『声を奪われたカナリア・番外編』

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2012/07/02(月)


『明日香ちゃんの嘘つき!!』
彼女の悲鳴に似た声と同時に、ガシャン!という受話器を叩きつけるような音が私の耳に響いた。

「仕方ないじゃんか…」
私は携帯のボタンを押して自室のベッドに放り投げた。
確かに私は昔ダークネスにいて、脱走した罰として声が出せないようにされ、おまけに超能力者だってことを12年間隠してきたけど、それは彼女を巻き込みたくなかったから。

昔のことも、彼女がダークネスにさらわれた時にバレちゃったし。

私は彼女と毎週月曜日には定期検診に付き添いに行く約束をしていた。

でも今回は仕事が入ってしまった。
うちのバーの常連さんが私が作るクッキーを月曜日までに行くから作ってくれ、という仕事が入ったんだ。
クリスマス前やバレンタインとかには予約注文があって前もって作れるけど、今回は臨時。
だけど休日の月曜日といえど相手はお客様。
たった一人でも信頼をなくしてはいけない。
それを彼女は分かっているはずだと思ったんだけど…。
「ああ、もう!」
私は悶々とした気持ちのまま着替えて一階におりた。

「姉ちゃん何イライラしてんだよ」
カウンターにはヨウヘイが先にいた。
顔に気持ちが出ていたのだろうか?
いちいち答えるのもめんどくさいからヨウヘイを無視してクッキーを焼く準備をした。

「また彼女だろ?」
ヨウヘイがにやつきながら言う。
私は無視しながら作業を進める。
「姉ちゃんがイライラするのって、いつも彼女が原因だよな」
「うるせぇな…」
「そんなに気になるなら今からでも追いかけろよ、今日はいつもの病院だろう?」
「…………」
私が無視をしながら作業をしているとテーブルに置いてあった携帯が急に鳴った。
表示されている相手を見る。
非通知!?
誰だよ!
私の携帯番号を知っているのは彼女と家族、吉岡ちゃんだけだ。
怪しいな、でも嫌な予感がする。
私は警戒しながらボタンを押した。
「もしもし…」

『私は氷の魔女。あんたの大事な彼女は預かったよ。返して欲しかったら総合病院近くの公園に来い!ただし一人で来いよ!』


こちらの要件も聞かずに相手は一方的に言い放ち、電話を切った。

「まさか!」

またダークネスかよ!?
『氷の魔女』、会ったことはないけど噂には聞いたことがある。

また彼女を巻き込んだのか?!
私が彼女を突き放したから?
でも仕方ないじゃんか、仕事だったんだから!

電話の主は『病院の近く』って言ったな…。
あいつ病院に一人で行く途中にダークネスにさらわれたのか!?

「くそっ!私が付いていかなかったから!」
私はエプロンを慌てて外して携帯を乱暴に折り畳む。

「姉ちゃん…」
「ヨウヘイ、ごめん。また巻き込むかもしれない…」
「慣れたよ、もう。クッキー、後は仕上げだけだからオレがやっておく。早く行ってこいよ」

「ごめん!」

私は店を出て自転車を全力で漕いだ。


公園に着いた!
私は自転車を乗り捨てて彼女を探す。

いた!

あいつが氷の魔女か?
この穏やかな公園の雰囲気には合わない真っ黒なドレスを着ている。
彼女と何か言い争っている。
しかし、イライラしてそうに見えるのは魔女の方だ。

とりあえず彼女にはケガはなさそう。
良かった…。
でも相手はダークネスの幹部。
私と同い年らしい。
いつでも本気を出せるように制御装置でもある革手袋を外す。
長い髪をまとめて戦闘体制に入りながら魔女に近付いた。

「やっと来たか!」
魔女は何故か敵意をむき出しにしないで私に好意的な声で迎えてくれた。
想定外の展開に言葉がでない。
「もおー!こいつを早く引き取ってくれよ!さらうんじゃなかった!組織は、あんたが苦しむから、こいつをさらえって言ったけど私にはもう無理!」
「一つ一つ言ってくれないと分かんない!明日香ちゃん、焼き肉、病院、仕事、亜弥ちゃん!」
魔女の隣りで彼女がわめいている。
「だーかーらー!さっきから一つ一つ言ってんじゃん!何コイツ頭悪すぎだ!どこが天才なんだよ、めんどくせえぇぇぇ!!」
私も二人の会話に入るのがめんどくさくなったので、今は二人を見守ることにした。

          ◇          ◇          ◇

2012/07/03(火)


まだ魔女と彼女は言い合いをしている。

「いいからとっとと病院行けよ!」
「やだ!明日香ちゃんと一緒がいい!」
「仕事なんだから仕方ないだろう?ほら!もう迎えに来たぞ!」
魔女が私に指をさした。
「仕事があるから焼き肉行けない!レバ刺し食べたい!」
「レバ刺しはもう焼き肉屋にはないんだよ!」
「なんで?」
「ニュース見てないのか?」
「見てる。食中毒でしょ?」
「それが広がらないように禁止したんだよ」
「誰が広めたの!?」
「ミキが」
「ミキちゃんが?」
「そうだ」
「どうして?」
「ダークネスだから」
「明日香ちゃんもダークネスだったよ?」
「あいつは脱走したんだよ。だからミキは苦しめにきた」
「明日香ちゃん悪いことしてないもん!ぴぃぴぃ!」

「あー、もう!わめくな!ガキか!?ホントにミキと同い年かよ!!」
「やぁだあ!明日香ちゃん、嘘つきぃ!わあわあわあ!」
「嘘付いてないじゃん!仕事だって、さっきあんたが言ったじゃん!」

「ねぇ、ミキちゃんの胸揉みたい」
「はあ!?いきなり訳わかんねぇよ」
「明日香ちゃんは巨乳でも私は、ちっぱい。明日香ちゃんは中学生の時でもうバストは80だったもん」

何ベラベラ喋ってんだよ!?
ん?魔女が黙り込んでる。

「中学生ですでに80…。ミキは今でもCカップにはいかない…」
「さわらせて?」
「やだよ!」
魔女がない胸を隠す。
「やだ!私は男女問わず乳を揉みしだきたいんだもん!」
「変態かよ!」
「変態じゃないもん!オタクだもん!」
彼女はライブの後、私たちだけでなく、スタッフさん達の胸をさわりまくる。

「何でオリメンなのに、こんなのが好みなんだ?安倍さんといい、コイツといい、昔の矢口さんといい、身長ちみっこくて胸がなくて色白で女らしいやつばかりなんだ?」
「ねぇ、安倍さんって誰?」
彼女の目が笑っていない。「矢口さんって誰!?」
「ああ!?」
「だーかーらー!!矢口さんと安倍さんって明日香ちゃんの何なの!?」
彼女は勢いに任せて魔女をポカポカ殴る。
「いってえ!やめろ!お前あいつがガキの時に幹部だったのは知ってるよな?」
「うん。知ってる」
「その同期が安倍さんで、あいつの後輩が矢口さんであいつがいた時に仲が良かったことしかミキは知らない」
「どうして知らないの?」
「ミキは途中から組織に入ったから」
「そうじゃなくて私が聞きたいのは明日香ちゃんと安倍さん、矢口さんの関係だよ!!」
「もー!さっきから言ってんじゃん!」
「明日香ちゃんが時々言う『なっち』って誰!?」
「だから安倍なつみだから『なっち』なんだよ」

「へぇ~、そうなんだ…」
台詞とは裏腹に彼女の声が冷たい。
しかしいきなり彼女は私の方に向き合って突進してきた!
「明日香ちゃんの浮気ものぉ!!」
「うぇえっ!?」
想定外のことだったので避けられなかった。
突進した彼女は、そのまま私に抱きついてポカポカ殴る。
「明日香ちゃんのバカバカバカ!!」
「ちょっ、やめろって!」

「やっと離れたか。もうミキは帰るからな!」
彼女が離れた途端、魔女は消えた。
どうすりゃいいんだよ、この状況…。
今、チカラ使って彼女を引き剥がしたらまずいな。
制御装置着けてないし加減ができない。
とりあえず今は彼女を落ち着かせることが先決だ。
私は今朝の電話から今までのことを一つ一つ彼女に分かるように語りかけた。

          ◇          ◇          ◇

2012/07/27(金)


ベンチに座っている彼女の目線に合わせて、私は、ゆっくりと言った。

「いいか?今日、あんたと病院に行けなかったのは嘘を付いたんじゃない、仕事が急に入ったからなんだ。分かるか?」

「うんわかるよ。じゃあどうして嘘をついたの?」

「何の?」

「私がさらわれるまで明日香ちゃんはダークネスだったことを隠してた!どうして!?ぴーぃ!」

彼女は子供のようにわめいている。私の顔を見てくれていない。
言葉が足りない私がいけないことは分かっている。
しかし喋れるようになったのは最近だ。

でも、彼女を落ち着かせるには包み隠さず話さないといけない。
めんどくさいけど彼女は
『嘘』が大嫌いなんだ。

それでも私は彼女を巻き込みたくなくて…。

「あんたにダークネスのことを話さなかったのは脱走した時に罰として声を封じられたんだ。分かるか?」

「分かる。さらわれた時に男の人が言った」
「そう。だから喋りたくても、あんたに話せなかったんだ」

すると、彼女が俯いた。

「ごめんね」

「何がごめんなの?」

「私ばかり明日香ちゃんを責めちゃったの…」

「仕方ないよ。私が黙ってたんだから」

「ごめんなさい」

「謝るのは私のほう。結局今日も、あんたを巻き込んだ。守れなかったんだ。チカラが暴走した時も、あんたに止められる。実際、守っているのは私じゃなくて普通の日常生活ができているのは、あんたがそばにいるからなんだ。ありがとう」

私は彼女の手をとった。
軽くにぎってみた。
彼女の体は私と変わらないくらい小さいのに、指はピアノを弾いているからか、一本一本が太くて力強い。

彼女の手のひらをプニプニしてみた。

手のひらは弾力がありながら柔らかい。
クセになりそうだ。

彼女の顔を見た。

彼女の目は丸くて、くりくりしててかわいらしい。
ショートに切りそろえた黒く真っ直ぐな髪も実に彼女らしい。

「明日香ちゃん、今から病院行こう?」

「いいけど予約の時間すぎたから待たないといけないよ。それでもいい?」

「いいよ!明日香ちゃんと一緒だもん!待ち時間の間に売店寄ろうよ。ホットドック食べたい!」

「はいはい」

私は彼女の手が離れた時、手袋を外していたのに気がついたから履こうとしたんだけど彼女が…。

「今日は、そのままでいいんじゃない?」

私は手を止めた。

「どうして?チカラがいつ暴走するか分からないから制御装置つけとかなきゃ…」
「やだ!だめ!そのままがいい!」

彼女は、いきなり私の手をにぎった。

「ちょっ、何だよ!」

彼女は、そのまま私の手を引いて私が乗り捨てた自転車が置いてある場所へ向かった。

嫌な予感しかしない。
まさか乗せてけって言うんじゃないだろうな?

「明日香ちゃん後ろに乗せて?」

上目使いで私におねだりをする。
嫌と言えない自分が憎い。

「はいはい。分かりましたよ、お姫様」



彼女は今日始めて手袋を外した私と手を繋いだ。
今までいっぱい手を繋ぐ機会はあったかもしれない。

けれど私は照れくさかったのか後ろめたかったのか、どちらの気持ちか分からないけれど、繋いだことはなかった。

だけど彼女は今、簡単にやってのけた。
私が何年もしぶっていたことを――――――


―――カナリアは12年間、地上の天使に嘘を付いていました。
―――地上の天使はカナリアの全てを受け入れました。
―――カナリアは、もう二度と嘘を付かない、約束は絶対に守ると誓いました。

―――カナリアは二人の天使と約束の橋を繋いで、本当の自分を取り戻しました。

私は弱い。

弱いから自分を守るために嘘をついた。
だけど本当に強かったのは彼女の方だった。
自分の体をかわいそうとは思わないで『これが私なんだ』と受け入れたから嘘つきな私を受け入れたのかな?
それとも別の理由があるのかな?

彼女を想うと胸がポカポカしてきた。
そんな自分に苦笑する。


今度、彼女をあの喫茶店に誘って聞いてみよう。


おわり。
















最終更新:2012年07月27日 12:33