「何があっても水を忘れるな。恐れるな。」
じいちゃまは痛いほどの力で私の手を握り、皺と傷だらけの手で頭を撫でた。
「時代に飲み込まれるな。強くなれ。」
そして真っ赤な封筒をしっかりと握らせると激しい稲光と共に姿を消した。
その日からじいちゃまの姿は見ていない。
◇
つけられた傷は全て訓練でのものだった。炎、光、稲妻、それから水。それらがぶつかり合う。
苦しくなるような熱さも、焼け付くような眩しさも、痛いほどの痺れも、切り裂くような圧力も、強くなるためだったら耐えられた。
私の夢はお父さんとお母さんと、そしてじいちゃまと一緒に戦うこと。
でも『時代』がそれの邪魔をした。
私の傷は『虐待』によるものだと、知らない大人がそう言った。
「違うんじゃ。これは私が弱いけぇ出来る傷じゃ!」
精一杯の言葉で対抗したところで、小学生はなんの力にもならない。
事実を話したところで誰も信じてはくれない。
両親は戦うためよく家を空けた。必要最低限のものしかない質素な部屋。
それを見て大人は呆れたように首を振る。
私は買い物も料理も全部一人で出来るのに。
『育児放棄』『ネグレクト』『身体的虐待』
両親に張られたレッテル。
「里保の誕生日には必ず帰ってくるよ」
お父さんは優しい声でそう言った。お母さんと小指を絡ませ約束した。
それなのに、ふたりが家を空けて2日目の朝、私は知らない大人たちに『保護』された。
小学2年生の5月。誕生日の3日前の事だった。
最終更新:2011年06月02日 21:39