■ クリミナルエネミー -鞘師里保- ■



 ■ クリミナルエネミー -鞘師里保- ■

イクちゃんってやっぱりKYだよなぁ

自分より年上で背も大きいくせに買い物を手伝うわけでもなく
カゴ一つ持ってくれるでもないその「美しきポンコツ」を横目に
鞘師は重たい買い物カゴを運んでいた。
水軍流によって、重量物を効率的に運搬するための体のコントロールは
知り尽くしている鞘師であったが、いかんせんもとの身体資源そのものが乏しいのだ。
瞬間的な動きの中なら敵の体重が100kg超であろうと片手で楽々放り投げる事が出来ても、
のんびり重いものを運びつづけるのは、やはりしんどい。

「カゴ持って」とか具体的に指示すれば生田は喜んで手伝ってくれるだろう。
だが、鞘師は頼まない。

ごく短い付き合いではあるが彼女の「ポンコツ」ぶりは身に染みてわかっている。
勝手にイチゴを取るぐらいならまだマシだ。
誰かの役に立てた、そのうれしさからカゴを振り回すかもしれない、
別の興味を引くものが眼に飛び込んできていきなりカゴを放り出す可能性もある…
なんにせよ、現状より良くなることは一切ない。その確信だけはある。

で、鞘師なりのささやかな抵抗が博多弁イジリというわけだ。

例の一件は表向き、全て済んだこととなっている。
「特務安全調査室?」なるところと高橋との間でどんな密約がなされたものか、
『福岡県立防人中学集団ヒステリー事件』は、
思春期特有の不安定な精神状態により…とかなんとか、もっともらしい理屈とともに
ごく小さくとりあげられ、その他の瑣末なゴシップの中に埋もれて消えていった。

鞘師にはそういったことはどうでもいいことだった。
生田に対して同情も断罪するつもりもない。全く興味が無いのだ。

実はリゾネイターの中でも、高橋と新垣ぐらいしか気がついていないことだが、
鞘師自身、善悪とか合法違法に関しての感覚に大きな欠落部分を抱えている。
鞘師が全く問題を起こさない優等生であるのはそれが自分の安全にとってベストであるからだ。
善悪や道徳ではなく合理性によって『そうしている』にすぎない。
が、あの一件からわずかな期間で、喫茶リゾナントでの生活で、仲間との交流の中で、鞘師も大きく変わりつつある。

生田に対する不満からちょっとしたイジワルをする。
これなど、ほんの少し以前の鞘師には考えられないほどの「人間性」ではないか。

対して、生田の方はこの鞘師の不満には全く気がついていない。

一方的に「鞘師ちゃんは衣梨のことわかってくれる」そう生田は感じている。
だが、以前よりはるかに力のセーブが上達しているとはいえ、
実際のところ鞘師も生田の能力の影響をもろに受けているのだ。

「イクちゃんって何考えてるのか全然わからない」そう感じている。

それでも、わずかな足の向き、目線の変化、全身の微細なシフトウェイト…
そういった情報から一瞬先の行動ぐらいは判断できる。
通常、人間はこういった具体的な情報を正しく分析できず
「あてずっぽう」「たんなる思い込み」で判断し行動している。
鞘師は常人とは桁外れに多くの「具体的情報」を入手でき、それらを正しく判断できる。
生田の能力によってそれらが半減させられたとしても、それでも常人をはるかに超えている。
ただそれだけのこと。
感情にいたってはせいぜい喜怒哀楽が読み取れる程度の事だ。
犬がしっぽを振っていたら「多分喜んでるんだろう」誰にでもそのぐらいはわかる。
鞘師が人、生田を犬にたとえるなら、要はその「しっぽのこと」を鞘師だけが知っている状態。

本当に、ただそれだけのことだ。

あの一件の少しあと、リゾネイターにはもう一人、譜久村聖が加わっていた。
【残留思念感知】をもつ彼女もまた、生田の心を読める能力者であった。
鞘師、譜久村、そして能力のセーブが上達するに従い高橋、新垣…
いまや生田の心を読めるのは鞘師だけではない。
むしろ、高橋、新垣、譜久村のほうが鞘師よりはるかに生田に興味を持ち、生田を心配し、気にかけてくれている。
だが、「衝動性の塊」のような生田の突発的な奇行に対して「ダイレクトに」割り込めるのは今のところ鞘師だけなのだった。

先ほどのイチゴの事などもうすっかり忘れた生田が鞘師の前をスキップしている。
やっぱりかのんちゃんと一緒の班がよかったよ。鞘師は思う。
かのんちゃん…鈴木香音は譜久村聖と日用雑貨がそろう向かいのビルで買物しているはずだった。

ちょっとかのんちゃんに電話しよう。
高橋さんに用意してもらった携帯を取り出す。
「ほーいこちら神のケータイである~」
「あ香音ちゃん。そっち終わった?」
「うんにゃ。でももうちょいかな」
「じゃさっき決めた待ち合わせ場所先行ってるから」
「ほーい…TVビル…とこの…プツツ…植木の前…っじゃあすぐ…プツ…」

切れた…圏外…?おかしい、さっきまでそんなことはなかったはずだが…

このとき、
もし、鞘師一人だけだったら?
もしかしたら、すでに異変を察知できていたかもしれない。
だが、それだとして、無事に何事もなく済んだだろうか?
逆にもし、このとき、生田がこの場にいなかったら?
 -生田がKYでは無かったら?-
鞘師は命を落としていたかもしれない。

危機が…迫っていた。 





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最終更新:2011年08月15日 22:16