―少女は孤独に打ち震えていた
―孤独な魂は救いを求めていた
―しかし少女が声に出して救いを求めることは決してなかった
―救いを求めれば自分が崩れてしまうと思っていた
―涙を捨て、感情を封印した石の心で生きていけばどんなつらいことでも耐えられると思っていた
―しかし涙を捨てた少女の心は干上がった湖の底のようにひび割れた
―その心の傷の痛みに耐え切れなくなった少女が自らその命を散らそうとした時、その人は舞い降りた
気の弱いいじめられっ子を装って、高橋愛の同情を引きリゾナントに出入りするようになった女子校生。
正直最初見たときは、愛佳イラネと思った。
だがしかしダークネスの凶弾に傷ついた私のことを治癒のチカラで救ってくれてから認識が変わったある意味命の恩人。
優秀な頭脳と治癒能力を武器に、今ではリゾナンターには欠かせない存在なった関西人。
彼女なら、リゾナンターきっての優秀な頭脳を誇る光井愛佳なら私に一杯食わせることだって可能かもしれない。
そうよ、愛佳が田中の悪事の片棒を担いで私をこんな目に遭わせたに違いない。
でも信じられない、まさか愛佳がこんなひどいことをするなんて。
た、田中会なんて2ちゃんねらーの狼脳の中でだけ存在してるものだとばかり思ってたけどまさか実在していたの!!
いや違う。 愛佳はいい子だからそんな悪に染まるなんてことはない。
きっと田中に脅されて…。
も、もしかして愛佳までが「凡奇湯」の誘惑に目が眩んだというの!!!
でも愛佳は「凡奇湯」に入る必要なんてないじゃない。
愛佳の胸はボンッとしてるじゃないの!!!
里沙は愛佳の姿を思い浮かべる。
その胸は里沙のCカップのバストをあざ笑うがごとく誇らしげにそそり立っていた。
わかったわ、愛佳。
あんたの望みがわかったわ、愛佳。
そうだったのね、愛佳。 あんたはくびれが欲しかったのね。
ウェストの欄に60以下の数字を記したかったのね。
キュッが欲しかったのね。
そう確かに光井愛佳の胸はボンであった。
その偉容は僚友リンリンと並びリゾナン山脈にそびえ立つ二大巨峰として、一部リゾナンターマニアの熱烈な視線を浴びている。
だがしかしというべきか、天は二物を与えずというべきか。
愛佳のボディ全体にはどこか幼さいという印象が漂うのだ。
童顔とも相まって、肉体派リゾナンターとして一皮剥けきらないものがあるのだ。
そう理想の女体の有様を言葉で形容するならばこれすなわち、ボン。キュッ。ボン!
だが愛佳の身体をこれまた言葉で表すならボン。ボバ。ボン!
足りないのだ。
キュッがないのだ。
くびれが足りないのだ。
ボン。キュッ。ボン!ではないのだ。
だからなのね。
田中と示し合わせて私を罠にはめ、「凡奇湯」の力でボン。キュッ。ボン!になろうとしたのね。
でもね愛佳、あなたは間違ってるわ。
あの田中が、性根の腐った田中が、他人と「凡奇湯」の効能を分け合うなんてことがあるはずがないわ。
判る、私には判る。
中澤の温泉宿に到着していざ「凡奇湯」へ入ろうとしたことろであの女は仕掛けてくる。
あなたに何か用事を押しつけて、一人「凡奇湯」に入ろうとする筈。
見える、私には見える。
…あっ、愛佳。 れいなバスタオル部屋に忘れたけん取ってきてくれん。 風呂上がりにジュースおごるけん。
そう言ってあなたを客間に遠ざけた田中は、一人「凡奇湯」に浸かる。
勿論中から細工をして自分以外の人間は入って来れないようにして。
何て卑劣な女なの。
聞こえる、私には聞こえる。
貧弱そのものの胸に「凡奇湯」の源泉を浴びせる田中の高笑いが。
あの浅ましい泥棒猫! ポリタンクを持ち込んで、「凡奇湯」の泉水を持ち帰ろうとするなんて、どこまで見下げ果てたヤツなの。
リゾナンターの恥さらしが!!
かわいそうに。
愛佳。 あなたは田中に利用されて、使い捨てにされることに気付いてないのね。
許せない。本当に許せない。
田中も許せないけれど今私が許せないのは「凡奇湯」。
私は人類の宝としてあんたのことを守るつもりでいた。
だけど愛佳みたいないい子を惑わせるあんたのことを許せない。どうしてくれよう。
そうだ、こうなったら成敗してやる。
「凡奇湯」に浸かりまくってやる。
毛穴という毛穴から「凡奇湯」の泉水を吸収してやる。
毛穴で追いつかなかったら、口から「凡奇湯」を取り込んでやろうではないか。
飲んで、飲んで、飲みまくって、「凡奇湯」を枯らしてやろうではないか。
そしてもう二度とボン。キュッ。ボン!になろうなどという欲望に目が眩む者が現れないようにしてやろうではないか。
そのために払う代償は小さくない。
浴びるだけでなく、服用することでどんな効果が私の身体に表れるか。
想像するだけで恐ろしい。
ボン。キュッ。ボン! さようなら、泣き虫だった私
ボン。キュッ。ボン! こんにちわ、私の笑顔
ボン。キュッ。ボン! YES I am ボンキュッ ボンキュッ ボンキュッ BOMB GIRL!!
「うわっ、とっと」
考え事をしていた所為で愛の手が郵便受けに伸びていくのを見過ごしていた。
バレてしまうではないか。
もしも愛によって私の腕が解放されるよなことになれば、掌に握りしめている「凡奇湯」への招待状の存在がバレてしまうではないか。
掌の中の封筒を手放そうという考えは起こらない。
何故なら人類の宝「凡奇湯」を成敗しようという使命感が今の里沙を突き動かしているからだ。
だから、郵便受けに触れようとしていた愛のことを…。
「どけ! さわるな!!」 と自由な方の左腕で突き飛ばしたのも当然の帰結だ。
「里沙ちゃん、何で」
長年の同志にして莫逆の友から受けたまさかの仕打ちに愛は泣き出しそうだ。
「私には判る。 この爆弾は解体しようとしてさわってしまうと爆発するタイプだと。 だからさわっちゃいけない」
自分の嘘で創り出した状況を最後まで守ろうと、里沙は必死だ。
その一方で自分を突き飛ばした里沙の仕打ちが、自分を助けるためだったと思いこんだ愛も強く決意した。
何としてでも自分のチカラで里沙は救い出すと。
「だったら里沙ちゃん。 その郵便受けに外から触らんかったら爆発しいへんの」
改めて確認をする。
「ああ、だからこれは私が一人で何とかしてみるから愛ちゃんは早く逃げて」
「さあ早く、里沙ちゃん今のうちに早く」
愛が急かす。
一体何のことかと思った里沙は自分の右腕がかなり楽になっていることに気づき愕然とする。
どうして?
自分の腕を捕らえていた郵便受けの差し入れ口を見た里沙は、そこが広がっていることに気付いた。
まるで内部から押し広げられたように。
え、ええぇぇぇぇぇぇっっ。
一体どうして?
「あーしのチカラで中からねじ曲げたから」
愛の誇らしげな声が響く。
え、ええぇぇぇぇぇぇっっ。
そんなオチなの。
また何で愛ちゃんが唐突にサイコキネシスなんかを。
「あれっ。 里沙ちゃん知らんかった。 あーしが念動力を持っていること」
え、ええぇぇぇぇぇぇっっ。
何その取って付けたようなご都合主義の後出しジャンケン。
まるでジャ○プのB○E○C○じゃないの!!
里沙に詰られた愛は拗ねたように唇を尖らせると、一冊の本を差し出した。
「かなしみ文書」という題名の本の[M-A6-09]の項目を指差す。
「声」という題名の一文にはこう記されていた。
“私は高橋愛 私は共鳴能力増幅・念動力の他に近くの人間なら少し心の声が聞けたり伝えたり出来る ”
「ああ、そういえばそうだったね」 力なく頷くと右腕を差し入れ口から抜いた。
固く握りしめられた掌の中にはくしゃくしゃになった封筒が。
「危ない!」
いきなり愛が覆い被さってきた。
ちょっこんな寒い中、しかも道の上で迫ってくるなんてマジかよ、おい。
いまだかつてなかった野生的な愛の求愛行動に一瞬引いていまう。
リゾナントの入り口付近でもつれ合う二人の前に、変形に耐えきれなくなった郵便受けが音を立てて落ちた。
ガラン!
軽い金属音が里沙を打ちのめす。
ええっと、もしかして私の腕が抜けなくなってたのは、慌てて狭い差し入れ口から腕を突っ込んだからってこと?
れいなや愛佳が仕掛けた罠とかじゃなかったってこと?。
焦らず落ち着いて下の取り出し口から抜き取っていればよかったってことでおk?
ていうか「凡奇湯」への招待状を握りしめてた拳を開いてれば、軽く抜けてたんじゃないの。
徒労感が里沙を包む。
せめてもの慰めは、「凡奇湯」へのパスポートは今私が手にしているってことぐらいなわけだけど…。
でもそれもこうして愛に現場を押さえられた以上、知らぬ存ぜぬで着服するわけにはいくまい。
「ちょっと重いからのいてくれないかな」
「あ、ゴメン。 でも里沙ちゃん、爆発なんて起きなかったやん」
「あはは、愛ちゃんの剣幕に爆弾も恐れをなしたってところかな」
自分の身の危険も顧みず私のことを守ろうとしてくれたんだ。
ひょっとしたら「凡奇湯」なんかよりも、目の前にいるこの女こそが私にとっての宝なのかもしれない。
そう思うとあんなに大切に思えた「凡奇湯」への招待状もただの紙切れにしか思えないのが不思議だ。
「あっ、これ。 ちょっとくしゃくしゃになったけど、中澤さんからの…」
違うのだ。
中澤からの招待状なら、墨跡が目にも鮮やかなのだが、今里沙の手にある封筒にはカラフルな文字が印刷されていた。
「あーっ、これ。 最近よく入ってるんよ。 何かセールスの人間が直接放り込んでいってるみたいで」
“低迷する金利。 不確かな証券市場。こんな時だからこそ、金。 実物資産の代表格の金取引を貴方にご案内します。絶対儲かります。 このチャンスを逃さないで下さい ”
あはは、私こんな見当違いのモノの為に必死こいて寒空にさらされて、何この敗北感。
郵便受けの残骸を見やったが、中には何もない。
ちっ、郵便配達の届けた郵便物はもう回収したってこと…
完全に潰えたかに思えた希望。 だが誇り高き戦士新垣里沙の不屈の闘志はそんなことで挫けることはなかった。
…なら、やれる。まだ勝負は決していない。
今この場に「凡奇湯」への招待状が存在しないということは、神が私に与えたチャンスなのかもしれない、きっとそうだ。
愛を悲しませることなく、「凡奇湯」への招待状を入手する機会がもう一度与えられたのだ。
店内にあるであろう招待状を愛に気取られぬように奪取すれば、私はなれる。
ボン。キュッ。ボン! さようなら、泣き虫だった私
ボン。キュッ。ボン! こんにちわ、私の笑顔
ボン。キュッ。ボン! YES I am ボンキュッ ボンキュッ ボンキュッ BOMB GIRL!!
「なあ里沙ちゃん。 本当にこの金取引って絶対儲かるんかなあ」
十年近くの月日を一緒に歩いてきた同志。
莫逆の友にして、運命の人が人の良さ丸出しの表情で尋ねてくる。
本当にこの人は…
「愛ちゃんは本当に人が良いなあ。 いいかい、もしも本当に儲かるんなら、何でわざわざ他人に教えるのさ。
私だったら、そんなオイシイ儲け話は独り占めするけどね」
やっぱりガキさんは頼りになるわあ、と頼もしげな視線を送ってくる愛を店内に誘いながら里沙は言った。
「愛ちゃんは騙されやすいんだから。 何かあったら私に相談するんだよ」
身体が冷え切ったから何か温まるもの作ってよ、と言いながら里沙の目は光る。
待ってなさい、「凡奇湯」。 私があんたのことを成敗するその日まで。
誇り高き戦士新垣里沙の戦いは続く…
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最終更新:2011年01月22日 22:29