最近、サララの様子が変だ。

 座っている椅子が軋み、寂しく鳴った。振り返り、ベッドに寝ている少女を見つめる。
 時刻は、草木も眠る深夜。僕のベッドで、サララは安らかに眠っていた。
 体勢を戻し、机に肘を預けて再び考える。机の端に設置されたランプからの、ささやかな光が、僕の手元を明るくしていた。
 耳に微かに届くサララの寝息をBGMに、ここ最近のサララの様子を振り返る。
 最初に違和感を覚えたのは、あの日……ナタリアとの戦いから帰ってきてから数日後辺りだったと思う。
 サララが、時々僕の見てない所でため息を吐くようになったのは。といっても、僕は気づいていたのだけれど。
 それに、異変はそれだけではない。
 両手を組み、そこに額を押し当てる。薄暗かった視界が、完全に闇に閉ざされる。
 今まで、夜を共にする日以外は、ベッドを別々にしていたのだ。サララにもプライベートが欲しいだろうと思っての判断だ。
 サララも、最近まではそれを受け入れてくれていた。サララにとっても、男には見せたくないことが、一つや二つはあると思うのだ。

 それが、最近はどうだろうか。

 さっき見たサララの寝顔が、最近の寂しそうな笑顔が、枕を抱えて僕の部屋に来たときの不安に満ちた顔が、脳裏に渦を描いていく。
 ここ数日、毎日枕を抱えてやってくるサララ。
 別段、僕を求めるわけでもなく、何か話したいことがあるわけでもない。ただ、サララは、僕のベッドで寝ることを所望した。
 気になって、隠し部屋探求で留守にしていた数日、何があったのか尋ねたこともある。
 けれども、サララは何もないと言っていた。僕の目には、嘘を言っているわけでも、何かを隠しているようにも見えなかった。
 本当に何も無かったのだろう。だとしたら、いったい何がサララを不安にさせているのだろうか……僕には理解する術がない。
 だが、何かが彼女を不安にさせているのは確実だ。

「……そういえば、もうすぐ祭りが始まるな…」

 ふと、脳裏を過ぎったのは、チラシで見た祭り開催の期日。
 ……これを利用して、サララの不安を知ることができれば、あるいは……。
 顔を上げ、ランプの火を吹き消す。室内は暗闇に包まれ、目の前の家具も分からなくなった。
 けれども、僕の目には昼間と同じくらい、室内が鮮明に見えた。強化された肉体能力は、視覚機能にも及んでいるのだ。
 サララを起こさないように、抜き足差し足でベッドへ向かう。そして、気づいた。
 サララの横顔に流れる、一筋の涙を。

「……お休み」

 気づかない振りをして、優しくサララの額にキスをした。どこか、サララが笑ったような気がしたのは、僕の幻覚だったのかもしれない。
 ベッドに入り、目を閉じる。僕の意識は瞬く間に眠りに付いた。

 探求大都市『東京』には、伝統と呼ばれるほとんど行事はない。
 正確に言えば、『東京』にあった伝統行事のほとんどは廃れてしまって『東京』にはほとんど残っていない。
 西洋のハロウィンしかり、クリスマスしかり、数々の人種、民族、国の人達が押し寄せる探求大都市において、伝統行事と呼ばれるものはほとんど存在しないのだ。

 けれども、存在しないわけではない。

 存在する行事が行われるのは夏。春夏秋冬と呼ばれる4つの気候の変化から取られた言葉の一つであり、『東京』がもっとも暑くなる季節。
 夏の夜だけに催される伝統行事、祭りである。
 いつもは閉店し、静かに朝を待つ商店街が一変する季節。
 飲めや歌え、大騒ぎが連日行われ、人々は日ごろ溜まった鬱憤を発散させるのだ。
 酒は飛ぶように売れ、あちらこちらで喧嘩騒ぎも起きる。
 男達は薄着になっている女性達を見ては鼻を膨らまし、あわよくばと誘いの言葉を掛け、あっさり撃沈してしまう光景も見られる。

 そんな中で一際異彩を放つ、銀髪の美しい少女と、その少女と手を繋いでいる健康的な黒髪の美少女が居た。

 年頃は10代……正確な年齢は分からないが、どちらも将来を大いに期待してしまう美貌を放っていた。
 黒髪の少女は伝統民族衣装『浴衣』を着て、年頃の少女らしく、華やかな笑みを浮かべ、隣の少女に話しかけていた。
 身体全体を隠す浴衣の隙間から見える両足が動くたび、少女には似つかわしくない、張りのあるお尻が左右に揺れる。
 大人でもない、かといって子供でもない。花咲く蕾だけが持つ、中性的な色気が見え隠れしていた。
 本来なら、男達の注目を集めてもおかしくない程の美少女だった。

 だが、男達の視線は全て、隣を歩く銀髪の少女に向かっていた。
 その少女を見た者は例外なく驚き、次に夢でも見ているのか? と我が目を疑うだろう。

 背丈は小さく150cm前後で、髪は腰を覆い隠すほど長く、月の光を凝縮したかのような光沢ある銀髪。
 前髪は中心から横に綺麗に分けられ、開かれた額を細い眉毛が飾るように生え、その下には勝気な印象を与えるアーモンド形の吊り目。
 一本ずつ丁寧に細工されたような睫毛に、すっ、と小さくも高い鼻、薔薇を思わせるような唇が付けられている。
 さらに病的にも、生命力溢れるようにも見える雪のような肌が、幻想的な美しさを少女に与えている。

 黒髪の少女とは色違いの浴衣……よりも、若干色っぽさを重視した浴衣を着ていた。

 酒に酔っていた男達は、その余りの美しさから一様に酔いから醒めてしまい、男達の視線を集めていた女性達は、思わず舌打ちしてしまう。
 小さな背丈と相まって、何処かの国のお姫様、と言われても、この少女なら誰もが納得してしまうだろう。
 だが、まさかその少女が男性であるとは、夢にも思わないのではないか。それほどの美しさを持った少女だった。
 周囲の注目を知らず知らずの内に集めてしまっている銀髪の少女、マリー・アレクサンドリアは、隣を歩く黒髪の少女、サララに、こう言った。

「今更だけど、その浴衣、似合っているよ」

 マリーは笑みを浮かべた。その笑みを見たサララは、思わず自分がどこにいるのか忘れてしまいそうになった。
 その横で、マリーの笑顔を見た男が、口に付けたビールを零したまま惚けていた。

「マリー様も、その浴衣……とてもお似合いですよ」

 何か言わなければ。そう考えたサララの口をついで出た言葉は、それだった。
 あまりに月並みな言葉、あまりに平凡な賛美に、サララは自分の無知を嘆きたくなってしまった。
 けれども、マリーは特に気にした様子もなく、苦笑混じりの笑みを浮かべた。

「似合っている……か。僕、男なんだけどな……どうして女の子用が届いたのかな。ちゃんと男の子用に注文したんだけどな」
「本当にお似合いです。思わず額縁に飾って眺めたくなるくらい、似合っています」

 潤んだ瞳をマリーに向け、熱く断言するサララ。
 対象に、マリーはさらに疲れたように肩を落とした。

「はは、ありがとう……あ、フランクフルトの出店だ。サララ、食べようか?」

 繋がれてない片手で指差された先を見ると、立ち並ぶ出店の中で、一際人が集まっているところがあった。

「はい、頂きましょう」

 二人は、ふらんくふると、と書かれた暖簾を潜った。

 あんまり期待していなかったが、フランクフルトは意外と美味かった。
 外で食べているのからなのか、それとも祭りという状況だからなのか、前に食べたフランクフルトより満足できるものだった。
 あんまり美味しかったので、まとめて20本買ってしまったのも、仕方ない話だと、僕は思っている。

「何のでみへ見にいこうほか」

 フランクフルトを口いっぱいに頬張ったまま、サララに訪ねる。行儀が悪いが、早く食べないと冷めてしまうので、かまわず食べる。

「んぐ、そうですね……射的でも見に行きますか?」

 同じく、口いっぱいに頬張ったフランクフルトを飲み込んだサララが、2本目のフランクフルトに手を伸ばしつつ、答えた。

「それふぁ、射的をみひいほうふぁ、ごく、サララも一緒にね」

 7本目に手を伸ばす。
 僕の言葉に、サララが驚いたみたいで、酷く狼狽した。

「い、いえ、マリー様、私はいいのです。奴隷である私に、そこまでして」
「五月蝿い、黙れ、一人でやるのは寂しいから、一緒にやってほしいの、分かった?」

 何やら遠慮し始めたサララが言い終わるよりも先に、無理やり遮ってやった。
 普段から自分は奴隷だと、性欲処理人間だと豪語しているサララ。僕が何かしてあげると、いつも彼女は申し訳なさそうに俯いてしまう。
 今だってそうだ。
 サララに気づかれないように、様子を窺う。

「……………………」

 いつも通り、サララは申し訳なさそうに目を伏せていた。
 良かれと思ってやったことだが、こんな顔をされると、余計なお節介をしているのではと考えてしまう。

「……もしかして、嫌だった?」

 そして僕も、いつも通り尋ねる。
 するとサララも、いつも通り顔を上げて否定した。

「嫌ではありません。とても嬉しくて、涙が出てしまうくらい嬉しいです……」

 頬を緩ませ、本当に嬉しそうに笑うサララ。だが、どこか無理をしていそうな印象を覚えた。
 だけど僕は、いつも通りのやり取りを行う。

「……行こうか?」

 サララの手をギュッと握ることだ。
 優しく握った彼女の手が、僕の手を優しく握り返した。

「はい!」

 サララは、見ているこっちが思わず笑みを浮かべてしまうくらい、華やかな笑みを浮かべた。

 射的を開いている出店には、数人の客が立ち止まっていた。
 その内の一人……白いカッターシャツに、黒いズボンという井出たちの女性が、一人射的をやっていた。
 玩具のライフル銃に、コルクを詰め込み、景品を狙っている。
 後姿しか見えないが、後姿からでも分かる……むしろ後ろ姿だからこそ分かる、素晴らしいプロポーションの女性だった。
 服の上からでも分かる細い腰周り、ズボンに包まれた肉厚たっぷりのお尻が窺える。思わず喉を鳴らしてしまいそうだ。
 けれどもそれは、背中に担いだ一丁の銃と、腰の両端に取り付けられたホルスターに収まっている二丁のハンドガンがなければの話だが。
 僕はサララの手を引いて、その女性に近づき、声を掛けた。

「晴美」

 ピクリと、女性……龍宮晴美の肩が跳ね、振り返った。
 勝気な印象を与える顔立ちに大きく開かれた両目、さらには、みずみずしい唇。
 その色は、紅を注しているかのような薄桃色。ふっくらとした唇は、男なら思わず喉を鳴らしてしまいそうな妖しい魅力があった。

「おお、マリーにサララじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」

 ニコリと、晴美はボーイッシュ溢れる笑みを浮かべた。
 男装の麗人。そんな印象を覚えた。

「お久しぶりです、晴美さん。先日はどうも」
「サララと出店を見物しているところ」

 先にサララが挨拶し、次に僕が晴美の質問に答える。意識せずに行った連携プレイだ。
 そうか、そうか。晴美は深く頷きながらも、片手のコルク銃は、店奥の棚に乗せられた景品を狙っていた。
 それでは当たるものも当たらないでしょうに。
 見ると、景品棚の横に座っていた店主らしき人が、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
 店主の気持ちが痛いほど分かる。きっとこう思っているだろう。
 ふへへ、当てられるもんなら、当ててみな。
 サララも僕と同じことを考えていたらしく、控えめに口を開いた。

「あの……晴美さん」
「ん、なんだ」

 コルク銃の引き金が引かれ、圧縮された空気が気の抜けたような音を立てて排出される。
 その反動を受けたコルクは、寸分の狂いもなく景品棚の上に乗せられていた熊の人形に直撃し、ゆっくりと人形を倒した。
 直径70cm近くありそうな、大きな人形を、である。
 ちゃんと的を狙った方がよろしいのでは。恐らく、そう言おうとしていたのだと思う。サララは、目を見開いて驚いていた。
 再び店主の方に視線をやると、店主は信じられないと言わんばかりに呆けた様子で、倒れた熊と晴美を交互に見ていた。
 またもや、店主の気持ちが痛いほど分かった。

 こういった出店では、たいてい一つや二つ、赤字覚悟の高価な景品を並べておくのが常識だ。
 そういった物はすべからく重量があったり、中に物を詰めて倒れないようにしていたりするものだ。
 もちろん、位置の関係や風向き、景品の重量バランスに加え、景品の重量などもあるが、一番重要なのは景品の重さだ。
 射的において、重さはかなり重要な要素を含んでいる。コルクを打ち出す元となる物が、火薬か空気の違いがあるものの、結局はコルクだ。
 至近距離で連続して当てるならともかく、単発式のコルク銃では、それこそ何度やっても倒せられないのは確実。
 倒れた人形を見ると、極々一般的な形だ。3頭身程度のフォルムに、両手足を前に突き出した抱っこスタイル……バランス、重量、共にコルクでは到底倒れないように感じられる。

 晴美が倒した人形は、絶対に倒れない景品だったのだろう。

 倒れた人形を見ると、目が合った。物言わぬ目が、僕に悠然と語りかけてくる。

『へへへ、まさかこの俺がコルク銃に落とされるとは思わなかったぜ』

 何だか涙が出そうだ。思わず、僕も目で語りかける。

『時代が変わったのさ……もう君の出番はないんだ。後はゆっくり休むことが、これからのあんたの仕事さ』
『そうかい……俺もどうやら年貢の納め時ってやつか』
『俺もお前も、年を取りすぎただけだよ』
『違いねえ』

 ふふっと、熊の口元に笑みが零れた……ような、気がした。
 その熊を、さっきまで項垂れていた店主が掴み取り。

「ちくしょう、持ってけ泥棒!」

 晴美へと突き出した。
 晴美はにこやかに人形を受け取り、胸元の谷間に挟むように抱え込んだ。

「ありがとう、店主。だが私は泥棒じゃない。どちらかといえばスナイパーと呼んでくれ」
「ちくしょう、持ってけスナイパー!」
「ありがとう、お礼にニーソックスでもプレゼントしよう」

 指で目頭を押さえていた店主の気配が変わった。

「なに!? くれるのか!?」

 さっきまで落ち込んでいたのが、何処へ行ったのやら。顔を上げた店主の瞳には、見ているこっちが驚いてしまうくらい力が篭っていた。
 店主……ニーソックスにそこまで反応するなよ。
 ほら、見てみなさい、さっきまで遠くから見ていた子供達が、大人達に手を引かれて離れて行っているぞ。
 このままでは店主の射的屋が潰れてしまう。まだ一度もやっていないのに、いきなり潰れては堪らない。

「店主……落ち着け、客が貴方の様子を見て、離れて行っているよ。このままでは客足が遠のくばかり」
「馬鹿野郎! こんな美人のニーソックスだぞ! ニーソックスハンターとして、こんなチャンスを逃がしてたまるか!」

 店主の為を思って注意したのだが、逆に怒鳴られた。
 何だろう。世間的にはあまりに駄目なことを大声で豪語しているのに、妙に潔く、妙に素晴らしいことのように思える。
 美人のニーソックス。それを手に入れるために、生活すら捨てようとしている。なんだか、無性に応援したいような気持ちが湧き上がった。
 事実、同じ考えを持っているのか、僕の背後で数人分の拍手が聞こえた。
 そんな周りの状況を見渡していた晴美が、店主へ向かった一言答えた。

「嘘だ、馬鹿」

 瞬間、店主、僕、背後の他人数人の時間が止まった。

「なんで私が見ず知らずのお前にニーソックスを渡さねばならないんだ。人形はありがたく頂くから、ニーソックスは自分で探せ」

 そう言うと、晴美は店主から顔を逸らした。
 次いで、店主がその場に崩れ落ちるように膝を落とした。

「うぐぐ、ぐずぐず、うううう~~~、ぐぅぅぅ~~」

 人目を気にせず、大粒の涙を幾重にも零して。

「ちょ、おま、何でいきなり泣くんだよ!」

 店主の様子に驚いた晴美が、慌てふためく。パタパタと両手を振ったり、僕の顔を見たり、サララの顔を見たり、空を見上げたり、落ち着きがまるでない。
 おまけに、大の大人が恥も捨てて、大泣きしているのでさらに注目が集まっていく。比例して、晴美の混乱も強くなっていく。
 仲裁しなくては。僕は口を開いた。

「なんて酷いことをしたんだ、晴美!」
「ええ! 私か!?」

 晴美は自分を指差し、驚いたように、胸に抱いた人形を抱きしめた。

「晴美意外、誰が居るのさ。男の純情を……ニーソックスハンターの夢を砕いて、そんなに楽しいか、そんなに嬉しいか、この悪魔!」
「そうだ、そうだ!」
「ニーソックスハンターにだって、人権はあるんだ!」

 僕の背後から、数人の男性が援護する。これがニーソックスハンターの絆だ。
 ほとほと困り果てたと言わんばかりに、晴美は大きくため息を吐くと、蹲っている店主にこう言った。

「分かった、分かったよ……今履いているの、普通の靴下だけど、それで手をうってくれないか?」

 野太い泣き声がピタリと止まる。音もなく立ち上がり、ゆっくりと顔を上げる。涙の痕跡が全く残っていない目元に手を当て、仕方ないとばかりに首を左右に振った。

「まあ、いいか。それで我慢しよう」

 妙に偉そうだった。

 殺意の篭った目が、僕に向けられる。思わず、目を逸らしそうになった。

「……今コイツを殺しても、きっと私は許されると思うのだが、マリー、お前はどう判断する?」

 声色からも怒気が伝わってくる。色々なモノが漏れそうだ。

「……人殺しは良くないし、大事になるのもなんだから、犬に手を噛まれたと思ってみたら」
「…………ふう、まあ、こんな日もあるか」

 疲れたように目を伏せる晴海は、諦めたようにため息を吐いた。片方の靴を脱ぎ、靴下を下ろしていく。
 これで何もかもが終わる。
 誰もがそう思ったとき、店主の口から信じられない言葉が飛び出した。

「なんだ、黒の靴下か。白色じゃないのかよ」

 時計の針が止まったかのように、靴下を捲くっていた晴美の手が止まった。
 同時に、空いている片手がゆっくりと腰のホルスターに伸びていき……。
 僕には、最後まで見る勇気はなかった。

「行こう、サララ」
「はい、マリー様」

 僕とサララは、来たときと同じように手を繋いで、人ごみに中に入っていった。
 後方から、お腹に響く重低音の銃声が聞こえる。
 ギュッと、サララの手が、僕の手を握り締める。僕は安心して、という思いを込めて、握り返した。

 特に行く当てもなく、サララと手を繋ぎ、立ち並ぶ出店を見ながら、ぶらぶら歩き続ける。
 他愛もないお喋りだけど、サララは何度も笑顔を見せてくれた。
 ダンジョンで出会った、ドアラと呼ばれるモンスターの話。
 親の愛にむせび泣く男、スパイダーマッ! という長い異名を持つ、特殊モンスターの話。
 僕にとってはどうでもいい話だが、サララはどれも嬉しそうに聞いてくれた。
 特に、ナタリアと呼ばれるモンスターとセックスバトルをした話になると、サララが羨ましそうにしていたのも印象に残った。
 そして、サララとのお喋りに熱が入り始めたとき、またしても見知った女性と出会った。
 その女性と目が合った僕とサララは、立ち止まって彼女を待った。
 女性は、穏やかな聖女のような美女だった。優しげに笑みを浮かべている口元が、清楚な印象を与えていた。
 細かな装飾が施された、青色のローブをゆったりと見に纏い、女性は少し野暮ったい眼鏡をかけていた。
 女性……学園エンジェルに所属する魔術師、アルドロネット・マーティは、小走りに駆け寄ってきた。
 その際、ローブに包まれた二つの大きな膨らみが、たゆん、たゆん、と揺れた。

「こんばんは、マリーさんとサララちゃんも、お祭りを見に来たんですか?」

 眼鏡の位置を直しながら、マーティは笑顔を浮かべた。

「ええ、今日はマリー様と一緒に祭りを楽しもうと思って」

 対するサララも、ニコニコと笑顔を見せる。
 だが、どうしたことか、僕には二人の笑顔が妙に寒々しいものに思えた。

「ふ~ん、そうなんだ……あ、マリーさん、セクシーな浴衣着ていますね。とても似合っていて、綺麗ですよ」

 マーティはそう言って褒めてくれた。何だか複雑な気分だ。
 次に、マーティの視線がサララへ向く……と、二人の間に火花が散ったような気がした。
 先に口を開いたのは、マーティの方だった。

「サララちゃんも、その浴衣、似合っていて可愛いですよ」
「ありがとうございます」

 サララが世辞に礼を言った。

「私も浴衣を着ようかどうか迷ったんですけど、結局止めました。浴衣って、胸が大きいと、着ることができないんですよね。
 形が崩れて見た目が変になるらしいし……本当、おっぱいが大きすぎるのも、考えものですよね」

 はあっと、ため息を吐き、自らの胸を揉みしだくマーティ。ローブの上からでも戦闘力53万を誇る二つの塊が、柔らかく形を変えた。
 途端、サララの額に青筋が立った。

「そうですよね……あんまり大きすぎるとすぐに垂れちゃいますし、大きすぎるのも考えものだと思います」

 マーティの額に、青筋が立った。

「そうですよね……私もサララちゃんみたいに、小さな胸になって欲しかったな……すぐに大きくなったんだもん、これ」

 サララの額に、更に青筋が立つ。

「私は、マーティさんみたいな胸になって欲しくないです。何事も程々が一番ですから」

 マーティの額に、更に青筋が立つ。

「でも、男の人達ってけっこう喜んでくれるんですよ。特に胸を揉みしだくのって、嬉しいことらしいですよ。ねえ、マリーさん」

 いきなり僕へ話が振られた。もちろん、何の用意もしてなかった僕に着の聞いた言葉が返せるはずもなく。

「う、うん。大きいことは良いことだ」

 ギュッと、サララの手が僕の手を強く掴んだ。といっても、痛くはない程度にだが。

「マリー様はお優しいですから、これから年を取っていくだけの年増相手に、遠慮することはありません」

 ブチっと、マーティの中の何かが切れたような気がした。
 どうしてか、この二人は仲が悪い。本人達に聞いても理由が分からないらしい。馬が合わないというやつだろうか。
 時にはご飯のおかずで、時には明日の天気で、しょうもない理由で喧嘩する二人。僕から言わせると、似たもの同士だ。
 年の離れた姉妹、という方が、しっくりくるかもしれん。もし、サララに姉が居たとしたら、マーティみたいな人なのだろうと思う。

「と、年増……へえ、小さなおっぱい、略してチッパイだと思って我慢していたけれど、どうやらお仕置きが必要ですね」

 フワリ、マーティの魔力が膨れ上がる。野暮ったい眼鏡が出店の灯りにきらめく。
 ちょ、ちょっと、マーティさん本気だ!
 僕は、今にも飛び出して行きそうなサララを引っ張り込み、マーティに注意した。

「ちょっと、マーティ。サララは魔術も使えないし、普通の一般人なんだから、魔術を使っちゃ駄目じゃないか」

 サララが口出しする前に、サララを後ろから抱きしめる。肩に顎を乗せて、完全に動きを封じる。
 ジロリとマーティを睨むと、マーティは2、3度瞬きをした後、悔しそうに魔力を抑えた。

「……あ~あ、やっぱりサララちゃんなんだ」

 マーティは、寂しそうに瞳を伏せた。傍目にも、落ち込んでいるようだ。
 ……あれ? やっぱり?

「振り向いて欲しい人が振り向いてくれなきゃ、いくらおっぱいが大きくても、邪魔なだけだもん。ふんだ、今に振り向かせてやるんだから」

 一人、意気込むマーティ。僕はマーティの機嫌の変化に付いていけず、どうしていいか全く分からなかった。
 対して、サララは理解しているようで、マーティへと顔を上げた。

「……大丈夫です。マーティさんは、十分魅力があります。いずれ振り向いてくれます」

 寂しそうに、消え入りそうな小さな声が、僕とマーティの耳に届いた。
 いったいサララは何を言っているのだろうか。そう思った僕は、サララの横顔を盗み見る。そこには、いつも通りのサララしか居なかった。

 僕だけ置いてきぼりにされているような気がする。マーティは分かっているのかと見つめると、そこには、分かっていますよと言わんばかりの猫口があった。

「ふふふ、やけに突っかかってくると思ったら、そういうことか……サララちゃん、ちょっとマリーさん借りるわよ」

 僕とサララが口出しするよりも速く、マーティが動く。サララに了承も取らず、素早く僕の手を取り、引っ張った。反動でサララと繋いでいた手が解けた。

「あ……」

 虚空に伸ばされた手を引っ込み、また伸ばし、また引っ込ませる。サララは見ているこっちが悲しくなるくらい寂しそうに繋いでいた手を見つめていた。
 見ていられなくなった僕が、慌ててサララの元へ駆け寄ろうと手を伸ばそう……としたところで、ぐるり反転。正面から抱え込むようにマーティに抱きしめられてしまった。
 鼻腔いっぱいに広がるマーティの甘い体臭。ローブの上からでも伝わってくる温もりと、柔らかさに、思わず目を細める。
 だが、僕がマーティの温もりを堪能するよりも早く、耳元にマーティの唇が近づき。

「サララちゃん、不安がっているわ」

 意識が冴え渡り、体中に活力が戻った。
 どうして、と尋ねようと首を捻ると、そうはさせないとばかりに、抱きしめる両腕の力が強くなった。

「きっと、口ではマリーさんの奴隷だとか、性欲の捌け口だとか言っているけど、本気にしちゃ駄目。
 口ではどんなこと言っても、サララちゃんも一人の女の子だもの。自分が飽きられちゃったんじゃないかって、不安に感じちゃうときだってあるのよ」

 マーティの言葉には、サララよりも数年生きている先輩としての風格があった。
 ふがふがふが、ふがが、ふがふが。

(それはサララの気にしすぎだよ。僕はサララのこと、大切に思っているよ)

 自分ではそう言ったつもりだったが、口からでたのは、ふがふが、だけだった。それもこれも、マーティの大きすぎるおっぱいがいけない。

「何かあったんじゃない? サララちゃんを不安にさせることが……たとえば、いつも抱いているのに最近は抱いていないとか、サララちゃんにとって譲れないところを、他の人にやられてしまった、とか」

 ……思い当たる節がありすぎた。
 言われてみれば、この前、晴美が押しかけてきたとき、サララが大泣きしたことがあった。確か、隠し部屋探求の朝だっけ。
 そういえば、隠し部屋といえば、サキュバスのナタリアだ。
 ナタリアとの戦闘で、文字通り精を搾り取られてしまったため、ここ3週間くらいは全く性欲が湧かず、サララを求めていない。
 といっても、それは一時的なもので、そろそろ魔力も完全に戻ってきたし、性欲も戻ってきたので、サララと夜を共にしようかと思っていたところなのだ。
 僕が黙ってしまったことで、マーティも気づいたのだろう。僕を戒めるように、腕の力が強くなった。ちょっと、いや、だいぶ息苦しい。

「駄目ですよ……女の子を不安にしちゃ。どれだけ強く装っても、ふとした拍子に崩れちゃったりするんですから。
 まあ、サララちゃんみたいな腹黒娘を相手に、それに気づけっていうのも、無理な話ですけどね」

 腹黒娘って? 目で、マーティに問いかける。

「好きな人に、自分を可愛く見せようとするのは立派な恋の戦略です。けれども、私は貴方がすることを何でも受け入れますよ~、
みたいなことを言って愛を勝ち取ろう、だなんて、腹黒以外の何者でもありません。出来ないことを餌にしようだなんて、腹黒もいいところです」

 ……そういうものなのだろうか。

「自分自身に思い込ませ続けても、意味はありません。そのうち限界を迎え、一気に破裂しますよ。
 そうなったら怖いですよ~……笑顔で他の女性を泥棒猫、とか言っちゃうような女の子になっちゃいますから。
 嫉妬と愛情と敬愛心と独占欲と憎悪が混ざり合って、取り返しの付かない状況になってからでは遅いのです」

 ちょっと、サララがそうなったところを想像してみる。
 いつもクリームシチューを作ってくれる鍋に煮込まれている、女性の臓物。部屋中に漂う、血の臭い。
 暗い笑みを浮かべ、死体の四肢を鉈で切り落とし、泥棒猫のステーキですとか言い出すサララ。それを、青ざめた顔で見つめる僕。
 仕舞いには、一緒にお墓に入りましょう、と言って、大きな鋸を……。
 背筋に凄まじい悪寒が走り、一気に体温が下がった。

「多分、そうやって誤魔化していた鎧が、剥がれかけてきているんじゃないですか?
 こんにちは、皆殺しEND……そうならないために、今のうちに安心させておいた方が無難だと思いますけど?」

 ふがふがふふふう~~。マーティの胸と、僕の顔の隙間から、空気が漏れた。

(でも、どうやって慰めればいいのか分からない。自分で言うのも何だが、女性を喜ばせるのって得意ではないよ)
「別に、お世辞を言ったり、褒めたりして喜ばせなくても構いません。いつも通り、身体で満足させてあげればいいと思いますよ……ただし」

 両肩に手を置かれたかと思うと、一気に引き剥がされた。眼前に、マーティの優しい笑顔が広がった。

「サララちゃんから聞きました……これでも私達、仲良しなんですから……元娼婦なのでしょう? だったら、簡単ですよ」

 マーティの綺麗で細い指が、僕の唇に触れる。

「マリーさんが、どうしてサララちゃんを選んだのか……それを伝えればいいだけですよ。マリーさんも恥ずかしがってないで、はっきり伝えてあげてくださいね」

 フワリと、マーティの腕が、僕を突き飛ばした。反動で2、3歩後ろへ、たたらを踏む。幸いにも、通行人等にぶつかることもなかった。
 いきなり突き飛ばすな、危ないでしょうが。僕はそう注意しようとしたが、出来なかった。

「……………………」

 なぜならば、背後から無言で伸ばされた誰かの小さな手が、僕の手を掴んだからだ。
 さっきのような、手を握り合うというのではなく、指と指を絡ませあう貝殻のような繋ぎ方。
 振り向くと、そこにはやっぱり口を横一文字に閉じ、俯いたままのサララが居た。ギュッと握られた手が、少し痛い。

「それじゃあ、私はこれで。今日のところは引き下がります」

 振り返ると、マーティが僕達に笑顔で手を振っていた。その姿は、妙に可愛らしい。
 僕が手を振ってお返しする。遅れて、サララがおずおずと、小さく手を振った。

 僕達二人は、無言のまま、人並みの中を散歩し続けた。
 人のざわめきも小さくなり、虫の声が、そこらかしこから聞こえてくる。
 いつしか出店の数も少なくなり、辺りには酒の飲みすぎで
 地面を相手に喧嘩を挑む男。パンツ丸出しで鼾を掻いて寝ている女。はたまた支離滅裂の説教を看板にしている人。
 木陰に隠れて何やら勤しんでいるカップル。二人の世界に突入している男二人も……あ、トイレに入っていったよ、あのツナギの男。

 そこには、様々な人々が居た。

 あんまり、見ていて楽しいものじゃないな。
 そう思った僕は、サララの手を引いて、今来た道を帰ろうと踵を翻したとき、背後から声が掛けられた。

「おや……見たことあると思ったら、マリーさんにサララじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」

 振り向くと、そこには長い金髪を風に靡かせた、美しい妖精が居た。
 光沢が美しい、白銀と黄金の鎧を身にまとい、腰の部分には裁縫が編みこまれたスカートをはき、気高さ溢れる姿。
 青色の瞳に整った目鼻、落ち着いた物腰に、鎧の上からでも分かるスタイルの良さ。学園エンジェルの妖精、ロベルダ・イアリスだった。

「あ、ロベルダ、こんばんは」

 軽く頭を下げて一礼。遅れて、サララが礼をした。

「ロベルダさん、こんばんは」

 僕とは違い、深々とお辞儀する。そこまで畏まらなくてもいいような気がするが、サララの好きにさせておこう。

「……んん~~~?」

 僕達二人の挨拶を見たロベルダは、顎に手を当てて、不思議そうに首を傾げた。
 その様子に、僕とサララもお互いを見つめて、首を傾げた。

「……ああ、そういうことか」

 突如、ロベルダが手を突いて、納得の表情を浮かべた。うん、うん、力強く頷いている。
 僕とサララは、ロベルダのペースに付いていけず、さらに?を頭に生やした。
 するとロベルダは突然僕を指差し、サララを数秒見つめた後、口を開いた。

「いらないなら、私が貰うぞ」

 ……何を言っているんだ、この人。

「いきなり何を「駄目です! マリー様は私の物です!」」

 ロベルダに文句を言おうとしたが、出来なかった。サララが僕の話をかき消し、大声で遮ったのだ。
 さらに、横に居たサララが後ろから手を回し、僕を背後から抱きしめた。

 けれども、すぐに離れた。振り返ると、そこには狼狽したサララが居た。

「い、嫌、違う、違うんです、そうじゃないんです、そうじゃ、違わなくて、でも違うの、でもそうじゃなくて」

 傍目にも、サララは酷く動揺していた。大きな瞳には表面張力ぎりぎりの涙が溜まり、大きな緊張と不安によって、体中が震えていた。

「違うの、本当に違うんです、そういうのじゃなくて、でも、でも、そうでいてほしくて、やっぱり我慢できなくて、でもでも……」

 ついには瞳から一筋の涙が零れた。それを始まりに、次から次へと涙が零れていく。
 サララは慌てて両手で涙を拭ったが、意味はなかった。後から後から滲み出る涙の前に、サララの抵抗は儚いものだった。
 違うの、そうじゃないの。サララはそれだけを僕に伝えると、その場に膝を抱えて座り込んでしまった。
 すすり泣く声が、サララの泣き声が、僕の耳に反芻した。
 気の利いた男なら、泣いている女の子を慰める手段を持っているかもしれない。だが、僕は気の聞いた男でもなければ、女性の扱いに長けた男でもない。
 見た目は美少女で、中身は普通の男。女の扱いなんて、全く心得はなかった。

「あ~、しまった。泣いてしまうとは思っていなかった」

 泣いているサララを見つめていた僕の耳に、ロベルダの声が届いた。
 そういえば、ロベルダはこの状況をどう考えているのだろう。
 顔を上げると、ロベルダが頭を掻いていた。眉を顰め、困った、困ったと呟いていた。
 ふと、僕とロベルダの視線が交錯した。瞬間、ロベルダの目が鋭くなった。素早く僕へ駆け寄り、肩に手を置いて。

「マリーさん、後は貴方に頼みます」

 と、だけ言った。
 ……そうですか、そうですよね。こういう時って、男がどうにかするものですよね。
 余計なことを、という思いでロベルダを見ると、ロベルダは眉を顰め、悲しそうな、笑っているような、複雑な表情で僕の横を通り過ぎて行った。
 何で、あんな顔しているのだろう。ロベルダに尋ねようと彼女の方に足を伸ばしたとき、ロベルダは蹲っているサララに、囁いた。

「マリーさんに女を与えようとする半面、内心では他の女と仲良くなるのを嫌がるとか、統一性のないやつだ」

 女を与える? 他の女性と仲良くなるのを嫌がる? 何を言っているんだ?
 けれども、サララとロベルダには話が伝わっているのか、サララは鼻を啜りながらも、何も言わなかった。
 チクリと、胸が痛んだ。とてもロベルダが羨ましく、妬ましかった。
 泣いているサララに構わず、ロベルダは話を続ける。

「一々そんなこと考えている暇があるなら、マリーさんを独占できるような方法を考えていろ。だって、お前は……」

 虫の声も、サララの泣き声も、近くで倒れている酔っ払いの鼾も消え、無音の一瞬が訪れた。
 その中で発したロベルダの一言は、不思議と、とても大きなものに思えた。

「マリーさんの奴隷なんだろう?」

 瞬間、勢いよくサララは膝から顔を上げた。

 涙で濡れた頬に、新たな涙が流れていっている。鼻水も流れ、傍目にも酷い有様になっていた。
 けれども、僕にとって、それは気にすることではなかった。それよりも、僕はロベルダの言葉に顔を上げたことに、複雑な感情を覚えた。

「気づいていないと思ったのか? これでも学園エンジェルに所属しているんだ。それくらいの情報ならいつでも集められる……それに見ろ」

 スッと、腕を伸ばし、僕を指差す。

「お前が構ってあげないから、拗ねているじゃないか。一人前の奴隷を目指すなら、ちゃんと主人の面倒を見るのだな」

 そのまま、ロベルダは僕達を残して、出店が立ち並ぶ街の方に向かって歩き……出してから数秒で立ち止まり、首だけ後ろに振り返った。

「そうそう、時には素直になることも、男を魅了する一つの手段だぞ」

 ニンマリ、晴美と同じような笑みを浮かべたロベルダは、今度こそ立ち止まることなく行ってしまった。
 サララに目をやると、サララと目が合った。申し訳なさそうに瞳を伏せ、そして立ち上がった。
 一際強く、心臓が高鳴った。

「……………」

 無言のままハンカチを取り出し、涙と鼻水を拭き取る。そして、覚束ない足取りで僕の側まで歩み寄ると、頭を下げた。
 再び、心臓が高鳴った。そして、頭の中に、晴美の言葉が、マーティの言葉が、ロベルダの言葉が、次々に甦ってきた。
 何をやっているんだ、マリー・アレクサンドリア。いつまで悩み続ければ気が済むんだ。もう、とっくに答えは出ているのだろう?
 ああ、そうさ。とっくに出ていたんだ。今になって……今になって僕はそのことに気づいたのだ
 自分の中の冷静な部分が、僕を嘲笑する。本当にそうだ。嘲笑されて当然だ。今まで何度もヒントは出ていたのだ。
 それなのに、僕は気づかないフリをして、逃げ続けていたんだ。
 でも、もう、逃げるわけにはいかないのだ。

「サララ」

 俯いているサララに、声を掛ける。
 サララはゆっくり、顔を上げた。けれども、瞳は僕の方を向いていなかった。
 構わず、サララへ手を伸ばす。

「僕の秘密の場所に連れて行ってあげる。付いてきて」

 伸ばした手を、サララはジッと見つめていた。
 手を伸ばし、戻し、伸ばし、戻し、そして、ゆっくり腕が伸びていき……。

「はい、マリー様」

 僕とサララの手が、一つに繋がった。

 僕がマリー・アレクサンドリアになる前から通っていた、ある公園がある。辛いことがあったり、悲しいことがあったとき、いつもそこに行って自分を慰めていた場所だ。
 そこの、周りから見付かりにくい場所。草陰の中、木の根元辺りは、丁度周囲から死角になる位置で、よほど近づかなければ気づかれにくい場所なのだ。

 僕とサララ、二人がその場所に到着したとき、空には月が昇っていた。

 サララの手を引いて、木の根元に座る。サララも倣って、隣に座った。
 空を見ると、たくさんの星が輝いていた。街から少し離れたところにあるせいか、今日は不思議とよく見えた。

「綺麗……」

 何から話せばいいか僕が悩んでいると、隣からポツリと声がした。
 横を向くと、サララが僕と同じように空を見上げ、星の輝きを見つめていた。年頃の女の子のように……いや、幼い女の子のように、星に見惚れていた。
 とても、綺麗な横顔だった。
 どこかで鳴いている虫の声と共に、自分の中の何かが弾けた。

「ここに連れて来たの、サララが始めて」
「え?」

 突然僕に話しかけられたせいか、サララは驚きの声を上げた。

「僕の、秘密の場所なんだ。昔は、辛いことや悲しいことがあったとき、いつもここに来て自分を慰めたんだ」
「……いいんですか? そんな大切な場所を、私に教えて」

 薄く、サララは微笑んだ。少し意地悪のつもりなのか、口元が僅かに緩んでいた。
 けれども今の僕は、サララの意地悪に付き合う気持ちは無かった。

「サララだから……サララだけに、教えたかった」

 呆けたように、サララは口を半開きにして、僕を見つめていた。可愛いと思ったが、サララは、すぐに意識を取り戻した。
 月の明かりがあるとはいえ、辺りはとても薄暗い。公園の中に取り付けられた街灯の僅かな木漏れ日に照らされたサララの頬は、とても赤かった。

「もう……そんなこと言われたら、本気で照れちゃうじゃないですか。思わずアソコが濡れてしまいました」

 いつものように、淫語を使い、僕を誘惑しようとする。
 構わず、繋いでいた手を離す。途端、不安げに眉を顰めたサララの前に回り、大きく腕を広げて。

「――っ!」

 正面から抱きしめた。一瞬、サララは身を竦めた。けれども、ゆっくりとではあるが、僕を抱きしめ返してくれた。
 身長が同じくらいなので、自然とサララの肩に僕の顎が。僕の肩にサララの顎が乗せられ、互いを深く抱きしめる体勢になる。
 浴衣の上から伝わってくる体温。小さいながらも柔らかい乳房の感触。そして、規則的に鼓動する心臓の音。
 それら全てが、とても愛おしい。

「好きだ」

 ビクッと、サララの肩が大きく震えた。

「初めて出会ったあの日から、ずっと好きだった」

 胸の奥に眠っていた言葉が、不思議とスラスラ口をついで出た。

「サララに、一目惚れしたんだ。だから助けた。だから借金を返した。サララの身体に、他の男が指一本触れることも我慢できないくらい、サララを好きになったから」

 風が、僕達二人の身体を優しく撫でていく。周りの木々が、僕達を見守っているように思えた。

「身体が目当てじゃないとは言えない。サララの気持ちに気づかない振りをして、サララに甘え続けていたのも、今は認める」

 本当に、自分は馬鹿だ。好きになった相手が、他の誰かと夜を共にしているとしったら、辛いに決まっているじゃないか。
 ずっと、ずっとサララは自分を押し殺して、我慢し続けてくれたんだ。

「それでも、僕は言いたい」

 僕の肩口に顔を埋めたまま、黙っているサララに構わず、僕の気持ちを話す。

「サララ……貴女を、愛しています」

 背中に回されたサララの腕に、力が篭った。僕も、抱きしめ返した。

 数分、いや、実際は数秒しか経っていないのかもしれない。

 だが、僕の中では、数分どころか数時間の時間が流れたような気がした。

「……そんなこと、言わないでください」

 消え入りそうな声で、サララが僕の耳元に囁いた。
 心が悲鳴を上げた。たまらず、サララに問い詰めようとしたが、出来なかった。肩口に、熱い何かが垂れている感触が伝わってきたからだ。
 視界が涙で歪む。不意に嗚咽が零れそうなのを我慢しつつ、さらに告白する。

「好きだ」
「……止めて」
「好きだ」
「…お願いです」
「好きだ、本当に、サララのことが好きなんだ」
「どうして、どうしてそんなこと言うんですか?」

 次第に、サララの声に感情が篭ってくる。

「サララのこと、愛しているから」
「私、マリー様に愛されるような女ではありません」
「僕が誰を愛そうが、僕の勝手だ」

 僕の言葉に、身を硬くするサララ。腕を突っぱねて離れようとするが、力では僕の方が圧倒的に上だ。

「私、娼婦ですよ。今まで数こそ少ないですけど、色んな男の人達に身体を開いたんですよ。とっても汚いですよ」
「それを言うなら、僕の身体はモンスターの体液で血まみれだ。お互い汚れている同士、仲良くやっていけるさ」
「脂ぎった男や、年老いた男にも奉仕したこともありますよ。口を大きく開けて、頬張ったりもしたんですよ」
「こちとら逆レイプも経験済みだ。昔、パートナーを組んだ男に無理やり咥えられたこともあった」

 いつしか、僕達は泣いていた。
 お互い涙を流しながら、お互いに知られたくなかった過去を暴露していた。

「……私、マリー様が思っているような人じゃないですよ」
「それは僕のセリフだ。僕も、サララが思っているような人じゃない。もっと自分勝手で、臆病で、どうしようもない馬鹿だ」

 サララの、突っぱねようとしていた腕が下ろされた。お互いの肩口は、お互いの涙で濡れてしまっていた。

「……私だって」

 そして、サララの感情が静かに曝け出された。

「私だって、マリー様のことを愛しておりますよ!」

 一瞬、嬉しいと思ったけど、口を挟むようなことはしない。

「好きだ、愛している、そんな言葉、娼婦をしていたときに散々使いました。そんな私がですよ?
 そんな私が今更、好きだ、愛している? 今まで何人の男達に言ってきたと思っているか、マリー様には分かりますか?
 私にだって分かりません。そんなの覚えている娼婦なんて、何処探したっていませんよ」

 気づくと、サララは僕の腕から離れていた。自分でも知らないうちに、抱擁を解いていた。
 涙と鼻水で濡れたサララの泣き笑い。それが、僕の眼前に映る。きっと、僕も似たような顔になっているのだろう。

「何時だってそうです。何度マリー様に抱かれても、何度マリー様を受け入れても、いつももう一人の自分が言うんです。ねえサララ、どうして愛しているって言わないのって」

 ポロポロと、大粒の涙がサララの頬を流れていく。

「言えるわけ、ないじゃないですか。今まで男を誘うために使ってきた言葉を、本当に好きな人に言えるわけ、ないじゃないですか」

 涙を拭う。だが、大した効果はないようだった。涙は顎を伝い、地面に落ちていった。

「チョコレート、ぐす、あげたとき、愛を込め、ぐす、てえ、言ったとき、凄く、辛かった。マリー様を、汚、ひっく、した、みたいで、本当は、ひっく、辛かった」
「……僕は、とても嬉しかった」
「嘘!」

 涙で潤んだ目を細め、僕を睨むサララ。

「本当は私のこと、汚い娼婦だって思っているんでしょ! 誰彼構わず股開く、汚らわしい女だって思っているんでしょ! ご機嫌取りしているって、思って」

 自分でも、分からなかった。
 気づいたときには、サララが呆然と頬を押さえていて、自分の右手に、痺れたような感覚が伝わってきた。
 サララの目から滲むように涙が漏れ出し、口元が悲しみに歪む。

「他の女性に夢中になってくれればよかった」

 サララのその言葉を聞いて、僕はサララの頬を打ってしまったことに思い至った。

「私よりも、ずっとずっと魅力的な人に夢中になってくれて、私のことをおざなりにしてくれれば良かった。そうすれば、諦めることもできたのに」

 力強く、サララをもう一度抱きしめる。今度は、サララの方から先に腕が回された。

「どうして、どうしてなんですか?」

 お互いの肩口に顔を埋めたまま、サララは尋ねてきた。

「どうして最後に、私を抱くんですか? もっといい女がいるじゃないですか。娼婦館にも、大勢居るじゃないですか。
 マーティさんや、ロベルダさんや、晴美さん、私よりもずっと魅力的な人がいるじゃないですか。なのに、どうして……」
「決まっているさ、そんなこと」

 サララの肩口から顔を上げて、少し距離を離す。お互いの吐息が感じられるくらい、触れ合っている距離。
 お世辞にもサララの顔は酷いものだったが、僕には今まで出会ったどの女性よりも綺麗に思えた。

「だって、僕はサララのことを心から愛しているから」

 サララは一瞬だけ呆けた表情を見せた後、さらに涙を流した。
 両手で顔を隠し、そのまま僕の胸に倒れこむ。僕は優しく、受け止めた。
 再び、嗚咽交じりの泣き声が聞こえてきたが、途切れ途切れの声が聞こえてきた。

「……いいんですか?」
「何が?」
「愛しているって、言っていいんですか? 男の人達に散々言ってきた言葉ですよ?」
「サララは他の男達に言った、愛していると、僕に言う、愛しているが、同じ気持ちだと思っているの?」
「……私、本当は凄く嫉妬深い性格なんです。口ではマリー様の奴隷とか言っておきながら、マリー様が他の女性を抱いていると考えただけで、女性を殺したいくらい嫉妬しているんですよ」
「僕も似たようなものさ」
「……私、キスも、処女も、他の人ですよ。金目的で股開いていた女ですよ、いいんですか?」
「最初の男じゃなくていい。最後の男になれれば、それでいいんだ」
「……本当に、私でいいですか? 後から嫌だって言っても、遅いですよ」
「サララじゃなきゃ、駄目なんだ」

 胸に蹲っているサララの頬を優しく掴み、眼前に持ち上げる。サララは抵抗することなく、自分から従った。

 もう、二人の間に距離は無い。お互いの視線が交錯し、後数ミリ前に体重を預ければ、お互いの唇が繋がる距離。
 お互いの吐息が頬を擽る。二人の涙は、止まっていた。

「分からないようだから、もう一度言う。いや、何度でも言ってやる」

 どこか遠くの方で、虫が鳴いたような気がした。

「サララ、君を愛している」

 穏やかな風が、僕達の間を流れた。サララは、その風に消えてしまいそうなくらい、小さな声で。

「……私も」

 と、呟いた。
 強化した僕の聴覚は、彼女のそんな小さな声も、聞き逃さなかった。

「もう一回」
「……愛しています」

 今度は、さっきよりも幾分音量は大きめ。けれども、まだ小さい。

「もう一回」
「…愛しています」
「僕も愛している」
「好きです」
「僕も好きだ」
「好きです、好きです、好きです」
「好きだ、好きだ、好きだ」

 もう、サララは悲しんでいなかった。不安を感じてはいないようだった。もう、涙を流してはいないのだ。
 愛していると言う度に頬が赤くなっていき、好きですと言う度に、高鳴っていく心臓の鼓動。いつしか、僕達二人は顔を真っ赤にしながらも、お互いに愛を送っていた。

「好き、好き、好きなんです、どうしようもないくらい愛しています」
「僕も好き、サララが好き、どうしようもないくらい、サララを愛しているんだ」

 僕とサララは、申し合わせたわけでもなく、お互いが同時に唇を突き出し、同時に相手の舌を絡め取った。
 お互いの唾液が絡まり合い、互いの口元を涎でベトベトに汚していく。零れた分を巻き取るように口腔内に戻し、さらに舌を激しく絡ませる。

「んちゅ、じゅるる、ふき、ちゅうう、しゅきれふ、あいひへ、ちゅぱ、ふう、あいひへ、じゅるる」

 サララの喉が鳴り、僕の唾液が大量に飲み込まれていく。反対に、サララの唾液を残さず飲み干そうとするが、後から後から湧き出てくるので、飲み干すことが出来ない。

「ふひ、ふひ、おいふぃ、つは、おいひい、よられ、おいひい、ふひ、らいふひ」

 目を細め、僕の唾液を啜るサララ。美味しいと言って僕の唾液を飲む様は、今まで見てきた女性の中でも、最高の淫靡さがあった。
 もう、我慢する必要はなかった。
 僕とサララは久しぶりに人間の理性を捨て、二匹の獣になった。

「あ……恥ずかしい」

 二人の浴衣を地面に敷き、その上で悶える僕達。生まれたままの姿になったサララは、恥ずかしそうに身体を横に倒し、股を閉じた。
 けれども、チラチラと硬くなった陰茎に注がれている視線からは、隠しようもない情欲が見て取れた。

「なんだか、ドキドキします。外でしているせいでしょうか?」
「さあ、分からない。でも、僕も凄くドキドキしている」

 軽く、唇をサララの太ももに這わせる。サララの肌は、年齢からくる瑞々しい若さと、汗によって、とても滑らかだった。

「はぁ……」

 唇が肌を滑ると、サララは消え入りそうな声で喘いだ。次に、太もも全体を啄ばんでいく。愛液の匂いが、ほのかに香った。
 試しに、内股の部分を軽く吸ってみると、肌色がピクリと震えた。

「はぁ…はぁ…ふふふ、くすぐったい…」

 サララの汗ばみ始めた肌が、街灯の光にきらめく。サララの四肢が蠢く度、サララの乳房が柔らかそうに揺れた。
 掌に丁度収まる程よい大きさの乳房は、横向きになっても全く形崩れていなかった。その先端に色づく桃色の乳首が、これから後に行われる愛撫を期待していた。
 片足がスルリと伸び、ふくらはぎが僕の腰に触れる。もっと敏感な部分への、無言の催促だ。
 僕も無言で理解し、伸ばされた足の太ももに手を差し込む。けれども、触れるか触れないかの、意地悪な触り方で。
 皮膚に触れないように、汗だけを拭き取るイメージで指先を滑らせる。僅かに生えた産毛が、微かに感じ取れた。

「んぁぁ……はぁぁ……」

 サララは目を細め、緩やかな快感を楽しんでいる。指先が陰部の端を通る度、腰を突き出し、直に触れるように身体を動かした。
 今度はさっきより反応が良い。サララの体中が僕を求め、快感を求めているみたいだ。
 体勢を立て直し、残った手でサララの乳房を揉む。汗で滑っていたおかげで、掴んでも、掴んでも、僕の手からすり抜けた。

「はああん、はあぁぁ……う~、はぁぁ……意地悪…」

 目尻から零れそうなくらい涙を溜めた瞳を、僕へ向ける。サララのそんな姿を見て、僕はもっと意地悪をしたくなった。

「何が意地悪か分からないよ。僕って、そういうの、鈍いから」
「はぁん、そういうのが…ふぅん…意地悪なんです」
「ふ~ん、どういうのか分からないよ」

 既に硬くなっていた乳首を、一度だけ絞るように捻る。コリコリとした弾力が、とても心地よい。

「ああん!」

 サララの背筋が一瞬曲がり、お尻が持ち上がると、すぐに崩れ落ちた。
 乳首を捻るのは止めて、乳房を揉み続ける。ジロリと、涙が零れ始めた瞳が僕を睨む。

「はぁぁ……あんまり意地悪しないでください、切なくて、苦しいの…」

 サララの片手がそっと伸びて、太ももを愛撫していた腕を掴む。愛液で濡れそぼった陰部へ引っ張ろうとするが、僕はそ知らぬ顔で恍ける。

「だから、意地悪って何さ? ちゃんと口に出さないと伝わらないこともあるんだよ?」
「だ、だから………………って」

 僕の耳でもほとんど聞こえないような声で、呟くサララ。陰部の根元にある淫核は、僕からの愛撫を今か今かと待ちわびていた。
 硬くなっている淫核を撫でるように摘むと、電流が走ったみたいに、サララの身体が一瞬、痙攣した。

「はあああ、そこ、そこぉ!」

 腕を引っ張り、さらに愛撫を催促するが、逆に引っ張って防ぐ。

「あぅぅ、どうして意地悪するんですか……」
「こういうときは、いつもどうしていた? おねだりの仕方は、教えたはずだよ」

 おねだり、の言葉を聞いたサララの頬に、さらに赤みが入る。伸ばした足も戻し、僕に背を向けて四肢を丸めた。
 あんまり虐めるのも可哀想かな。
 サララのうなじに唇を寄せ、跡が残るくらい強く吸い上げる。流れる汗が、少し塩辛いけど、気にはならなかった。

「~~! ふぅぅ、そ、それは反則です」

 染み一つなら肌色の背中から、非難の声が聞こえる。無視して、跡を残していく。
 うなじ周辺を満遍なくした後、ゆっくり位置を下げていく。肩甲骨に沿うようにキスマークを付け、わき腹の脂肪も甘噛みする。二つの桃尻をこね回すように揉み、尾?骨の辺りに舌を這わせる。
 肌に赤い斑点が増える度に、サララの我慢も限界に近づいていく。そして、尾?骨の先……アナルまで舌が伸びたとき、サララは限界を迎えた。

「も、もう止めてください」

 片手を差し込み、妨害してくる。その隙にサララは身体を反転させ、仰向けになった。
 硬く尖っていた乳首は完全に勃起し、乳房は興奮によって一回り大きく張り詰めていた。その下の胸が上下する度、噴出した汗が、腹部の魅惑的なラインを伝って流れた。
 陰部も興奮と愛撫によって赤く上気し、男を受け入れる準備を整え終えようとしていた。既に浴衣は二人の汗と、陰部から流れ出た愛液によって、大きな染みを作っていた。

「も、もう、我慢できません、早くマリー様のおちんちんを入れてください!」

 両足を抱え込み、女の秘部を全て曝け出した。愛液で濡れた陰部も、外気に姿を現した淫核も、肌色の窄まりも、サララは顔を背けながらも全てを僕に見せた。
 街灯に照らされたサララの頬は、顔どころか首筋まで赤く染まっていた。

「あんまり見ないでください……やあ、もう……どうしてこんなに恥ずかしいの…」

 抱え込んだ両足をさらに抱き寄せる。僕の視線から逃れようと、目を瞑って悶える。膝に潰された乳房が、魅惑的に形を変えた。

 自分の中の理性が、一つ消し飛んだ。
 仰向けになったサララの両足をさらに広げ、愛液を湧き出し続ける泉に口付けをした。そのまま、一気に愛液を啜った。

「え、えええ!? いや、飲ん、ああん、駄目、あああ、駄目~!」

 下品な音を立てて愛液を咀嚼し、サララに聞こえるように飲み込んだ。汗よりも塩辛く、生臭かったけど、不思議と嫌悪感はない。
 それどころか、もっと飲みたい。枯れ果てるまで飲んでいたいと思った。
 だから、舌をより奥まで突き刺し、サララの膣内を縦横無尽に舐めた。生暖かい膣壁が、僕の舌を絡め取るように包み込み、心地よい感覚が伝わってくる。

「あ、あ、あ、こんなの……私、舐められている、お腹の中、舐められて……んん、駄目、もう駄目、今日は変です、すぐにイッちゃいそうです」

 駄目、と言いながらも、サララの身体は正直だった。
 両手で僕の頭を押し返し、陰部へのクンニを止めようともがくが、抱えた両足を下げる素振りは見せなかった。
 それどころか、下半身は逆に押し付けるように腰を持ち上げ、より深く舌を受け入れようと、腰をくねらせたりもしていた。
 頬を緩ませ、目を蕩けさせている姿は、どこから見ても快感に狂っている一人の女だった。

「うう……くぅぅ、あああ! それ感じ過ぎ、あ、イク、イキそう、イキそうです! もうイキそう、もう、イク、もうイク、マリー様に舐めら、ひああ、い、イクぅ、イクぅぅぅ!」

 淫唇を甘噛みし、片手で淫核を擦ると、サララはすぐに絶頂へと達しようとしていた。
 完全に焦点を失った瞳、どんどん絶頂へ向かって走り続けるサララの身体。
 膣口から白く泡立った愛液が漏れ出し、ジットリ湿ったお尻が、痙攣を始める。それが膝に伝わり、お腹に伝わり、胸に伝わっていく。

「イクぅ、もうイクぅ! イッちゃう、イッっちゃう、い……くぅ…」

 サララの膣内が脈動し、僕の舌を吸い上げようと何度も締め付けてくる。ごめんね、それは舌だから、精液出ないんだ。
 でも僕は、構わず淫核を歯で甘噛みし、サララに止めをさした。
 一瞬、サララの痙攣が止まる。だが、すぐさま全身の産毛が総毛立ち、僕の舌を一際強く締め付け、お尻が高く上がった。

「イクぅ、イクぅぅぅぅぅ!!!」

 舌を虚空に突き出し、体中をブルブルと痙攣させて、サララは深いアクメを迎えた。
 サララのお腹から滲み出る汗。それが陰部の愛液と混ざり合い、浴衣の上に橋を作って流れ落ちた。

 もう、僕も我慢の限界だった。

 ブリッジの体勢になったサララの腰を掴み立ち上がる。サララが気づくよりも早く、カウパーでドロドロに汚れた亀頭を、一気にサララの中に挿入した。
 柔らかく締め付ける膣口を突きぬけ、一息で子宮口まで陰茎を突き刺す。勢いが強すぎて、サララの身体を押し倒し、倒れこむように正常位の形になった。

「ひ、はひ!?」

 オーガズムを味わっていたサララの表情が固まる。

 反射的に、サララの腰を抱え込み、怪我をしないように優しく下ろした。
 だが、反動で僕の身体を叩きつけるような形になってしまい、結果的にはとてつもなく強力な一撃をサララにお見舞いしたのと同じだった。
 背筋に電気が走り、頭の中が痺れるような快感で埋め尽くされていく。

「はへ、ひふうぅぅぅぅぅ!!!」

 サララはその一突きで、再び深い絶頂を迎えた。まともにイクとも言えず、下品なアヘ顔を見せた。膣口の隙間から、白く濁った愛液が飛散した。
 同時に、彼女の中が不規則に脈動し、締め付け、精液を出させようと、とてつもない快楽を与えてくる。
 僕に到底我慢できるものではなく、そのままサララの最奥に射精した。

「ふへえぇぇ、れてるぅぅ……」

 反応は劇的だった。頬は呆けたように緩み、口元から唾液が垂れている。サララの身体から汗が蒸発し、女の甘い体臭が当たりに広がった。
 サララは僕の背に腕を回し、腰に足を絡めて、離れないようにガッチリ固定。膣内を、一分の隙もなく、徹底的に精液で満たされていくのが分かった。
 自分でもはっきり分かるくらい濃厚な精液がサララの子宮を染めていくのを、実感した。
 もっと、もっとサララを犯したい! 僕の心は、その言葉で埋め尽くされていた。
 僕はさらにサララに圧し掛かり、腰の前後運動を開始した。腰を引く度、白く泡立った愛液が掻き出され、腰を押し込むと、新たに分泌された愛液と一緒に、奥へ押し込んだ。
 サララの中はとても気持ちよく、まさに肉壷だった。膣内の壁が陰茎を舐めしゃぶり、亀頭の先端には、子宮口からの情愛のキスが送られる。
 互いの恥骨がぶつかる度、愛液と精液が糸を引いた。独特の臭いが漂ったが、今はそれすらも快感を後押しする調味料でしかなかった。

「はぁん、はぁん、す、凄い、凄い、凄い、こんなの、気持ちいい、マリー様、いつも、ああん、いつもより、いいん、気持ちいい、で、ひっ、です、ああ」

 地面に敷いた浴衣を握り締め、サララは、ただただ陰部から感じる快楽と、膨れ上がる幸福感を堪能していた。

「いいよ、いいです、いい、ひぃん、うんん、んんん、ううう、ううん、んん、んんん」

 結合部から零れた体液が、さらに浴衣を汚していく。サララの汗に濡れた肢体は、快感によって、さらに滑らかになっていた。
 ついには首を左右に振りたくり、強すぎる快感を逃がそうとしていた。僕は身体を曲げ、胸の頂点に色づく乳首に口付けた。

「あひぃ! ち、乳首、吸って! もっと吸ってください! もっと吸って!」

 リクエスト通り、乳房全体を吸い込む勢いで、強く乳首を吸い上げた。舌で乳首全体を転がし、甘噛みする。
 唇に感じる乳房は、信じられないくらい瑞々しくて柔らかかった。だが、硬く勃起した乳首は不思議な感触と、弾力があった。
 汗の塩辛い味しかしなかったが、どこか甘いとも感じ取れた。

「あん、ううん、ふふ、マリー様、赤ちゃんみたい、うんん」

 背中に回された腕が、頭に回る。優しく頭を撫で回し、時折ピクリと震えて止まり、また動き出した。
 腰の前後運動を、円運動に変える。亀頭を子宮口に押し込んだまま、膣全体を広げるように腰を回す。
 愛液で滑った膣壁の生暖かい感触が、より強く陰茎に伝わる。腰の奥がざわつき、射精感がこみ上げてきた。

 だが、堪らないのはサララも同じようだった。

 リズム的になっていた喘ぎ声が一変。最初は歯を食いしばって耐えたが、すぐに腰を痙攣させて、嬌声を上げた。
 奥を突かれる感覚に慣れ始めていたところに、いきなり膣全体を擦るような感覚に変わったのが、よかったのだろう。

 僕の頭を無茶苦茶に掻き乱し、両足のつま先を曲げたり伸ばしたりして、必死に快感を受け止めようとしていた。汗で濡れた肢体が震え、絶頂の兆しを見せ始める。
 連れそう形で、僕の射精感も強くなっていき、もう我慢できる限界を超えていた。
 僕は無言のままサララの両足首を掴み、腰を振りたくって、陰茎を子宮口に叩きつけた。自然と息が乱れてくる。
 サララも理解していた。一瞬、僕と目が合うと、淫靡的な笑みを浮かべ、目を瞑って歯を食いしばる。
 途端、陰茎を包む膣壁が脈動し、陰茎を強く締めた。さらには細かく蠕動まで始めた。

「んん、出そう!」

 一気に射精感がこみ上げ、根元の部分にまで精液が上ってきた。
 せめて、最後の一回までサララの中を楽しみたい。そう思った僕は、動きを止めず、上から叩きつけるように腰を落とした。
 下品な音を立てて愛液が飛散する度、歯を食いしばって耐えていたサララの頬が赤くなっていく。

「――っ! ――っ! ――っ、――っあ! ああ! あああ! ああああ! あああああ!」

 そして射精する寸前、サララはついに限界を向かえ、激しく絶頂に達した。
 頭を掴んでいた指が立ち、爪が食い込む。痛いくらい締め付けるサララの両足が、彼女のオーガズムの深さを物語っていた。
 膣内の締め付けも増し、精液はまだかと、催促する。僕は括約筋の力を抜き、サララの中に思うがまま種付けした。

「~~~!! あああぁぁぁぁ………ぁぁぁぁ……」

 半分白目を向いた目から、涙が零れる。僕にしがみ付いていたサララの手足が緩む。怪我しないよう、サララをゆっくり浴衣の上に降ろした。次いで、体重を預ける。
 だが、それでも彼女の中は、僕を逃がさないように、断続的に締め付けていた。

「……………………」
「……………………」

 お互いの荒い息遣いだけが、二人の間に響いている。
 遠くの方から、すぐ近くの草むらから、様々な方向から聞こえてくる虫の鳴き声が耳に心地良い。
 もう離れない。僕は一瞬たりとも離したくないと思い、彼女を抱きしめた。すると、大の字に伸びていたサララの手足が、僕の背中に、腰に、巻きついた。
 横目でサララを見ると、サララも僕を見ていた。
 どちらからともなく、僕達は笑みを浮かべ、お互いの存在を確かめ合った。柔らかい二つの乳房の奥で、心臓の鼓動が伝わってくる。
 ……ふと、自分を乗せていて大丈夫なのかと思った。僕自身の体重は軽いとはいえ、人一人を乗せていては辛いだろうし、下は毛布の詰まったベッドではない。硬い粒子の土だ。
 見ると、サララは目を閉じて僕の肩口に顔を埋めていた。

「ごめん、気づかなかった」

 そう考えた僕は、身体を離そうと腕を伸ば……そうとしたが、できなかった。サララが手足に力を入れ、ギュッと抱きしめる力を強くしたからだ。

「離れないでください」
「でも、重くない? 下は地面だよ」
「いいんです」

 ニッコリ、サララは笑った。街灯の光が、彼女の笑顔をさらに華やかに見せた。

「重いのが……心地いいんです。もう少しだけ、もう少しだけ……このままで…」

 そう呟くサララの反対を押し切ることは、僕には出来ない相談だった。そして、膣内に収まった陰茎から伝わる断続的な締め付けに、僕が再び動き出すのも時間の問題だった。

 そこからの数日は、僕にとっても、サララにとっても、濃密で淫靡的で、夢を見ているような一時だった。

 テレポートで家に戻った後、ます最初にしたことは、一緒にお風呂に入ることだった。
 明るいところに出て、改めてお互いの身体が汚れてしまっていることに気づいたのだ。ある意味、仕方のないことだ。
 いくら浴衣を敷物にしたとしても、場所が外であることには変わりない。しかも、下は地面。お互いが理性を捨ててセックスに耽れば、むしろ汚れるのは必然の話。
 片方が洗い終わるまで、待ち続けるのも何なので、一緒に入ることになった。といっても、たとえ片方が拒否しても、片方が無理やり同行するのは言うまでもない。

 そこでも、僕達は互いを求め合った。

 お互いの身体を洗い合うと、すぐさまサララを押し倒し、挿入。
 僕が湯船の淵に腰掛ければ、サララがすぐさま顔を寄せて、愛情たっぷりのバキュームフェラ。頬を窄め、恥ずかしい音を立てて精液を強請る。
 湯船に入っても、僕達は一つになったまま。お湯が半分以上流れるくらい激しい前後運動に、僕は1回、サララは3回も果てた。
 お風呂から出た後も、お互いの身体を拭きながら腰を叩きつける。洗面所の淵に体重を預けたサララに2回出した後、繋がりあったままの体勢で、寝室に向かう。
 その間、サララは何度も絶頂を迎え、何度も潮を噴き、何度も愛を囁いた。

 ベッドの中に入ってからは、さらに濃厚な交じり合い。

 僕がサララの足にキスをすれば、サララも足にキスをする。サララがアナルに舌を差込み、ほじくるように舐めれば、僕もサララのアナルを攻めた。
 シックスナインと呼ばれる体勢になって、互いの性器を舐めあい、心行くまで相手の体液を飲みまくる。
 そして、サララに残された最後の処女……アナルバージンも、この日僕が貰った。
 知らないうちに拡張して、洗浄していたらしく、コンドーム無しに挿入できたのは嬉しかった。
 アナルの中は前とは違い、独特の締め付けだった。入り口の強烈な締め付けの後、くすぐったいと感じるくらい、優しい腸壁の愛撫。

 僕は夢中になって、サララのアナルを犯した。

 サララも、最初は枕に顔を埋めて違和感に耐えていたようだったが、数分もすれば自分から腰をくねらせるようになった。
 仕舞いには、アナルへの愛撫だけで、激しい絶頂を迎えるまでになった。
 少しでも疲れを感じ始めたら、すぐさま魔術を使った。
 それを繰り返し、僕達はずっと獣みたいにセックスし続けた。
 どちらかがトイレに行きたければ、繋がったままトイレに行き、お腹が空けば、互いに口移しで食べさせ合った。

 場所も関係ない。色んな場所で求め合った。

 トイレの中でサララのアナルを犯しながら、膣口の角度を便器に合わせる。一突きする度、膣圧で出てきた愛液と精液が便器の中に落ちていった。
 リビングのソファーに座って、フェラやクンニリングスもした。片方がソファーに座って両足を抱えて陰部を差し出し、片方が口で綺麗にする。
 サララは陰茎に付いた愛液や精液を舐め取り、僕はサララの中に溜まった愛液と精液を啜った。自分の物でも、サララの中に入った時点で嫌悪感はなかった。
 お風呂で汗を流しつつも、濃厚なキスをしたりした。シャワーで仕上げをしながらも、下半身は激しく絡み合った。

 日が昇っても、月が昇っても、また日が昇っても、また月が昇っても、僕達は休まずセックスした。

 最後は意識が朦朧としていて、記憶も飛び飛びだ。声も枯れ果て、うめき声しか出せなくなっていた。けれども、止めようとは思わなかったし、サララも続けようとした。
 そして、4日目の夜。サララが数百回目の絶頂を迎え、僕が数百回目の射精をしたとき、僕達は眠るように意識を失った。

 蒸し暑い残暑も感じなくなった、夏の終わり。日差しの強さも和らいできているような気がした。
 テーブルの上に並べられた皿には、美味しそうな朝食が乗せられていた。
 熱々のスクランブルエッグに、少し焦げ目が付いたベーコン。キツネ色に焼かれたパンの横には、色々な種類のジャムとマーガリン。
 綺麗に洗われたコップには、美味しそうなジュースが注がれていて、その横には瑞々しいサラダがあった。
 朝からボリューム満点、僕が好きなメニューが並べられていた。ただし、サラダが無ければの話だが。

「駄目ですよ、野菜もちゃんと食べないと」

 嫌そうな顔をしていたのだろう。エプロンの紐を解いていたサララが、咎めるように指を立てた。
 エプロンの下には、淡い水色のシャツに半ズボン。何時かしていた裸エプロンではなかった。けれども、それでいいのだ。

「分かりました……ちゃんと食べます」

 自分でも、ぶっきらぼうになっているのが分かったが、気にしない。野菜が無くても、人は生きていけるのだから。
 僕の様子を見て、サララが可笑しそうに笑った。年相応な、可愛らしい笑顔だった。
 手早く椅子に座り、両手を合わせる。僕も倣って、両手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

 サララは静々と。僕はガツガツと。対照的なスピードで、空腹を訴える胃に食べ物を送った。

「今回は、どれくらいになりますか?」

 背中の部分に変なところはないかとサララに確認されながら、彼女はそう言った。
 新しく手に入れたアンフェリー・ドレスの着心地はそれなりだが、まだ身体にしっくりこない。そのため、サララに変な部分がないか確認してもらっているのだ。

「う~ん、最近、ダンジョン内に凄腕のサキュバスがうろつくようになったって話だから、それを討伐に行こうと思う。もしかしたら、1週間くらいになるかもしれない」

 返答を聞いたサララは、不安そうに眉を顰めた。

「凄腕ですか?」
「たぶんね」

 一瞬、背中に触れているサララの手が止まり、すぐに再開された。

「なんでも、僕と同じアンフェリー・ドレスを着ているらしい。ただでさえ高い魔力を持つサキュバスなのに、魔術対性まで備わるんだ。並みの探求者では手も足も出ないんだって」
「それは……討伐しか、方法はないんですか? 例えば、説得して帰ってもらうとか」

 振り返ると、サララは不安そうに両手を抱えていた。僕が腕を広げると、すぐに抱きついてきた。
 フワリと、黒髪から良い匂いが香った。

「難しいだろうね。中には退散してくれるやつもいるけど、サキュバスくらい高位のモンスターになるとね……」

 背中に回された腕の力が強くなった。僕は安心させる意味合いを込めて、サララの背中を擦った。
 数分、そうやって擦っていると、サララが思わずといった様子で笑った。

「どうかした?」
「ふふふ、いえ、ただ、そのサキュバスが、前にマリー様と戦ったナタリアとかいうモンスターではないかと思って……そんな偶然、あるわけないかなって」

 その言葉に、僕も思わず笑った。

「それはないよ。ダンジョンの中はとても広い。地形だって、周期的に変わる。一度出会ったモンスターと、もう一度出会える確立なんて、天文学的確立だと思うよ」
「ですよね……もう、私は大丈夫ですから、話してくださってけっこうです」

 サララにそう言われ、ゆっくり彼女から離れる。少し、寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔を浮かべた。
 靴を履き、魔術結晶の有無を確認。
 よし! 玄関のドアに手をかけ、開く。朝の日差しに目を細めながら、一歩踏み出し。

「マリー様!」

 たところで、背後から呼ばれた。
 振り返ると、サララが思いつめた様子で、口を開いた。

「…………必ず、帰ってきますよね?」

 俯いたまま、消え入りそうな声で質問してくる。僕は鼻で笑ってやった。

「当たり前でしょ。何を心配していると思ったら、それか。改めて聞くけど、君は僕の何?」

 そう尋ねると、サララは反射的に顔を上げた。少し、顔が赤らむ。

「私はマリー様の奴隷であり、性欲処理であり、マリー様の……こ、恋人です」
「そう、僕の奴隷であり、性欲処理であり、恋人でもある。そして……」

 一旦言葉を止めると、サララが不思議そうに首を傾げた。

「美しき死に神、銀髪のマリー……マリー・アレクサンドリアだ」

 そう言い放つと、サララは呆けたように言葉を無くし、最後に、心からの笑みを浮かべた。

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最終更新:2013年01月02日 00:56