会議室を思わせるその館の一室は、組織にとって最も重要な決定を下す時のために造られたといわれている。
整然と並べられた長机と椅子。ホワイトボード。
分厚い壁は防音仕様になっていて、出入りはたった一つの鉄扉のみ。窓はない。
室内には盗聴防止用の電波が絶えず流され、能力阻害の措置も施されていた。
愛は、この部屋に集った仲間たちの顔を改めて見回した。
決定は覆らない。
そう念を押すかのように。
「通達は、以上。各自これから持ち場について。敵は今夜必ずやって来る」
強い口調で伝え、踵を返す。
何名かの物言いたげな視線が目に入ったが、相手にしようとは思わなかった。
これ以上この件について何か言葉にすれば、自分が壊れる。
高橋愛は特殊技能部隊「リゾナンター」を束ねるリーダーだ。
何があっても崩れるわけにはいかない。自分だけは。
結局、仲間たちは何事も訴えることなくまた一人、また一人とこの密室を後にした。
彼女たちも心の奥底ではわかっているということだろう。
これは、“仕事”なのだと。
どんなに声高に叫んだところで、現状は何一つ変わりはしないのだと。
静寂と陰鬱な空気だけを残した部屋の後始末を守衛役に任せ、愛も自身の持ち場へ向かう。
敵の狙いは上層部の命だ。
愛は、幹部の部屋に繋がる大広間での待機を命じられている。いわば最後の砦。しくじることは許されない。
大広間の扉の前には、里沙が壁に背を凭れて立っていた。
愛と同様、最後の砦を任されている里沙。
彼女は愛の姿を見とめると、体を起こしてある問いを投げかけた。
「どうする?」
主語のない問いかけ。
どうとでもとることのできる問いかけ。
彼女は、選択の余地を与えてくれたのだと思う。
どのように解釈するかは自分で決めろ、と。
愛は里沙の配慮に感謝した。
感謝をして、その配慮に精一杯甘えることにした。
「そのとき手が空いていたほうにしよう。恨みっこなし。どっちがって決めちゃうと、隙ができるかもしれないから」
「…わかった」
簡潔に答えを伝える。
里沙は短く肯いただけだった。
肯いただけで、真意を問い質そうとはしなかった。
ありがたいと思う反面、物足りなくもある。
心のどこかで、自分を止めてくれはしないだろうかと期待していた。
リーダーとしてではない自分を一番よく知ってくれている彼女だからこそ。
けれど、彼女は一度愛の顔を見遣っただけで、すぐに広間の扉に手をかけた。
真面目でしっかり者。終わったことは振り返らずに、まっすぐ前だけを見据えるサブリーダー。
愛は、いつだってそんな彼女を好ましく思っていた。不満なんて抱いたことはなかった。
だけど今、駆け出しの頃によく周りにかけられた言葉を思い出す。
“おまえたちは、いい子ちゃん過ぎる”。
あながち間違いでもなかったかもしれないなと、今ならわかるような気がした。
最終更新:2011年01月29日 22:26