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自らの体が溶けてゆくような感覚。
目の前が黄緑色の光に包まれ、そして視界が晴れてゆく。
これ、あの時と同じ感覚…?
衣梨奈は、さくらの精神にダイブした時のことを思い出す。
成功したのか。喜びに思わず握り締めた拳は、しかし目の前の光景が先ほどまでとまったく変わっていない。
当たり前のようなそうでないような。思わず首を傾げざるを得ない。
レールの上に停車している電車。
地面に敷き詰められたバラストに枕木。横たわっている黒髪の少女。
いや、これこそが彼女の精神世界なのか。
そんな想定は、慌てて電車から降りてやって来る若い男の姿に否定される。
「きっ君たち大丈夫かい!!!」
どうやら線路上に突如現れた彩花を轢いてしまったものと勘違いしているらしい。
顔は顔面蒼白、表情を引き攣らせながら駆けつけた運転手は、倒れている少女たちがほぼ無傷に近い状態であるのを見
てやや安心した様子ではあったが。
「大変だ!その子手にひどい怪我をしてるじゃないか!!すぐに救急車を…」
「べ、別に大した傷やないと!!」
気を失った春菜の手が血まみれになっているのを見つけた運転手を、慌てて制止する衣梨奈。
サイコダイブが失敗したのなら、何故春菜が倒れているのか。理由もわからず何とかこの場を切り抜けようと考えていると、
頭の奥へと訴えかけるような甲高い声。
― 生田さん!生田さん!! ―
「は、はるなん?」
― よかった!返事が帰って来た!ところで生田さんはどこにいるんですか? ―
どこにいる、とはまた何とも要領を得ない問いではあるが。
とにかく、語りかけてくる春菜に対して衣梨奈は。
― どこにいるも何も、さっきと同じ場所っちゃよ。はるなんこそどこに… ―
訊き返そうとした衣梨奈だが、はるなんの「ということは…」や「もしかしてこれは…」「そう考えるとこの状況はたぶん」
などという独り言の嵐に飲み込まれてしまう。
― ちょっとちょっと、一人で納得しとらんと、衣梨奈にも説明してよ!! ―
痺れを切らした衣梨奈に、春菜は現在の状況を掻い摘んで話し始めた。
光に包まれ、その光が引いていった時に広がる不思議な光景。そしてその場に立つ感覚が、かつてさくらの精神にダイブし
た時にとてもよく似ていることを。
それらのことをまとめ結論づけると。
衣梨奈と春菜の共鳴に伴なうサイコダイブはある意味成功し、そしてある意味失敗に終わった。というのは、春菜の精神は
無事に彩花の中に潜行できたものの、衣梨奈は現実世界に取り残されてしまったからだ。
― でも、生田さんの力がないときっと私は和田さんの中からはじき出されてしまうと思います。 ―
確かにその通りだと衣梨奈も思った。
今こうしている間も、春菜の言う「和田さん」という少女の中に自分の力が流れ込んでいっているような感覚がある。つま
りは彼女の精神を救うことは春菜と衣梨奈の共同作業になるということだ。
「君、さっきから何をぶつぶつと…もしかして頭でも打ったかい?」
そうと決まれば、あとは実践あるのみ。
と同時に申し訳ないがお邪魔虫にはおとなしくしてもらわないといけない。
「怪我はないですけど。あ、それより実はえり、魔法が使えるんです」
「はぁ?」
いよいよ怪我で頭がおかしくなってきたのか。
訝しげに衣梨奈を見る運転手を他所に、衣梨奈が人差し指を向ける。
「傘の魔法って言うんですけど」
「ま、魔法?」
確かに空は今にも泣きだしそうではあるのだが。
困惑する男を無視して衣梨奈は話を続ける。
「ほら、今にも雨が降りそうやけん。じゃあいきますよ、ちちんぷいぷい魔法にかーかれ!」
効果範囲は半径55cm、でも何でもなく。
最初から魔法など信じてはいないが思わず自らの頭上に目を向けた若い男は、尋常ならざる力で視界がぐるりとひっくり返
されるのを感じる。そしてそのまま地面に頭をぶつけて気絶してしまった。
「…ちょっとやり過ぎやったとかいな。ま、いっか」
相手が頭上に気を取られている隙に、相手の足にピアノ線を巻きつけ前方に思い切り引っ張りこけさせる。衣梨奈の師匠の
里沙ならこんな手荒な真似をせずとも男の記憶を奪うことができるだろうが、なにぶん衣梨奈の力は調整が利かない。
おそらく回送列車だったのだろう。
運転手の他には誰もいなさそうだ。これなら「精神潜行」に集中することができる。
衣梨奈は彩花を、そして春菜を背負い線路脇の芝生まで移動した。
投稿日:2014/09/13(土) 13:25:23.34 0
最終更新:2014年09月17日 06:32