おやどり気分。
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僕がどこに向かっているか、何を考えているかなど気付く様子もなく、日菜子ちゃんは無邪気な笑顔でデートを楽しんでいてくれているようだった。
いつもなら食事を終えて、遊びに集中するところなのだが……今日のデートは僕プランだ。
手をつないで日菜子ちゃんのペースに合わせて歩く。
日菜子ちゃんの今日の服装はレースの着いた細かい水玉柄タンクトップにフリルの着いた薄手の半袖パーカーを羽織り、短めのフレアスカートだった。
当然、僕とは身長差があるので日菜子ちゃんを斜め上から見下ろすかんじになるのだが……少し下へ視線を移すと、日菜子ちゃんの胸から下がふっくらしてきているのがよく分かった。
……もちろん、ここまで日菜子ちゃんが食べてきたモノが収まっている場所が自らの膨らみを主張しているのだが。
それでも日菜子ちゃんは特に苦しそうな様子はないし、普段と変わらず時折視線の端で食べ物系の店を捉えているようだった。
街にあるのは洋服とかアクセサリーとか小物とか…そんなモノを扱っている店だけではない。
ケーキ屋とかパン屋、たい焼き・たこ焼き、コロッケ、アイスクリーム、喫茶店、そば屋、定食屋、レストランなどなど…食べ物を扱う店はたくさんある。
店内で食事をする店はもちろん、手頃に買えて食べ歩きが出来るものも結構あるのだ。
僕が決定したデートプランにより、今日は食べ物系の店をメインにするつもりでいる。
さっきは甘いものだったから、次は塩辛いもの……だな。
僕は日菜子ちゃんの視線の先を気にしつつ、何気なく提案してみることにした。
「日菜子ちゃん、たこ焼き食べる?」
「うんっ」
……やはり嬉しそうに日菜子ちゃんはうなずいた。
それでは、と早速買いに行き、大玉のたこ焼きが8個入りの舟皿と飲み物を受け取って、落ち着いて食べられるスペースを確保してくれている日菜子ちゃんの元へ急ぐ。
「はい、どうぞ」
「わー! ありがとうっ」
嬉しそうに、熱々の大きなたこやきを食べる日菜子ちゃん。
やはり、この笑顔と食べっぷりは癒される……。
美味しそうにたくさん食べる女の子の良さを改めて実感する瞬間だ。
熱いモノなので食べるスピードはそんなに早くはないが、熱さ以外は問題ないようだった。
普通の女の子ならこの一皿で一食にしてしまえる位だとは思うのだが、日菜子ちゃんにとっては口直し程度なのだろうか??
……いや、それほど時間を空けていないのだから少しは溜まってきているはず…だと思う。
僕自身、小食ではないが常人レベルなので、日菜子ちゃんの胃の具合は正直よく分からない。
日菜子ちゃんを満腹に…出来ることなら限界まで食べさせるために、僕は目に付いた食べ物をどんどん日菜子ちゃんに勧める作戦にでることにした。
一見、ただの食べ歩きのようではあるがその量は常識の範囲ではない。そんなことは承知の上だ。
僕と日菜子ちゃんはその後、ジェラート、コロッケ、シュークリームなどのテイクアウトをはさんで、カフェに入った。
この店は日菜子ちゃん好みのケーキなどのスイーツやパスタなどの軽食もある。
最初は嬉しそうな様子だった日菜子ちゃんだが、カフェに入ると言った時は不思議そうに僕をみつめかえしてきた。
確かに今までここまでしたことはない。
……が、日菜子ちゃんは、普通にゆっくりお茶しよう、ということで納得したようだった。
僕は笑顔のまま日菜子ちゃんの手を引き、店に入る。
日菜子ちゃんも僕が勧めるままに、自分で食べたい品を選んで食べているし、少なくともこれは強制ではない。
おそらく、日菜子ちゃんはたくさん食べることを恥ずかしい事だと思っている……。
だからこそ、僕は日菜子ちゃんが食べることに対してのストッパーというか…食欲リミッターを外してあげたかった。
日菜子ちゃんの空腹と食欲を満たしてあげたいだけだ。
カフェで日菜子ちゃんは、シフォンケーキとフルーツタルト、アイスラテを選んだ。
僕はそこへすかさず、
「日菜子ちゃん、パスタとかもあるよ?」
と提案してメニューを見せた。
軽食ページには、パスタやドリアやサンドイッチなどが何種類か載っている。
それを見た日菜子ちゃん、この店ではスイーツ気分だったのだろうか、僕が更に勧めたことが気になったのか……ちょっと戸惑う様子をみせた。
日菜子ちゃんはパスタとかグラタンとかドリアとか、そういう料理が好きなのを僕は知っていた。
だから、この店を選んだし、このタイミングで言っても頼むだろうと思ったのだ。
「え…でも……いいのかな…?」
小さくそう呟きつつも、軽食メニューを選び始める日菜子ちゃん。
確かに時間的にいうならご飯の時間でもおやつの時間でもないが、今日会ってからほとんど食べ通しに近いのだから今更だ。
それに…ここまできて、食べるのが恥ずかしいというのもないだろう。
一応、日菜子ちゃんは片手でメニューをめくりながら選んではいる…が、もう片方の手でそのおなかをやさしくさすっている……?
「もうおなかいっぱい?」
僕の問いに日菜子ちゃんは、
「ん……そういうわけじゃないけど…」
どうも歯切れが悪い返事。
それでも僕は、日菜子ちゃんが満腹になってないというなら勧めるしかない。
「なら、好きなの頼んでいいんだよ?」
せっかくなんだから、と笑顔で再度勧めると日菜子ちゃんは『そうだよね』と、先程選んだスイーツとアイスラテに加えてナポリタンと海老グラタンを注文した。
日菜子ちゃんは相変わらず美味しそうに食べている。
その様子からは言葉どおり、まだ満腹になっていなかったということが分かる。
だが…ナポリタンを食べ終わり、海老グラタンを食べている最中、日菜子ちゃんはピタッとその手を止めた。
「? ……どうしたの?」
「ん…ううんッ、なんでもない」
慌てるように答えて笑顔でとりつくろうと、再び食べ始めた日菜子ちゃん。
その後は、何事もなかったように注文したモノ全てを食べ終え、アイスラテの残りを飲んでいる。
まだいけそうか……。
どうやら僕が思っていたより日菜子ちゃんの胃の許容量は大きいらしい。
結論から言うと、いつも見ていたのは本当に軽く食べていただけだったということだ。いや、普通の人の何倍も食べていることには変わりないのだが。
ちょっとガッカリした……かもしれない。
そんな僕には気づいていない日菜子ちゃんだったが、アイスラテを飲み終わる頃、さりげなくおなかをさすっていた。
僕から見えたそのおなかは、かなりの大きさに膨らんできていたのだった――。
最終更新:2011年09月26日 11:53