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※暴力描写とエロスの欠片もないですが性描写があるので、苦手な方は飛ばして下さい。




 雨の音が煩い。昏い双眸はヴァンを映さず、ただ虚空だけを凝視している。指を滑らせると、顔に血と汗で張り付いた髪を除けてやる。それでも彼は反応しない。ヴァンは彼に覆いかぶさるようにして身を屈めた。いつか彼にそうしたように、その額に唇を落とした。ルークの身体が強張る。だがそれ以上の反応はなかった。一度距離を置いてから彼を見つめても、仄昏い中に浮かぶのは白い人形めいた無表情だけだ。そうして血の滲んだ唇に口付けた。今度は何の反応もなかった。ヴァンは目を閉じることをしなかったし、彼の視線も相変わらず虚空の一点を見つめたままだ。抵抗らしい抵抗はない。触れていた唇を僅かに離し、舌先で舐めると角度を変え割って入った。口付けは血の味がした。腕が持ち上がり、ヴァンを押し退けようとする。それは漸く彼が見せた抵抗らしい抵抗だった。そしてそんな抵抗ごと押さえ込むように、彼の顎を掴むとヴァンは更に深く口付ける。くぐもった声が息継ぎの合間に漏れる。すると押さえつけられているばかりだった彼が微かに頭を擡げて来た。それまで胸を押し遣るようにしていた彼の手が背中に回され、舌と舌が絡み合う。そして痛みが走った。
「ッ…ぐ……ぅ……」思わず唇を離す。
 そのタイミングを見計らったように、背中に回されていた腕も外れた。ヴァンは上体を起こした。口の中には血の味が充満している。その血は彼のものだけではない。まるで唾液そのものが血に成り代わってしまったのではないかという錯覚を起こす程の濃厚さで、それは口内に広がっていった。見下ろす彼の口元が嫣然と弧を描いたかと思うと、ヴァンの胸元目掛けて唾液と共に何かを吐き出した。それはヴァンの、丁度唇の裏側にあたる箇所の肉だった。組み敷いた男は肩を揺らす。やがて堪えきれないとでも言うかのように、喉から途切れがちな哄笑が漏れた。ヴァンはただ彼を見下ろした。
「野郎相手に盛ってんじゃねぇよ!」ルークは言ってまた笑った。
 彼の手首を掴み床に縫い付ける。それでも尚、ルークは狂ったように笑っている――笑われている。
「嗤わば嗤え」ヴァンは言った。「これ以上、どんな方法でならお前を繋ぎとめておけるというのだ」
 彼は笑っている。顔を背けて、額を床に擦り付けるようにして笑っている。そんなことをしたら頬が擦れてしまう、ヴァンは赤く腫れかけた頬を眺めながらそう思った。汗で首筋に張り付いた髪が艶めかしい。
「これ以上……」
 ヴァンは僅かに目を背けた。言葉を持たない自分が歯痒かった。ルークに近付いた理由は確かに彼を利用する為だった。彼の超振動と立場はヴァンの計画を有益に運ぶ。だがそれと同時に彼がヴァンの手を自らの意志で取ったあの瞬間から、その存在は復讐や利害といったことからは掛け離れたものになっていた。ずっと、守ろうと決めていた。愛される筈だった寂しい子供が縋る全てを手放して自分を選んだとき、ヴァンは彼を愛そうと決めていた。
 組み敷いた彼の貫頭衣を留める脇のベルトを外すと、今度は肩当の金具に手を掛ける。ヴァンが何を意図してそのような行動をするのか解からない筈がない。だがルークの表情は変らなかった。それが自身の身体に頓着すら持てずにいるからなのか、単なる強がりなのかはヴァンには判らない。だがそんなことはヴァンにとってはもうどうでも良いことだった。
 貫頭衣を取り払う。その隙に彼が上体を起こそうとしたのを身体ごと圧し掛かることで押さえ付けた。
「サイテーだな、アンタ……」嘲るようにルークは言った。
 ベルトの止め具を外すと詠師服の隙間から手を差し入れる。そこには肌ではないものの感触があった。不思議に思い身体を離すと胸元を肌蹴た。そして納得する。そこは以前ワイヨン鏡窟で彼を斬り付けた箇所だった。捲き付けられた包帯には、胸部から腹部に掛けて真新しい血が滲んでいた。
「傷が開いたか……」
「おかげさまで」
 恐らく先程の蹴りで開いたのだろう。ヴァンは血の滲む包帯の上に手を這わせた。ルークの身体が強張る。そしてそのまま開いたばかりの真新しい傷を抉るように爪を立てた。彼の口から声は漏れなかった。ただし浮かべていた笑みは消え、眉間に深い皺が刻まれる。ルークの反応に満足し、ヴァンは包帯をまさぐると傷口をあばいた。深く鋭い傷だ。血の滴るその跡を、腹部から胸部へ丁寧に舐め上げる。
「がっ……ぁ、……ッヴァ、ん!」
 今度こそ抑えようのない苦悶の声が上がった。苦痛に暴れる身体に圧し掛かり、そのまま鎖骨を甘噛みした。彼はヴァンの下で荒い呼吸を繰り返している。両足を掴んで間に分け入ると、髪を掴まれ引き剥がされそうになった。その手を振り払うと、再度口付ける。押し退けようと彼は尚足掻いたが、胸部の傷に触れるとそれもなくなった。そのまま下衣に手を滑り込ませる。すると彼は堪らないといった様子で、口付けたままでいたヴァンの横っ面を張り飛ばした。傷の上の手に力を込める。矢張り彼の口からは苦悶の声が漏れたが、それは次第に哄笑へと摩り替わる。稲光に得たいの知れない何かが浮かび上がる。ヴァンは恐怖した。
 無力だった。言葉も身体も彼を繋ぎとめることが出来ずにいる。儘ならない化け物は組み敷かれて尚ヴァンを嗤う。その様はこの上なく艶やかで醜やかで、興奮と共に消沈を、快楽と共に苦痛をヴァンの胸に去来させる。解き放たれると共に拘束される。
 彼の抵抗は激しく下半身を覆う着衣の全てを取り去ることは叶わない。だがそれに構うことなく、足を抱え込む。彼が哄笑の合間に何事かを叫ぶが、ヴァンの耳には届かない。陰茎を取り出し、雁首を秘所にあてがう。ヴァンにはもう一刻の猶予もなかった。そのまま押し入る。哄笑に悲鳴が混じっても、ヴァンは進入を止めなかった。中は乾いていて、押し入るヴァン自身にも相当の苦痛をもたらした。それでも何とか全てを収める。互いに荒く呼吸を繰り返す。
「信、じ……らんね」息継ぎの合間にルークは言った。「マジに入れ、やがった……クソッ」
 彼は笑ってはいたが声は震えていた。しかしそれはヴァンの満足の行くものではなかった。声音に含まれているのは恐怖ではない。ただ、どうしようもなく遣る瀬無い失望だけが滲んでいる。続く悪態にも先程までのような力強さはなく、それでも淡々と繰り返される。その言葉をどうにか遮りたくて、ヴァンは収めた陰茎を抜ける手前にまで引き抜く。彼の言葉は途中で詰まり成功した。
 勢いをつけて抜き差しを繰り返した。秘所には僅かに血が滲んでいた。身体を揺すられながらルークは呻きとも喘ぎともつかない声の合間に、それでも悪態を洩らす。仰け反った喉に唇を落とし噛み付いた。力を入れる。
「このまま……」俗っぽい言葉が頭を掠め、構わず口にした。「噛み切ってやろうか」
 口に触れたままの彼の喉笛が揺れた。笑っている。
 恐らく本来の意味から掛け離れた目的でその行為は続けられていた。それは快楽を貪るものでなく、ただ相手を支配するだけの意味しか持っていない。男の性欲の根底にあるものは支配欲だと聞いたことがあるので、それはそれで間違いではないのかも知れない。だからヴァンは進んで快感を得ようとはしなかったし、相手にも苦痛以外は与えなかった。それでもヴァンは彼の中に精を何度か放ったし、前立腺を擦られるままにされる彼もまた何度か達した。その度に彼を気遣い抜くことはしなかったので、達した際の嘔吐感からは逃れられず彼は吐いた。
 正気じゃない、狂ってる――ヴァンは何度もそう思った。それでも不意に背中に回された腕があまりにも自然で、全てが許されているように感じた。全てが許される世界に居るような気がした。
 荒い息をついて身体を離す。呻きを上げる気力すら残っていないのか、彼はくぐもった声が微かに漏れる。その横に寝転びながら、ヴァンは倦怠感に任せて目を伏せた。時間の感覚が遠退く。雨音と二つの荒い息遣いが耳を支配し、鼻には潮と黴の臭いに血と精液が混ざったものが届く。隣に横たわったままでいたルークが動く気配がした。上体を起こす。それでもヴァンは目を閉じて仰向けになったまま微動だにしなかった。閉ざされた瞼の上を影が過ぎり、一瞬闇が濃くなった。彼の手袋に覆われた指がヴァンの頬をなぞる。それはそのまま下りて、首筋にあてがわれた。彼の髪が落ちかかってきた。ヴァンは動かない。ただ何となく、これで終わるものならそれで構わない、と思ったのかも知れない。あと少し、彼が力を込めればそれで終わるのだろう。結局、彼の手は少しの温もりを布越しに残して離れて行った。衣擦れの音と金属音とが室内に響き、彼が衣服を正しているのだと解かる。
 ルークが扉に向かい部屋を出ようとしたところでヴァンは目を僅かに開いた。視線だけを向けると彼の背中が見えた。
「まだ……」彼は呟いた。
 扉が開き、そしてまた閉ざされるのを見送ってヴァンは再び目を閉じた。彼の溢した言葉の意味は何だろうかと、考えながら意識を手放す。
 深く沈んだ過去の夢に、母の姿はなかった。代わりに、故郷の空にはある筈のない色が鮮やかに映えていたが、それもまたすぐに掻き消えた。
 目を覚ますとそこは相変わらずの灰色の世界で、ヴァンは泣きたくなる。雨の上がった空は晴れ渡り澄んでいたが、求める赤色は見つからない。指に絡まる残滓だけが、それでも尚鮮明にその存在をヴァンに焼き付けていた。



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最終更新:2008年10月12日 03:38