしている暇はない。
首謀者達の正体と目的の調査。
ジェイル・スカリエッティの暴走の阻止。
やらなければならないことは山ほどあるのだから。
【C-Ⅴ 民家(半壊)/一日目・深夜】
【ユーノ・スクライア@リリカルなのはシリーズ】
【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:殺し合いには乗らない
1.首謀者について調査する
2.スカリエッティを警戒
3.首謀者とスカリエッティに関して情報を集める
【備考】
※StrikerS時点からの参戦です
※なのはも同時期からであると思い込んでいます
最終更新:2009年05月21日 21:47