厳重に仕掛けが施され、やっとのことで開いたその扉の向こうにも懐かしい光景が広がっていた。だが、確かに見覚えがあるこの場所が、何を意味していたのかが思い出せない。
今まで歩いてきた場所と同じで、この部屋を覆う壁もまたホド特有の白亜の壁だ。吹き抜けになった天井からは、相変わらずの突き抜けるような蒼穹が覗いていた。場違いに咲き乱れる花の匂いと、柔らかな日差しが目の前の石碑を照らし出すのを見て、ガイは漸くここがどんな場所であったのかを思い出した。ここはかつてヴァンに連れられて来た、ユリアの墓だった。そのことを告げる。ティアは微かに眉根を寄せると感慨深そうに目を伏せた。未だに目尻が赤くはあるが、幾分落ち着きを取り戻したらしいナタリアが、彼女の肩に手を置いた。
墓石を取り囲むようにして咲く花々はどれも手入れが行き届いている。昔ここでヴァンと花の手入れをしたことを思い出した。
「他には特に何もないようですね。ならば、先を急ぐに限ります」
「大佐ってば相変わらず淡白だなぁ、も~。こんな綺麗なところなら、ちょーっとくらい休憩、とか思わないんですかぁ?」
「思いません。それにアニース?いくら綺麗でもここ、お墓ですよ~ぅ?」
「はぅあ!そうだった」
二人の遣り取りを苦笑しながらガイは見つめた。
「そうね……ユリア様の為にも、矢張り私は兄を止めなくては」
「ええ、その通りですわ。さ、ルーク、ガイ、行きますわよ!」
彼女達の後にガイも続く。墓を後にしようとして、当然ついて来ているものだとばかり思っていたルークがいないことに気付き、振り返った。彼はガイに背を向けて、未だにユリアの墓の前から動こうとしない。
「おい、ルーク!さっさと来ないと女の子達から顰蹙だぞー」声を掛けるが、彼は振り返りもしない。
ガイは諦めて来た道を引き返した。彼の隣に立つ。
「ルーク、ほら……」
言葉が続かなかった。ルークは泣いていた。
「ルーク?」
掛ける言葉が見つからず、ガイは名前を呼んだ。呼び掛けに、彼は静かに涙を流しながら微笑んだ。相変わらず視線は墓石に向けられている。吹き込む風が二人の髪を揺らした。
ここは少し公爵家の屋敷にある中庭を思い出させる。吹き抜けから差し込む陽の光がそう思わせるのかも知れない。
ガイはそれ以上ルークに何も言わなかった。先に外へ出た仲間達には、自分も一緒に怒られれば良いのだと思った。
相変わらず視線はガイに向けないまま、ルークがぽつりと言った。「俺、さ……」
「うん?」
「俺、アッシュのこと何も解かってなかったんだなーって」
彼の口から出た名前に、ガイは胸が痛んだ。
「そん、なのは……俺も、同じだよ」
語尾に行くに遵って、声は小さくなった。
アッシュとは、グランコクマで会ったのが最後だった。結局、ガイは最後まで彼の真意に触れることは出来なかった。彼とのことは、後悔だけが残った。
「俺とは違うよ」ルークが苦笑しながら言った。「でも、ありがとな、ガイ」
「礼なんて言われる資格、俺にはない」
「それでもちゃんとあいつのこと、気に掛けてくれてるじゃないか」
違う、とガイは思った。許されたいだけだ。無駄だと解かっていても、彼から目を逸らし続けた自分を許して欲しいだけだ。ルークの視線と、言葉とが突き刺さる。
「ガイ、だから泣かなくていい。泣かなくていいんだ」
「泣いてるのは、お前だろ」
「うん、そうなんだけど……何か、ガイは俺の見てないとこで泣きそうな気がするからさ」小さく彼が笑った。「そーいうとこ、ティアと似てるよな」
ルークはその瞬間を見ていた。それがどんな光景だったのか、ガイには分からない。ジェイドに話して聞かせているのを隣で聞いていた分には、それは無惨だった。最期まで、彼は孤独だった。
「ガイ」
押し黙ったままのガイに、ルークが声を掛ける。視線は地面に落とされていた。
「何だ?」
「アッシュはさ、ガイのこと好きだったよ」
「知ってる」
知っていて見捨てた。解かり合う余地を切り捨てた。
「でさ、好きで良かった、って思ってる」
在り得ない。それでもルークがそれを本心から言っているのだということだけは解かる。その言葉を、思わず信じたくなる。
ガイはルークに背を向けた。
「馬鹿なこといつまでも言ってないで、行くぞ」扉へ向けて歩き出す。
風が吹き込む。日差しは柔らかく暖かい。一筋、涙が頬を伝う。
「ルーク」
結局、彼は死を選んだ。誰からの手も拒み、無惨だが高潔に死んでいった。だがガイは思う。守れば良かった。救えば良かった。手を伸ばせば良かった。こんな思いをして、卑怯に泣くくらいなら彼を否定しなければ良かった。本当は、誰よりも生きることを望んでいたのは彼だった。
ガイは涙を拭った。相変わらず墓石の前から動かないでいる赤い頭に声を掛けようと振り返る。
彼はこちらを見ていた。唇は弧を描いて、けれど少し困ったように柔らかく微笑んでいる。また、何処かで同じような光景を見たことがある、と思った。
暖かな日差しから少し外れた深緑の暗がりに、赤い髪が揺れた。
そして、人々は手を取り合い、涙を流して喜んだのです。
災厄は取り除かれた。
アレルヤ。