『リゾナンター爻(シャオ)』 36話




でぃんどんでぃんどん…でぃんどんでぃんどん…てんてけてんてん…てんてけてけてけ…

眩い電飾と床置きサーチライトに照らされた、大広間。
中年男性のアカペラ音楽とともに入場するのは、どこかで見たようなキャラクターたち。

目つきの悪い、鼠に似た団扇のような大きな耳をした男と女の二人組。
続いて、「ミツ」と書かれた黄色い壺を持っている茶色い生き物が、ふらふらと入ってくる。
さらに、緑色の四足歩行の馬のような、犬のような。そんな不思議な物体。
最後に、水色のセーラーを着た不細工な鳥の顔をした男。
よたよたと連なって歩く様は、何かのパレードのようにも見えた。

広間の中央に敷かれた、赤絨毯。その最奥の玉座に、ポニーテールの少女が座っていた。
しばらく少女は、その奇妙なパレードを眺めていたのだが。

「…うざ」

それだけ言うと、中年男性の声でずっとてんてけてんてけ言ってるのを流しているCDプレイヤー
を鼠の男に向かって投げつけた。
重量に速度が乗った物体は嫌な音を立てて鼠男の顔面を破壊する。飛び散り、床に赤い染みを
作る血。
それを見て、異形の者たちはパニックに陥る。緑色の馬犬はくるくると回り続け、鼠女と茶色い生
き物がひたすら相手を蹴り合い続ける。何をしていいかわからずに近くにあったサーチライトを持
ち上げた鳥男に、少女が襲い掛かった。


懐に飛び込まれ、顔面を蹴り上げられる。
ぼきりという、首の骨の折れる音。明後日の方向に首を曲げた鳥男は、膝をついて仰向けに倒れ
それきり沈黙してしまう
少女の暴挙はさらに続く。くるくると回っている犬馬の背を掴み、その頭から垂れ下がった両耳
を。力任せに、引きちぎった。痛みで汚らしい悲鳴を上げる緑の生き物、それも少女の放った止
めの蹴りを腹に刺され、止まる。

少女の目は、壷を持った茶色い生き物にも向けられる。
自分が殺される事を察知したのか。おずおずと、「ミツ」と書かれた壷を少女に差し出す生き物。
その中に手を入れてくれ、という意思表示なのか。

躊躇せず、壷の中に手を入れる少女。
しかしそれは罠であった。その黄色い壷こそが、生物の真の口吻。好奇心で差し入れた人間の手
を、ばりばりと噛み砕くのだ。少女の手もそうなる運命だった。はずが。

「くっだらねーことしてんじゃねえよ」

少女は。壷に手を噛みつかれたまま、生き物をゆっくりと頭上に持ち上げる。
その高さが頂点に達した時。勢いのままに茶色の生物を床に叩きつけた。叩きつけ、いや、叩き
潰された生物は全身の骨を砕かれ、そのまま動かなくなった。

動かなくなった死体に、なおも攻撃の手は緩めない。
元々つくりの丈夫でない彼らは、忽ち自らの肉体を崩壊させた。
腕がもげ、眼球は飛び出し、腹が破け腸が噴き出る。
あちこちで血を流し、臓物を撒き散らして倒れている死体。
サーチライトに照らされ、返り血を浴びた少女は広間に響き渡るように高らかな笑い声をあげる
のだった。


そんな血腥い惨劇を黙ってみていた、もう一人の巻き毛の少女が。
呆れ口調を交えて、語りかける。

「何や、のんが『リヒトラウム』のパレード見たい言うから、マルシェの研究室から盗んできたのに」
「これのどこがパレードなんだよ、きもいって」

言いながら、恐怖で固まっていた鼠女の首根っこを掴み、近くの柱に激突させる。
ごしゃあっ、という音と共に流れ出る、粘りのある赤い水。錆びた鉄の臭いが、辺りに立ち籠めた。彼
らは、彼女らは、組織の狂科学者が作り出した哀れな失敗作だった。

「のんはさ。純粋に夢の国を楽しみたかったのに。やっぱ中身は乙女だし」
「おええっ、そんな血まみれなツラして何が乙女や」
「は? あいぼんに言われたくねーし」
「ははっ、うちこそ真の乙女やで? 寝る前のリップクリームは欠かせへんし」
「バージニアスリムの間違いだろ」

些細なことから、しばし睨み合う二人。いつものことではあるが。
冷静になり引くのは、いつも巻き毛のほうだ。

「まあええ。自分、かなり苛立ってんなあ」
「”うちらの”敷地で余計なことしてる連中がいるみたいだけど」

ポニーテールの苛立ちの原因は、そこだった。
この夢と光の世界に、リゾナンターを招き入れて殲滅する。
その計画は順調のはずだった。


「鋼脚」から掠め取った精神操作能力を優樹に使い、あたかも偶然このテーマパークに招待されるよう
な形を作った。
リゾナンターのアドバイザー的存在の光井愛佳に、「9人の後輩たちが血まみれで横たわる」未来を見
たかのように錯覚させた。
愛佳からそのことを聞いた道重さゆみは、一目散にリヒトラウムを目指すだろう。
あとは元々の目的が眠っているこの地で、さゆみを亡き者にするだけ。ところが。

自分たちの計画に、水を差す能力者たちが現れた。
福田花音が率いる「スマイレージ」のことだ。もちろん。
彼女、「金鴉」にとっては取るに足りない存在だが、目に入れば煩わしい。

「ええやん。そいつらもついでに”うちらの宴”に招待したろ」

不敵な笑み。
ハプニングさえも、自らの計画に取り入れる。
それくらい、あいつにできて、うちに出来へんわけないわ。
誰に言うとでもなく、もう一人の少女、「煙鏡」がひとりごちる。

「リヒトラウムの管理人はどうするよ」
「こぶ平のやつには言うたんやけどな。まあええ。遅かれ早かれ、あっちから連絡が行くやろ」
「ふーん。ま、いいや」
「珍しいな。のんもそいつと戦いたい、とか言わへんなんて」
「ツクリモノとか、興味ないし」
「…せやな」

肩を竦め、広間の窓際に立つ「煙鏡」。
眼下には、夢と希望で溢れる、楽園がどこまでも広がっている。


「のんも見てみ。このおもちゃみたいな楽しいテーマパークの地下に、悪魔みたいな『ブツ』が隠され
てるなんて、あそこにいる誰も知らんのやで?」
「でもさ、それさえ手に入ったら。あいぼんとのんは」
「ああ。大逆転や」

偉そうにしている、弱い奴。
そいつを排除しただけなのに。彼女たちに組織の長が与えた懲罰はあまりにも不当。
そうとしか思えなかった。

そして「首領」に幽閉されてからずっと。
そのことだけを考えていた。隔離された、狂気の世界。
昏い思いは年月とともに凝縮され、一つの形になる。

復讐。

ずっとこの時を、待っていた。
偉そうな「首領」も。すかしている「叡智の集積」も。
自分たちを虐げていた連中は、痕跡さえ残さずに消してやる。

「ざまあ見晒せ。うちらが反省なんか、するわけないやろ」

懐から取り出したトランシーバは、敷地内の放送設備をジャックし、敷地全体に「声」を届ける役目を
果たす。
もうすぐ、楽園は地獄と化す。その瞬間を決めるのは。
自分だけだ。

あーあー。テス、テス。
本日は晴天なり。本日は晴天なり。
ただいま、マイクの、テスト中…





投稿日:2015/02/17(火) 21:00:08.86 0



























最終更新:2015年02月18日 13:28