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異変は、車両内にいた春菜たちにも伝わっていた。
何の前触れも無く、ゆっくりと動きを止める列車。その止まり方に、春菜は既視感を覚えていた。
もしかして、これは。
「鈴木さん、物質透過をお願いします!!」
「え?あ、うん、わかった!」
取り合えず外に出ようという判断なのだと悟った香音。
自身と春菜、そしてさくらに物質を透過させる力を与えた。
最初からそこに何もなかったかのように、車両のドアを摺り抜ける三人。
春菜は、先頭車両の鼻先に立っている女性を見て、思わず声をあげる。
この独特な雰囲気。見間違えるはずもない。
「あ、彩ちゃん!!」
和田彩花。スマイレージのリーダーにして、加速度操作能力の使い手。
やっぱり、という気持ちと同時に、まさかこんな場所で会えるなんて、という驚き。
スマイレージのリーダーとして、花音の手助けに来たのかも、などということは、これっぽっちも
考えなかった。
「やっぱりはるなんだ!はるなん!はるなん!!」
一方の列車暴走を止めた立役者である彩花もまた、春菜の姿を見つけてこちらに駆け寄る。手を取
り合い飛び跳ねている様は、緊張感の欠片もない。
「何ですか、あれ。あの人、確か生田さんと飯窪さんが助けたっていう。その時の恩返し、なんで
しょうか」
「さあ、どうなんだろうね」
その様子を遠巻きで見ながらも、警戒を怠らない香音とさくら。
そんなことを思われてるとはいざ知らず、美しき友情を展開している二人だが。
「今回はほんとに危なかったんです!彩ちゃんがいなかったら、どうなってたか」
「ううん、あや大したことしてないから」
「でもどうしたんですか、こんな場所に」
「んー。花音ちゃんたちが、あやに黙って勝手な行動するから連れ戻しに」
そこでようやく、春菜は今回の花音の襲撃がまったくの独断だったということを知る。
後から考えてみると、スマイレージのリーダーは彩花なのだ。彼女が不在だったという事実が不自
然なことだと気づくべきだった。
「そうだ、はるなんの先輩だっけ。道重さんと一緒に来たんだ。今、あっちのほうに行ってる」
「み、道重さんが来てるんですか!!」
さらに思いがけない事実。
どうして道重さんが、と思う前に、ある異変に気を取られる。
彩花が指差した方向には、リヒトラウムの入場門がある。
そこに、遠目からでもわかるくらいの人だかりと呼ぶにはあまりに多くの人間がひしめき合っていた。
「…とにかく、みんなと合流しよう。あの「金鴉」「煙鏡」とか言う2人組のことだ、きっと次の手
を打ってくるはず」
「じゃあ彩も。あっちのほうに花音ちゃんたち、いるっぽいし」
こうして完全に沈黙した列車から離れ、香音たちは入場門を目指すのだった。
一方、件の入場門の前には。
「みんな、大丈夫だった!?」
「道重さん!!!!」
聞き慣れた声に、耳を疑うリゾナンター一同。
白い肌に艶のある黒髪、はっきりした二重瞼。
喫茶リゾナントの主であり、そしてリゾナンターのリーダー・道重さゆみ。
彼女は間違いなく、リヒトラウムの地に立っていた。
まさか。でもどうして。とにもかくにも、ぎりぎりまで張り詰めた緊張の糸は、一気に緩むことと
なる。
じわじわとこみ上げる思い。感極まって、全員でさゆみを囲むような形を取ろうとした時。
「りほりほー!!」
「むぎゃっ!?」
さゆみは、「標的」へとまっしぐら。
お決まりのハグ、そして治療と称したお触りだ。
全身で喜びを表現しているさゆみと比較して、ただ身を硬くして目を白黒させている里保、という
光景は最早お約束である。
「愛佳がみんなが血塗れで倒れてる未来を視たから心配になって…でもさゆみは決してみんなのこ
とを信頼してなかったわけじゃないし、それに何よりも、りほりほ、怪我はない?敵に変なことさ
れなかった?」
「は、はあ…」
今まさに変なことをされているんですが。
全身にくまなくぺたぺた、さわさわと癒しの手を這わせるさゆみに、そんな言葉をかけられるはず
もなく。ただ、こうなると外野が黙っていない。
「やすしさんだけずるい!もうみにしげさんきらい!!」
「み、道重さん!あたし、リオンの出し過ぎでちょっと腰が…」
あっと言う間に、後輩たちに囲まれるさゆみ。
そんな中、相変わらず忌々しげにこちらを見ている花音と目が合う。
「あんた、確かスマイレージの」
「何ですか。あたしたちはもう、これから帰るところなんですけど」
「…リーダーの子が、心配してたよ」
「は?余計なお世話です」
花音は、さゆみの言葉が図らずも彩花がこの地に来ていることを示すものと悟る。
何であやだけ仲間はずれなの、と変な空気で詰問されるのはまっぴらだ。
彩花がいることで戦力の大幅増大、はいいけれども。さゆみがいる以上は共闘などという最悪の展
開すらありうる。
一刻も早く、この場から立ち去らなければならない。
一方、さゆみは花音を見て。
ひねくれた面倒臭そうな相手ではあるが、愛佳が伝えた悲劇の未来からはほど遠いように感じた。
第一、そのような圧倒的な実力を持っているようにも見えない。では、あの予知は。
まるでさゆみの疑問に答えるかのように。
その二人は突然、姿を現した。
「随分遅いご登場やないか」
「こっちは待ちくたびれたっつの」
空気が、重くなる。
それは地獄の使者たちが放つ、底知れぬ悪意のせい。
さゆみは現れた二人の少女、「金鴉」「煙鏡」の姿を一目見て、理解する。
この二人こそが、後輩たちを血の海に沈める未来を齎すものだということを。
投稿日:2015/05/13(水) 02:44:05.76 0
最終更新:2015年05月14日 11:52