様々な人が行き交う場所、ダンジョン管理センター。
通称『センター』には、いつものように人がごった返しになっていた。
センター……政府がダンジョンを監視、及び管理下に置く為に建築された、いわば複合ビルのようなもの。中には医療施設から娯楽施設、宿泊施設、ショッピングモールなどの店舗があり、生活に必要な物やダンジョン探索に必要なものがすべて手に入る。
初めてここを訪れた人は必ず口を揃えて言った。
ここは小さな街だ、と。

閑話休題。

以外に知られていないが、ダンジョン探求から戻ってきた探求者が、真っ先に求めるのは温かい風呂と、美味い食事だ。
あるときは40℃に達し、あるときはー20℃以下にまで気温が激変するダンジョン内では、味気ない保存食くらいしか食べるものがない。
下手すれば数日~数週間は出て来られないときもあるくらいなので、普通の弁当では、あっというまに腐って食べられなくなってしまうからだ。
それに、荷物も必要以上にかさ張ってしまう。弁当一つ持つくらいなら、その分の弾薬や薬を持っていくほうが賢い判断なのだ。
そして、当たり前の話だが、ダンジョン内ではまず体を清めることはできない。
せいぜい、濡らしたタオルで体を拭うくらいだ。
けれど、ほとんどの探求者はそうしない。なぜなら、タオルを濡らす水が勿体無いからだ。
ダンジョン内には、いくつか水が湧き出る泉があるのだが、あまりそれを当てには出来ない。
周期的に地形を変えるダンジョン内では、泉の場所を覚えていても意味はない。昨日あった泉が、次の日には枯れていたりするのもザラなのだ。
なので、ダンジョン内では砂金よりも貴重な水を、そうおいそれと使うわけにはいかないという訳だ。
そのため、ダンジョン帰りの探求者はまず湯屋へと向かうのが通例みたいになっている。
それに狙いを付けたのが、当時お風呂屋さんを経営していた、湯馬場(ゆんばば)という一人の老婆だった。
彼女は探求者に目を付け、管理センター以外何もなかったセンター周辺の土地を全て買い取り、巨大なお風呂屋さんを建設した。
それも普通のお風呂屋さんではない。中には、就眠施設、娯楽施設、飲食施設など、様々な施設がある複合店だった。
探求を終えた探求者達は、いわば給料日帰りのサラリーマン。それならば、懐も暖かいはず。多少、羽目を外したいと思うはずだ!
確信に近い考えの元、湯馬場の狙いは成功した。
1年で、建設費用の借金を全て返却し、3年で次々に新しい施設を建設していった。
10年後。かくして、巨大複合施設は誕生した。

閑話休題。

その複合施設の中を、一人の少女と、一人の女性が歩いていた。
女性は一言で言えば活動的な美女だった。
身長170後半の長身。勝気な印象を与える顔立ちをして、大きく開かれた両目に、みずみずしい唇。
その色は、紅を注しているかのような薄桃色。ふっくらとした唇は、男なら思わず喉を鳴らしてしまいそうな妖しい魅力があった。
しかし、短いショートカットの黒髪と白いワイシャツ、黒いズボンという井出たちであるため、ボーイッシュな印象を与える。
おまけに、背中に担いだ一丁の銃と、腰の両端に取り付けられたホルスターに収まっている大口径のハンドガンが、さらに活動的な印象を女性に与えていた。
けれども、彼女の全体像を見れば、そうは思わない。
ワイシャツを押し上げる豊かな胸と、服の上からでも分かる細い腰の括れ。ズボンに包まれた柔らかそうなお尻を見れば、考えも変わるだろう。
街を歩けば注目を浴びるのは間違いないが、不思議なことに、周りの人は女性にではなく、横を歩く一人の少女に向いていた。
探求者達に色目を使う娼婦や、さぞもてはやされるであろう、美しい一般女性を尻目に、少女は注目を集めていた。
その少女を見たものは、例外なく驚き、次に夢でも見ているのか? と我が目を疑うだろう。
少女はそれほどに美しかった。背丈は小さく150cm前後で、髪は腰を覆い隠すほど長く、月の光を凝縮したかのような光沢ある銀髪。
前髪は中心から横に綺麗に分けられ、開かれた額を細い眉毛が飾るように生え、その下には勝気な印象を与えるアーモンド形の吊り目。
一本ずつ丁寧に細工されたような睫毛に、すっ、と小さくも高い鼻、薔薇を思わせるような唇が付けられている。
さらに病的にも、生命力溢れるようにも見える雪のような肌が、幻想的な美しさを少女に与えている。
少女が身に纏っているドレスはフリルが多く付けられていると同時に、細かく刺繍が施され、小さな宝石も装飾されている。
小さな背丈と相まって、何処かの国のお姫様、と言われても、この少女なら誰もが納得するだろう。
すれ違う男は皆振り向き、今しがた出会った幻想に捕らわれ、思わず頬を染めるだろう。
すれ違う女は一様に驚愕し、今しがた出会った幻想に嫉妬し、羨望するだろう。
だが、まさかその少女が男性である、だなんて夢にも思わないだろう。それほどの美しさを持った少女だった。
周囲の注目をこれでもかと浴び続けている少女、マリー・アレクサンドリアは、隣を歩く女性に言った。
「今日はハンバーグにしよう」
 女性……龍宮晴美は、隣を歩くマリーに返した。
「洋風が美味い店、和風が美味い店、どっちがいい?」
 マリーは言った。
「……洋風で」
 龍宮は笑顔を見せた。
「それじゃあ、和風にしようか」
「僕の意見はスルーですか!?」
 そして二人は、和風のハンバーグが評判の店に入った。


 ハンバーグやら何やらを、詰め込めるだけ詰め込んだ僕のお腹は、パンパンになっていた。
 なので、ハンバーグをお腹一杯平らげた僕は、体内機能を向上させて、消化、吸収効率を格段に高める。
 こうすることで、十数分で完全に食物を100%取り込めることができるのだ。
 食欲を満たされた至福の一時。それを、晴美はジト目で見つめた。
「いつも思うが、お前の腹はどうなっているのだ?」
 晴美の視線は、僕のお腹辺りに向いていた。
 僕は2~3度お腹を擦る。自分で言うのもなんだが、ポンポンと程よい弾力が返ってくる。
 ……お腹ねぇ……。
フリルがたくさん付いている特殊なドレスなので、捲るだけでもそれなりに面倒くさいが、とりあえず実行する。
 着ているドレスを捲り上げて、お腹を外気に晒す。温まれた空気が外気と混ざり合い、涼しい風がお腹を擽る。
 鏡や自前の肉眼で見慣れたものが、そこにあった。
 太っているわけでもなく、痩せているわけでもない。かといって、筋肉で割れているわけでもない、ありふれたお腹が顔を出していた。
 軽く指で突いてみる。
 ぷにゃん、ぷにゃん、男のお腹とは思えない弾力が伝わってきた。
 擬音にするなら、こんな感じの効果音が付きそうだ。
 顔をあげると晴美は、未だ僕のお腹を、疑問の眼差しで見ていた。
「どうもこうも、どこにでもある普通のお腹ですが?」
「どこにでもある普通の胃袋なら、ハンバーグ15人前は平らげない。あと、みだりにお腹を見せない」
「……あら、ごめんなさい」
 ドレスを押さえていた手を離す。捲り上げていたドレスが重力に従い、ふわりとお腹を隠した。
 完全に隠れたことを確認した晴美は、向日葵のように笑い、口を開いた。
「こうして一緒にご飯を食べるのも久しぶりだな」
 晴美は嬉しそうに言った。何となく、前に晴美と一緒にご飯を食べた日と逆算してみる。
 ……そういえば、結構経っているな。
「お、今ごろになって気づいたか」
 僕の表情から察したのか、晴美はケラケラと笑った。
思わずこっちまで笑ってしまいそうなくらい、気持ちの良い笑い声だった。
 何だか不思議な気持ちだ。
 僕は空へと顔を上げた。空は僕の気持ちとは裏腹に、遠くの彼方まで晴れ渡っていた。
 そういえば、そろそろサララは復活しているだろうか?
 なんとなく、今朝の出来事が頭に浮かんできた。

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 朝、目覚めると同時に見た目覚まし時計の短針は、数字の6を回ったところだった。
 ベッドから状態を起こし、ぼんやりと目の前の空間を見つめる。
 もちろん、そこには見慣れた部屋の壁紙と、見慣れた家具しかなかった。
 重力に白旗を上げようとしている目蓋に気合を入れて、隣を見る。
 そこには何もない。あるのは、自分の体を包み込むベッドのシーツだけ。
未だ睡眠を貪っていた脳から、昨日の記憶が遅ればせながら送られてくる。
「……そういえば、今日は一人で寝るって、言ったんだっけ」
 寝ぼけ眼を擦り、大きく欠伸を一つ。ジワリと目尻に涙が浮かんだ。
霞む視界と、寝坊癖のある頭に活を入れる。
 いつも起きる時間より、2時間も早い。二度寝しよう。
 そう決めた僕は、そのまま倒れるようにベッドに体重を預けた。
「………ぐう」
 そしてこんにちは、夢の世界へ。
 ウトウトと、考えるのが億劫になっていく。
黒い点線が頭の中に広がっていき、僕の思考を塗りつぶしていく。
手足から少しずつ感覚が薄れていき、緩やかに眠りの準備を済ませていく。
ああ、僕は眠ってしまうのだな。
そんなことが頭に浮かんだ。そして、すぐに消えていった。
このまま寝ちゃおう。僕はそう思った。そうなると思っていた。
その僕の思いを覆したのは、ドアの開閉音だった。
といっても、ただドアが開かれたわけではない。部屋の主、僕を起こさないようにドアが開けられたのが分かった。
そして、誰かが部屋の中に入ってきたのを、感覚で感じ取った。
僕の強化された五感のセンサーは、ほんの僅かな空気の流れを読み取れるのだ。
一瞬、泥棒かと思ったが、相手が女性であることに気づき、力を抜いた。
僕は安心していた。
どうせサララだろう、そういう考えがあったからだ。それに、前にも似たようなことがあったのだ。
サララは時々寂しくなると、僕のベッドに入ってくるときがある。性的な意味ではなく、感情的な意味で。
おそらく、幼いときに受けた虐待の影響ではないかと思っている。
なので、サララの要求はできる限り呑むように心がけている。
そのため僕は、自分へと近づいてくる女性……サララを前に、ゆるやかに眠りに入ろうとした。
だが、僕のその考えも
「おいすー」
 の声と共に四散した。
 原因は声ではなく、物理的な質量を持った衝撃によって。
 しかもその質量は、程よい弾力を持った何かで、仰向けに寝ていた僕の顔を、包み込むようにして広がった。
「ぐぇぇ」
 突如襲ってきた衝撃に、僕は豚のような悲鳴を上げた。いや、ここは蛙のような、だろうか。
 しかし、今、気にするのはそのことではない。
 最優先事項として問題に当たらなければならないのは……。
「おいすー。久しぶりだから可愛いな、こんちくしょう」
 なにやら騒いでいる誰かだ。
声からも女性であることを確信した僕は、頭をホールドしている誰かを振り払おうと手を伸ばす。
けれども、その行動を見透かしていたのか、誰かは素早くホールドを解き、僕を解放した。
僕はあわてて大きく深呼吸をする。
「すぅぅぅ……はぁぁ……げほ、げほ、げほ、ごほ、ごほ…」
 当然のごとく、咽た。当たり前のことだが、寝起きにいきなり呼吸を封じられてしまえば、誰だってこうなる。
 襲撃されたダメージを回復させている僕の様子に罪悪感を覚えたのか、誰かは申し訳なさそうに謝った。
「おお、すまない。久しぶりなので、加減が聞かなかった」
いや、お前誰だよ。
涙で滲んだ両目を擦り、怒鳴ってやろうかと顔を上げて。
「この……!?」
喉元まで上がった罵倒は、そのまま重力に従って胃に落ちていった。
僕の眼前には、僕の推察通り、女性がいた。
それも普通の女性ではない。その女性は、とても美しかった。
僕よりも頭一つ分は高い身長。かといって、ただ背がある訳ではなく、それに見合う分だけのモノを、彼女は持っていた。
つまり、彼女は出るところは出ていて、引っ込むところは出ていたのだ。
カッターシャツに押さえ込まれてなお、砲弾のように飛び出した二つの膨らみ。
少し力を込めれば折れてしまいそうなくらい、引き締まった腰のライン。
ズボンの上からでもはっきりわかるほどの、大きく実った桃は、きっと触れば弾けてしまいそうな瑞々しさを想像させた。
けれども、僕は彼女の美しさで驚いたのではない。
僕が驚いたのは、彼女のことを、僕がよく知っているからだ。
「……晴美?」
「おいすー、晴美だぞ」
 僕の投げかけに、彼女……晴美は、嬉しそうに両手を伸ばし、僕の頭を包み込んだ。
 それどころか、ベッドの上にいた僕へと体重を預けてくる。
「ん…しょ」
 ベッドのスプリングが揺れ、シーツが乱れる。
 そして、あっという間に晴美は全身で僕の上半身を抱きしめる形になった。まるでコアラに正面から抱きしめられたみたいだ。
 腕が優しく頭に回され、晴美の柔らかい二つの膨らみが僕の顔を埋め尽くす。
 ああ……そうか、さっきの、これか。
 顔を埋めているだけで生まれてくる睡眠欲を振り払いながら、さっき顔を覆っていたモノが何なのか知ることが出来た。
 ……あれ? そういえば、どうして晴美がここにいるんだ?
「う~~、う~~(晴美、どうしてここにいるの?)」
 胸に顔を埋めているわけなので、まともに会話ができるはずがない。う~、う~、しか言えない。
「う~ん、久しぶりのマリー分だ。マリーの髪、いい匂いだな……もっと嗅いでいたいな」
「う~~、う~~(無視しないでさ、質問に答えてよ)」
「お前に会えなくなってからどれくらいかな? たしか、最後に会ったのが高校卒業前だったっけ?」
「う~~、う~~(たしか、卒業前です。ところで、さりげなく腰をくねらせないでもらえると有難い)
「寂しかったぞ~、本当に寂しかった。会いたいと思っても、忙しくて会える時間もなかったし……」
 なんて気持ちのいい無視だ。ここまでくると、いっそ清々しいものを感じる。
「(どうしようかな……どうにかして口が開ける分のスペースを確保しないと)」
賢明な人ならば、ここで顔を上げるか、腕を突っぱねて晴美を押しのけて会話するだろう。
けれど、僕の頭にはそんな考えは生まれなかった。
二つの夢によって封印された顔を離す。
僕にとって、それを行うのは苦行に近いものがあった。というより、世の中の男性の5割はそう感じるだろう。
 けれども、どうしようかと決断に迫られると同時に、晴美はあっさり僕の顔を胸から開放した。
 ああ、桃源郷が離れていく!
 よほど情けない表情だったのだろう。晴美は猫のように目を細め、ニヤニヤと頬を歪ませた。
「後で好きなだけ弄んでいいから、そんな顔するな。今直面すべき問題はそこではなく……」
 言葉が終わると同時に、晴美は恥骨をグイッと、僕へと押し付けた。
 パジャマの中に収まっていた僕の陰茎を、晴美の秘部が圧迫する。
 突如襲ってきた緩やかな快感に、僕は背筋を振るわせた。
「うふふふ……んん? マリー、なにやら硬いものが私の女に当たっているが?」
 白々しく、節操のない僕の息子を咎めるように笑う晴美。笑っている今も、クネクネと腰を押し付けてくる。
 本場の娼婦さながらの淫笑を浮かべた晴美の姿は、サキュバスのような妖しさがあった。
 僕の理性の網が、音を立てて千切れていく。
 男性特有の生理現象に加え、極上の美女である晴美の誘惑を前にして、僕に、耐える術はなかった。
 自然と息が荒くなる。興奮の余り震える唇を開け、晴美の胸に向かって首を伸ばす。
 晴美はニヤッと笑みを浮かべ、カッターシャツのボタンに手を掛けた。
「おはようございます、マリー様」
 ところで、ドアの開閉音と同時に、横やりが入った。
 僕はあわてて入り口のドアへと目をやる。そこには、部屋から一歩出た廊下で、綺麗に礼をしていたサララが立っていた。
 どこから調達したのか、サララはメイド服を着ていた。
ドアを開けると同時に必ず一礼するサララは、そのおかげで部屋の惨状に気づけなかったのだろう。

「今日も大変お美しいです……」
そして、ゆっくりと顔を上げて……。
「……………………………………」
 無言のまま、笑顔のまま、サララは動きを止めた。
 ビデオの一時停止ボタンを押したかのような、異様な一瞬だった。
 どうしようもない、気まずい空気が漂う。晴美も興が削がれたのか、ベッドから降りて僕と一緒にサララを見つめた。
 一時停止のまま、サララはゆっくりと俯く。
「………………あの、サララ?」
 いつまでも再起動しないサララに耐え切れなくなった僕は、とりあえず声を掛けてみた。
 けれども、僕の声はサララに届いていなかった。
「……だ……で…………だ……す……」
 俯いたまま、サララはボソボソと何やら呟いていた。
 とてつもなく、怖かった。
 気を取り直して、もう一度声を掛ける。
「もしも~し、サララさん?」
 若干、敬語になってしまったのは仕様です。
「……だめ……で……それ……わた……です」
 呟く声が少しずつ大きくなっていく。同時に、僕の心臓の鼓動も激しくなっていく。
「お~い、サララ「それだけはダメです!」」
 ネバー、ギブアップ宜しく、再度声を掛けた。しかし、僕の呼びかけを掻き消すように、サララは声を張り上げて、顔を上げた。
 サララの頬には、涙が伝っていた。
 僕は一瞬、本気で胸が張り裂けたかと思った。
 僕の同様を他所に、サララは顔を歪ませて、叫んだ。
「それだけはダメです! 私以外の女性を相手にしてもかまいません。男性相手だって、私は許容範囲です。温かい目で応援してあげる器量はあります!」
 べつに男には食指は動かないのだけど。
 僕がそう答えるよりも早く、サララは僕に飛びついてきた。
 いつもの落ち着いた態度から想像も付かないくらいの俊敏さだった。
 あまりの勢いに僕はサララに押し倒され、ベッドに仰向けになった。
 鼻を啜り、涙声になったサララの叫びは続く。
「でも、でも、でも、起こしてあげるのは私の特権です! 朝、お早うございまずって起ごずのば、わだじの役目でず!」
 僕の胸に顔を埋めたまま、サララは声を張り上げた。
横に目をやると、晴美も何やら申し訳なさそうに目を伏せている。
 僕は、半分泣きそうになりながら、サララを抱きしめた。
 華奢な肩、小さな体、細い手足、抱きなれたサララの体が、なぜかいつもより小さく感じた。
 僕は自分を罵倒したくなった。
 サララがどれだけ僕への奉仕を大切に思っているか。僕への奉仕にどれだけ誇りをもっているか、改めて実感した。
 パジャマに広がる熱い涙を感じながら、僕はサララを強く抱きしめた。
 サララも僕を抱きしめ返す。そして、涙声になりながら、口を開いた。
「あざ、あざ、の、一番絞りは、わだじのでず!」
 ズルッ。
 はっきりと、晴美はズルッと音を立てて、その場で崩れ落ちた。
 僕も脱力して崩れ落ちそうになったが、サララを抱きしめているためにそうならなかった。
 床に崩れ落ちたまま、晴美は顔を僕に向けた。
 僕も、晴美へと目をやる。
 僕と晴美の視線が交差する。
 彼女は、いつもこうなのか? 晴美の瞳が尋ねる。
 こんなものです。僕の瞳が答える。
 ……随分と面白い娘だな。晴美の瞳が尋ねる。
 慣れれば楽しいものです。僕の瞳が答える。
 晴美は、疲れたように起き上がると、トボトボと部屋を出て行った。多分、台所に向かったのだろう。
 まさか、こんなところでアイ・コンタクトを習得するとは思わなかった。
 こんど晴美を誘って、バスケットの大会に出ようかしら?
 そんなことを考えながら、僕はサララを慰め続けた。

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 今朝の出来事にため息を吐いて、僕は首を振った。
「それで、今日はどれくらいまで潜る?」
 僕は横を歩く晴美に、かねてから言おうと思っていたことを聞いた。
「今日は、あまり深部までは潜るつもりはない」
 晴美は、手にしたメモから目を離さず、僕の質問に答えた。
「あまり深部までは潜らんが、今日の目的は隠し部屋のアイテムだ」
 隠し部屋か……時間がかかりそうだな。
 顔に出さないように気をつけたが、内心、面倒くさい気持ちがあった僕は、隠し部屋の出現条件を思い返すことにした。
 隠し部屋……ダンジョン内にて不規則に発生し、数日程度で消滅する特別な場所だ。特定の条件をクリアすることで出現する、特別な空間のことなのだ。
 中には必ず珍しいアイテムがあり、至宝クラスのアイテムがあることも珍しいことではないのだ。
 その空間を出現させるための条件は3つある。
もっともポピュラーなのが、不規則で、無条件に出現するタイプ。
このタイプは、運さえあればいい。隠し部屋が出現したとき、その場に居合わせればそれでいいからだ。
2つ目は、不規則に発生する魔法陣の上で、特定の魔術を行使することで出現するタイプ。
このタイプは、魔方陣に書かれている呪文を解読できる専門知識と、魔術行使の教養を受けていなければならない。
3つ目は、特定のアイテムを所持していることで出現するタイプ。
はっきりいって、このタイプで出現することはまず無い。
……うん、たしか出現条件は、この3つだったはずだ。
僕は晴美に探索階層を尋ねた。
「階層は? あまり深い階層だと、長く探索できないよ」
 晴美は、分かっていると言わんばかりに頷いた。
「階層は20階前後だが、長丁場になる可能性がある。大丈夫か?」
 晴美は、チラリとメモから視線を僕に向け、またメモに戻った。
 大丈夫……とは、おそらくサララのことを言っているのだろう。
「サララのことなら大丈夫。数日留守にするって、伝えてあるから」
 僕の回答に、晴美は満足げに頷いた。
「うん……分かっているならいいんだ…サーラ…って言った、あの子?」
「サララだよ。今まで何度かそう呼んだでしょ」
「そう、そのサララだ。噂で聞いたんだが、お前、娼婦館からあの子を買い取ったって本当か? ていうか、あんなこと言う時点で、本当なんだろうけどな」
 僕は頭一つ分近く高い、晴美の横顔を見つめる。
 晴美は、未だメモから目を離していなかった。
 何だか随分回りくどいような、的を射ないような、不思議な言い方だ。
「……で、それがどうかしたの?」
 単刀直入に、晴美に聞いてみた。
「深い意味があるわけでもないんだ。ただ、私の知っているお前らしくないな……って思ってさ」
「……僕らしくない? どういう意味?」
 晴美の言っていることが分からない。晴美はいったい何を言おうとしている?
 晴美は、メモをズボンのポケットにねじ込むように押し込んだ。
手持ち無沙汰なのか、何度か腰を擦ったり、頭を掻いたり、落ち着きがない様子を見せた。
けれど、時間にして数秒程度のことだったのだろう。最後にフウっと一息付くと、閉ざしていた口を開いた。
「私の知っているマリーって、けっこうドライな性格なんだ」
 人並みでごった返し、騒音が鳴り響くセンター前の商店街の中で、不思議と晴美の言葉をはっきり聞き取れた。
「目の前で傷ついた子供がいたりする。普通の奴だったら助けようとする。私だってそうするし、私の知っている奴らもそうする。けれど、私の知っているマリーは違う。マリーは助けない。決して手を貸さないし、決して危害を加えない。そういう奴なんだ」
 晴美は前を見つめたまま、止まることなく歩き続ける。
「けれど、冷酷ってわけでもない。私の知っているマリーはある種の完璧主義者で、平等主義なんだ。一人助けたなら全員助けなきゃ、気がすまないやつなんだ。それを無意識に分かっているマリーは、極力手を貸すことはしない」
「そうなの?」
 気づくと、僕は聞き返していた。
 晴美は僕の質問に答えず、ニコッと微笑むだけだった。
「けれども人間だし、例外ってやつもある。私の直感では、恐らくそのサララっていうやつが例外なんだろうな」
「…………………………」
「さて、ここで問題だ」
 いったい何を言おうとしているのか頭を悩ませている僕を尻目に、晴美は突如問題を切り出した。
「私の知っているマリーではなく、私の知らないマリーに問題を送る」
「晴美の知らないマリー?」
「問題は一つ、とても簡単な質問だ」
 晴美はピタリと足を止めて、片手を高く上げた。自然と僕の足も止まる。
 晴美の伸ばされた手が勢いよく振り下ろされ、僕の額に人差し指を突きつけた。
「なぜ、マリーはサララを助けたのでしょうか?」
「……………………なぜ?」
「そう、なぜ…だ。それが私から私の知らないマリーへ送る質問だ」
「なにって、そんなの簡単だよ」
 分かりきった質問に、僕は不思議と安心した思いを抱いた。
「ほう、それなら質問の回答に答えてもらおうか」
「答えは簡単、僕が彼女の事情を知ってしまったか「違う」あだ!」
 僕が答えるよりも早く、晴美のデコピンが額を襲った。
 軽い衝撃が額に広がり、痺れるような痛みを伝えてきた。
 自然と滲んでくる涙を堪えつつ、額を擦る。額の一部が、他の部分よりほんのり熱くなっていた。
「それは私からの宿題だ。せいぜい頭を悩ませろ」
 晴美はそれだけを言うと、またメモを広げて歩き始めた。
 あわてて、僕も後を付いていく。
 先を進んでいる晴美に追いつくため、少し小走りに彼女へ近づく。それにしても、今日の晴美はどうしたのだろう?
 チラリと、晴美の横顔を盗み見る。
 そこには、怒っているような、悲しんでいるような、笑っているような、不思議な表情をした晴美が居た。
「女の横顔を盗み見るのはよくないぞ」
 僕の視線に気づいた晴美は、ちょっと眉を顰めて注意した。
「だって、なんか機嫌が悪いみたいだから」
「機嫌? 悪いに決まっているじゃないか」
 メモから目を離した晴美は、再び立ち止まって、僕の方へ体を向けた。
 僕も立ち止まって、晴美へと体を向ける。
「ついでだ。それも宿題に入れろ。どうして私の機嫌が悪いのか、だ」
「……それって、さっきの宿題と関係あるの?」
「大有りすぎて、無い部分を探すほうが難しいくらいだ」
 その言葉と共に、晴美は僕の右手を掴み、引っ張った。
 たたらを踏みつつ、転ばないように晴美へしがみ付く。
 けれども晴美は、僕に構うことなくズンズンと足を進めるので、結局僕は、目的に到着するまで、不恰好な足踏みを繰り返すことになった。

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 『センター』には娯楽施設などが多いことで有名だが、実はもう一つのことで世界に名を轟かせているものがある。
 その名は、『プラネット』。ダンジョン探求の際に必要になるものから、アウトドア用品まで売っているので、探求者御用達の店だ。
 プラネットで販売されている品物の種類は武器弾薬から、薬草やアイテム、果ては魔術書まで、幅広く取り揃えられている。
 この店も例外ではなく、湯馬場が経営している施設の一つである。
プラネットという店の名前は、星の数のように無限の商品を置く、という湯馬場の方針から来ていたりする。
 ほとんどの探求者はプラネットで準備を整えてからダンジョンを探求するのである。
そして、ダンジョンには一つだけ変わらないルールが存在する。
 常に変化し続けるダンジョンにおいて、一見するとルールなど存在しないように見えるのだが、実は絶対のルールが存在する。
 それは、十数年という時間をかけて発見したダンジョンのルールである。
 ときたま例外なども起こりえるが、ダンジョンは原則的に、深い階層であればあるほどモンスターの凶暴性や戦闘能力が増すというルールがあるのだ。
 反対の意味で捉えれば、浅い階層であればあるほど、出現するモンスターは弱いということである。
 このダンジョンのルールを利用し、使える資金を遣り繰りして最善の装備を整えることも、探求者としては欠かせない能力なのである。
 そして、ある一定以上のレベルに達する探求者達は例外なく、この遣り繰りが非常に上手だったりする。
 反面、駆け出しの探求者は、この遣り繰りが非常に下手だったりする。
強い武器やら防具やらに目を行きすぎたり、反対に回復アイテムを必要以上に揃えたり、バランスよく装備を整えられないのだ。
ちなみに、マリーと晴美は一定以上のレベルに達する探求者である。

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「いらっしゃいませ~~!」
「いらっしゃいませ~~!」
「いらっしゃいませ~~!」
 プラネット、と大きくプリントされたエプロンを着た店員達が、口々に客達を出迎えていた。
 僕は店員の掛け声をBGMに、晴美と一緒に店内を進む。
 所狭しに並んだ武器弾薬、鎧に盾に防護布。壁一面に飾られたロッドに、ガラスケースの中に飾られた数百種類の薬草が、鈍い光を放っていた。
 繋がれた右手を軽く引っ張る。晴美は歩みを緩めて、僕の方へ振り返った。
「どうした、疲れたか?」
「探求者がこんなことで疲れてどうするの」
「それもそうだな」
 晴美は口元を緩めて笑った。
「ところで、今日は何を買うの? 保存食は一応、3日分は持っているけど、隠し部屋を探すつもりなら、1週間が限度だと思うよ」
 20階前後の隠し部屋だと、僕と晴美、二人の体力と精神力から考えても、5日間くらいしか滞在できない。
 いつモンスターが襲ってくるかわからないダンジョン内では、軽い仮眠くらいしか休息する方法がない。
 それも、互いに番をしながらなので、必然的にあまり休めないのだ。
「分かっている。予定では最長で5日間潜るつもりだから、保存食は5日分必要になる……そこの店員、ちょっといいか?」
 晴美は繋いでいない方の手で、店員を手招きした。なんだか偉そうに感じるが、これが晴美なので、黙っておく。
 そうこうしているうちに、店員が笑顔で僕達の元へやって来た。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」
 ニコニコと、邪気の欠片も感じられない完璧な笑顔だった。店員は、エプロンのポケットから素早くメモ帳とボールペンを取り出した。
「これからダンジョンに潜るのだが、実弾は揃っているか?」
「運が良いですよ、お客様。昨日、入荷したところです」
 まるで我が事のように喜ぶ店員。ちょっとオーバーリアクションではないだろうか。
「う~ん……とりあえず通常実弾と貫通実弾と炸裂実弾を50セットずつ。あと、毒消しの秘薬と、特殊弾丸を各30セットずつ持ってきてくれ。」
「かしこまりました」
 サラサラと、店員はメモ帳に書き写していく。
「あ、一ついい忘れていた。保存食も1週間分用意してくれ」
「かしこまりました。保存食のビスケットの味ですが、ピーチ、レモン、ヨーグルト、ポテト味がありますが、どうなさいますか?」
「全部ポテト味にしてくれ。後、保存食に水も入れておいてくれ」
「かしこまりました。水も追加ですね……お連れの方は、何か注文はございますか?」
 メモから目を離した店員は、僕の方へ視線を向けた。晴美も、僕の方へ振り向いた。
「あ……ちょっと待って、今どれくらいストックがあったかな?」
 僕は片手を上げて、店員を制止する。
これでもか! とフリルが付いたドレスのポケットを探る。中から出てきたのは大小、いくつかの宝石だった。
といっても、普通の宝石ではない。魔石と呼ばれる、魔力が封じ込められた特殊なアイテムの一つだ。
通称、魔術詠唱と呼ばれる、魔術発動に必要な魔力と呪文をすっ飛ばし、魔術を行使することができる素晴らしいアイテムなのだ。
一つ一つ手に取り、魔力漏れが起きていないか確認する。
赤、黄金、紫、緑、様々な輝きを放つ宝石を見比べていく。
「……うん、大丈夫」
 再び、宝石をポケットに押し込む。
あらゆる局面に対応できる魔術は、その万能な力の反面、魔術詠唱というデメリットを抱えている。
必要な魔力を練り上げ、練り上げた魔力を呪文で構成し、必要に応じて放出する。
この三つの工程を行うことで、初めて魔術を発動させることができる。裏を返せば、この三つの工程を行わなければ、絶対に魔術を発動させることができないのだ。
それは、僕とて例外ではない。
どれだけ膨大な魔力があろうと、どれだけ魔術構成に長けていようと、どれだけ素早く放出できようと、どうしても縮めることのできない部分なのだ。
簡単な魔術であれば、コンマ数秒で発動できるのだが、高位の魔術になると、僕でも数秒から十数秒程度の時間が必要になる。
そういった僅かな時間が、そのまま死への片道切符になりかねないダンジョンにおいて、魔術詠唱を行わずに魔術を行使できる魔石はとても重宝するのだ。
 先ほどから笑顔で待っている店員に、注文を言う。
「ロッド系はある?」
店員は顔を綻ばせた。
「当店ではベーシック・ロッドから、ヘイブン・ウィザード・ロッドまで、幅広く取り揃えております。何をお探しでしょうか?」
 顎に手を当てて、少しの間考える。
「そうだね……ヘイブン・ウィザード・ロッド系は、何がある?」
「ヘイブン・ウィザード・ロッドですね? 少々、お待ちください」
 店員はメモをエプロンのポケットに仕舞うと、そこから紙の束を取り出し、ペラペラと紙を捲くっていく。
「……え~っと、今ご用意できますのが、『爆炎』、『氷結』『重力』『再生』『衝撃』の5つでございます」
「それじゃあ、重力のロッドを一つ」
「かしこまりました。倉庫から取り寄せますので、お時間を少々頂きたいのですが……」
「構わないよ」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで」
 店員は笑顔で一礼すると、足早にその場を離れていった。
 その後姿を黙って見ていると、軽く右手に引かれる感覚を覚えた。
 そういえば、まだ手を繋いだままだったっけ。
 首を向けると、なぜか晴美は、眉を顰め、首を傾げていた。
「……なあ、ヘイブン・ウィザード・ロッドって、何?」
 ああ、だから首を傾げていたのか。
 店員が来るまで僕も晴美も暇なので、暇つぶしのかわりに説明しようかな。
そう考えたが、先に横から聞こえた声が説明した。
「ヘイブン・ウィザード・ロッドとは、魔術使いが使用するロッド系の中でも、熟練者向けにカスタマイズされたロッドです」
 突然掛けられた声に、僕と晴美は声の方へ振り向いた。
 そこにいたのは二人の女性だった。
「数日ぶりですね、マリーさん」
 一人は、穏やかな聖女のような美女だった。優しげに笑みを浮かべている口元が、清楚な印象を与えている。
 細かな装飾が施された、青色のローブをゆったりと見に纏い、少し野暮ったい眼鏡をかけた女性だった。
「お久しぶりです、マリーさん」
 一人は戦乙女、ヴァルキリーのような、気高さが見える女性だった。
光沢が美しい、白銀と黄金の鎧を身にまとい、腰の部分には裁縫が編みこまれたスカートをはき、腰まで伸びる、輝くような長い金髪が背中を流れている。
青色の瞳に整った目鼻、落ち着いた物腰に、鎧の上からでも分かるスタイルの良さ。妖精のような美しさがそこにあった。
 この人達は誰だ? と、目で訴えてくる晴美の疑問を無視し、僕は挨拶した。
「お久しぶりだね、お二人とも。といっても、一人は先日会ったばかりだけどね」
 僕が空いている左手を差し出すと、二人は笑顔で握手した。
 改めて、僕は晴美に、二人を紹介する。
「眼鏡を掛けた方が、アルドロネット・マーティ。もう片方は、ロベルダ・イアリス。二人とも、学園エンジェルの人だよ」
「アルドロネット・マーティです。よろしくね」
「ロベルダ・イアリスだ」
 ロベルダとマーティは、晴美に向かって軽く頭を下げた。
 晴美は一瞬、呆気に取られていたが、すぐに頭を振って、再起動した。
「……龍宮晴美だ。差し支えなければ、でいいが、もしかしてロベルダさんは、あの『妖精』なのか?」
 晴美の言葉に、ロベルダは苦笑した。
「そう呼ばれていたりもするよ」
 晴美は、フウッと、疲れたようにため息を吐いた。
 そして、しみじみと言った。
「世界は思っているよりも狭いのだな」
 ロベルダとマーティは、晴美の言葉に、不思議そうに首を傾げていた。
 僕はというと、内心、晴美の言葉に深く頷いていた。


 結局、僕と晴美、ロベルダとイアリスは、チームとなって行動することになった。
 しかしながら、憂鬱とはいかないまでも、僕はちょっと複雑な気持ちだった。
 何気なさを装って、横を歩く三人の姿を盗み見る。幸い、三人は談笑に夢中なため、僕の視線に気づいては居なかった。
チラリと視線を左に向ける。青いローブをゆったりと着こなしているマーティが、微笑みながら眼鏡の位置を直しているところだった。
視線を下げて胸に向けると、そこには二つの夢があった。
一歩足を進める度に、上下に弾む豊か過ぎる胸。ゆったりしたローブが逆に、彼女のプロポーションの良さを窺い知れた。
 さらに隣のロベルダに目をやる。
 腰まである長い髪が風に流れ、太陽の光によって、金髪が光り輝いていた。
 鎧の上からでも、はっきり分かるスタイルの良さが、凛とした歩き方によって、さらに際立って見える。
 妖精と呼ばれるのが納得できる美しさだった。
 最後に、右隣を歩く晴美に目を向ける。
 背中の気銃を難なく担ぎ、悠然と歩くその姿。カッターシャツを押し上げる胸と、くびれた腰と、窮屈そうに収まったお尻。
 文句なしの美女だ。
 視線を三人から外し、辺りを見回す。
 思わず舌なめずりをする男。三人の美貌に嫉妬の目を向ける女性。喉を鳴らして興奮する男。自分の身体を見て、肩を落とす女性。
 無理もない。僕はそう思った。
 一生に一度お目にかかれるかどうかの美女が、3人も肩を並べているのだ。
 男なら、一度はその身体を味わってみたいと思うだろう。女なら、その美貌を手に入れたいと願うだろう。
 嫌でも視線を集めてしまう3人の横で、僕はほんの少しだけ距離を取った。
 もし、3人の内、2人の身体を知っているということが、周りの奴らに分かったら、僕はどうなるだろうか?
 それを考えると、僕はもう少しだけ、距離を取った。


「へ~、あなたが『必中の龍』だったんですね。驚きました」
 マーティが、眼鏡の位置を正しながら、驚きの眼差しを晴美に向ける。
 聖女のように優しげな印象からか、その姿が妙に幼く見えた。
「その名を言われるのは学生時代以来だな。お前もそう思わないか?」
 昔を懐かしんでいるのか、遠い目をしながら、晴美は僕に話を振ってきた。
「そう言われてみれば、そうかもしれない」
 頷いて、同意する。
必中の龍という言葉自体、聴き慣れすぎているため、分からなかった。確かにそうだ。
 学生時代の、晴美の姿が脳裏に甦る。
 右手を振れば、女子生徒が黄色い嬌声を上げる。左手を振れば、男子生徒の野太い声が響く。ニッコリと笑えば、誰もが頬を染める。
 学校一の美少女として人気があった晴美は、当時、一種のアイドルのような存在になっていた。同級生やら教師やらが、二言目に話す言葉が『晴美』で、三言目が『必中の龍』だった。
 学生時代を振り返っていると、ロベルダが目を瞬かせた。
「もしかして、晴美さんとマリーさんは学生時代からの知り合いなのか?」
「あ、それ私も知りたい」
 マーティが片手を軽く上げて、賛同する。
 晴美が一瞬、僕の方に顔を向ける。僕は頷いて了承した。
 晴美は顎に手を当てて、少し考えてから口を開いた。
「お察しの通り、私とマリーは学生の時からの知り合いさ。けっこう、仲良くやっていたんだ、これでも」
「へ~、そうなんですか」
 マーティが瞳を輝かせて、頷いた。ロベルダも、納得がいったみたいだ。
「それと」
 そこで、晴美は言葉を止める。マーティとロベルダは、その続きを聞くために、無言で次の言葉を待つ。
 舌から晴美の顔を覗き見ると、そこには悪巧みを考えている子供のような笑顔があった。
何か嫌な予感を覚えた。
しかし、僕が何か話す前に、晴美の口が開いた。
「夜の方もけっこう仲良くやっていたんだ、これでも」
「よ、夜……」
「仲良く…か」
 マーティは顔を真っ赤にして、恥ずかしがった。瞳孔は左右に揺れて俯いてしまった。
 ロベルダの方はというと、なぜか憮然とした表情で、頷いていた。
「ちょっと、こんなところでなんてこと言うのさ!」
 堪りかねた僕は、晴美の服を摘んで抗議した。
僕個人としては、猥談くらいでは何とも思わないが、それは時と場合だ。
念のため、辺りの様子をうかがってみるが、誰も気に留めた様子はない。どやら、3人の姿に見惚れていて、会話の内容を聞き逃していたみたいだ。
「ははは、悪かったよ。私なりのコミュニケーションだ」
「そんな悪趣味なコミュニケーションはいらん」
 一言で気って捨てると、晴美は頷き、確かに、と小さく呟いた。分かっているならするなよ。
「まあ、緊張を解すという意味でもあるんだ……ほら、もうすぐダンジョンだ。今のうちに気を引き締めておいてくれ」
 晴美が、片手を上げて、前方を指し示す。ロベルダとマーティも自然と示された方を見つめる。
「何時来ても思うんだけど、やっぱり大きいね……ダンジョンって」
 マーティの零した言葉に、ロベルダと晴美は頷いて同意した。
 横の長さ、50m。高さは30mにも達し、地下にいたっては、現在でも最深部に到達していない、未知の洞窟。
 まるで地獄の釜が開かれてしまったかのような、不思議な恐怖すら覚えるその姿は、ある意味で当たっているようにも思えた。
 万の命を飲み込み、万のモンスターを生み出す場所。ダンジョンの入り口が、そこに広がっていた。
 その手前で、にこやかに子供達の案内をしているセンター管理員の人が、大きな声で先導していた。
屈強な探求者達が一列に並び、受付をしている姿はある意味ではシュールでもある。
やっぱり、それほど怖いものでもないかな?
地獄の入り口で見た、日常の1コマを見て、僕はふと、そんな考えが頭に浮かんだ。


探求時間、5分経過。ダンジョン内・地下20階。

魔方陣を使ってビューン。あっという間に目的階に付いた。
岩盤がむき出しのまま天井に広がり、洞窟そのままの風景がはるか奥深くまで続いていた。
壁一面、等間隔に取り付けられた松明の明かりが煌々と燃えている。不思議と、酸欠になることはない。ダンジョンがもつ魔力によって、空気の循環が行われているからだ。
ちなみに、火事になることとも、地盤沈下が起きることもない。落石もない。
なにせ、各階を遮断する岩盤の強度は、かなりのものだ。僕の知っている魔術の中でも最強の威力を誇る魔術を使っても、ビクともしなかったくらいだ。昔の話だけど。
閑話休題。
辺りを見渡しても、人一人いない。どうやら、この階は僕達だけみたいだ。
そこで僕達が最初にしたことは、陣形を組むことだ。
ロベルダが先頭に立ち、そこから一歩下がった距離に、僕とマーティが距離を開けて立つ。僕達の後ろに晴美が立って、陣形を組み終える。
上から見ると、ちょうど、弓を引いたような形になる。近接戦闘が得意なロベルダが先陣を切り、一歩下がった所から僕とマーティが魔術で援護。さらに後方から全体を見て、支援する晴美。バランスの取れた陣形だ。
 ロベルダは、前に僕があげた剣を。晴美は腰にある二つのホルスターから、大口径の気銃を用心深く構える。マーティは短く呪文を唱え、直径80cm程度のウィザード・ロッドを召喚し、それに魔力を注ぎ込んだ。
 僕はというと、プラネットで買ったヘイブン・ウィザード・ロッドに魔力を込める。
直径1m前後あるヘイブン・ウィザード・ロッド。身長150cmの僕には長すぎたかもしれない。
横目で、マーティを見やる。
 すると、マーティもこちらを見た。マーティは可愛くウインクをして答えた。
「さて……今さらで、なんだが…」
晴美は辺りを警戒しながら、前を歩くマーティに尋ねる。
「マーティ、貴方の実力ってどれくらいなのだ? あいにくと、魔術師の実力っていうのが、良く分からないのでね」
 マーティは、何度か首を傾げた後、自信なさげに答えた。
「う~ん、魔術師としてはそれなりに強い方だとは思うけど……」
「それは私が保証しよう」
 先頭に立つロベルダが、辺りを警戒しながらも、マーティの言葉を補足した。
「マーティは学園の中でも指折りの魔術師だ。今しがた使った召喚魔術からも、実力がうかがい知れるだろう?」
 振り返ることなく、自信満々に答えた。マーティはちょっと恥ずかしそうにしている。
 晴美は気銃で、肩をトントンと叩いた後、僕の方に顔を向けた。
「マリー、あんたはどう思う?」
「今、ロベルダが答えたじゃん」
「いや、だから、私は魔術師の実力ってどういうのか分からんと言ったろ」
 そういえばそうか。
「う~ん、僕から見ても、マーティは魔術師の中でも一級だと思うよ。召喚魔術が使えるのにウィザード・ロッド使っている辺りとか」
「何で?」
 うん、うん、後姿でも分かるくらい、力強く頷いているロベルダを尻目に、晴美の質問は続く。
 マーティはというと、なにやら驚愕に染まった顔で、僕を見ていた。
マーティ、周りを警戒して。
 視線で注意すると、マーティは、ごめん、と嬉しそうに軽く手を上げた。
 さて、僕は後ろにいる生徒の授業を再開するか……。
「一般的に、武器っていうのは、高位になればなるほど強力な力を秘めたものが多い。例えば、今僕が持っているヘイブン・ウィザード・ロッドは、『重力』に特化しているロッドなの。このロッドを使うと、重力系の魔術の効果が飛躍的に上昇したりするんだよ」
「それとどんな関係がある?」
「慌てない、慌てない。けれども、ロッド系になると、話が変わってくるんだ。武器とは違い、魔術を行使する際のサポート的なものであるロッドは、ただ高位である=強力である、という図式が成り立たないのさ」
ふ~ん。
晴美は分かったような、分かっていないような、曖昧な返事をした。多分、分かっていないだろうな。
仕方ないので、大幅に省略することにしよう。
「ここらへんは魔術の属性にも関係してくるけど……要は、一つのことに特化した格好いい武器を使って、特化した属性だけで戦うか、不恰好な武器を使って、臨機応変に戦うかってことだよ」
「おお、そういうことか、だったら安心だ。見た目を格好付けるやつに、碌なのがいないからな」
 納得がいったのか、晴美は手を付いて笑みを見せた。こんな説明で本当にわかったのだろうか。
 まさかダンジョンの中で講習をすることになるとは思わなかった。
 そのとき、先頭を進むロベルダの足が止まる。自然と僕達の足も止まり、全員の表情に緊張が走る。
 ロベルダは腰を落とし、剣の切っ先を前方に向ける。
「楽しんでいるところ悪いが、そろそろお客さんが来るぞ」
 ロベルダの視線の先へ注意を向ける。
「ビッグラビット……中々の敵だな」
 ロベルダと同じく、目標を見つけた晴美が、不敵に微笑み、両手の気銃を水平に前に突き出した。
 少し遅れて、僕とマーティが敵の集団を視認する。
ゴリラのように発達した上半身と、赤ちゃんのように頼りない下半身を持つ、不恰好なモンスター、通称『ビッグラビット』が、そこにいた。
 兎の耳と、真っ白な体毛、赤い目という特徴から名づけられたモンスターで、名前だけ聞くと、とても可愛らしく感じるだろう。
 だが、実物を見たとき、その考えは真っ先に否定されるだろう。
顔の前面が骸骨になっていて、むき出しになった真赤の眼球が、上下左右にギョロギョロと動き回っている。ある種の嫌悪感を、感じさせる。
そんな奴が複数体も同じ場所にいれば、その嫌悪感は相当なものだろう。
 用心深くロッドを構えたマーティが、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「ビッグラビットのことは、全員知っていますね?」
「知っているよ」
「まかせろ」
 最初に答えたのは、ロベルダ。次に答えたのが、晴美。
 マーティは順々に全員の表情を確認し、最後に僕へ振り返る。
 僕は力強く頷き、ロッドを盾にして、魔力を開放する。
「くるぞ! 敵は複数! 私が先陣を切るから、皆は援護を頼む!」
 緊張を含んだロベルダの警告に、全員の心が一つになる。
 同時に、ビッグラビット達も、僕達の存在に気づいた。
 僕達から一番距離が近いところにいたビッグラビットが、むき出しになった歯の隙間から大量の粘液を零しながら、雄叫びを上げた。
「ぐぎゃあああああーーーー」
 呼応するように、後ろにいた他のビッグラビット達も、雄叫びを上げる。
ついには、地響きを立てて、僕達へと走り出した。
いや、それは走っているわけではなかった。
下半身が退化したビッグラビットにとって、走るということは、這いずるということ。
結果、彼らは我武者羅に腕を前に伸ばし、幼子のように手足をバタバタと動かしながら、こちらに向かってくるのだ。
一歩、また一歩、ビッグラビットが近づくたびに、洞窟の空気がビリビリ振動し、否応にも死の気配を漂わせる。
けれども、怖気づくことはない。
なぜならば、僕達は探求者で、皆が皆、自分の実力を知っているからだ。
「返り討ちにしてやる。我が剣の前に散れ!」
 その言葉と共に、ロベルダが風になる。
「さて、蜂の巣になりたいやつから、かかって来な」
 その言葉と共に、晴美の気銃から弾丸が放たれる。
「我願う、罪人の罪を焼く、粛清の炎、バニシング・ファイア!」
 マーティのウィザード・ロッドから青白い炎が噴出し、火の玉となって、ビッグラビットへ向かっていく。
「重圧からの開放、グラビティ・シールド!」
 そして僕は、ロッドに溜めた魔力を使って、あらゆる衝撃を緩和させる重力系魔術の魔術を行使する。
 戦いが始まった。


 最初にビッグラビットにダメージを与えることができたのは、晴美の弾丸だった。
 使用者の気を、弾丸として打ち出す、気銃という武器。弾丸を気でコーティングすることで、貫通力と破壊力を増した特別な気銃。
 それが晴美の気銃。対モンスター用に改良された二丁のハンドガンだ。
 命を奪うために放たれた弾丸が、ビッグラビットの身体に幾つも直撃する。
 『必中の龍』と名高い晴美が放った弾丸は、寸分の狂いもなく、ビッグラビットの顔面を、急所を、確実に破壊していく。
「ぎょうう!!」
 最初に右腕を吹き飛ばして動きが止まる。
「ぐびぇ!」
胴体に風穴を開け。
「ぐぼぉお!」
最後に顔面を陥没させる。
頭が無くなったビッグラビットは、一際大きく痙攣すると、力なく地面に倒れた。傷口から緑色の体液が間欠泉のように噴出し、地面を緑色に染めていく。
 だが、ビッグラビットは一体ではない。
 次々に迫ってくるモンスターの群れを相手に、晴美は冷静に引き金を引いていた。
大口径の気銃から、次々に弾丸が放たれていく。
一体、二体、三体、絶命したモンスターの死体が、確実に増えていく。
その度に、ビッグラビット達は、悲鳴を上げて絶命していった。
さらに追撃は終わらない。
遅れて飛来した青い炎。
マーティが放ったバニシング・ファイアは、ビッグラビット達の中央に直撃し、爆発を起こした。
直径10m近い爆炎が、ビッグラビット達を次々に飲み込み、舐めていく。
 直撃地点のすぐ近くにいたビッグラビット達は一瞬で灰になり、少し距離があったやつは、身体の半分が焼け爛れてしまった。
「ぎぇええ!」

 火傷を負ったビッグラビットは、苦しみのあまり、周りにいるビッグラビットに掴みかかり、攻撃を始める。
 対して、掴みかかれた方も、必死に振り払う。また掴まれる、また振り払う。悪夢のような阿鼻叫喚が広がった。
「ぎゅうああ!」
「ぐるぅおお!」
 ビッグラビット達の統率は完全に崩壊し、各自がバラバラに行動しだした。
 中には、逃げ出そうとするものもいた。
 だが、それよりも早く、可憐な妖精がビッグラビット達の前に立ちふさがった。
「はああ!」
 垂直に振り下ろされたロベルダの斬撃が、火傷にのた打ち回るビッグラビットを一刀両断にする。
 身体が二つになったビッグラビットは、悲鳴すら出すこともできずに、一瞬で絶命する。
 断面から噴出した体液が、ロベルダの鎧を汚していく。
 ここにきて、ようやく敵の存在に気づいた他のビッグラビットが、ロベルダを食らい殺そうと、腕を伸ばす。
 だがロベルダは、そのまま勢いを殺さず身体を捻り、伸ばされた腕を、コマのように回転しながら横殴りに切り落とした。
「ぐばああ!」
 腕を切り落とされた激痛に悲鳴を上げた。それが、このモンスターの最後の声だった。
 振り上げた剣を両手で抱えなおし、意識を集中させるロベルダ。
 一瞬、彼女の周囲から時間が止まる。その剣の先にいるモンスターは、結末を理解したのか、呆けた表情で剣を見つめた。
「一刀両断!」
 その言葉と共に、剣が振り下ろされる。肩口から入り、肋骨を切り裂き、内臓を切り裂き、わき腹へ抜ける。
 ズルリと、ビッグラビットの体が二つにずれ、死体が一つ、ダンジョンに転がった。
「ぐぼおお!」
「ひでぶ!」
「きしゃあ!」
 そこを数体のビッグラビットが迫ってくる。全員の顔には、仲間を殺されたことに対する憎悪が刻まれていた。
 けれども、その恨みを晴らすには、あまりに相手が強大すぎた。
 襲い掛かってくるビッグラビットの攻撃を軽やかに避け、すれ違いざまに繰り出される一閃。
段違いのスピードで撹乱させるその姿は、まさに妖精だった。
ふわり、ふわりとロベルダの長い金髪が風に流れる旅に、新たな死体が増産されていった。
戦闘開始から僅か数十秒。数十体居たビッグラビットは、殆ど絶命した。
「てい!」
最後の一体を切り捨てたロベルダが、小さく息を吐いた。ご苦労様です。
途端、モンスターの身体に異変が起きる。
地面に転がっていたモンスターが次々に蒸発して、赤い霧のようなものに変わっていくのだ。
その霧は少しの間空中を漂っていたかと思うと、突如一箇所に集まりだし、ギュウッと圧縮されていく。
数秒後、そこには透明のクリスタルが浮かんでいた。
クリスタルの中には赤い光が点り、幻想的な美しさを見せていた。
 ロベルダはそれを手に取ると、僕の方へ顔を向けた。
「マリーさん、チームの中で、一番の実力者は貴方です。これは貴方が持っていてくれないでしょうか?」
 そう言われた僕は、晴美とマーティにも視線で賛否を求める。
 二人は軽く微笑んで、頷いた。
 僕は小走りにロベルダに近寄る。手渡されたクリスタルを、ポケットにしまった。
 通称『エネルギー』と呼ばれるもの。探求者は本来、これを集めてくる人を指すのだ。
「先に進もう」
 ロベルダの言葉と共に、女性陣が談笑しながら陣形を取る。もちろん、僕もそれに倣う。
……さて、さっぱり出番が無かった僕はというと……。
「………………」
 特にすることもないので、彼女達の活躍を見ていました。
 ……いやね、僕もそれはどうかと思ったよ。少しは加勢しようと思った。
 けどね、凄まじいスピードでモンスターを蹴散らしてく彼女達を見て、援護する必要があるのだろうかと思ってしまったのですよ。
 唯一したのが、衝撃緩和の防御魔術。物理ダメージを軽減する魔術で、これがあると、殴られても痛くないのだ。
 ビッグラビットのような、力技で押してくる相手に有効な魔術。けれども、今回それは全く役に立っていないのですよ。
 せっかく全員に魔術を掛けたのに、僕とマーティと晴美の下には、モンスター来ていない。ロベルダはモンスターの攻撃に触れてすらいない。
 ……後方から応援していようかな。
 そんな考えも浮かんだが、すぐに頭から振り払った。さすがにそれは酷いと思ったからだ。
 せめて、ちょっとでも役立つところを見せたいな……。
 こうして僕達のチームの初戦は、快勝という形で幕を閉じた。


探求時間、45時間経過。現在階層、地下20階。

 ダンジョン内では時に、水は砂金よりも貴重なときがある。
 そのため、探求中に身体を洗うということは殆ど無い。
 熟練の探求者ともなると、1週間身体を洗わなくても平気なのは当たり前。
 けれども、それは探求者としての話。年頃の女の子としては、たとえそれが分かっていても、どうしても我慢できない部分もある。
 場所によって気温、湿度が大幅に変化するダンジョン内では、高温多湿な場所もあったりする。そこを通り抜けたり、抜けなかったりを繰り返せば、嫌でも汗は出る。
 それは晴美やマーティやロベルダも例外ではない。だいたい30時間を経過したころだろうか。
口では平静を装っていながら、しきりに身体の臭いを嗅いでは眉を顰めるという行為を繰り返すようになったのは。
特にその行動が顕著に現れたのが晴美だ。
傍目にも苛々しているのが分かり、出てくるモンスターを撃ち殺すことで鬱憤を晴らしているようにも見えた。
晴美ほどではないが、マーティやロベルダも少し機嫌が悪い。
ちなみに、僕は平気。見た目が女の子でも、中身は立派な男の子。ちょっとくらい汗臭くても大丈夫。
けれども、晴美でさえこうなっているのに、二人まで暴れたらどうなってしまうのやら。内心、僕は本気で怯えていた。
 そして、探求時間が45時間を経過したとき、ついに晴美の堪忍袋の尾が切れた。
「だ~! もう我慢の限界だ!」
 頭をガリガリと掻き毟っている姿は、鬼気迫るものを感じた。ちょっと距離を置く。
 他の二人に視線を向けると、二人もウンザリした顔で、深く頷いた。
 マーティがマァマァと晴美をなだめる。保母さんに向いているのではないかと思った。
「でも、我慢です。あと数日、辛抱すれば、温かいお風呂に入って、美味しいご飯をお腹一杯食べられますよ」
 ロベルダが、それに追随する。
「そうだな、マーティの言うとおりだ。ここは我慢」
 しろ、という前に、龍は雄叫びを上げた。
「私は今、汗を流したいんだ!」
 二人の説得はまるで届かなかった。さらには、二人とも、うん、うん、となにやら同意している。
 やれやれ、ここは僕が説得しなくてはだめか。
 うが~、と苛々が頂点に達している晴美の肩を叩く。
 晴美が血走った目で僕を見下ろした。うお、怖!
「晴美……あなたもプロでしょう? だったら」
「そうだ、マリー! お前、水を生み出す魔術か何か使えないか!?」
 ガシッ! と力強く掴まれる僕の肩。ミシミシと鎖骨が嫌な音を立てて軋んだ。
 強化していなければ確実に砕かれていただろう。
 背筋にビシバシくる悪寒に耐えながら、新たな説得を試みる。
「そんなのな」
「ない、という言葉は嫌いなんだ。それを口にしたやつの頭をぶっ飛ばしたくなるくらいに」
 自然な動作で、額に押し付けられる気銃。晴美専用に改造されたこのハンドガンは、直径30cmにもなる大口径の銃だ。
 それを頭に押し付けられれば、人間素直になっても不思議ではないと、僕は思う。
「あるにはあるんだけど……」
 その言葉を聞いた晴美は、僕の額から気銃を外し、ホルスターに戻した。
 僕の顔中に流れる冷や汗は無視ですか?
「水そのものを生み出す魔術って、ものすごく魔力を使っちゃうんだ。下手したら、僕でも動けなくなっちゃうんだけど」
「本当か?」
 側で事の成り行きを見守っていたマーティに、真相を尋ねる晴美。
 マーティは、申し訳なさそうな気持ち、残念そうな気持ち、2:8の割合の複雑な表情で、僕の話を肯定した。
「本当ですよ。泥水を魔術で綺麗にしたりすることは私にもできますが、無から水を創るとなると、とてつもない量の魔力を使わないと駄目だと思います」
「ふむ、そうか」
晴美は残念そうに項垂れると、おもむろにホルスターから気銃を取り出し、僕の額へ……。
「――って、いきなり何を!」
「他の方法は?」
 妙に感情のない瞳。異様な迫力があった。
 もちろん、僕は素直になった。
「あの……自分の身体を水に変えるくらいはできるけど……」
「それだ。お前、水になって私達の体を隅々まで洗え」
 晴美の決断は早かった。あまりの早さに、呆気に取られたくらいだ。
 他の二人に助けを求めようと視線を向けた……ところで、僕は自分の未来を想像してしまった。
 そこには、恥ずかしそうに防具を脱いでいく二人の姿があった。
「ちょっと恥ずかしいけど、マリーさんなら平気です」
 そう言って、マーティは恥ずかしそうにローブを脱いでいく。青いローブから表れた四肢は、あまりに魅力的だった。
 サラシから解き放たれた、規定外の大きさを誇る二つの乳房が、重力に従って、たゆん、たゆん、と揺れた。
 頬を桃色に染め、静かに陰部を覆うショーツを脱いでいく姿は、あまりにエロかった。豊かに茂った陰毛を片手で、柔らかく実った乳房を片手で隠しながら、彼女は小さく微笑んだ。
「私も構わん。見知らぬ男なら願い下げだが、お前になら、してもらっても平気だ」
 手早く鎧を脱いでいくロベルダ。そこから表れた肉体は、妖精とはかけ離れたものだった。
 マーティほどではないが、平均を軽く凌駕する乳房が二つ並び、それが形よく張り出していた。
 引き締まった腹部は、角度によっては、4つに割れて見える。並大抵の鍛え方ではないだろう。細身ながら、鍛えられた四肢は、雌虎のような気高さと、成熟した女の淫靡さを見せていた。
 彼女はマーティとは違い、まったく前を隠すことなく、堂々と仁王立ちしていた。
「女がここまでやっているんだ……マリー、あんたがすることは、分かっているよな」
 ニヤリといやらしい笑みを浮かべた晴美も、ホルスターに銃を仕舞う。背中に担いだ特殊改造銃を下ろし、カッターシャツのボタンを、一つ、二つ、外していく。
 僕は思わずため息を零しそうになり、慌ててそれを飲み込む。
「で、でも、僕が水になって身体を洗うって事は、晴美達の身体を舐めて綺麗にするっていうことなんだよ。嫌でしょ?」
「黙れ。つべこべ言わずに、お前はクリトリスでも舐めてればいいんだ」
 晴美は両手で陰部の唇を広げ、妙に力強く言い放った。見ているこっちが恥ずかしくなってしまうくらい堂々としていた。
 僕はもう、諦めることにした。
「……とりあえず、結界魔術を使うから、それまでは待ってね」
 結界を張らなくては、落ち着いて体を洗うことができないだろう。モンスターに襲われるのを防ぐためにも、どうしても必要なことだ。
「ついでに、服やら鎧も洗ってくれ」
 晴美はそう事も無げに言った。涙が出そうになった。
ロッドを脇に置いて、魔力を集中させる。
役立ちたいとは思ったけど、こういう形にしてほしくなかった。僕はどこかの世界にいる神様とやらに、愚痴を零したくなった。


探求時間、83時間経過、ダンジョン地下20階。

 僕達の目的、隠し部屋を見つけたときには、既に探求時間が80時間を回っていた。
 スッキリした表情の晴美、ロベルダ、マーティを尻目に、僕はグッタリと目の前のドアを見つめた。
 岩がむき出しになっているダンジョン内において、場違いのように壁に取り付けられたドア。
 通称『隠し部屋』と呼ばれる場所に到達したのだ。
「ついに見つけた」
 晴美が感慨深げに、ため息を零した。つられて、マーティとロベルダも、同意する。
この3人、まだまだ元気一杯のご様子。どうやら身体が綺麗なったおかげで、気分も晴れ晴れみたいだ。
 対して僕は、直径10mの円形結界を作り、魔術で身体を水に変え、3人の身体を洗うこと30分。おまけに身体が綺麗になってすっきりしたのか、深い夢の世界へ3人ともダイブ。
結果、目覚めるまでの7時間。ひたすら結界を張り続けるという暴挙を行うことになってしまった。
普通の魔術とは違い、発動したら終わりというわけにはいかないのだ。常に魔力を開放していなければ、すぐさま結界が消えてしまうのだ。
普通の魔術師ならば、数分で力尽きてしまうのを、僕は行ったのだ。
だが、僕はそれを伝えるつもりもないし、自慢するつもりもない。ただ、大口径のアレが怖いだけなのだ。
「それでは開けるぞ。皆、準備はいいか?」
 晴美が扉に手を添え、背後の僕達に振り返って忠告する。片手に気銃を構えて、用心深くドアのノブを捻る。
 マーティはロッドを正面に突き出し、対応をとれるように身構える。ロベルダは剣を鞘から抜き、腰を落として構えた。
 僕はというと、保存食の中にあった栄養ドリンクを飲んでいた。ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、まずい。
 そして、晴美がドアを開ける。弾丸のように飛び出したロベルダが先行し、次にマーティが、その後を晴美が、最後に僕がドリンク片手に突入した。ゴクリ、ゴクリ、やっぱりまずい。


 扉の向こうは、今までとは全く世界だった。
 数十m先に、開けた広場が見える。だが、そこに行くまでの間、幅5m、高さ3m程の広さの通路が数十mにわたって続いていた。
 外観も変わり、むき出しの岩肌だったダンジョンとは違い、床も壁も、綺麗に形成された大理石になっていた。
 その壁には文字のようなものが掘り込まれていて、それが複雑な模様を描いていた。何かの魔力が働いているのか、その文字一つ一つが薄く水色に輝いていて、通路を妖しく照らしていた。
「これって何の模様なんでしょうか?」
 周りを警戒しながらも、壁の模様に興味を抱いたマーティが、大理石の壁をマジマジと見つめた。
光る文字に触れても平気にしているところから見ると、どうやら熱は持っておらず、純粋に光を放っているみたいだ。
僕もマーティの隣で、文字を見やる。
……なんか、どっかで見たことあるような……どこだったっけな?
 ロベルダも少しの間壁を見つめていたが、すぐに興味を失くしたらしく、通路の向こうを睨んだ。
「なんだっていいさ。先を急ごう。」
「それもそうだな」
「うん……待って~」
 陣形を整える三人。僕も遅れて陣形に加わり、大理石の床を踏みしめて、僕達は通路の奥に向かう。
 はてさて、この先に何が待ち構えているのやら……。
 広場の入り口まで来ると、いよいよ緊張感が高まる。
 ロベルダが指3本立てる。晴美とマーティは頷き、晴美はホルスターから気銃を、マーティはロッドを取り出し、構えた。
 僕は逆にロッドを背中に括り付け、肉体能力を魔力で強化する。メキメキと筋肉が軋み、盛り上がる。
 手の指を2本立てる。
1本立てる。
そして、拳を握り締める。
瞬間、僕達は一斉に広場に突入した。


広場の中は思っていたより広く、豪邸の一つや二つは余裕で入りそうなくらいだった。光る文字が地面にも掘り込まれていて、広場を照らしていた。
だが、文字の光量に比べ、広場の中はあまりに広いため、全体的に薄暗く感じた。
 女性陣は各々の武器を用心深く構え、さらに進む。
その先に、奴らが、モンスターがいた。そして、その奥に鎮座する豪勢な木箱。恐らく、あれにアイテムが入っているのだろう。
 けれども、僕達はその宝箱には目もくれず、その前にいる2体のモンスターに釘付けになった。
「あれは……」
 僕は思わず、といった感じで、言葉を無くしてしまった。それほど、そこにいた奴は奇妙な形をしていた。
 一言で表すなら、顔だ。
それも、普通のサイズじゃない。首から上、顔だけを切り取り、それをそのまま1m近くまで大きくしたような、そんな感じの顔。
片方は、黒い帽子のようなものを被り、顔よりも長い金色の髪を下敷きにしていた。
もう片方は、顔くらいある黒髪を赤いリボンで止めていた。
人間として考えるなら、両方とも女の子の顔立ちで、どこか人をバカにしているような、そんなニヤケ顔を浮かべていた。
そして、僕はこのモンスターに見覚えがあった。こいつは、このモンスターは……いけない!
「エアイン・ファー!」
 モンスターが僕達の存在を視認するよりも先に、魔術を唱える。
 僕の身体から解き放たれた魔力が渦を巻き、全員の身体を包み込む。
 エアイン・ファー……こちらから相手にアクションを起こさない限り、絶対に気づかれることが無い、風の上級魔法だ。
 強化した両足に力を込め、一瞬でロベルダの前に立ち塞がる。こうすれば、万が一の場合でも、彼女達を守ることが出来るのだ。
「ど、どうしたんですか、マリーさん」
 一気に気迫が増すロベルダ。剣の切っ先をモンスターに向け、臨戦態勢を取る。遅れて、マーティと晴美がそれに倣った。
 だけど、攻撃させる訳にはいかない。攻撃してしまったら、せっかくの魔術の効果が切れてしまうからだ。
 僕は片手で3人を制した。
「手出ししては駄目。あいつらと正面からやり合うのは自殺行為だ」
 前方のモンスターから目を放すことなく、後ろの3人にそう言い放つ。
 顔色は分からないが、3人の気配が変わったのが分かった。
「あいつがどんなモンスターか知っているのか?」
 晴美が僕にそう尋ねた。
「知っている」
「どんなモンスターなんですか?」
 マーティの不安そうな声が耳に届く。
「幻影弾幕生物『とうほう』。それがあいつらの名前だ」
 とうほう……。ゴクリと、誰かの喉が鳴った。
 僕は構わず説明を続けることにした。
「まず、非常に厄介な相手だと思ってほしい。地下80階より下層に出現するモンスターだからね」
「ち、地下80階!?」
 ロベルダが驚きの声を上げた。無理もない。
「といっても、単純な戦闘能力をいえば、そんなに強い相手ではない。僕達の実力なら、勝算はいくらでもある。だが、なによりも厄介なのが……」
「モンスターだけが使うことが出来る、特殊魔術ですね」
 マーティが強張った声で、言葉の先を補足した。
「そう……『とうほう』だけが使うことが出来る、時間遅延魔術『ゆっくりしていってね!』が、なによりも厄介なんだ」
「……それは、どういった影響があるんだ?」
 どこか、拍子抜けたような雰囲気が背後から漂ってきた。どうしてだろうか?
「『ゆっくりしていってね!』は、普通の遅延魔術ではないのさ。魔術防壁も、対魔術装備も、まるで効かない。避けるしか逃れる術がなく、食らったら最後、強制的にゆっくりしてしまう、恐ろしい魔術なんだよ」
「ゆっくり……ね」
 やっぱり白けた空気が背後から伝わってくる。もう少し危機感というものを持ってほしいものだ。
「でも、ゆっくりしてしまうだけなら、私達は平気なんじゃないですか? 幸い、私達は4人いますし、たとえ魔術を受けても、その間に誰かが『とうほう』を倒してしまえば、それで……」
「残念ながら、そう上手くいかない」
「なんでだ?」
 そう尋ねたのは、晴美だった。
 スタスタと歩を進め、僕の隣に立つ晴美。銃口は油断無く『とうほう』に向いていた。
「弾幕生物と呼ばれる『とうほう』は、それこそ雨のように魔術を放ってくる。まず、避ける考えは捨てた方がいい。それに、『ゆっくりしていってね!』の間に、時たま放ってくる『ゆっくりしね!』が危険だ。即死魔術だから、まともに食らえば、問答無用でゆっくり殺されてしまう」
「ふ~ん……だったら、どうすればいい? 逃げるか?」
 晴美は気銃を二丁ともホルスターに仕舞い、ボリボリと頭を掻いた。
「まさか……要は、相手に攻撃されるよりも先に、一撃で倒せばいい話さ」
 その言葉が終わると、全身の魔力を両手の掌に集中させる。パチパチと乾いた音が掌から生まれ、広場に消えていく。
 視覚化できるくらいの量の魔力を一点に集中することで、放つ必殺の一撃。
「ちょ、ちょっと待て!」
 僕がこれから何をするつもりか分かったのか、晴美は慌てて僕を止めようと声を荒げる。

 だが、僕が本気でやろうとしていることが分かると、すぐに踵を翻して走って行った。
 そのはるか後方。マーティとロベルダは場の入り口辺りに隠れ、マーティは魔術結界の準備を始めていた。
 それを確認した僕は、一瞬で『とうほう』の頭上に移動。
 そして、背中に括りつけたロッドを取り出し、魔力を開放、魔術を行使する。
 ピシ、と『とうほう』を中心に、大理石の床に日々が入る。
 その瞬間、エアイン・ファーの効果が無くなり、『とうほう』が僕の存在を認識する。だが、もう遅い!
 日々の部分を、魔力で出来た円形の膜が、『とうほう』を包み込む。外からは全く見えなくなった。
「ゆっ、ゆー、ゆっ、ゆー」
 脱出しようとしているのか、魔力でできた膜を必死に叩く音が、空しくあたりに響く。
 歌を歌っているような、呪文の詠唱が広場に響いた。
「グラビティ・ファー!」
 その瞬間、膜が一瞬で縮まり、凄まじいパワーで内部を圧縮した。
 円形の重力場を作り、中に存在する生物をミクロレベルまで一気に圧縮し、圧死させる。重力系最強の攻撃魔術が、ここに完成した。
 メキメキ、と想像したくない音が膜の中から聞こえてくる。
 そして、二体の内、どちらが言ったのかは分からないが、『とうほう』は断末魔の悲鳴を上げた。
『ゆっくりした結果がこれだよ!』
その言葉と共に、『とうほう』はミクロレベルまで圧縮、その生命を終えた。


「それで、宝箱に入っていたアイテムが、これってわけ?」
 無事に『とうほう』を倒した僕達は、ダンジョンに戻る通路を進みながら、奴らが守っていたアイテムを見ていた。
「確かにいいアイテムだけどさ……使えなければ意味がないじゃん。売るしか道がないよ、これ」
 晴美が今しがた手に入れたアイテム……腕輪を指で摘み、眼前に持っていった。
「まさか、チェンジリングとは、思いませんでしたね……」
 マーティが、疲れたようにため息を零した。
 ロベルダも首を2、3度傾げて、肩を鳴らしている。どうやら、彼女も同じ気持ちみたいだ。
 僕も同じ気持ちだった。
魔力も大幅に消費してしまい、僕は2本目の栄養ドリンクに手を付けることにした。ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、まずい。
「これ、どうする? 大して高く売れないと思うが、売るか?」
 晴美が全員に意見を求めるように、腕輪をヒラヒラと振る。期待が大きかった分、ショックも大きいのだろう。
 やる気というものがまるで感じられなかった。
「売ったところで二束三文だろうに……」
「じゃあどうするんだ? もう私はさっさと帰って風呂に入りたいんだが」
 ロベルダが漏らした言葉に、晴美はウンザリした様子で反論した。
「持っていても意味はないと思うが、アクセサリーとして誰か貰えばいいんじゃないか?」
 ロベルダが頬を赤く染めて、腕輪を晴美から奪った。
 ふむ、やっぱりそうなるかな?
 空き瓶を懐に戻していると、突如、袖を引かれた。
振り向くと、横を歩いていたマーティが不安そうに、頬を桃色に染めていた。
「あの、少し疑問に思ったことがあるんですけど……」
「ん? なに?」
「気のせいかもしれませんが、壁の文字の光、ちょっと強くなっていませんか?」
「え、本当に?」
 壁に眼前まで近づき、掘り込まれた文字を観察する。3人も同じように壁を見つめる。
 ……言われてみると、そう感じなくも無い…かな?
 だけど、あくまで言われてみるとだ。壁に掘り込まれた文字も、それによって見える模様も、光も、最初のときと何も変わっていないようにも見えた。
 振り返って、他の二人にも尋ねてみた。
「ロベルダ、晴美、君達も、マーティと同じように感じる?」
「う~ん、確かに、ちょっとだけ強くなっているな」
「そうだな、確かに強くなっている」
 晴美は自信無く、太ももをモジモジと擦り合わせて。ロベルダは、はっきりと答えた。暑そうに、手で顔を扇いでいる。
 ……はて、3人の様子がどことなく変なような気がする。
 僕がその疑問を覚えると同時に、フワリ、と優しく首に腕が回された。
 ぐにょん、と背中に柔らかいものが二つ潰れる。その中心には、硬い何かがあった。
 そのまま、肩に誰かの……マーティの顔が乗った。熱過ぎる吐息が、首筋を濡らす。
「マ、マーティ?」
 返事は、情熱的なキスで返された。
 瑞々しい、肉厚のある唇が僕の唇を塞ぐ。すぐさま彼女の舌が僕の口腔に送り込まれ、中を蹂躙していく。
「ん……んん、ちゅば、ちゅば、んん……」
 そのまま体重を預けられ、彼女が傷つかないよう慎重に倒れる。
 仰向けになった僕に跨り、さらに鼻息荒く口付けが続けられる。右に、左に顔をずらし、より奥まで舌が差し込まれる。頬に当たる鼻息がくすぐったい。
 舌と舌が絡まりあい、ねっとりと身体が痺れてくる。一つ一つの歯を綺麗にされ、隅々まで舌が蠢く。
(どうして二人ともマーティを止めてくれないの?)
 思いのほか強い力で迫っているため、無理に払えば腕を骨折させてしまう。
振り払うこともできず、晴美とロベルダに助けを求めようと視線を向けて……。
「こ、これは………あ…」
「う~~……ふ~~……」
 愕然とした。
 二人は、一様に頬を染め、クネクネと身悶えていたのだ。
 晴美は目を白黒させていたが、すぐに瞳が潤みだし、思わず耳を疑ってしまうくらい淫らな喘ぎ声を漏らした。
 ロベルダの方は、口元を手で押さえ、こぼれ出る喘ぎ声を必死に抑えていた。だが、それでも我慢できないのか、時折俯いて大きくため息を吐いている。
 たっぷり5分間、大人の会話をしてから、ゆっくりマーティの身体が離れた。
 お互いの口元から銀色の架け橋が生まれ、途切れた。
「マリーさん、マリーさん、マリーさん!」
 快感で蕩けた瞳に、理性はなかった。
壊れたように僕の名前を連呼し、もどかしそうに服を脱ぎ捨てていく。いや、脱ぎ捨てるなんてものじゃない。
引きちぎるようにローブを脱ぎ捨て、胸に巻いていたサラシも放り出し、たゆん、と乳房が跳ねた。
立つことも嫌なのか、魚のようにジタバタしながら陰部を覆うショーツを脱ぎ捨てる。豊かな陰毛は、愛液でビショビショになっていた。
「マリーさん、マリーさん、マリーさん!」
 僕のドレスを引っ掴み、勢いよく引きちぎる。
ああ、アンフェリー・ドレスが……し、下着までも!?
 内心の悲鳴もなんのその。情熱的なキスによって硬くなっていた僕の陰茎を、素早く取り出し、入り口に持っていく。
 愛液で濡れそぼった陰部が、舐めるように亀頭を這い回り、陰茎を濡らしていく。そして。
「あ、あああ……入った…」
「うああ、す、凄い」
「んはあ……はぁ」
 不思議なことに、マーティが快楽のため息を零すと同時に、横で身悶えていた二人も、同時に喘いだ。
「う、くぅ、締まる…」
 あっという間に、僕の陰茎はマーティの中に納まった。
 膣壁の一つ一つが連動して陰茎を扱き、奥へと吸い上げる。断続的に膣が締まり、その度に強い射精感を覚えた。
 ロベルダは完全に床に倒れ、腰を高く上げて卑猥な姿になっていた。床に広がった金髪が、彼女の頬に張り付いている姿は、とても官能的だった。
晴美は壁に手をつき、崩れないよう必死に耐えていた。だが、ズボンの股間の辺りは、さらに黒く染まっていて、ロベルダのようになるのは時間の問題に思えた。
いったい何が起こっているんだ? もしかして、この文字が何かの原因なのか? それとも、モンスターの攻撃を受けているのか? あるいは彼女達が突然エッチをしたくなったのか?
次々に考えが生まれ、消えていく。
「マーティ、正気に戻って」
「マリーさん、マリーさん、マリーさん!」
 僕の願いも空しく、マーティは激しく上下に動き出した。
 陰茎が抜けてしまうギリギリまで身体を持ち上げ、重力に任せて落ちる。吸い上げるように陰茎が引っ張られ、削られるように膣に戻される。
「気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい!」
 たゆん、たゆん、と揺れる乳房を両手で掴み、自分で無茶苦茶に揉みしだいている。
 視線をロベルダと晴美に向けると、既に彼女達は思い思いに乱れていた。
「あん、あん、あん、突いて、もっと突いて!」
 黒いズボンとショーツを床に放り出し、晴美は壁に体重を預け、膝立して、お尻を高く上げていた。見えない誰かにバックから突かれているのか、断続的に膣が脈動し、愛液を飛散させていた。
「ああ、凄い、こんなの知らない、知らない!」
 ロベルダの方はもっと凄かった。何時の間にか鎧を全て脱ぎ捨て、床の上に大の字になっていた。
 その手は狂ったように陰部をかき回し、大理石の床に愛液が飛び散るのも構わず、自慰に耽っていた。
「ぐう、へ、変だ。明らかに変だ。くそ、何が起きているんだ!?」
 意識が快感に飲まれないよう、必死に首を左右に振る。
 どんどん息を荒げ、快感を貪っていく彼女達。なにか、無理やり発情されているみたいだ。
 そこに考えが至った瞬間、脳裏に一筋の閃光が走る。
これは、もしかすると……。
「あら、気づいちゃったみたいね」
 突如、その少女は現れた。
 凹凸のない身体を、SM嬢よろしくボンテージに身を包み、お尻の辺りまである金髪を優雅に撫でていた。
 絵本から抜け出てきたような少女だった。年齢でいえば、まだ10歳かそこらだろう。場所が場所だけに、思わず夢を見ているのかと頬を抓りそうになる。
だが、少女の背中に生えている蝙蝠の翼が、少女が普通の人間ではないことを物語っていた。
 何時の間にそこにいたのか、少女はマーティの横に座り、興味深そうに僕の顔を見下ろしていた。
「あら? 意外と驚かないのね」
 背中の羽根をパタパタと動かし、顔を近づける少女。染み一つない頬に、小さな目鼻。近くで見れば見るほど、美しく思える美少女だ。
「十分驚いているよ、サキュバス」
「ふふふ、やっぱり驚いていないじゃない」
 少女は口に手を当て、上品に笑った。
 サキュバス……男性の夢に現れ、淫らな夢を見せて精を吸い取る強力なモンスター。自身も強い魔力を持ち、人以上に頭が働くと聞く。
 下手に刺激して彼女達に危害を及ばせてはならない。下手に彼女達を引き離せば、術中に陥った彼女達がどうなるか分からない。何とかサキュバスを油断させて、注意を逸らさなくては。
「驚いているさ。まさか、あのサキュバスがこんなにツルペッタンだったなんて」
「だれが幼女か!」
突然、サキュバスが激怒した。ギラリと眼光が鋭くなった。
しかし、すぐさまハッと我に返り、余裕綽々といった様子で、立ち上がった。
「それにしても、あなたにはチャームが効かないのね。他のやつらにはこんなに効いているのに、どうしてかしら?」
 チラリと、少女は僕とマーティの結合部に視線をやる。僕の陰茎が見え隠れを繰り返し、僕の下腹部は愛液で濡れてしまっていた。
 マーティのお尻と、僕の太ももが衝突する度に、ぴちゃ、ぴちゃ、と愛液が糸を引く。
「あ、あ、あ、あ、あ、いい、いい、いい、いい」
亀頭の先端が子宮を小突く度に甲高い嬌声を上げ、雁首が膣壁を削る度に呻き声を漏らす。
口から涎を垂らし、体中から汗が噴出していても、マーティは全く腰の動きを緩めようとはしなかった。
「本当、まるで雌猿ね。術を解いても、もう夢中かもね。狂ったみたいに腰を振っちゃって……まあ、それはそこに居る2人も同じことなんだけどね」
 口元に笑みを浮かべ、少女は後ろへ振り返る。
「んあああ、はああん、もっと突いて、太いので削ってえ!」
「駄目、駄目、駄目! こんなの駄目! ああん、お腹が、気持ちいい!」
 少女の言葉通り、2人は完全に雌と化していた。
 晴美は地面に横たわり、力なくお尻を上げている。陰部から愛液が間欠泉のように噴いていた。
 ロベルダの方は仰向けになり、蛙のように手足を広げ、快楽の涙を流して咽び泣いていた。
「特別に、貴方の男の子の感触を、そのまま彼女達にも感じるようにしたの。この胸デカ女が腰を振れば、あいつらにとっては貴方に腰を振られたのと同じなの」
 少女の手が伸ばされ、僕の頬をゆっくり擦る。見た目どおり、柔らかくてスベスベした手だった。
「ところで、貴方って本当に鋭いわね。下手に抵抗せず、耐える選択をするとは……」
「く、うう、や、やっぱり何かあるのか?」
「はああ、ああん、ああん、あん、あん、あん」
 大きく上下運動を繰り返したマーティは、突如、陰部を擦り付ける動きに変えた。クチクチとエッチな音が結合部から漏れる。
 その身体は時折強く痙攣し、同調するように膣壁が震える。もう、絶頂まであと僅かだろう。
 そんな中、サキュバスは事も無げに、サラリと聞き逃せないことを言った。
「廃人になる程度で、別にこれといったことはないわ」
「十分過ぎるよ!」
 思わず、サキュバス相手に怒鳴る。
「五月蝿いわね……ま、いいか。どうせ貴方はここで干からびて死ぬんだし」
 フワリと、サキュバスの身体が宙に浮く。背中の翼が羽ばたく度に、その高度はどんどん上昇していく。
「待て、どこへ行く!」
「私って、精をたんまり溜め込んだ女性から搾り取るのが好きなの。男の濃厚な精が、女性の中でスッキリとした喉越しになってくれて、病み付きよ」
 サキュバスの身体はどんどん上昇していき、次第に輪郭が消えて背景が見えてくる。
「後3時間くらいしたら、また来るから。それまでタップリその女の中に出しなさい。もしあんたがまだ生きていたら、私が直々に絞ってあげる」
 それだけを残すと、サキュバスは完全に姿を消してしまった。
 くそ、いったいどうすれば。
「くううう」
 会話することで紛らわしていた膣の感触が、はっきりと脳裏に焼きつく。
こみ上げてくる射精感に白旗を振りそうになったとき、必死に腰を振っていたマーティも、限界を迎えようとしていた。
 擦り付けるような腰の動きから一転。再び叩きつけるように上下に腰を振り、僕の陰茎を余すところなく貪っている。
 喉を逸らし、唇から漏れる嬌声の感覚が、どんどん短くなっていく。
「はひ、はひ、はひ、イク、イク、イク、イク、イク! イク! いくう!」
 反動で僕の身体が浮き上がるくらい、力強く腰を叩きつけるマーティ。
 晴美とロベルダも、僕の後ろでクライマックスへの秒読みを告げていた。
「子宮が、赤ちゃんのお部屋が揺れるう! もうイッちゃう! イッちゃうよう!」
「駄目~! 凄いのが来る! こんな、こんなの初めてえ! 来る、来ちゃうぅ!」
 既に、二人は完全にラストスパートに入り、絶頂へ向かっている。
 僕も、もう我慢の限界だった。
「うあああぁぁぁ、イクぅ! いっ……くぅぅぅ!!」
「ああああああ~~~~~~!!!」
「ぃ……うううう~~~~~!!」
陰茎が子宮口を強く突いたとき、3人は背筋を限界まで反らし、激しく絶頂を迎えた。
 膣壁が細かく振動し、精液を吐き出させようと最後の攻撃。子宮口が鈴口をしゃぶり、膣壁が隙間なく僕の陰茎を扱く。
 僕に耐え切れるわけもなく、マーティの奥深くに射精した。
「ひぃぃ、あつ、熱い~~!」
「あん、赤ちゃんの元が入ってきた~」
「あああ……あああ……マリーさんのが、奥に出てる…」
 ゆっくり、マーティの身体が前に倒れる。
「もご!?」
その大きな乳房で、呼吸を妨害された。
全く呼吸ができないので、マーティの大きすぎる乳房を手で掻き分け、気道を確保……と?
このとき、僕は本当の意味で、サキュバスが言った言葉を理解した。
「あん……いい、腰が、腰が止まらない」
「うあ……ああ、はぁぁ……」
「痺れる…奥が痺れて……」
 マーティが、晴美が、ロベルダが、再び快感に頬を染め直したのだ。
 マーティは息も絶え絶えになっているというのに、再び上下運動を開始している。連動するように、他の二人もため息を零す。
 喉を震わしていた彼女のため息が、次第に早まっていくのを耳にしながら、僕は今更ながら、危険な状況に追い込まれてしまっていることを実感した。

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最終更新:2021年07月15日 01:36