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 ルークが失踪した。定例の会議、定刻の見回り、その隙に脱走を計ったらしい。ダアト港ではルークと思われる子供が一人で乗船券を購入しているところが目撃されている。公に捜索隊を組む訳に行かず、ティアを魔界(クリフォト)へ送るとその足でヴァンも港へ向かった。
 考えられる行き先は一つしかない。バチカルだ。
 だが、ヴァンにはルークが失踪した理由が解からない。否、理由などない筈だ。何故なら、彼は自らの意志でヴァンに着いて来た。今更だ。
 そんなことを考えている内に定期連絡線が来た。いつか初めてバチカルへ行ったときと同じように、暗く雲が立ち込めた空は重い鈍色をしていた。
 数日後、船上で振り出した雨はバチカルに着いても止まなかった。街並みに人気はない。遠くで雷が鳴る。
 今回はあまり公には動けない。ルークはあれでいて聡い子供だ。時折、何を考えているのか解からなくなる。
 雨の中をそのまま歩いていると、昇降機が下りて来た。こんな天気に外を出歩く人間は少ない。ヴァンは自ずとそちらへ目を遣った。小柄な人影はヴァンの期待していたものではなかったが、それでも大した助け舟のように思う。
「ガイラルディア様」近付いて呼びかけると、少年は驚いて立ち尽くした後、雨に消え入るような声でヴァンの名前を呼んだ。
 結局、ガイからは目ぼしい話は聞けそうになかった。本当はレプリカの調子を聞きたかったが、今はそれよりも優先すべきことがある。
 こんな雨ではルークも何処かに身を潜めている可能性の方が高い。そう思いヴァンは宿へ向かった。
 その部屋は頻繁に屋敷へ出入りいた頃に使っていた部屋だ。王室の方でヴァンに貸しきっていたこともあり、あれから別の客が入った様子もない。窓の外では横殴りの雨が降り続いている。薄暗い部屋を、時折差し込む雷光だけが照らし出す。
 窓が鳴った。風の所為ではない。ヴァンがそちらに目を向けるともう一度鳴った。小さな手が見えた。間を空けて二度窓を叩くのは、ガイがこの部屋を訪れるときの合図だ。だが、ガイは何もなかった、と言っていた。何かあれば後で報告に来ると言ってはいたが、早過ぎる。
 ヴァンは窓に近付き、鍵を開けた。両開きの窓の片側だけを開く。外の人物が中に入れるように、一歩後ろへ下がると側面から小さな人影が現われた。その人影は半ば予想していたもので、ヴァンは特に驚いたりはしなかった。何故ヴァンがここにいることを知っていたのか、理由は判らなかったが彼ならば有り得ないこともない気がした。人影もまた躊躇なく窓枠に足を掛け、ヴァンの目の前に降り立つ。
 いつかのように二人ともずぶ濡れで、けれどそこには一切の迷いも揺らぎも存在しない。彼はただ無表情に、ヴァンを見上げていた。
「こういうことか」
 吐き棄てるように彼は言う。拍子に笑みが零れた。それは自嘲めいたものに見えた。雨に濡れた前髪から雫が落ちる。
「レプリカを見たか」
「ああ」
 眉間に皺が縒る。彼のこうした表情は今まで見たことがなかった。傷付いているのだ、とヴァンは思った。
「もう、あそこはお前の居場所ではないのだよルーク」
 ルークはヴァンから目を逸らした。
「お前は、自ら私と来る事を選んだのだろう?」
 雨音に混じって耳鳴りがする。孤独に打ちのめされ震える彼を抱きしめたいと思った。その衝動を抑えて、なるべく優しく聞こえるよう穏やかな声音で、けれど残酷な事実を突きつける。その言葉に、ルークは無言で頷いた。
「心配せずとも騙しきってやる。約束したろう?」
 言い切る。そこには何の確証もなかった。それは聞きようによってはその場を乗り切るための言い訳のようにも聞こえた。或いは自分自身に言い聞かせるように言ったのかも知れなかった。それはヴァンにもよく解からなかった。
「約束……」
「そうだ、約束だ」
 ルークは呟いて目を伏せる。思案に暮れる彼の濡れた肩に手を置こうとして阻まれた。思いの外強い視線に射抜かれるようにして、行き場をなくした手が宙を彷徨う。
「別に、ガイのことが気になってただけだ」
 抑揚のない彼の声は、何処か義務的であるように聞こえた。本人もそれに気付いたのか、言ってからぎこちない笑みでヴァンを見上げる。
「俺の居場所は貴方の隣だけだ。貴方がそれを許すなら」
 遠慮がちにルークの手が伸びてきて、服の裾を掴んだ。その所作は愚かしくも痛々しい。
 聡い子供だ。ヴァンが彼を利用しようとしていることを知らないわけがない。それでも、彼にはもうヴァン以外縋るものが残されていない。そして、彼をそのように追い詰め追い込んだのも他ならないヴァン自身だった。
 今度こそヴァンはルークを抱き寄せた。いつかと同じ雨の日に、けれどそれは慈しみも哀れみもない。いつかと同じ雨の日の、優しさを伴うものでもなく、ただ彼の全てを奪うようにヴァンはルークを抱きしめた。
 腕の中のルークは小さく肩を震わせる。彼が泣いているのか、笑っているのか、ヴァンには判らなかった。



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最終更新:2008年10月09日 02:18