『リゾナンターЯ(イア)』 70回目





「邪魔しようもんなら、ぶっ飛ばす!ふぐ面科学者!!」

衣梨奈の勇ましい声が、研究室に響く。
それを聞いた白衣の科学者の立体映像が、肩を竦めた。

「じゃあ試しに。その二人を助けてみてください。私は何の邪魔もしませんので」

助けてみてください。
それは許可のようにも、挑発のようにも聞こえた。
ただ、何かがあるからと言って手を拱くような状況ではない。

八つの影が、一斉に機械に襲い掛かる。
それと時を同じくして、周囲の空気がぐにゃりと音を立てて歪んだ。
次の瞬間には、もう誰も立っていなかった。

目の前に広がる少女たちの無残な死に様。

飛び出した刃に額を貫かれた屍。
弩に喉元を撃ち抜かれた屍。
槍で心臓を貫かれた屍。
5.56ミリのライフル弾で身体を蜂の巣にされた屍。
火炎放射器に焼き尽くされ墨と化した屍。
貴金属すら溶かす激酸を浴びせられ骨だけになった屍。
鉄球に砕かれた脳天から脳漿を撒き散らした屍。
レールガンで胴体が消滅した為、頭と手足しか残っていない屍。


○ ○

「邪魔しようもんなら、ぶっ飛ばす!ふぐ面科学者!!」

衣梨奈が、腹の底から大きな声を出した。
それを聞いた紺野は、胸ポケットから眼鏡を取り出して言う。

「じゃあ試しに。その二人を助けてみてください。私は何の邪魔もしませんので」

その言葉が、八人の少女が駆け出す合図となった。

自らの内なる獣・リオンを喚び出す亜佑美。愛刀「驟雨環奔」を抜く里保。その後ろで衣梨奈がピアノ線を張り巡らせる。春菜は五感強
化をメンバーに施し素早い反応を促す。遥が千里眼を駆使して機械の一挙一動に目を光らせる。優樹はそれらの防御策が間に合わない時
の緊急回避としての物体転移。香音は全員に物質透過をかけ、万が一のための準備する。最後方から聖が、仲間の治療と遠隔攻撃どちら
にでも移れるよう構えていた。

だが、それらの策はまったくの無駄となった。

一瞬にして、血生臭い光景が展開される。

飛び出した刃に額を貫かれた屍。
弩に喉元を撃ち抜かれた屍。
槍で心臓を貫かれた屍。
5.56ミリのライフル弾で身体を蜂の巣にされた屍。
火炎放射器に焼き尽くされ墨と化した屍。
貴金属すら溶かす激酸を浴びせられ骨だけになった屍。
鉄球に砕かれた脳天から脳漿を撒き散らした屍。
レールガンで胴体が消滅した為、頭と手足しか残っていない屍。


○ ○ ○

「邪魔しようもんなら、ぶっ飛ばす!ふぐ面科学者!!」

宣戦布告。
衣梨奈の攻撃的な言葉に、紺野は少しだけ、微笑んでみせた。

「じゃあ試しに。その二人を助けてみてください。私は何の邪魔もしませんので」

一斉に飛び出した八人の少女たち。
それぞれが、それぞれの能力を駆使してさくらとれいなの奪還を図る。
そんな中、優樹は床のある一点を見つめていた。

「おい何こんな時にぼーっとしてんだよ!!」
「どぅー、床が」
「は?そんなこと言ってる場合かよ!行くぞ!!」
「う、うん…」

床に、違和感。
優樹の気がかりは遥の叱咤により、流されてしまう。
そして。その場の空気が歪んでゆく。


刹那。
香音の物質透過は無効化される。
彼女たちにとっての大きなアドバンテージが無理やり剥ぎ取られたのを確認したかのように、機械から飛び出す多彩な殺しの道具。原始
的な凶器から、最新鋭の兵器まで。それらが、容赦なくリゾナンターに襲い掛かった。

世界の節理が乱されるような感覚。
攻撃をしかけたつもりなのに、何もできていない。完璧に避けたはずなのに、一歩も動けていない。
棒立ちに等しい彼女たちを刃が貫き鉄球が砕き砲弾が破壊する。

次々に倒れてゆく仲間たちを目の当たりにし、里保自身も防御すら叶わず紅蓮の炎に焼き尽くされてゆく。その中で、一つだけ。たった
一つだけ。

優樹が、見ていた。
床の一点をじっと、見ていた。
床は、何か化学物質に晒されたかのように、奇妙な紋様を刻まれ溶け固まっていた。
最初は気にも留めなかったが、あまりに優樹が凝視しているので里保自身もいつの間にか気になっていた。

そして今まさに、その床の上で。
優樹が何か液体を浴びせられ、濛々とした煙を上げながら骨だけになっていた。
焼け爛れ、視界が完全に焦がされるまでの間。里保はその様をずっと、見ていた。


○ ○ ○ ○

「邪魔しようもんなら、ぶっ飛ばす!ふぐ面科学者!!」
「そこのちょっとふくよかな子。あなた、透過能力があるからどんな妨害も通用しない。そう、言いましたね?」
「い、言ったけど確かに」

意気揚々と叫ぶ衣梨奈を無視し、紺野が香音に問う。
不承不承に香音が出した答えを聞いている科学者の眼鏡が、鈍く光った。

「じゃあ試しに。その二人を助けてみてください。私は何の邪魔もしませんので」

邪魔はしない、と言われて引き下がれるはずがない。
八人全員が、囚われのさくらとれいなに向かって走り出す。

そんな中、優樹は何かを思案するかのようにある床の一点を見つめ続けている。
しかしそれを遥に咎められ、思い直して仲間たちとともに走り出した。

里保は、その様子を見ながら思う。
また優樹ちゃんあんな床なんか見てる。
そこで、ふとある疑問が浮かぶ。


また?
うち、「また」って言ったの?

わけがわからなかった。
また見てる、というのは以前に見ているのを目撃してから言える言葉。
ただ単に似たような過去の体験がフラッシュバックしているだけ。そうでもなければ、そんなことを考えるわけがない。

自らの疑問に蹴りをつけて走り出そうとする里保。
だが、その直後に左の手の甲にひりつくような痛みを感じた。

火傷?さっきまではなんともなかったのに。どうして…

わからない。答えが出ない。
だけど、このままじゃいけないような気がする。
戸惑い、迷い、思考の迷宮に放り込まれた里保が、一際大きな声を上げた。

「ちょっと!!みんな、待って!!!!」





投稿日:2014/04/13(日) 23:32:47
























最終更新:2014年04月14日 11:30