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 その日は午後から雨が降った。既にここ七年、日課となって染み付いた買出しを終え屋敷に戻ろうと思ったところで降られた。ついてないな、とガイは軒先で途方に暮れる。
「まあ、バチカルの方はにわか雨だと言っていたし、すぐに止むだろうよ」門番に言われ、仕方無しにガイは集合商店の中へ引き返した。
 ここ数日、ルークはベルケンドへ出掛けている。教会へ彼を迎えに行く必要がないのは不幸中の幸いだ。いつもならガイも世話役として付き添っていたが、直前に「来なくていい」と素っ気無く返された。あんな言葉をぶつけた後なのだから、当たり前の反応だ。それでも、帰ってきたら謝ってみよう、とガイは思った。
 それを差し引いても、ガイは負い目はあった。ヴァンがファブレ家を訪問する際はどうしても、ガイは報告の為ルークから目を離す時間を作るからだ。結果、公爵子息には絶好の脱走の機会が出来る。
 ルークがベルケンドへ行く理由はガイには明かされていなかったが、ヴァンの話によると超振動と関わりがあるらしい。そういえばホドにいた頃、ヴァンも似たような検診を定期的に受けていた、と聞いた事がある。今回の口論の原因も、元はベルケンドでの定期検診による何らかの副作用で寝込んでいたルークが勝手に出歩き、あまつさえ中庭で倒れているのが見つかった、というのが事の始まりだ。ヴァンに言わせると「定期検診が聞いて呆れる」とのことなので、大方の検査内容は調べがついているのだろう。それも、あまり好ましくない内容らしい。
 半刻もすると、雨雲は東の空へ流れていった。雨に濡れた石畳を歩く。午後は庭の掃き掃除を手伝うつもりでいたが、これは骨が折れそうだ。
 昇降機に乗り、屋敷の門に差し掛かったところで王城前が騒がしいことに気付く。数人の兵士が城へ駆け込むところだった。遠目にはよく判らなかったが、風に乗って漂ってきた臭いには覚えがある。血の臭いだ。
 立ち止まり、ガイは暫らく王城の方を見つめていた。騒ぎを聞きつけたのか屋敷からペールも出て来た。
「ガイ」
 声を掛けられ、ガイは屋敷の中へ入る。それから荷物を置くと、ペールと共用の部屋へ向かった。ペールはまだ戻っていない。ベッドに腰掛け、ガイは窓の外を見た。雨が通り過ぎた後の空は、澄んで見える。
 皇帝が病に伏せている為か、最近頻繁にマルクトの方で動きがある。キムラスカ側の間者に毒を盛られた、などといった噂もある。とうとう強攻手段に出たのかも知れない。
 ペールが戻ってくると、扉が閉まるのを待ってガイは腰を浮かせる。
「何があった?」
「詳しい事はまだ何も。ただ……」
「ただ?」
 先に続く言葉を促す。
「ただ、ファブレ公爵が登城したようです」
 その言葉を聞いて、ガイはある事に思い当たる。ベルケンドはファブレ公爵の領地だった筈だ。嫌な予感がした。

 ルーク・フォン・ファブレがマルクトの兵と思われる一団に拐かされたという報が届いてから二日後に、ヴァンがファブレ公爵家にやって来た。彼は主席総長になったとの事だったので、恐らくは今回の誘拐に関してローレライ教団から遣されたのだろう。応接室に通されたと思うと、すぐにまたファブレ公爵と共に城へ向かった。
 これでは詳しい話を聞きだすことも出来ない。ガイは屋敷を抜け出し、王城前でヴァンを待った。思ったよりずっと早くヴァンが出て来る。幸い、ファブレ公爵はまだ城にいるようだった。
「ヴァン謡将!」
 呼び掛けるとヴァンが立ち止まる。ガイの言わんとする事はすぐに知れたようで、短く「港へ」とだけ告げて去って行った。
 天空客車を降りて、桟橋に向けて走る。こちらに背を向けて立つヴァンを見つけた。周囲に人影はない。
「ヴァン、今回の事はあんたが絡んでるのか?」
 彼の背中に向けて問い掛けた。一拍置いて、ヴァンが振り返る。
「公爵子息、ルーク・フォン・ファブレはマルクト兵により誘拐された」
「そうだとして、あんたはこの一件に関わっているのかと訊いている」
 淡々としたヴァンの様子に、苛立ちを隠しきれない。声を荒げそうになるのを必死に押し留める。自分でも、何をこんなに苛立っているのだろう、と思う。
「ガイラルディア様」ヴァンにそう呼ばれて、つい頭に血が昇る。
「俺は!何も聞かされていない。今回のことに関して何も、だ!」
 ガイにしては珍しい反応に、これもまた珍しくヴァンが驚いたような顔をしている。
「俺と、お前は同志なのだろう?」
 失態だ。顔を背けながら思う。
 ヴァンが近付いてきて、ガイの手を取った。いつの間にか握り締めていた拳を解いていく。
「申し訳ありませんでした」
「もういい。離せ」
 手を抜き取る。手の平には少しの爪跡があった。
「聖なる焔の光は、程なくしてキムラスカに戻されることでしょう」
 確信に満ちた言葉に、矢張り自分の直感は間違っていなかった、とガイは思った。ガイとヴァンから全てを奪ったファブレ公爵への復讐の布石が敷かれたのだ。
 それを思うと尚更、今回の件を知らされていなかった事が歯痒い。
「俺はそんなに、信用がないのか」
「いいえ、ガイラルディア様。ただ、今はまだ『その時』ではないだけなのです」
「貴公に無用な煩いをさせたくはなかった」ヴァンの言葉は優しく響く。その言葉に騙されるものか、と思う。この男がガイに隠し事をする時は、いつも決まってそう優しく言って聞かせる。そしてその隠し事の大概は、いつもガイの事を想っての事だった。



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最終更新:2008年10月08日 01:14