模造・捏造・電波がいつもの3割増しかも知れませんので、苦手な方は回れ右推奨。
閉めきられた部屋の中は静かだった。不規則な雨の音と、規則正しい時計の針の音だけが響いている。宿を形作る湿った木の匂いと、染みだした粘土層の匂いとに混ざって、甘い花の薫りが鼻腔をくすぐった。
少年は扉をくぐったところで立ち尽くしていた。指先を取っ手に引っ掛けた姿のまま、途方に暮れているようでもあった。
太陽は分厚い雲の向こうだが、今は真昼だ。外では雨が降っている。木造の宿は薄暗く、控えめな照明が揺れている。少年は、目眩のするような花の匂いのただ中に立ち尽くしている。
肺をゆっくりと脹らませ、同じくらいゆっくりと息を吐く。吐きながら、目を伏せる。吐き出すものがなくなり、僅かばかりの息苦しさに目を開けて、寸分も変わらない視界にまた目眩がした。
花の匂いのせいだ。濃い、嗅ぎ慣れないこの町特有の花の匂いが目眩を誘うだけだ。全てはそのせいだ。
寝台の上の、黒い髪の流れる丸まった背中のせいなどではないと、心の中で呟いて自分に言い聞かせる。
夕方だった。陽も沈む間際だった。闇がそこまで迫っていた。けれど今は昼だ。真昼だ。
雨上がりの空気は澄んでいて清々しかった。彩度の高い暖色に雲は染まり、空は黄金に耀いていた。けれど今、外には重く冷たい雨が降っている。鈍色の空の下、町は灰色に沈んでいた。
花の薫りは甘やかで、雨に濡れた匂いがじんと頭の後ろの方を痺れさせている。
少年は、顎を引いた。扉から手を離し、部屋の中へ一歩踏み入る。木の床が軋み、少年の後ろで扉がゆっくりと、大袈裟な音をたてて閉じた。寝台の上の背中は動かない。それだけだ。
符号など、存在しない。一致するものなど、ありはしない。あるのは寝台の上の動かない黒い背中と、この身一つだけだ。
けれど。
けれど、他に何が必要なのか少年には分からない。部屋の中、あの男が居て、少年が居る。それだけで、充分だった。
今にも逃げ出したくなる衝動と、それに反する言い知れない高陽を振り切るように少年は続けざまに歩を進めた。一歩、また一歩と寝台へ近付く度、床が軋んで鳴いた。背中はやはり微動だにせず、少年も躊躇しなかった。
半身を寝台に静める背中を、少年は見下ろした。既に少し手を伸ばせば触れることは出来、半歩も足をずらしてやれば膝が寝台の上に乗る距離だ。けれど少年はそれ以上近付くことはせず、代わりに口を開いた。
「起きてるんでしょ、ユーリ」
返事はなかった。少年は構わず、ただ黒い髪の流れる、黒い背中の、黒い眼をした男を、見下ろしていた。
横になり、背を向けたままだった男は返事の代わりに上体を更に傾け寝台に手を突くと、それからゆっくりと起き上がった。変わらず少年からは背中しか見えず、また俯いた男の顔には簾のように髪が流れ落ちていった。
寝台に手を突き上体を安定させると、男はそこで漸く視界を遮る髪を掻き上げ後ろに流した。その間、ただ男を見下ろしていた少年と視線が絡んだことに気付くと、何処か鋭さを感じさせる黒い瞳が細くなり、男の薄い唇の端がにぃ、と吊り上がった。
「よう、カロル先生?」
弧を描いた男の唇の、その端に目が釘付けになる。花の匂いに混ざって、口内に錆びた味が広がった。少年は振り払うように唾液を飲み下し、再度口を開く。
「起きてたんでしょ、ユーリ」
男は少年の断定的な問いを否定も肯定もせず、相変わらずの笑みを浮かべたままことりと小首を傾けた。
クセノスの子ら Ⅱ The Hadopelagic Zone Beckon
20090324
雨の降る音がする。
武具を外した右腕を額に押し当てるようにして目を閉じる。情報の殆んどは聴覚によるもののみとなり、雨音が雑音のような響きを以って耳に届く。甘く、濃い薫りは雨に濡れて花が散っているからだろうか、と思い到った。外で花弁を数えているであろう仲間の一人に、ご苦労なことだ、と胸中で語り掛けユーリは苦く笑った。
雨の降る不規則な音の中に時折、規則正しく雨樋から水滴の落ちる音がした。
避けられているな、とは思っていた。ユーリの方に避けている自覚はなかったので、顔を突き合わせる機会や言葉を交えることがこの数日極端に減ったのはつまり、相手側がそれを意図しているということに他ならなかった。
心当たりは、ある。恐らく、ユーリの得意とするところ、つまりは惰性に因るところだろう。客観的に言うならユーリは寧ろ被害者に属する側だったが、年端もいかぬ小娘でもなければ、乙女のような可憐な思考も生憎と持ち合わせがなかったもので、取り敢えず色々と面倒臭くなってなかったこと――気付かなかったことにしてしまった。だが、狸寝入りとはいえ人の寝込みを襲い唇を押し当ててきた加害者は一旦はその場から逃走を図るものの良心の呵責だか後ろめたさだかからは逃げ切れないらしい。可愛らしいことこの上ない。
そんな可哀想で可愛らしい子供に、こちらの感覚的には愛犬に鼻先を舐められるのとそう大差はないと告げてしまうのも勿体なかったので(それはそれでショックを受けそうな気がしないでもない)、ユーリは暫く自責の念にかられているらしい加害者の様子を静観することに決めた。可哀想なところが可愛かったし、面倒臭かったし、何よりあの臆病で優しい子供が、よりにもよって一回り近く歳の離れた、それも同姓である筈の男に口付けたという事実の、その裏にあるであろう子供の意図或いは真意に全く以ってこれっぽっちも興味がないのが致命的だった。
子供――ユーリの所属するギルド、「凛々の明星[ブレイブ・ヴェスペリア]」の首領である九歳と数ヶ月歳の下回る、カロル・カペルという少年はまだ幼い。やや老成したところはあるにせよ、「若者」に分類されるユーリの目から見ても若いというよりは幼い。その程度には、九歳と数ヶ月という歳の差は大きく、同時にそれはユーリとカロルの価値観の差異の大きさでもあった。
若さ、或いは幼さというものは時に間違いを引き起こす要因にもなりうるが、同時にそれは刻一刻と失われていく掛け替えのない財産でもある。少なくともカロルにはユーリよりも九年と数ヶ月、その財産が多く残されていた。だからユーリは若気の至り大いに結構、盛大にとち狂って、盛大に間違えて、盛大にすっ転んでしまえば良いと、そう思っていた。九年と数ヶ月という猶予は、その誤りを正して余りある。どうせ間違いを犯すのなら、それを取り戻す時間の許す若い内に犯すべきだ。
だから、正確に言うならユーリの中でもなかったこと、気付かなかったことにはなっていないのかも知れない。静観とは言い得て妙だと、満足気に自己完結で締め括ったユーリは額から腕をずらした。
薄く開かれた視界を一面の、木目の天井が埋め尽くしていた。町の名物でもある巨木目当ての客が長いこと出入りを続ける宿の天井は、しみと僅かばかりの黴とが見て取れた。
あの日も、ユーリはしみ一つない天井を見上げていた。陽は高かったが、他の仲間が出掛けてから暫らくして雨が降りだしたので、照明のない部屋は仄暗く沈んでいた。当分は誰も戻ってこないだろう、と次第に重くなる目蓋に意識を任せて眠りに落ちた。
夢を見た。ユーリは水の中に居て、揺れる水面越しに太陽を見上げていた。四肢は自由だったが、身体は沈んでいくばかりだった。遠ざかる光に感じたのは焦燥感ではなく諦念にも似た安堵だった。次第に光を感じることのない暗く冷たい闇に包まれ、上も、下も、右も左も判らない海の底にユーリは沈んだ。ほんの少しの先すら見通すことの出来ない闇の中で、ユーリの前に女が現れた。女はユーリと同じ、腰まで伸ばした長い黒髪をしていた。ほつれた髪が顔に落ち掛かり、表情は伺えない。ただ、辺りの闇に同化するように黒い女の、そのくせいやに白い膚に浮かぶ薄い唇が目についた。「ブローチがないの」女は小さく唇を動かした。顔と同じに白い女の素足は血に汚れて暴行の跡があった(海の底なのに妙な話だが、夢のせいか何でもありならしい)。ブローチならトランクの中だ、とユーリは言った。ベッドの下のトランクの中に、まるで無造作に詰め込まれていた。置いていったのはあんただ、とも言った。それをユーリが開けたのは十二歳になったばかりの頃だった。だから、今女と対峙するユーリもまた十二歳だった。トランクの中は汚れた衣服やすり減った化粧品も一緒くたに詰め込まれていて、黴が生え、虫が湧いていた。本当は一緒に連れていってくれれば良かったのに、とユーリは思う。思ったので口にしたら、あの人から貰った大事なものなの、と女は返した。だからユーリは諦めて女から視線を外した。無駄だよ、大分虫が進んでいたからね、と上と思われる方からフレンの声が聞こえた。見上げると、遠かったはずの水面がすぐそこで光を照り返して揺れていた。それでも、決定的に手を伸ばしても届かないところに在った。小憎たらしいことだ、と今度こそ明確に安堵して、それから、多分、これでいい、と呟いた。「駄目なの。もう遅いの」女は顔を上げて言った。ブルネットの間から覗く黒く落ち窪んだ目が、真っ直ぐにユーリを見つめた。だから、ユーリはゆるく頭を振りながら言った。これでいい。女はぐしゃりと整った顔を歪め、顔を覆ってしまった。
『うそつき』
心当たりはあった。
少し前のことだ。足を滑らせて、「落ちる」と思った。それから、「沈む」とも思った。実際にはあの高さから落ちて海面に叩きつけられたとあっては、刺された傷如何以前にそれだけで死んでいただろうし、目が覚めたとき髪も服も濡れている様子はなかったのであの呆気にとられてしまうくらい、浮世離れした美人の英雄が上手い具合に拾ってくれたのだとは思う。勿論、あの英雄が海に落ちてスプラッターな自分の傷を治し、かつ濡れた衣服や髪をどうこうしてくれたという可能性もなきにしもあらずだが、限りなく低そうだ。と、いうか嫌だ。
だから、足を滑らせた瞬間の「海に落ちる」、というイメージだけが強く意識に残っていて、水の中を彷徨う夢を見たのだと、そう思う。
意識が浮上したのは、廊下から小気味良い、軽い足音が聞こえてきたからだ。目を開けることはしなかったが雨音は耳に届かず、既に止んだようだった。足音は一人分だったので、エステルと行動を共にすることの多いリタではないな、と見当をつけると改めて消去法で足音の主を特定し、寝返りをうつ。もう一度眠りの底へと意識を沈めようとしたところで、扉の開く音がした。
雨上がりの澄んだ空気がテラスの方から流れ込んでくる。足音の主は眠るユーリを素通りすると、そのまま風の流れる方へ行ってしまった。
ユーリは、そこでもう一度眠るということも、自分に気付いていないらしい足音の主に背後から声を掛けるということも出来た。だが、何れの選択もすることはなくユーリは僅かばかり頭を傾け、薄く目を開いた。三つ目の選択肢を選んだのは偶然で、夢見の悪さに疲れていたというのもある。
光の中に子供は居た。陽の沈む、一日の終わりの耀きに子供は立っていた。遠く、雨雲の去った空は金色に染まり、子供の輪郭は光の中に融けるように滲んでいる。ユーリに背中を向けているだけでなく、逆光で表情を窺い知ることは出来ない。
眩しさに目が痛んで、目蓋を引き下ろした。目の奥の方に、まだちかちかと光が残っている。それだけではなく、目蓋一枚隔てた向こうから一日の最後の光が目の中に滲み入ってくるようだった。勘弁してくれ、と毒づきながらずるずるとソファーに身を沈める。
目が、痛い。腕でも手でも乗せて、光を遮ってしまおうかと逡巡していたところに陰りが落ちた。人の影だ。
テラスに居た子供が、ユーリの存在に気付きソファーに近付いてきたのだということはすぐに分かった。子供の影で、光は薄らいだ。
どうして、その時点で起きなかったのかは分からない。タイミングとしては悪くなかった筈だ。なのに、ユーリはそれをしなかった。声を掛けることもせず、ただ黙って自分を見下ろす子供の次に起こす行動に何となく興味惹かれたのかも知れないし、また一日の終わりの光に目を潰されるであろうことに辟易としただけなのかも知れない。何にせよ、ユーリは狸寝入りを続け、子供は陽が山向こうへ完全に沈んでしまうだけの時間ただ沈黙を守った。
そして、最後に口付けをひとつふたつと落として逃げ去った。
雨の降る中、あのときと同じように一人で、あのときと同じように寝そべり天井を見上げていても、あのときと同じように意識が沈む気配は一向に訪れない。何が違うのか、何か違うのか、考えを巡らせながら目蓋を伏せても目は冴えたままだった。
雨音に混ざって廊下からひとつ、木製の床を叩く軽快な足音が響く。薄く目を開き、扉に背を向けると沈んだ視界が傾いた。
程なくして背後で蝶番の軋む音が響く。今一度、ユーリは目を閉じた。扉は開かれたまま、足音の主が部屋に入る気配はない。戸惑っているのか、怯えているのか、と考えを巡らせる。それから、構わないさ逃げてしまえ、と念じた。それは静観すると決め込んだわりに随分と身勝手で卑怯な言い分だ。だが、カロル・カペルという少年の真根に巣食う臆病風がその実、彼の優しさに由来しているということを知るユーリは、出来ることならばそれが損なわれなければ良いと思い願う程度には彼を好いていたし、ある種の敬愛にも似た念を抱いてもいた。
「起きてるんでしょ、ユーリ」
想像していたものよりも随分と平坦な声が、鼓膜を震わせた。けれどそれが却って衝動的なものを深みへと押し遣り、押し留めて紡ぎだしたようにも聞こえる。
まあ、そうでなければつまらないか、とユーリはユーリで肩を震わせ笑いだしたくなる衝動を堪えながら身体を起こし、向き直り、そうしてカロルと対峙した。
「よう、カロル先生?」
零れそうに大きな琥珀色の瞳が二つ、ユーリを真っ直ぐに見下ろしている。静かな瞳だった。
さて、とユーリは笑みの色を深めながら、思う。
(さて、どうしようかカロル先生)
彼はどう出るのだろうか、考える。
ややあって、少年のふっくらとした唇が開かれた。先程と同じ、迷いのない声音だった。
「起きてたんでしょ、ユーリ」
「バレてたか」
言うと、少年は不思議そうな顔をして、それからゆっくりと瞬きをした。
「ンだ、その意外そうな顔は。どんな返しを期待してたんだよ」
折角堪えたのに、そう付け加えて声をあげて笑う。ひどいよユーリ、といつもの情けない調子で返ってくるものだから、それもまた堪らなくなってユーリは笑った。
「考えてなかった」一通り笑い転げて息も絶え絶えなところに、不意を突くようにして声が落とされた。「でも、このまま有耶無耶にするのも嫌だったし」
カロルは寝台の上にひっくり返ったユーリの脇にいつの間にか浅く腰掛けていた。言いながら、横目で盗み見るような視線が降ってきて、それから慌てて逸らされた。実に初々しく可愛らしい。
ユーリは寝そべって肘を突いた上に頭を乗せ、斜めの視界にカロルを捉えながら口を開く。
「で、何で俺は寝込みを襲われたんだ?」
「襲……っ」
勢い良くこちらへと振り向いたのに、カロルは言葉に詰まるとそのまま餌をねだる魚のように口を動かし押し黙ってしまった。
「あのなぁ。カロル先生がちっとも本題に入んねぇから、俺がリードする羽目になってるんだぞ」ユーリが言うと、開閉を繰り返していた口が引き結ばれた。「有耶無耶にしたくないんだろーが」
言ってから、少し卑怯な言い種かも知れない、と思った。こんな風に逃げ場を奪ってしまうつもりはなかったのに、可哀想なことをした。現に、逃げ場を失った子供は続く言葉を見つけられずにいる。
「更に言うなら、」出来るだけ不自然にならないように、なるべくなら子供の矜持を傷つけないように、助け船を出す。「間違いだ、それは」
カロルは、眉根を小さく寄せた。それでいい、とユーリは思った。けれど、カロルは確かに臆病で自分に向けられる感情の機微といったものに疎い子供ではあったが、愚鈍なわけでも、聡明さを欠くわけでもなかった。
「…………倫理的に?」
口元に手を添えて、少し考える様子を見せたあと彼は小さな声で問うように付け加えた。だから、ユーリも笑って言うしかなかったのだと思う。
「そ。倫理的に」
「ユーリの口から倫理観語られてもなあ」
「説得力が無ェ、ってか?ま、社交辞令だろ。でなけりゃ前置きだな。一応、カロル先生より一回り近く歳の離れた『大人』としましては、だ」
最後の、逃げ道は提示した(つもりだ)。この子供は聡いから、多少歪曲しているようでいても察することは出来ただろう。
ふ、と短く息を吐き、カロルは視線を逸らした。膝の上で組んだ手の辺りを見つめているようだった。
「そうやって、」一度、言葉を切る。「ボクにばっかり選ばせるんだ?」
ユーリは何も言わなかった。そう来たかとも、そう来るかとも思わなかった。ただカロルの発した言葉をそれ以上にもそれ以下にも受け止めきれず、言葉をただ言葉として脳内で反復する。
「悪い。言ってる意味が分かんねぇ」
「ボクより一回り近く歳の離れた『大人』が、今更ハッキリ言葉にしなきゃ分からないだなんて、そんなことある筈ないんだ」
「そりゃあな」
意趣返しか、とそれは分かった。けれどそれは表面上の、薄っぺらなところの意味は、という意味だ。だから、言葉を待つ。
「分かってて、ユーリ自身は否定も肯定もしないんだ」
「あー……そういう」
面倒臭いこと言いますか、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
「ずるいよね」
ぽつり、とカロルは呟いた。ずるいのはどっちだ、とユーリは思った。そんな可愛らしく拗ねたように口を尖らせて言われたら、思わず手を伸ばして頭を掻き回したい衝動に駆られるじゃないか、と正にその衝動と戦いながら溜息を吐く。
(いや、俺か)
静観する、という前提を子供は知らない。それはユーリの狡さだったし、その所為でカロルが不満を覚えるのも分かる。けれど、その前提がなくなることがカロルにとって事態を好転させるとはとても思えない。だから、この子供が何をそんなに不満に思うのか、ユーリには分からない。
「ユーリはいつもボクの選択を尊重してくれる。ううん、ボクだけじゃない。エステルや、リタや、ジュディスや、レイヴン、みんなが選んで出した答えを大事にしてくれる。それで、『しょーがない』って付き合ってくれるんだ」
一息にそこまで言ってから、でも、とカロルは言った。見上げる横顔に表情らしい表情は見てとれなかった。
「でも、ユーリが何を選んでるのかとか、そういうの、全然分からない。気付いたら、何かいつも、もうどうしようもないくらい、取り返しのつかないことになってばっかで」
言葉を選ぶように、ゆっくりとした調子でカロルは言葉を紡いでいる。雨音に掻き消されることなく、心地の良いボーイソプラノがユーリの鼓膜を揺らすが、紡がれる言葉の意味の大半は理解にまでは及ばず頭の中を素通りしていった。ただ、無表情だと思っていた横顔が、何かを堪えるような必死さを帯びていく様子を眺めているのは、純粋に面白かったし楽しかった。
「ボクは、ボクの期待ばっかり押し付けていいのかな」
結局、そうカロルは締め括った。本当はもっと他に言いたいことがあったのに、それを諦めてしまったかのような唐突さだった。それからもう一度、「ずるい」と繰り返し言って、上体ごとユーリの方へと向き直る。子供の必死さが少しだけ憫笑を誘ったので、それを押し遣り誤魔化すように、「だから何も選ばないという卑怯な選択をする代わりに、飽きるまでは『若気の至り』に付き合ってやる」と紡ごうとした。けれどユーリの言葉は半ばで、唇に噛み付かれ遮られてしまったので、結局堪え切れない笑いが喉で鳴った。
ハルルにも第三部は行く用事がないので、雨の中おっさんに花びらを数えてもらうことにしました。
そんな私はアレシュヴァだとかシュヴァアレだとかユリレイだとかレイユリだとかより、シシリー博士×レイヴンとかプッシュしてみたい。
(20090324)