「せやから、悪い話やないと思うねんけど」
者は通天閣の南にある、貧民街。
たまたま仕事でこの地を訪れていた春水は、妙な二人組の女に声をかけられた。
一人は髪を短めにした、勝気な顔をした女。そしてもう一人は。
「うちらの仲間になったらな、いろいろええことあるで? あんたみたいなペーペーでも、十分に贅沢できるくらいの給料も出るしな」
先ほどの女とは対照的な、いかにも女性らしい顔つきの女。
だが浮かべる笑顔の裏に、寒々しい闇が潜んでいるのを春水は感じ取っていた。
「うちらのグループは大阪じゃ知らんやつはおらん大所帯や。あんたにとってもプラスな…」
「お断りや」
「は? あんたみたいなフリーの能力者がいつまでも安穏としてられる場所と違うで、ここは」
「せやな。悪いようにはせえへんよ。うちらに従うんならな」
二人の誘惑をぴしゃりと拒否した春水は、大きな声ではっきりと宣言する。
「うちな、鞘師さんって人に憧れてんねん。せやから、その人んとこに行く」
サヤシ、という名前を聞き、顔を見合わせる二人。
そして、腹を抱えて笑い始める。
「サヤシ? 知らんわそんなやつ」
「横山やすしならうち知ってんで」
「『アーキミキミ、正味の話やなぁー』みたいな」
「やっさんそんなアントニオ猪木みたいな喋り方せえへんよ」
「そうそうこの顎やと喋りにくくてなー、ってなんでやねん!!」
意味不明な漫才を繰り出す二人組。
だが、次の春水の言葉で空気が変わる。
「鞘師さんは、めっちゃ強いねんで。少なくともあんたらより、ずっとな」
髪の短いほうも、そして長いほうも。
表面を取り繕う微笑すらたたえていなかった。
「今あんた、何て言うた?」
「あんまりわがままばかり言うてたら…死ぬで?」
髪の短いほうが、片手を上げる。
うらびれた建物の影から姿を現す、一人の男。
「姉さん、こいつですか?」
「ああ、好きにしたらええ」
春水は確信する。
こいつら、最初からうちが断ったらこうするつもりやったんや、と。
黒服の、オールバックの男は言う。
「お前、パイロキネシスの使い手らしいな。せやけど、俺の前にそんなもんは通用せえへんで」
そして、春水の前に突き出された、手。
何かの能力が、春水の体を包み込む感覚が伝わる。
「そいつはな、能力阻害のエキスパートや。あんたの発火能力はもう使われへん」
「…大物ぶってる割に、ずいぶんせこいことするやん」
「あんたみたいなの、うちらが直接手ぇ下すわけないやんな」
ずいぶんな言われようではあるが。
春水の表情に、怒りはない。むしろ、清々しさすら感じさせる。
「あんたらうちの能力を勘違いしてるみたいやから、実際に見せたるわ」
そしてそう言うや否や。
春水の両脚に、紅蓮の炎が絡みつく。
「何や?俺の能力阻害が利かへんやと!!」
自分の能力阻害が破られたのを信じられない男。
だから、春水の舞うように近づき、そして目の前で繰り出される回転蹴りを避けることができなかった。
瞬く間に炎に包まれた男は、無様にも地を転げまわる。
「うちの炎は、生まれつきや」
人間は、運動をする時に必ず脂肪を「燃焼」させエネルギーを発生させる。
それと同じ原理が、春水の脚にも起こっていた。
ただしその燃焼は、超高温に達した文字通りの炎となって現れる。
「なるほどー、能力やなくて体質なんやねえ」
「感心してる場合かい!」
脚を燃やしながら、一歩ずつ二人組に近づく春水。
その炎は地を焦がし、そして風をも焦がす。
「うちらとやる気か」
「はじめからそのつもりやったんやろ?」
春水の姿が、変わってゆく。
両足が炎に包まれつつも少しも火傷をしているように見えないのはこれが原因か。
人ではない何かにシルエットを変えゆく相手を見て、髪の短い女はぼやく。
「はぁ。うちら、とことん『獣人族』と縁があるんやな」
燃え盛る炎に包まれた虎が。
天を衝く咆哮を上げながら、二人の女に襲い掛かった。
投稿日:2015/02/04(水) 23:44:26.17 0
最終更新:2015年02月05日 13:55