■ グッドスリープ -スマイレージ- ■
小雨が、降り続いていた。
都内某所、そのマンションの最上階に彼女たちのセーフハウスの一つがある。
「ただいま」
冷え切ったリビング。赤いソファー。
「おかえり花音」
ソファーからそう返してきたのは小川紗季だ。
その足元、床にぺたんと座っていた前田憂佳も振り返る。
「あやちょ、どう?」
「ん…さっき『生き返った』。今は落ち着いてる…じきに目を覚ますよ。」
和田彩花は小川紗季の膝の上、すやすやと寝息をたてていた。
「でも『死んでる時間』がまた長くなった。
今までも何分かづつ伸びてはきてたけど、今回は10分以上増えてる。」
福田花音の表情が曇る。
「今回は無理させたわ…。
『後藤さん』に『矢口さん』…あの二人同時に『目』を使わせたんだもの。」
ハの字の眉が、さらに寄り額に深い皺を刻んだ…、唇を、きつく噛む。
急に、後悔と不安がこみ上げてくる。花音の心が千散に乱れる。
私が計画を立てなければ…私のせいで、私のせいで、大切な人が擦り減っていく…
「やっぱり、もうあやちょに『目』を使わせるのは…」
「花音!」
小川が福田の言葉をさえぎる。
「彩花が決めたことだよ。それは私達が全員で決めたことでもある。」
「でも…でも私は…」
「二人とも。」
それまで静かに二人のやり取りを聞いていた前田憂佳がそっとつぶやく。
「見て…、彩花ちゃん笑ってる。きっと『いつものやつ』みてるんだよ。」
そっとほほをなでる。
いつものやつ…いつもの夢…。
蘇生後のまどろみの中、和田彩花の必ず見る夢。暖かくて…空しい、理想の世界。
山と田園に囲まれた田舎道。
やさしいパパとママ…。
猫のとらのすけ、捨て犬のチーズ…。
楽しい学校。たくさんの友達。みんながあやのこと大好きなんだって!
目覚めるたびに聞かされる空しい自慢話。
そんなもの
この世界のどこにも
ありはしないのに
「あたし達のリーダーは彩花ちゃんだもん。あたしは彩花ちゃんに従う。
彩花ちゃんが決めたことなら、彩花ちゃんがいいならそれでいい。」
いつか二度と目覚めぬ日が来るとしても。
「でもそうはならない…そうでしょ?花音ちゃん。
そうならないためにあたし達三人がいる。でしょ?」
まっすぐな視線。無理しちゃって…、あやちょが目覚めなかったら、一番取り乱すのは絶対アナタのくせに。
「そうね…。ごめん…。」
そう、私達は、私達の世界を手に入れる。
そのためには、まだあやちょの『目』が必要だわ。
静かに大きく息をついた。深く長い溜息、そして…
「私がプランを立て、邪魔者はあやちょが潰し…」
「あたしと紗季ちゃんが、二人を守る。」
「うん」
花音は窓の外を見る…
雨は、まだ、止んでいない。
冷たい、冷たい雨。
この雨が止めば、すぐに春が来る。
そしてみんなが笑顔になれる日まできっと、きっとあと少しだ。
振り返った時、そこにはいつもの花音がいた。
「聞いて。次のプランの説明をするわ。」
最終更新:2011年04月02日 04:09