アットウィキロゴ

とある老人の終末幻想

『裁き』。
不完全な世界、不完全な生命への。
最後の一人を決めるまで、誰も逃げること叶わない殺戮の宴。


暗く歪んだ空を見上げ、溜息を吐く腰の曲がった老人が一人。
遍く世界を、人の心の闇をも照らす太陽の輝き。それがこの空にはない。
まるで今の私の心を現しているようだと、皮肉気に口元を歪める。
彼は悠久の時を、多くの人の未来を背負っている。数字にすれば二千年、二十億もの信徒の未来を。

創造神YHVH。万物の父、唯一にして絶対なる神。
あの圧倒的な存在感。気付けば無意識の内に膝を折り、祈りを捧げていたあの威光。
名を騙る不届き者であろうはずもない。
並ぶ者なき、栄光に満ちた――彼らの神。

彼自身が敬い信仰するその神の思し召しだ。
故に殺し合えというあの命令、拒否することなど許されはしない。
彼に課せられた任はローマ教皇――神の僕にして、迷える子羊を護り導く者なのだから。



だが、しかし……。
下された神託、裁きを遂行することを彼は躊躇っていた。
理由は簡単。彼の目前には、怯え泣き惑う幼き子羊がいたからだ。
これが科学サイドに属する学園都市の人間や、悪魔を信仰する異教徒であったなら話は簡単だったのだ。
ローマ正教二十億の信徒を取り纏める教皇の位置に立つ彼は魔術師としてもまた卓越している。
荒事の場に立つことなどまずないが、たとえ相手が超能力者だろうと在野の魔術師だろうと負けるつもりは毛頭なかった。
そんな彼がこの場で初めて遭遇したのが、歳の頃はおそらく十二、三であろうほどの幼子だったのだ。
一見して科学サイドとも思えず、また異教徒の魔術師が発する排他的な気配もない。
同じ教義の信徒か、あるいはローマ正教に何の関係もない無辜の民か。
先の広間には実に多種多様な人間が集まっていた。
詳細に観察はしなかったものの、目立つところでは人型の鰐や、金属でできた人形、黒ずくめの忍者らしき影、中世の騎士のような男などがいた。
もちろんただの人(に見えて実は違うのかもしれない)が大半ではあった。この少年もその中の一人ということだろう。

この世界に転移させられ、遠目に見える建造物――おそらく聖堂だろう――を当面の目的地とし歩んできた彼はやがて一人の少年を見つけた。
虚脱したように地面に座り込み、何をするでもなく虚ろな眼で夜空を見上げていた少年に、彼は声をかけた。
どうしてお前は泣いているのだ、と。
そして少年はこう答えた。
皆の期待に応えられなかったからだ、と。

少年はダイと名乗った。
彼も自らの名――ではなく、ローマ教皇と言う役職名で返答した。どのような反応を返すか確かめるつもりだった。
信徒なら頭を垂れるだろう。科学サイドの者なら敵意を見せるだろう。異端の魔術師もそれは同じ。
が、ダイは「変わった名前だね」と言ったきり興味を失くしたかのように顔を背けた。無防備すぎることを逆にこちらが危惧したほどだ。
これによりおそらくはローマ正教自体を知らぬ地の者だろうと見当をつけた。だが、それにしてもこの覇気の無さは気にかかった。
彼とてここがどういう場所かは理解しているはずだ。戦わなければ殺される、暴力が支配する世界なのだと。
それを問うと、ダイは諦観の宿った眼でこう言った。

もう疲れた。どうなってもいい……と。

このとき彼の内に生まれたモノは、興味と言うより危機感だったのかもしれない。
己が手を下さずとも、この様子ではダイは誰と会ったところで簡単に殺される。
当人に抵抗する気も逃げる気も無いのだ。殺害数を稼ごうとする者には恰好のカモである。
同時、この少年を殺していいのかという疑念もまた生じてしまった。
いくら神の言葉とはいえ、信徒ではないとしても、未来ある幼き少年を平然と手に掛けるほど彼は全てを割り切れてはいなかった。
基本的に彼は善人なのだ。長年の宿敵にさえ知らぬところでそう断じられるほどに。

だから、気がつけば彼は手を差し伸べていた。
心身ともに深く傷つき、絶望した少年に。
共に来い。命を無駄に捨てるものではない。お前はまだ生きている、やれることがあるはずだ――と。


===

大聖堂へと進む道の途中、小屋を見つけた。
特に疲れてはいなかったが、視界の利かない夜闇の中を進むのも危険だ。
彼は無言のまま足を進めるダイへと振り返り休憩しようと告げた。
弱々しい賛同の声を聞き、まずはこの無気力な状態から脱させることが第一かと思った。

誰か潜んではいまいかと、用心して扉を開ける。
幸いそこには誰の存在もなく、彼は幾分安堵した心地で備え付けられていた明かりを灯した。
サッ、と暖光が闇を払い、彼は手近にあった椅子を引き寄せる。
ダイにはベッドへと腰掛けるように言って、明かりを挟んで向かい合う。
ダイは彼と目を合わせようともせず俯いた。
まずはちゃんとした自己紹介からだなと、彼は自分の名、その身に負う役目、そして目下のところ懸案である世界の情勢を語っていく。
科学と魔術の争い。その争いがこの殺し合いと関わりがあるのかどうか。
ダイに言ったところでわかるはずもないが、聞き役がいるというだけでもありがたかった。少なくとも徒労には終わらない。
だが、ダイは彼の語る言葉のほとんどを理解できないと言った。
科学とは何か。ローマってどこだ。魔術って魔法のことか。そもそも大魔王に国は滅ぼされなかったのか――逆に質問攻めにあう始末。
からかわれているのかと思ったが、ダイの顔は真剣そのもの。特に大魔王と言ったとき、その顔には怖れが多分に表れていた。
待て、状況を整理しよう。彼はそう提案し、まずダイのいた国のことを話すよう促した。

この子は精神を患っているのか?
話を聞き終え、彼がまず思ったのはそんな失礼極まりないことだった。
デルムリン島。パプニカ王国、ロモス王国、テラン王国、死の大地といった地名、国々など聞いたこともない。
勇者アバン、魔法使いポップ、王女レオナ、魔軍司令ハドラーといった人名もしかり。
モンスター? 子供向けの娯楽だろうか。神話にはよく出てくるものだが、現代の魔術結社でもそういった疑似生命を使役する者は少ないはずだ。

極めつけに大魔王バーン。神よりも強大な魔界の王と来た。
確かに悪魔の中には強大な力を有する者が数多くいる。
墜ちた天使ルシファー、蠅の王ベルゼブブ、そしてつい先ほど目にした自らを裁く者と名乗るサタンなる存在。
が、バーンなどと言う悪魔、魔王など聞いたことはない。教皇たる自分が知らぬのだから、存在しないと言ってもいいはずだ。
しかし彼とて象徴としてのみ聞き知っていたそれら神話の悪魔のうち一柱が実際に現れたのだ。伝説通り、いやそれ以上の異形と莫大な魔力を携えて。
いくら世界に魔術が数あれど、名だたる悪魔を実体を持たせ召喚するなど聞いたことがない。
そもそも先の神との対面からして彼の信ずる教義からすれば「有り得ない」のだ。
嘘などつけそうもないダイの真剣な顔を見て、突拍子もない考えが頭に浮かぶ。

違う世界の住人。俗に言う異世界、パラレルワールド。

この前提を置けば、広間で見かけた人外の存在や神との対面も納得できなくはない。
違う世界なのに信奉する神の名が同じなのは、そこは唯一神の唯一たるべきところか。
とすれば神に従う方針に変化はないものの、そもそもその神を知らぬダイのような者まで『裁く』べきなのか……

考えても答えは出ない。とりあえずそれを脇に置いて、彼は食事にしようと話を変えた。
彼は味気ないパンを水で流し込んみながら、密かにダイの様子を観察する。
半病人のように力のない顔でもそもそとパンをかじっている。食べているというより本当にただ口に入れているだけといった感じだ。
おそらく元々の性格は快活なのだろう。仲間達のことを話す彼の顔は微量ではあるが明るさを取り戻していた。
だが一度会話が途切れればこのように塞ぎ込んでしまうのだ。余程ショックなことがあったのか。

食事を終えまた沈黙が二人の間に横たわり、彼は覚悟を決めた。
情報の交換という枠を超えた、ダイ自身の事情へと踏み入る覚悟を。
聞いてしまえばますます『裁く』ことは難しくなる。善人である彼はなんとかしてダイを救ってやりたいと……思ってしまうと、自覚出来ていた。
わかっていて、尚。彼はダイに差し伸べた手を引く気はなかった。既に二十億もの信徒を背負っているのだ。新たに一人増えたところでどうということはない。

何があった、と促す。
起こってしまった過去を変えることはできないが、人に話せば楽になることもある。
知り合いには話しにくいことでも、完全な他人である自分なら多少は気が楽だろう、と。

しばし葛藤するようにこちらを見つめていたダイが、数分の間を空け口を開く。
語られたのは――


===

両親を知らず、心優しき魔物に育てられた時間。
故郷を訪ねてきたおてんばな姫、偉大な勇者。お調子者の、だが最高の友達。他にも数多いる頼れる仲間達。
数々の死闘。邂逅した実の父との骨肉の争い。
そして旅の果て、遂に世界を脅かす元凶の居城へと突入し、……父を目前で失い、大魔王との決戦に敗れ仲間を失ったこと。

ダイの口から語られた話は、まさに世界的にありふれた……勇者が魔王を討伐するという、創作の王道と言えるような物語だった。
語るダイの表情に一片でも冗談の成分があれば笑い飛ばせたのだが、それも叶わず。
語り終え押し黙ったダイに掛ける言葉もなく、彼は自身の不明を恥じた。
こんな子どもが世界の命運を預けた戦いへと赴き敗北、あまつさえその眼前で父と死に別れたなどと。
寄せられた期待に応えることができなかったという言葉にも納得がいった。
元々責任感が強い性格なのだろう。千載一遇の好機を逃したことで自分を責めているのだ。
そこに父と仲間を失った哀しみが重なればこうなるのも無理はない。
どんな言葉であろうと、所詮他人である彼ではダイの痛みを知ることはできない。
ポップ、アバンという者達なら違うのだろうか……が、呼べば飛んで来るはずもない。結局、彼もまた口を閉ざすしかなかった。


手持ち無沙汰になった彼は支給された道具を確認し始めた。
彼自身の支給品袋の中にあったのは、皮肉なことに科学の産物ばかりだった。
学園都市製の改造スタンガン。
アラームピアス……という名の小型の機械。
紙に書かれた説明文には、『半径50m以内の動体反応を感知すれば警報を発する』とあった。
ローマ教皇たる彼に科学の産物を支給する。その皮肉に辟易としつつ、だがこれは使えると思った。
スタンガンはともかく、アラームピアスというものは不意打ちを防ぐ効果があるだろう。
魔術を行使できる自分に武器は必要ない。そう言ってダイにスタンガンを渡そうとしたが、これは断られた。
使い方が分からない、自分が使ったら壊れてしまう、そもそも素手の方が戦いやすい、じいちゃんが使ってくれ……と。
呼び名に内心傷つきもしたが、頑なに固辞されたので止む無くスタンガンは自分の袋に戻した。
そこで気がついたのだが、ダイは自分の袋を確認しようともしていなかった。
促すべきかとは思ったが、それほど信頼関係の育っていない自分が手の内を明かせと迫るのも悪い印象を与えるかもしれない。
後でいいかと思い、彼は次に名簿を手に取った。
パラパラと見ていくと、知った名前がいくつかあった。

上条当麻。
平時ならば目下のところ最重要対処目標であった少年。右腕に宿す力は、この殺し合いの場においては大きなアドバンテージだろう。
報告を信じるならば彼はまずこの殺し合いには乗らないだろう。しかし彼の立場からして、会えば……戦うしかあるまい。

アウレオルス=イザード。
元々ローマ正教に属していた隠秘記録官(カンセラリウス) 。協会から出奔した後、行方を晦ましていたはずだが。
異世界の法則が書かれている魔導書を専門的に扱っていた役職上、どのようなスタンスであれ侮ることはできない男だ。

そして後方のアックア。
ローマ正教擁する影の組織にして切り札、『神の右席』が一人。
世界に二十人といない聖人の一人にして、『神の力』を司る強力無比な魔術師。
あの男がこの場にいたことは僥倖と言える。
ローマ教皇という権威を軽んずる『神の右席』にあってアックアだけは彼に敬意を払って接していたからだ。

ひとまずはアックアとの合流を目標とする。あの男はおそらく異教徒を殲滅して回ることだろう。
アックアより先にダイに会えたのは幸運だったかもしれない。無差別に破壊を撒き散らす男ではないが、少なくとも彼自身よりは人を殺すことを割り切っている。
まして神の勅命となれば拒否する方がおかしいのだ。その点、彼は自身の行いを疑問に思わないでもなかったが。
ダイのことは……いざとなれば八人を殺した褒章で元の世界に帰還させればよい。
広場で見た限り、異教徒や戦いに身を任せる者には事欠かないはずだ。
教義を知らぬからといって異端と断じ、この過酷な運命を背負った幼子の未来を奪う――やはりできない。
だが、ダイ自身の世界に帰すのも酷かもしれない。もし可能なら、自身の世界へと連れ帰ってやりたいものだ。

とにかく、異教徒の全滅が目的ではない。要は最後の一人になればいいのだ。
理想は彼自身もダイも途中で送還されてアックアが勝ち残ること。
これなら(少なくとも彼の知る者は)誰も傷つかず、また上条当麻の排除も完遂できる。



名簿を見たところ、ダイの名前の付近にいくつか固めて記されている名前がある。
ポップ、アバン、ハドラーというのはダイ自身の口から出た名だ。自分とアックア同様、知り合いなのだろう。
名簿を確認するそぶりもないダイにそれを告げるかどうか、迷う。
彼の友であるなら救ってやりたいが、新たに二人も送還するとなると(魔軍司令などという肩書きのハドラーは除外して)都合四人。必要な人柱は三十二人。
参加者の総数が五十人であるところからして、彼とアックアの二人で成すのは現実的に不可能だろう。
残酷かとも思ったが、黙っておくことにした。名簿を確認しようとしないダイなら気付かないだろう。
万が一、友の名が放送で呼ばれればダイはさらに傷つくだろう。できるならば六時間以内に彼を脱出させたいところだ。


方針を決めた彼はダイに休むよう促した。自身は小屋の外で見張りをすると言って。
当たり前だが、夜の中にこの明かりを灯した小屋はひどく目立つ。それでなくとも休める場所を求めて人は来るだろう。
その人物が好戦的でなければいいが、もしそうであるなら大規模魔術などを使用されれば小屋ごと潰される。
それを防ぐには先手を取るしかない。
幸いこちらにはアラームピアスがある。科学に頼ることに忸怩たるものはあったが、背に腹は代えられない。使えるものは使うべきだ。
そう言って、心配するダイにピアスを振ってみせる。これがあるから大丈夫、誰かが来たら警報がなるんだ、と――


警報が鳴った。最初は大きく間を開けて、秒を刻むごとにそのリズムも激しくなる。


ぽかんと手の中のピアスを見、次の瞬間我に返る。誰かが接近しているのだ!
ダイに隠れていろと言い、彼は小屋の外へと飛び出した。

再び夜の冷たい外気に身を晒した彼が見たのは、ゆっくりとした足取りで近づいてくる女――少女だ。
緑髪が夜に映える。その手にあるのは奇妙な装飾が施された剣らしきもの。
そしてその額には何か輪のようなものが巻かれていた。
アラームピアスはけたたましいほどに鳴っている。もうあの少女にも聞こえていないはずはないのに、それでも立ち止まらない。
彼が誰何の声を上げる前に、少女の形のいい唇が動いた。

アムド、と。

彼女の持つ剣が蠢き、膨張し爆発した。
銀の輝きが彼女自身を覆い、瞬く間に収束していく。
そこに現れたのは無骨な鉄鎧を纏い抜き身の剣を構える人形のような目をした少女。

後方でダイの声がする。あれはヒュンケルの鎧の魔剣だと。
それが何か聞く暇すら与えず、少女が躍りかかってくる。
見かけによらず鋭い動きに虚をつかれ、一歩も動けない彼へと剣が振り下ろされ、

銀の輝きがその身に喰らいつく前に、割り込んだダイの拳が剣を受け止めていた。

少女の躊躇いのない殺意に、そしてそれ以上に剣を生身で受け止めっているダイに驚く。
ダイの右手には輝くルーン――紋章があった。まるで竜の頭のような、力強さを感じさせる紋章が。
残るダイの左手が彼を突き飛ばす。
間髪入れず少女の右手が突き出され、ファイラ、と声が聞こえた。
一瞬前まで彼のいた空間を燃え盛る炎が舐め回す。ダイに押されなければ炎に呑まれていただろう。

慌てて立ち上がり、少女を弾き飛ばしたダイが横に並ぶ。
ダイの紋章に、そして少女が行使した魔術に戦慄を覚えた。
両方とも、自分の知らない魔術。特に後者はルーンの使用などなく瞬間に炎を導き出した。
ダイを見るとそれほど驚いてもいない。そして今の身のこなしを見るに、先程の話は真実だと今さらながらに現実味を覚えた。
ダイが口早に少女の鎧について説明した。
曰く、雷以外のあらゆる魔法――魔術ではなく、魔法と言った――を防ぐ。
曰く、全身至る所に武器を仕込んでいる。あの剣は鞭にもなる。



そしてそれを纏う少女は明確な殺意を持っている。これはまずい。
おそらくダイが本来の力を出せるなら、いかに少女が強敵だとて一蹴できるのであろう。
だが今のダイは本調子とはほど遠い。戦意がゼロに近い状態なのだ。
今の攻防は勇者としての性か、死に瀕した彼を救うべく身体が勝手に動いたのだろう。その証拠に、紋章の輝きはどんどん弱まっていく。

少女の発するプレッシャーに押されまいと、ダイが指先を天に掲げ叫ぶ。
ライデインという言葉とともに稲光が奔る。行く先は少女。
天候を操ったダイに驚くも、あの鎧には電撃が効くということを思い出しやったかと安堵した。
少女は動かず、ただ小さく口を動かした。リフレク。
少女を討つはずだった電撃は急激にその向きを変えダイへと襲いかかった。
雷に撃たれる直前、ダイが右手と左手を交差させ防御の態勢を取ると、その身体から広がった光がダイの身体を包みこむ。
電撃がダイへと直撃した。だが光がバリアの役目を果たしたのか、その身体に傷はない。
ほっとしたのも束の間、止まらず動き続けていた少女がダイに再び切り込んでいった。
虚を突かれたダイは右腕を振り回し、なんとか寄せ付けまいとする。
剣を再び右手で受け止めた瞬間、少女がブリザドと呟いた。
ダイの足が一瞬にして氷に包まれる。
少女の鎧割れた足が飛び、動けないダイの腹へと突き刺さった。
衝撃の逃がしようのない体勢で受けたからか、ダイは激しく咳き込んだ。
そこへ振りかざされた少女の剣。彼は見ている場合ではないとばかり、スタンガンを取り出して駆けだした。
先端から迸るスパークが少女の注意を引いたか、ダイから彼へと向き直る少女。
電撃に弱いというならこの武器は無視できないはず、と踏んだ勘は当たったようだ。

剣を構え、じりじりと距離を測る敵手。対する彼は冷や汗ものだった。
この老体で少女の軽快な動きについていける訳がない。
勇んで飛び出したはいいものの、スタンガンを当てる自信は全くなかった。
それを見きったか少女が駆け出す。だが彼は慌てない。彼の専門は格闘ではなく魔術なのだから。
口内で文言を唱える。現出した光――逆十字のイメージを内包した魔力体。
突如出現した光を警戒した少女の足が止まる。
が、少女よりも彼の方が受けた衝撃は遥かに大きかった。
彼自身は『神の子』と十二使徒の象徴たる十二の球体を作り出すつもりだった。だが、現実生成できたものは一つだけ。
何故、と自問しすぐに思い当たる。

ここはバチカンでも、聖ピエトロ大聖堂でもない。そもそも違う世界なのかもしれない。
彼の操る力とはすなわちバチカン市国と聖ピエトロ大聖堂という巨大霊装、そして二十億もの信徒の信仰だ。
その場所に在ってこそ力を発揮する魔術――彼単体で行使するものではない。

今操れるのはこのたった一つの魔力球。さすがに、これだけでは少女を御することは難しい。
後方に蹲るダイを考慮に入れたとして、現時点で少女の撃破は困難と判断するしかなかった。
しからば撤退しかないのだが、ダイだけならともかくこの老体まで見過ごしてくれるほど生易しい相手でもないだろう。

ダイがやや覚束なくなった足取りで彼の横に並ぶ。その右手の紋章は闘志に呼応するのか、輝きを今にも失わんというところだった。
覚悟――そう、覚悟を決める。このままでは二人とも殺される。二人ともは逃げきれない。
どちらか片方が残り敵を足止めする。その場合、より長く足止めできるのはもちろん――ダイだ。
ダイが少女と睨み合っている内、彼は後退し大陸の外、異次元に飛び込む。
どこに飛ばされるかは分からないが、裏を返せば少女が追ってくることもできない。

少女から警戒を逸らさず周囲へと視線を飛ばす。一番近いところで300mといったところか。
ダイの耳へと口を寄せ、計画を告げる。
ダイはどこか――そう、諦観からくる安堵か。そういったものを漂わせて頷いた。
死ねと言っているにも等しいのに躊躇わず頷く。
それほどにこの少年の背負っているものは大きく、またその期待に応えられなかった自分が許せないのだろう。死という解放を望むほど――





だが、だからこそ。

彼は、ローマ教皇は、ダイの命がここで失われることを認めない。




スタンガンを起動させ、ダイの首筋に押し当てた。
ビクッと、一瞬痙攣したダイは信じられないものを見るような眼で振り返る。
彼はアラームピアスを支給品袋に押し込み、ダイのそれと合わせてしっかりと少年の身体に固定する。
彼が何をしようとしているか気付いたのか、ダイは弱々しく首を振った。
その瞳が訴えかけていることも想像がつく。彼の師、アバンなる人物と同じことをするつもりなのかと。
自身の無力を後悔する少年に、彼は優しく笑いかける。

今この少年をここで死なせるわけにはいかない。ダイの世界、ダイの仲間、そしてダイ自身のために。
身体の自由を取り戻すべく足掻く少年に、もう一度スタンガンを突き付ける。
その身体が跳ね、今度こそ抵抗は弱まった。
気を失いつつある少年の耳元で囁く。


上条当麻、そして後方のアックアを探せ。必ずお前の力になってくれるはずだ――と。


ダイと同じく異質な力を宿す右腕で、理不尽を突き付けた名立たる魔術師達を打ち破った少年。
聖人にして『神の右席』、そしてかつて英国はイングランドにその人ありと謳われた高潔にして凄腕の魔術師。

彼らならきっと、ダイを闇から救い出してくれる。
後方のアックアだけでなく、敵とも言える上条当麻にすらもそう思った。
彼なら歳も近い。青臭い、だが熱い正義感を持つ彼ならきっと、良い友人になってくれる――はずだ。


少女を押しとどめていた魔力球を引き戻し、ダイへと接触させた。
己が魔力を振り絞り、一気に大陸の外へと吹き飛ばしていく。

機を逃さず、少女が疾風の如く駆け込んできた。
鋭い剣が肉を裂き骨を砕く感触に苛まれながらも、スタンガンを少女の鎧へと叩きつける。
金属が電撃を伝導し、少女の意識を少なからず揺さぶる。
剣に込められた力が弱まる。その瞬間、彼は顔を上げ――




「生きろ、ダイ! どんなときでも、諦めずに……! お前を信じ、愛する者のため! 闇を払い、世界を照らす……太陽になるのだッ!」





叫んだ。声が出たのか、掠れ声だったのか。自分ではもうそれすらもわからない。
だがきっと、ダイには届いたはずだ。そう、信じることにする。

少女の意識が回復したようだ。間近で視線が合い、だが何故か憎しみも恨みも湧いて来ない。
その瞳がまるで空洞のようだったからだ。何も映し出すことはなく、全てを深く沈み込ませるような。
額の機械的な輪が小刻みに発光する。それでわかった。この少女は操られているのだと。
やはり科学というものはロクなことをしない。死に際だというのに憮然とし、少女の頬へと震える手を伸ばす。

もはや言葉を絞り出す力もない。だから彼は、想いを視線に乗せて伝えようと思った。



私は、お前を「赦す」。誰がお前を謗ろうとも、私だけは――お前を赦し、受け入れよう。
願わくばその身を縛る鎖を断ち切り、あの少年――ダイの力になってやって欲しい。



想いが届いたかどうかなど知らない。だが彼はやはり、そう信じることにする。
信仰とは想いの力だ。何事もまず、信じることから始まっていく。
起こってしまった過去は変えられない。だがこれから起こる現在、まだ見ぬ未来なら変えられる。
そう信じ瞳を閉じる。
やり残したことは多いなどというレベルではない。彼の背には二十万の信徒がいる。ここで倒れることは彼らを放り出すも同じ。
だが――後悔はない。
二十億の命のために眼前で一人の命を見殺しにして、教皇の名を名乗れるはずがあろうか。
それにだ。アックアが生還すれば、信徒達のこともどうにかしてくれるだろう。
というか彼以外の『神の右席』は全員信用できない――のだが、そこはそれだ。考えても仕方ない。どうせ彼の命令なんて聞かなかった奴ばかりだ。
新たな教皇が選出されるまでならアックアと側近でなんとか凌げるはず。その後は――これも考えても仕方ない。

訪れ始めた睡魔に身を委ねる。
薄れゆく視界の中、少女はどうしたことか止めを刺すことも立ち去ることもせず彼の瞳を覗き込んでいる。
その白磁のような頬に一筋、煌めくものが流れたような気がしたが――



雫が地面を叩くより早く。
彼の心臓は長きに渡る役目を終えて、静かな眠りに就いたのだった。





【ローマ教皇@とある魔術の禁書目録  死亡】



【D-Ⅱ 小屋付近 1日目 深夜】
【ティナ・ブランフォード@FF6】
【状態】:洗脳
【装備】:鎧の魔剣 あやつりの輪 スタンガン
【道具】:支給品 不明支給品1~2
【思考・状況】
 基本行動方針:裁きの遂行
1:見敵必殺
【備考】
名簿はまだ見ていません。


【???  1日目 深夜】
【ダイ@ダイの大冒険】
【状態】:恐怖 気絶
【装備】:アラームピアス
【道具】:支給品×2 不明支給品1~3
【思考・状況】
 基本行動方針:脱出
1:じいちゃん……?
2:後方のアックア、上条当麻を探す。
【備考】
一度目のバーンパレスに突入後、バーンに破れた直後からの参戦。
名簿はまだ見ていません。
異次元に落下しました(一度目)。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年05月26日 00:12
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。