困ったことにBDSMです。
こちらのレーティングを基準に、自己判断でオネガイシマス!
もうずっと永いこと、欲しくて堪らないものがあった。一度は遠く離れ、別たれて、触れることは愚かもう二度と、会うことすら適わないとまで思った。
記憶の中、幼馴染みの少女は蒼穹を背に、瀝青炭の髪を遊ばせる。そよぐ風が木々を揺らし、ざわめきが鼓膜を振るわせる度に、記憶の中の娘は擽ったそうに首を竦めて、白く、細い指先で踊る髪を押さえた。
その指先に、少年は手を伸ばして絡める。黒酸塊の色をした瞳は、よく見知った筈の幼馴染みのらしくない所作に、僅かな驚きを以って見開かれた。それから、はっとしたように頬を薄紅に染めると絡め取られた指先を解こうと身をよじるが、少年は少女の抵抗を許さず逆に己の方へ引き寄せた。
腕の中、抱き竦めた身体は驚くほど華奢で、柔らかかった。ほんの少し力を込めれば折れてしまいそうな肢体も、肩口を流れ落ちる髪と首筋とに埋めた鼻先から鼻腔を擽る芳しさも、何もかもが自分とは違うことに、少年は驚いていた。
そうして、ふくよかに色付いた唇から不釣合いに口汚い罵りが溢れ出すその前に、少年は少女の首筋に額を押し当てたまま胸の内を告げた。顔を突き合わせて、目を見て、思いを告げることは躊躇われた。
けれど絡めたままでいた指先に、微かに、それでも応えるように、力が込められる。だから少年は離れていく温もりを名残惜しく思いながらも顔を上げ、身体を離した。
幼い時分から、片時も離れず傍に居た。血よりも濃いものが確かに、彼女との間にあるのだと少年は信じて疑わなかった。ただ、その感情の、或いは確信の名前にまでは至らずに、緩やかに、同じ時を過ごしてきた。それで構わないとそう、思っていた。幼馴染みに向ける感情に名前を付けてしまったら、もう今までのように傍に居ることは適わない気がしていたからだ。それでも思春期の到来と共に徐々にまろみを帯びていく輪郭や、無意識の内の彼女の仕草は、少年の不安を払拭して余りあるものだった。
少女の視線は揺るがない。長く、上向きの睫毛に縁取られた、星を宿す眼差しは真っ直ぐと幼馴染みの少年に向けられている。指先は絡み合ったまま、もう解こうとする様子はなかった。
背の高さは殆んど変わらない。まだ彼女の方が高いくらいかも知れない。どちらともなく顔を近付けて、唇を啄ばもうとするその前に、鼻先が触れ合う。慌てて少年が身を引けば、少女は思わず、といった様子で吹き出して笑う。花の綻びにも似た、それは美しい笑顔だった。
たおやかな少女の指先が、顔に触れる。知らず火照った頬に、冷たい感触が心地良かった。そして今度こそ、二人は唇を寄せ合い重ねた。
思い出、というのは時の流れと共に美化されて行くものなのかも知れない。
多くのものを守りたいと願い、彼女もまたそんな少年の志に寄り添った。思いを告げる前も後も、変わらずに少女は少年の傍らに居た。
栄えあるテルカ・リュミレースの花、栄光の都と名高い帝都ザーフィアスの一際暗い、影の部分を担う下町出身の少年と少女は、今よりもっと幼い頃から力の無い、社会的弱者に分類される自分たちがこの体制を変えるにはどうすれば良いのかを考えていた。そして、その最短とも言うべき手段が騎士としての武勲――戦場の誉れであると知ったとき、二人に迷いはなかった。
騎士学校の門を叩いたときも、二人は一緒だった。卒業も、騎士団で編成された小部隊でも、二人はずっと一緒だった。片時も離れず、少女と共に在ることはあまりにも自然で、別離の訪れなど及びもつかなかった。
けれど、少年が青年へと変化する兆しを見せ始めた頃、彼女は騎士団を去った。二人が所属する部隊長の死がきっかけだった。けれどそれはあくまできっかけに過ぎず、幼馴染みはもうずっと騎士団に対して失望のような念を抱いていたように思う。同時に、自身には失意の念を抱き、少年には何も言わなかった。
二人の別れは笑顔だったが、二人の関係もまた彼女の退団を境に自然と消滅した。血よりも濃いものが在るのだとさえ思っていた彼女との絆は、ただ会えないという時間と距離とで以って呆気なく消え去ってしまった。
青年になった少年は、彼女への思いを断ち切るように騎士であることに固執し、武勲をあげた。やがて若くして小隊長の地位に就く頃、青年は港町で幼馴染みと再会する。
二人を隔てた時間と距離とは、愛らしかった少女を美しい大人の女性へと変えた。艶やかな黒髪は腰に届く程に伸び、華奢な印象の強かった肢体は、脂肪と筋肉の均整のとれた「女」の輪郭を描いていた。ただ、彼女から向けられる笑顔だけは昔のままで、訳も分からず胸を締め付けられた。
それが、自分たちの関係が何一つ変わらないことへの焦燥だったのか、安堵だったのか、それは今も分からない。けれど結局、変わらないものなど何一つないのだ、と若き騎士は思い知る。或いは、彼女だけが青年を置き去りに、遠く、変わってしまったのかも知れない。――自覚したのは、彼女が人を殺めたという事実を知った夜だった。彼女は彼女の中の「正義」に順じて、許せないと判断したことを力で捻じ伏せた。法の輪の外、自身の判断で手を下し人の命を奪うということは、そこにどれほどの崇高な思想が顕在していようと、自身もまた方の加護を外れるということに他ならない。それでも、青年は迷いもなく(或いは青年の知らないところで、彼女なりに悩みぬいた末の行動だったのかも知れないが)己の正義に順ずることの出来る彼女を羨ましく思った。何故、その隣に今自分は並び立つことが出来ないのだろう、と歯痒さすら感じた。
手元が覚束ないことに気付いて、ザーフィアスの剣と盾の二つ名を関する青年は鵞ペンを滑らせていた羊皮紙から視線を柱時計へと向けた。短針は丁度四時を指したところで、視線に応えるように時刻を知らせる。手にした鵞ペンをペン置きに戻してインクの蓋を閉めると、青年は立ち上がり扉に備え付けられたカンテラを手にする。
城内に与えられた執務室は魔導器の機能が失われて久しく、宵の口ともなると室内は明り取りの窓だけでは充分な光が得られなくなってしまう。皇族や貴族のように魔導器に依存しきっていたわけではないので、こうしたカンテラのような昔ながらの照明器具は、騎士団長となった今も青年にとって懐かしさを感じさせた。灯油を足して火を着けると、それだけで部屋の中は随分と明るくなるものだった。
カンテラを手にした青年は、けれど机へ戻ることはせず扉を抜けて執務室を後にすると、城の地下牢から更に外れたところに在る罪人の塔へと向かった。
星喰みを退け、精霊という新たな理をテルカ・リュミレースに布くという下町の娘の試みは、民草にも宮廷にも受け入れられなかった。何より、明るみに出た罪が彼女を追い詰めた。彼女が帝国の要人を殺めたという事実は元老院を始めとする旧体制を支持する者たちが、歳若い皇帝と新参者とすら言える騎士団長を失墜させる充分な足掛かりとなり得た。
かつて娘は現皇帝を救い、副帝を支えた。そして何より騎士団長の幼馴染みだ。切り捨てるしかない、と渋面を作ったのは皇帝だった。騎士団長は主の苦渋の選択をただ承服した。副帝の少女だけが、閉鎖された宮廷内でただ一人、娘をかばい続けた。そんな副帝を言い含めたのは、娘の幼馴染みである騎士団長だった。大丈夫、陛下には良きお考えがあるのです――そうやって、決して明るみには出ない筈だった幼馴染みの罪を、元老院に売ったのと同じ口で囁き、涙に濡れた副帝のかんばせを拭った。
塔の螺旋階段を降りて地下室に着く。今は役に立たない、魔核を失った魔導器が取り付けられた鋼鉄の扉は代わりに南京錠によって封じられていた。見張りの兵もなく、鍵は騎士団長自らが管理している。
扉を開くと、恋人はそこに居た。
単純な話だ。彼女を牢に入れてさえしまえば、もう独り置き去りにされることもない。周囲には罪人の全責任を負うと申し伝え、成長した肢体を貪った。昔と変わらず勝気な幼馴染みは山猫のように抗い、罵りの言葉を吐いて舌を噛もうとしたが、下町の様子や星喰みを共に討ち払ったという仲間の情報を与えると囁くと、思い留まったようだった。折を見て、かつて交わした誓いをはじめとする思い出を囁き、またある時は四肢を封じて目隠しと耳栓をし、唇と秘裂、尿道と菊座とに管を差し込んで排泄の自由も奪い、半日ほど放置したりもした。そして彼女を迎えに行くときは決まって、騎士は優しく囁きかけながら五感の覆いを外してやる。半日ぶりに聞くのは恋人の声で、目にするのも恋人の顔だけだ。嗅ぐのも、触れるのも、味わうのも、ただ一人の存在だけだった。他の刺激の殆んどは断たれ、取り除かれている。
憎んでも、恨んでも、ただ一人しか縋る相手は居ない。青年はかつての自分がそうだったように、娘にもまた、自分だけを与え、求めるように仕向けた。それでも、彼女はよく耐えた。牢に入れられてから五日間、無感覚の獄にひたすら耐え続けた。だが六日目に根を上げ、副帝の少女や凛々の明星の首領、今は崩壊したアスピオの魔導士や首席騎士隊長、槍使いの名を呟きながら、騎士団長にしがみついた。
牢獄の支配者は奴隷が聞きたくもない名前を口にする度、孤独という罰を与えながら、一つ一つ呼ぶことを禁じて行った。――そうは言っても、彼女が未だ儘ならぬ使い手であるのは確かで、繰り返し脱出を図ろうとした。堕ちたと見せて、裏をかこうとする狡猾さは青年と離れて過ごした歳月を一層意識させた。儘ならないのは何も恋人ばかりではなく、過ぎ去った歳月にも嫉妬する自身に半ば飽きれながら、結局青年は娘の四肢を関節のところから切って逃げ出す希望も断った。流石に狂ったように泣き喚いたが、やがて慣れると粛々と便器の務めを果たすようになった。
「だって、怖かったんだ。僕たちはずっと一緒だと思っていたのに」
鎖を外してやると、奴隷はぐったりと倒れこんで来た。縋るように絡まるたおやかな四肢が失われたのは残念だったが、暫らく両腕の間に柔らかい抱き心地を楽しんでから、短刀で家畜の刻印を入れた尻を叩いてやり、意識を引き戻す。
「さ、始めて?」
肉達磨はまた少しぐずついて渋ったが、目隠しをすると、途端に脅えて騎士団長の股間を鼻先と口とでまさぐり、剛直を咥えこんで奉仕に入る。喉の粘膜までを使う激しい口戯で、当然苦しいはずだが、主人は奴隷を片時も休ませようとしなかった。
「はっ……出す、よ」
精を放つとすぐには飲み干させず、口の中に溜めさせて、よく味わってから唾液とともに嚥下するよう強いる。一度目に命じた際は強い抵抗にあったが、折檻が利いたのか近頃は文句を言わない。
「ユーリ、美味しい?」
頬を強張らせて、すぐには答えようとしない。
「ちゃんと教えてくれないと、もう餌はあげられないよ?」
「……ぁっ……」
「どうしたの」
「ぅっ……し、ぃです」
「ごめんね。よく聞こえないんだ」
「うぁっ……お、おいし、で、すっ……に……肉便器のユーリはっ……子種汁が大好物で、すっ……どうか毎日飲ませてくださいませぇっ」
自棄に叫んでから、額を冷たい床に押し当ててさめざめと泣く。何故、自分がこのような卑猥な言葉を口に出来るのか、本人にも分からないのだろう。騎士は震える肩に腕を回してやりながら、耳打ちする。
「悩まないで、ユーリ。迷っちゃ駄目だ。忘れるんだよ。君は生まれたときから僕の奴隷だ。何も考えずに、僕を歓ばせてだけいればいい」
「……違、う」
「なら、他に君に何が出来るっていうんだ。裁縫かい?」
床に這ったまま芋虫は、おずおずと首を横に振る。
「料理かな?」
娘の作るサンドウィッチを思い出したので、青年は懐かしく思いながら口にした。けれど、彼女はまた首を振る。
「それなら、剣でも持って僕の背中を守ってくれるのかな?」
「……っ……それは、お前が、」
「出来ないだろう?君には出来ない。もう、解かってるんだろう」
顔を上げ、唸る奴隷に騎士は極力穏やかに聞こえるよう、ゆっくりと言い含めて聞かせた。
「戦えない。政務の役にも立たない。それどころか、人殺しの罪人でしかない君は、僕や陛下を失脚させる足掛かりでしかない。今の君はね、僕の性欲を処理する以外には何の価値もないんだ」
妄想ギルド MEGALOMANIA
20100220
「――……っていう、夢を視たんだよね。どうしよう?」
凛々の明星の幼い首領は、榛の瞳に困惑の色を浮かべたまま、言った。何か言わなければ、と思うのに開いた口は一向に言葉を紡ごうとはしない。
不本意な沈黙を守るフレンの横からごん、と鈍い音が響き、机が揺れた。ソーサーの上の、カップに入ったコーヒーが衝撃で少しこぼれた。
「ユーリ、しっかりするんだ……」
こぼれたコーヒーを凝視したまま、フレンは言った。それはともすれば自身にも言って聞かせるような含みもあったのだが、如何せん声に張りがない。だって、仕方がない。震えなかっただけ良しとしよう。
フレンの声は、隣で恐らくは机に突っ伏したまま微動だにしない幼馴染みには、届いていないかも知れない。届いてはいるけれど、敢えて聞こえないふりをしているのかも知れない。それは、フレンには判らない。
苦笑を浮かべたまま口を噤むフレンと、表情さえ伺い知ることの出来ないユーリとを前にして凛々の明星の首領――カロル・カペルは申し訳なさそうに眉根を寄せている。そもそも、折り入って二人に話したいことがある、と言いだしたのはこの子供だ。ニュアンスの違いはあったにせよ、二つ返事でフレンとユーリは彼の話を聞くことを承諾し、表通りから少し奥まった場所にある下町の喫茶店に入った。そして、彼が視たという夢の話を聞いた。
「カロル、君は僕のことをそんな目で視ていたんだね」
彼を責めているわけではなく、己の日頃の姿勢を恥じて、フレンは言った。
「そ、そんなつもりじゃ、なかったんだ、けど……なぁ?」
フレンの言葉を否定はしてくれるのだが、子供の語尾は何故か自身が無さそうに揺れる。悲しい。
溜め息を吐いて、それからやっとフレンは隣で動かない幼馴染みを横目で見遣った。机に伏せた姿勢は変わらず、魔導器を引っ掛けた腕がだらしなく垂れ下がっている。
フレンは、もう幼馴染みに声を掛けることはせずに飲みかけのままだったコーヒーを口に含む。口の中には拡がる風味は、苦味より酸味の方が強い。チョコレートが欲しいな、と思いながらもう一口含むその隣で、力なく垂れ下がっていた筈のユーリの手が、今度はばん、という擬音語が聞こえそうな勢いでテーブルを叩いた。コーヒーカップはフレンが手にしていたので、こぼれることはなかった。
「……カロル」
地の底から響くような声、というのは今の幼馴染みが発している類いのものを言うのだろうな、と思いながらフレンは通り掛かった給仕の女性を呼び止める。
「すみません。チョコレートはありませんか?」
やはり、食べたくなった。
「何でオレが女なんだ?」
肩越しに、ゆらりと持ち上がる黒い頭を見る。
「そうですね。チョコレートパフェや、フォンダンショコラでしたらございますが」
給仕の女性は柔らかそうなストロベリーブロンドを揺らしながら、メニューを捲り、指し示した。
「だって、男の人同士でどうするのか、なんてボク分からないもん」
溶けた氷で随分と薄まってしまったジンジャーエールを啜りながら、カロルは唇を尖らせる。
「う……ん。ちょっと一人で食べるにはどちらも多いかも知れないな」
メニューに描かれた柔らかいテイストの甘い絵に、フレンは渋面を作りながら唸った。
「だったらコイツが女でいいじゃねぇか。フレン、フォンダンショコラなら手伝う」
言いながら、ユーリはフレンの首周りに腕を絡ませて引き寄せた。
「では、フォンダンショコラお一つで宜しいですか?」
注文を繰り返しながらも、給仕の持つペンは既に淀みなく伝票の上を滑り出す。フレンはユーリに首を固められたままメニューを閉じて女性に返し、頷いた。
「フレンが女の子じゃ意味ないもん。ユーリ、食べ過ぎだよ」
注文を取り終えた給仕が去り、また三人だけになってカロルは言う。彼の視線は、ユーリの手前のケーキ皿に注がれていた。
「何で?顔だけはいいじゃねぇか、こいつ」三分の一ほど残されていたケーキの切れ端で、皿に描かれたベリーソースを綺麗に掬い上げながらユーリは言った。「それに、お前らが味見したせいであんなの食った内に入んねぇよ」
彼の主張は口に放り込んだケーキで、不明瞭に濁る。子供の言い分は、幼馴染みの指摘とは外れたところにあるのだろうな、とフレンは思ったけれど、言わなかった。友人のある種の身勝手さは長年の付き合いでよく解っていたし、自分に都合良く解釈して勘違いしているのならその内に痛い目を見れば良い。そこまで面倒は見切れない。面倒臭い。
もしかすると自分が彼に抱く親愛の情、或いは執着というものは男女間の愛だの恋だのに似通っているのかも知れない。けれど自覚を促せば、何処かそうした優しく、暖かいものではないような気がしてくる。
子供の視たという狂暴な夢も強ち的外れというわけではないのかも知れない、と甘くて黒い砂糖菓子を待ちながらフレンは思った。
夢オチはお約束。
(20100221)