1、「神話的な英雄」の類型
nacky 卿よりのリクエストを受けていて、いろいろ考えていました。まあまだまとまっていないのですが、書きながら考えていってみます。
まず、今回はグローランサに限定せず、一般神話における「神話的な英雄」の類型について。
グローランサの創造者であるグレッグ・スタフォード氏が、アメリカの神話学者ジョセフ・キャンベル氏の理論に強い影響を受けていることはよく知られています。ジョセフ・キャンベルの理論は(学会的には曖昧な評価を受けつつも)非常に人気があり、スターウォーズ初期3部作のプロットなどは完全にキャンベルの神話パターンに沿っていることが指摘されていたりします。(
こことか参照)
ジョージ・ルーカスも確か「神話の力」という本の対談でそれを認めていた……気がする(もう読んだのが遙か前で記憶が曖昧ですが)。
キャンベル氏の代表的著作としてあげられるのが、「千の顔をもつ英雄」です。
んで、実はこの本について僕は未読なのですが(笑)、非常によくまとまった書評がありますので、そちらを参考にして「神話的な英雄」の類型を簡単にまとめてみます。
一般に、ほとんど全ての英雄の探索行の物語は、
- 旅立ち・別離(セパレーション)
- 通過儀礼(イニシエーション)
- 帰還(リターン)
という段階を踏みます。
- まず、「旅立ち」では、英雄が属している共同体から離れて、此岸(通常の生活領域)と彼岸(冒険の舞台)の「境界」を超え、探索に赴きます。
- 次の「通過儀礼」は、「試練」と言い換えてもいいものですが、この試練を克服することで、英雄は以前のもの違った存在へと変貌します。
- 最後の「帰還」では、彼岸から此岸に英雄が戻って、知識や宝物などによって、英雄の属している共同体に変化をもたらします。(彼岸から帰るのに失敗することもある……浦島太郎の最後とか、ヤマトタケルが最後に白鳥となって飛んでいってしまうとか)
重要なのは、神話的な英雄がバックボーンとして「共同体」を有している、ということです。
ただ単に高い能力があるだけでは「神話的な英雄」ではないわけです。
多くの「神話的な英雄」は、一般の人とは区別された特別な能力をもちますが、それは「彼岸」と「此岸」の境界に立つ存在であることを示しています。
簡単にまとめれば、「人の手におえないもの」(=自然、災害、死など。そして、それを支配する神々など)に対して、共同体の代表としてそれに対面し、和解するか克服するかし、共同体にその利益を持ち帰るのが「神話的な英雄」であると言えるでしょう。
そして、多くの英雄物語が悲劇的な結末を迎えるのは、やはり最終的には「此岸」に英雄がとどまれないことを示していると思われます。
そして現実世界の多くの儀式は、こうした「英雄の探索行」のパターンを再演し、共同体に属する個人が英雄の持ち帰った力を獲得する、という意味づけで行われています。「入信儀式」とか「成人儀式」とかは、「イニシエーション」とよばれています。インディアンの成人儀式では「ヴィジョン・クエスト」がおこなわれましたが、キリスト教とかの洗礼儀式も形式化された神話の再演(キリストの洗礼の繰り返し)であることは変わりがありません。
これをTRPGシナリオ的に類型化するとどうなるか……というのは面白い試みだと思いますが、だれかやってくれぇ。という希望表明になってしまいますな(笑)。
ここらあたりが比較的参考になるかも。
2、グローランサの世界構造とヒーロークエスト
ヒーロークエストについて語るには、グローランサの世界構造について、すなわち「
神話と歴史」について語らねばなりません。
グローランサの神話を超かんたんにまとめると、
いろんな神々(精霊なども含む)が争っていたら世界の「法」のタガが外れて「混沌」が世界に侵入し、ほとんどの生物が滅びそうになってしまったので、「大いなる盟約」が結ばれて神々はグローランサに介入するのに一定の制限をもうけることにした。だから地上に神々はいない。「大いなる盟約」は「宇宙をつなぎとめる網(ネット)」であり、「法」と「混沌」の組み合わせである「時」でもある。
ということになりましょうか。
大いなる盟約である「時」が支配するようになって以降が「歴史時代」、それ以前が「神話時代」になります。
「時」の機能としては、以下のようなことが挙げられます。
- 因果関係を一定方向に生じるようにする(神話時代では、一つの原因から多数の結果があったり、結果の後に原因があったりすることもあった)
- 神話時代の出来事が繰り返し一定のサイクルで起こるようにする(季節の移り変わり、太陽が昇って沈む、など)
- 地上に神々が介入するのに一定のルールをつくる(神話時代に起こったことを繰り返させる事しかできなくする)
- 「神々が住む世界」(異界)と、「定命のものたちが住む世界」(物質界)を隔てる。
新しき時
「時」とは全世界を統べる(女)神である。時の力には神々といえども抗うことはできない。時はまた「大折衷」とも呼ばれる。
時には4つの働きがある。第1の(そして最大の)働きとは、神々同士の争いを禁じることである。神々は、たとえ永遠の仇敵であろうとも、時の誕生の際に設けられた掟に従う範囲でしか活動を許されない。掟は「神の言葉」で記され、定命のものどもには理解することはできないが、おおよそ以下のように解することができる。
- 直に事を構える勿れ。
- 汝を信ずる者以外を、呪うこと勿れ、害すること勿れ。(ただし汝に背きたる者に、多少の呪いを下すは是なり。)
- 汝のものならざる魂を欲すること勿れ。
- 信者から請われずして助けること勿れ。請われるほどに助けるべし。信者を助けるはよし、が、その他を害すること勿れ。
これは神性呪文の基礎となる。神性呪文は、自身の能力の一部を分け与えることで「信者を助ける」ことであり、これは神々にとり正当な援助方法である、これが仮に他者を傷つけるために使用されたとしても。事実、この行為は「時」の到来以前にすでに当たり前のこととなっていた。
「時」の第2の働きは、世界を統べ、物事が順序通りに起こるようにすることである。すなわち「因果」のみを許し、「果因」を禁ずることである。この働きによりグロランサでは予言は全く効かくなる。例外はアラクニーソラーラ(「時」の母)がときおり漏らす漠たるつぶやきのみである。
「時」の第3の働きは時の到来の際にあった力や呪いの作用を保つことであり、グロランサに存在する大いなる力(存在)がその地位を保つことである。簡単に言うと「時」は全ての「自然の流れ」を支配しているということである。季節の移り変わり、誕生から成長そして死への流れ、飢えた定命のものが(どれほど力を尽くそうとも)やがて弱り死んでいく様、風の神々に征服された神々の末裔は息をしなければ死んでしまうこと、殺された神々の末裔は死が不可避なこと、などである。これら全ての流れを「時」が司るのである。
「自然の流れ」は「時」により許された結末である。「大折衷」の掟に従う限り、これは神々の直接介入とは見なされない。ヴァリンド神がその力を奮う時節に、愚かにもその風雪に挑む者がいたら、その者にどのような害が及ぼうが、それは神の責任ではない。ここで注意を要するのは、たとえ「自然の流れ」といえども十分な力がある者を押し止めることはできないということである。「時」ですら、その他全ての神々と同様に変化からは逃れられないのである。
「時」の最後の働きは、神々に時の中にある世界と直接交渉する手段を提供することである。僅かな例外を除き、信者はいついかなるところであっても神々の助力を請う事ができる。
(強調はまりおん;文中の「大折衷」は Great Compromise、すなわち「大いなる盟約」と個人的に訳しています)
そして、「時」到来以前の世界(神話時代)は消え去ったわけではなく、世界という網の中に「織り込まれて」います。それはグローランサの「宇宙的な記憶」とでもいったらいいでしょうか。
こうして、ヒーロークエストの「冒険の舞台」が用意されました。
英雄の探索行の類型を思い出してみると、
- まず、「旅立ち」では、英雄が属している共同体から離れて、此岸(通常の生活領域)と彼岸(冒険の舞台)の「境界」を超え、探索に赴きます。
- 次の「通過儀礼」は、「試練」と言い換えてもいいものですが、この試練を克服することで、英雄は以前のもの違った存在へと変貌します。
- 最後の「帰還」では、彼岸から此岸に英雄が戻って、知識や宝物などによって、英雄の属している共同体に変化をもたらします。(彼岸から帰るのに失敗することもある……浦島太郎の最後とか、ヤマトタケルが最後に白鳥となって飛んでいってしまうとか)
という手順を踏みます。これがグローランサでは、
- セパレーション:「歴史時代」の世界から、「神話時代」の世界の境界を超え、探索に赴く。
- イニシエーション:神話時代(=英雄界)で冒険をおこなう。
- リターン:神話時代(=英雄界)での冒険から知識や宝物などをもって「物質界」に帰還する。
ということになります。
すなわち、ヒーロークエストの舞台はグローランサの神話時代である「英雄界」です。
3、神話の再演
「時」の機能のひとつとして「神話時代の出来事が繰り返し一定のサイクルで起こるようにする」というものがあると述べましたが、じつはこの機能の延長として、グローランサには「神話を繰り返し実行(再演)することで、その神話の結果/効果も得ることができる」という魔術的メカニズムが存在します。
神様の力を借りる「神技」(Feat / 神の偉業)の基本メカニズムは、このグローランサにおける「神話の再演」魔術の機能を利用したものです。
また、魔術儀式も基本的には「神話の再演」機能を用います。
これが実際どういうものかについて、
オーランス、戦支度をするの儀式で見てみます。
「では道は俺が見つけてやる。
俺は『偉大な秩序』を持ち帰って、まっとうな食事ができるようにするぞ」
そこでヘラーがオーランスの戦支度をした。
まず一対の脛当てを、犬革の紐で足に付けた。広い肩に着せかけたのは亜麻のシャツで、袖はなく誇らしげな刺青が見えるようになっていた。その上には赤と緑の丈夫な胴当てを付けた。次には「槍返し」と異名をとる鎖帷子を頭から被せた。鎖帷子は膝まで届き、あまりに細かくしなやかなので、歩いても音もしなかった。それからヘラーは主人の腰に丈夫なベルトを巻き付けた。ベルトには人の形をした魔法の印が彫られ、一本の剣が吊られていた。剣の名前はフマクトといった。右腰には信用できる斧、バービスターを吊った。長い髪は編んで衝撃を和らげる足しにし、妃にもらった飾り紐で結わえた。オーランスがルーンを帯びた鎖頭巾を被ると、ヘラーがその上に「俺を避けてゆけ」と異名をとる高い兜を被せた。これはドワーフの頭目の一人が作ったものだ。さらにヘラーは左手に「アランの盾」を置いた。右手に置いたのは「稲妻」と異名をとる二本の鋭い投げ槍と、強い「落雷」の槍だ。それから戦車を呼んだ。戦車を牽くのは二頭の駿馬で、名前を「危機」と「激怒」といった。手綱をとるのはマスターコスだった。
オーランスは馬車に飛び乗った。そして氏族の者たちの前で、留守を守る族長を決めた。
そして言った。
「もしお前たちが俺を助けると誓ってくれるなら、俺を忘れないと誓ってくれるなら、正しいときに正しいことをしてくれるというなら……
俺たちはたとえ離れていても、ばらばらになることはないだろう。
何をするにも俺たちの運命は一つでいられるだろう」
そこで人々はあなたを忘れますまい、あなたを助けましょうと誓った。ここに「永遠の輪」を結び、輪を守るために武器を持った男たちを四方へ送った。頭目オーランスに助けがいるようなら、いつでもどこでも助けられるようにだ。
「これらの武具と俺の徳があれば」と神は言った。 「『偉大な秩序』が見つからないという法はあるまい」
そして勝利者オーランスの丘から探索の旅に出立した。
この神話を用いて、オーランス人は戦争の前、ヒーロークエストに旅立つ前などに、自分の武器防具を強化する儀式をおこなうことができます。
儀式
儀式の対象は、氏族の“守護戦士”(Champion)か、族長そのひと、または氏族がその者を助けると決めた戦士でなくてはなりません。戦士はオーランス信者であることが望ましいです。
戦士を武装させるのは、彼のごく近しい友人でなくてはなりません。友人はヘラーの装束をまとい、ヘラーの役割を演じます(ヘラー信者である必要はありません)。
氏族の所有する以下の武具がヘラーに渡され、ヘラーは次の順番で戦士に戦支度させます。
- 一対の脛当て
- 亜麻のシャツ
- 赤と緑の丈夫な胴当て
- 「槍返し」と名づけられた鎖帷子
- 人の形をした魔法の印が彫られた丈夫なベルト
- 「フマクト」と名づけられた剣
- 「バービスター」と名づけられた斧
- 髪を編み込み女性の飾り紐で結わえる
- ルーンを帯びた鎖頭巾
- 「俺を避けてゆけ」と名づけられた兜
- 左手に「アランの盾」
- 右手に「稲妻」と名づけた二本の投げ槍と、「落雷」と名づけられた槍
用いられた武具が魔法的に適切なものであれば、儀式はより強力なものとなります。
(例:フマクト信者の剣を使う、祝福された盾を使う、etc.)
実際、儀式とヒーロークエストの一種である「プラクティス・クエスト」(物質界におけるヒーロークエスト)の境はあいまいです。
ここで注意して欲しいのは、この神話が本来は「光持ち帰りし者たちの探索」に旅立つオーランスの神話であったものが、神話と若干ずらした用途にも用いることができるということです。例に挙げた「ヒーロークエストの準備」や、「戦争の準備」などの他に、もしかすると「戦車に乗る」ための儀式として使うこともできるかもしれませんし、「旅立ちのときに残る人々と縁故を結ぶ」儀式として使うこともできるかもしれません。ここに、ヒーロー=人間側(というか、まあプレイヤー側)の創意工夫の余地が生まれます。
また、この儀式は、共同体が参加した方が効果が大きくなります。(ゲーム的には、共同体の人数とサポート態度により、プラスボーナスがつく) 冒険者グループだけより、たくさんの人を巻き込むことで強力な結果を得ることができるのです。
この神話の再演を最大限に実行し、最大限の効果を得る方法が、ヒーロークエスト(の一部)になります。
4、英雄界
じつは、グローランサの英雄界の定義はゲームによって違ったりします。
RQ3では、グローランサの物質界の外側に広がる領域のことでした。
上で述べたような、いろいろな宗教が覇を競う数多くの“神々の領域”は、「英雄界」と呼ばれるより大きな領域の中にすべからく包み込まれています。領域の境目にある係争地域や、地上界と神界との障壁が非常に薄くなるグローランサの辺縁部も、この英雄界の一部なのです。
しかし、この解釈だと、西山さんも以前おっしゃってましたが、神教徒以外のヒーロークエストってどうなん?(神界以外はどうなってるの?)という疑問が沸いてきます。このため、厳密に解釈すると、神教徒以外が事実上PCになれない、という弊害が発生していました。
そして、HeroQuest においては……
こんな感じです。
HeroQuest p.192より。
ヒーロークエストは、英雄界で実施される。それは「神々の戦い」、すなわち神々、精霊、聖人、老師、そして魔が相争っていた破壊と動乱の時代である。(中略)この破壊の時代は「嵐の時代」にはじまり「混沌の時代」、または「大暗黒」に終わる。
英雄界は、どこかにある固有の場所というよりも、神話的な出来事の「宇宙的な記憶」である。そのため、出来事が「どこであるのか」を決定する。英雄界には「最初におこなわれたこと」が刻まれており、それが後続のロールモデルとなる。かつての神々、精霊、聖人、老師たちがそこにおり、永遠にその成功と失敗を繰り返している。この出来事は、外部の力によって書き換えられない限り、変化しない。変化をくわえられたときも、オリジナルの「バージョン」は残っていることがおおい。このため、英雄界に同じ出来事が数種類存在し、それぞれが違ったところに重点をおいていたり、違う視点から見ていたり、ときには結果が異なったりする。人間界とまったく接点をもっていない英雄界の場所や存在もある。英雄界には「時」は存在せず、すべての出来事は最初におこなわれたように進行する。
とはいえ、そうした英雄界は例外で、基本的には「3つの異界」(神界・精霊界・原質界)が重なっている神話時代の世界が、英雄界ということになりそうです。
最終更新:2008年02月25日 04:59