ひなどり気分。
<1>
結局、私は買ってもらったワンピースを着て、優くんに手を引かれながら店を出た。
着てきた服を入れた紙袋は優くんが持ってくれている…本当に優しいなぁ。それに、
「うん、やっぱりよく似合ってる。可愛いよ」
嬉しそうに優くんは私を見て満足そうな笑顔。
好きなデザインの服…しかも買ってくれた優くんが嬉しそうならそれだけで私も嬉しい。
「ありがとうっ!」
自然と笑顔でお礼を言うと優くんも笑顔で頷いた。
そして……
「そういえば、今日は待ち合わせから直接洋服見に来ちゃったね。おなか空いたでしょ?」
「――……」
確かに待ち合わせのすぐ後にどこかでお茶をするのって、いつものデートの定番になってるんだよね…。
実際、おなかは空いてる――…いつもより朝ご飯食べてきたのに普段と特に変わらないのが悲しい。
「どうしたの!? もしかして具合とか悪い?」
「ううん! 大丈夫っ」
いつもなら即答で返すような質問に私が黙ってたからか、優くんが心配そうに聞いてきて…私は慌てて、
「優くんに言われて、急におなか空いてたのを思い出して…っ」
とごまかすように答えた……。
この答えが墓穴を掘ることになるような気もしたけど、でも一番自然な答えだったよね?
「なんだ、よかった。じゃぁ、少し早いけど…お昼にと思ってたお店にこのまま行こうか」
「ど…何のお店……?」
笑顔で歩きだした優くんに若干不安を覚えつつ聞いてみると、
「日菜子ちゃんがきっと喜んでくれるような店を見つけてね、そこ」
と返された。
お昼に行こうと思ってて、私が喜びそうなお店――…?
ってまさか、私の決意が揺らぐようなお店なんじゃ……!?
私は食べることが大好きだ。美味しいものをたくさん食べるのが好き。
それは優くんも知ってる…だから困ってるんだけど。
もし食べ放題みたいなお店だったら……普通の一人前では済まない。
それでなくても、一人前くらいの少しの量だと胃が動き出すのか、余計に食欲スイッチが入る。
だから一度の食事には、それなりに食べておかないと後からの反動が怖いことも過去の経験で知っていた。
今までは、とりあえず空腹が紛れればいいとしか考えてなかった。
だけど……この前のデートで知った満腹感がとても心地よい気分にさせてくれることを実感して、その後の食欲リミッターは緩みっぱなし…。
――それを今日は我慢しようとしているんだ。
理由なんて決まってる。
“大好きな優くんの前では可愛い女の子でいたいから!”
私はもう一度、
“優くんの前ではたくさん食べちゃダメ!!”
自分に強く言い聞かせた。その瞬間、
ぐうぅぅ~…きゅるるぅ
「!」
……このタイミングでおなかが鳴るなんて、悲しいやら恥ずかしいやら。
「あ、おなか鳴っちゃうくらいおなか空いてたんだね、急ごうね♪」
決意と同時、しかも優くんにまで聞こえちゃうくらいの勢いで鳴らなくてもいいのに。
私の慌てる様子に優くんはにこやかに微笑んでから、歩くペースを早めた…。
数分後。
優くんが連れてきてくれたのは、ホテルのランチビュッフェだった――。
しかも、けっこう有名なホテルで料理も好評な所。
ランチだろうが、ビュッフェ形式だろうが手は抜かず、その品質は変わらないままなのに手頃な価格で楽しめる……ってこの前テレビで見た。
確かに私も行きたいとは思ってたし、お手頃価格で美味しいものが食べ放題なんて天国だと思ってる……けど、優くんと来るべき所ではないはず!!
「ここなら美味しい料理が好きなだけ食べれるな、と思ってね」
優くんに悪気はない。
もちろん、本当なら私も大喜びの場所だ。
でも――…
「……うん、そうだね」
「? どうしたの? やっぱり今日は体調とか悪いんじゃ…」
「大丈夫、大丈夫! 早く入ろ?」
私が喜ぶことを期待してた優くん。
なのに私が一瞬でも曇った表情(カオ)をしちゃったから、急に心配になったみたい。だから、私はすぐにめいっぱいの笑顔で言った。
…私の笑顔と言葉に安心したのか、優くんにも優しい笑顔が戻る。
そして、私たちはお店へ。
すぐに席へ案内され、ビュッフェの案内と時間制限を説明された。
飲み物と料理すべてが食べ放題で自分で取りに行く。制限時間は90分。
私たちは二人でまず最初の料理と飲み物を取りに行くことにした。
「わぁ…本当に豪華でどれも美味しそうだねっ」
目の前に並べられている料理に加え、カウンター越しにコックさんが注文を受けて肉料理やお寿司とお刺身を作って手渡してくれるものもある。
洋食、和食、中華エリアとデザートエリアに大きく分けられていた。
――ここは、なんて素敵な所なんだろう…!
忘れようとしている空腹感が一気に強くなるのを感じた。
「日菜子ちゃん、瞳がキラキラしるよ」
優くんにクスクスと笑われ、我に返った。
私、今日は普通の女の子の食べる量で我慢するんだった――。
でも…普通の女の子ってどのくらいの量なのか、周りを見ても食べ放題で気合いが入ってる子がほとんどで分からない。
そうだよね、普通の子でも食べ放題に来たら頑張って食べるよね?
てことは、そのくらいまでは食べても大丈夫なのかな??
いやいや、『可愛い女の子は小食』なんだから!
気をつけないと、うっかりたくさん盛り付けちゃいそうだから改めて自分に…というか自分のおなかに言い聞かせた。
ちょうどいい量が分からないので、とりあえずは周りの女の子が取る量を参考にしながら、プレートにのせた空のお皿に料理を盛り付けることにした。
最終更新:2011年10月13日 20:28