■ ピュアカプセル -工藤遥- ■
工藤遥は、まどろみの中にいる。
(なんだ……?ここは…?はる何やってんだろ……?)
薄く目を開ける。
淡い、白色の光に包まれている。
(すこし…しょっぱい……あったかい……)
楕円筒形のカプセル。
無色透明な溶液の充満した、その密閉された容器の中で、工藤遥は横たわっていた。
不思議と、呼吸をせずとも、苦しくはない。
容器の壁面は、まるで卵の殻のような材質で出来ているように思われた。
そして、正面には、鏡。
カプセルの上部は鏡状になっていて、そこに自分の姿が全裸で写し出されている。
身体の数か所からケーブルやカテーテルが伸びており、手足は特殊繊維のベルトで拘束されている。
(なんだよコレ……はるここでなにしてんだっけ?)
まだ、記憶が混濁している。
振動。
外部から断続的に振動が伝わってくるのを感じる。
うっすらとあいまいでよくわからない。
けど、心地いい振動だ。
外部からの音は、聴こえない。防音になっているのだろう。
凹状になった鏡面に映し出される自分の顔を眺める。
その瞳は、真っ黒だ…黒く暗く、うつろで、淀んでいる。
いつから、自分はこんな目をするようになったのだろう。
(なんじゃこれ……スプーンかよ……)
カレースプーンの時は上下も逆になってたけど。
でも自分の顔を近付けると、こんな風に歪んで見えたっけ。
そう、カレーは好きだ。大好物だ。
工藤遥は『茶色いたべもの全般』が大好きだ。
カレー、コロッケ、フライドチキン、肉…肉…肉…
とりわけママのカレーが最高だ。
(ママ…ママって何だっけ……?)
ママはママだ。そう、はるのママ。はるのお母さん。だいすきなはるのおとうとたちのお母さん。
ママ、おとうと1、おとうと2、そして……パパ……パパ……
「パパ!」
かっと工藤遥は目を覚ます。
液中で声にならない。
思わず叫んだその口から大量の溶液が流れ込む。
全身の血が滾り筋肉が膨張する、拘束された手足にあらん限りの力を込める。
出なきゃ!ここから!
だが、それは不可能だ。特殊繊維で作られたベルトはとても11歳の子供に引き千切れるようなものではない。
(くそう!はるはこんな所でねてる場合じゃないんだ!あいつを!今すぐ、あいつを!)
「ちくしょー!だせーっ!くそおたんこなすーっ!」
声にはならない。ただ溶液を飲むだけだ。
だが叫ばずにはいられない。暴れずにはいられない。
「だせーっ!だせーっ!このっ…だせー…だ……」
(…だしてぇ…)
威勢の良さもほんの一瞬、すぐに弱気になる。
スタミナが、気力が、続かない。
(だれか…ねぇ……ねぇ……だれかぁ……ここから…)
振動。
『ここから、出たいの?』
声が聞こえる。だれ?いや、そんなことよりも
(だしてっ、だしてよっ)
『……になってよ』
(え?)
『……のものになって』
(なんでもいい!ここからだしてくれるならなんでもする!はるはでなきゃいけないんだ!でてあいつに!)
『やったー!じゃあだしたぁげるっ!』
振動。
ビリビリビリビリッ
先ほどとは違う、高速で、激しい振動がカプセルを襲う。その振動が徐々に周波数を上げていく。
ビリッ…ビビビッ…ヴヴヴヴヴン……
……ィィィィィ……ーーーーーン!
暗転。白い光が消える。カプセルが軋み、悲鳴を上げる。
キーーーーーーーーーン!
鏡面にヒビが入る。溶液が流れ出し急速に外気が流入する。
ピシッ!ピシッ!……バリン!
『……が!すぐにっ!だしたぁげるっ!』
投稿日:2013/09/30(月) 00:25:28.43 0
最終更新:2013年10月02日 08:14