■ ウォーク -和田彩花- ■



 ■ ウォーク -和田彩花- ■

和田彩花が歩きだす、右足。

あわてて、無個性集団が突撃銃を構え直す。
「マテ、必要ナイ。ドウセハッタリダ。任セテオケ。」

一歩。
先頭の無個性が拳銃を取り出す。
「無傷デアル必要ハナイ。手足ノ一ツモ撃テバ、オトナシクナルダロウ。」
にやり、無個性が笑う。

二歩、左足。
歩みを止めぬその足、太腿へと発砲する。

三歩目。
「!」
止まらない。歩みが止まらない。
銃弾は何物にも当たらず、ただ桟橋の縁に跳弾し、海上へと消える。

三歩、右足。
和田彩花はゆるやかに三歩目を着地する。
その交差された足は、最初に踏むはずだった位置より体一つ分、左へとずれていた。

四歩目。
いったい何が起こっている?無個性達に動揺が走る。


彼女の能力は【封印】されているはずではないのか?
和田彩花は拳銃弾をかわした?どうやって?
特に素早い動きは何もなかった。ただ左へ『ゆるやかに』ずれただけだ。

四歩、左足。
「結局、あなたの【能力封印】も矢口さんと何も変わりません。」
歩きながら、和田彩花が語りだす。
「ト、止マレ、止マレ!」

五歩目。
「矢口さんだって、【二重能力者】の能力を根こそぎ阻害できましたから。資料を見てないんですか?」

五歩、右足。
「むしろ、こんなに近づかなきゃいけないなら矢口さん以下です。」
「ト、止マレト言ッテイル!」

六歩目。
発砲。今度は肩だ。

六歩、左足。
「嘘ダ…ソンナハズハナイ!」
当たらない。
交差した足が体一つ分、右へとずれ着地する。
銃弾は、左の肩先をかすめ、空を切る。

七歩、八歩……。
和田彩花は眼前にいた。
無個性のすぐ目の前、最早その胸に、直接銃口が触れそうなほどの距離。

「結果、あなたは護衛をぞろぞろとひきつれて私に接近しようとするしかなかった。
それは難しいでしょう、どう考えたって。」


だから

「だから、仕方なく、私の方から、ここへ来てあげたんです」

指をさす、足元の桟橋を。
冷たい、コンクリートを。

「どうするつもりだったんです?私がここで待っていなかったら。
そんな大人数で、あなたの能力の射程内まで、どうやって?
もうすこし、頭を使ってくださいよ。」

「グ…ググ……ギ……【封印】ガ効イテイナイノカッ?!」
恐怖。得体の知れぬ恐怖。

和田彩花はため息をつく。
「はぁ…効いてますよ、ちゃんと。あなたの…【能力封印】でしたか?
それで『私の能力は【封印】されています』よ。」

すっ。
それは自然な動きだった。

ザクッ。
「ヒュゴッ…ゴプッ」

「私の【加速度支配】は、ちゃんと【封印】されていました。」

ナイフだ。
拳銃が絡め捕られ、同時にナイフが無個性の喉に突き立てられている。

「でも、その【封印】も、これで、もうすぐ解けちゃいますね」

!!!


残ったロングコート達に戦慄が走る。
もはや統率も何もない。ただ恐怖だけが心を支配する。
情報を事前に知っているからこそ溢れ出す『和田彩花の力』への、その恐怖。
もはや『捕獲』すべきことなど頭にない。
【封印】が解けるだと!まずい!それだけはまずい!
あの力が解放される?あの力が自分たちに向けられる?
ダメだ、ダメだダメだ!
その前に!その前に!撃ち殺さねば!!

発砲!発砲!発砲!、発砲!

拳銃弾とは比べ物にならないその初速。
その威力、貫通力。

無数の弾丸が和田彩花へと殺到する……しかし。

 それは破裂音…いや、爆発音か。

ズバババババババウンッンンンン!

和田彩花の直前、すさまじい爆発が多連続的に巻き起こり、
無個性なロングコート達を吹き飛ばす。

【加速度支配】が復活したのか?
いや、これは違う。
それは発砲された弾丸の数だけ発生した。
一つ一つは小さな爆発。
もし【加速度支配】であるならば、その弾丸は新たな方向と速度を得て、敵へと殺到しているはずだ。
だが、銃弾は和田彩花の直前で四散した。爆発と一緒に破砕し、吹き飛んでしまった。
爆発には指向性があるのか?和田には何ら変化はない。
和田彩花は、ただそこに立っている。
眼前で巻き起こる煙と埃に目を細める。


明らかに『何も』していない。

だが、ロングコート達に、そこまで見て取れる冷静さは残っていないだろう。
戦意すら、もはや無い。
ただただ逃げ出す、背を向け、全速力で桟橋を走り、逃げる。
車両が遠い。はやく!はやく!


だが、もう、走れない。

転倒。

ロングコート達が次々に転倒する。
起き上がれない。
立ち上がれない。

手が、肘が、膝が、靴が、
ぴったりとコンクリートの桟橋に貼り付いている。
粘着性の何かが?
いや、何もない。
海風で若干湿ってはいるが、その桟橋は、ただのコンクリートだ。
何の変哲もなく、何ら塗付されてもいない。
だが、現実に貼り付いている。
そして、そのまま、動けない。

無個性達の歯車が音を立てて狂っていく。
いったい何だ?何が起こっている?


エンジン音。
ロングコート達を見捨て、車両が逃走を図る。
だが、それも。

ガズン!ズドォオオオオン!
一台目の車両の天井、運転席部分が突然ひしゃげ、潰れる。
まるで、上空から、解体用の鉄球でも降ってきたかのように。
一呼吸遅れて爆発。
もう一台が慌てて方向を変える。
いや変えようとする、その瞬間。

車が、消えた。

いや、消えたのではない、吹き飛んだのだ。
車両は垂直に、上空高く『射出』されていた。

悲鳴が聞こえる。
やがて車両が地面に激突する轟音とともに、その悲鳴もやんだ。

その光景に、貼り付いて起き上がれないロングコート達は半狂乱となる。
泣き叫び、もがき、暴れ、なんとか逃がれようとする。

無様、あまりに、無様。

いつのまにか、突撃銃が一丁足りなくなっている事になぞ、誰も気づかなかったろう。

発砲。
血煙が上がる。
どこからともなく撃ちこまれる銃弾でロングコート達が蜂の巣にされていく。

ガチャン。


撃ち尽くした突撃銃がコンクリに落ち、音を立てる。
いったい、その銃はどこから撃った?いや、誰が撃った?
和田彩花は、はるか後方、さきほどの場所から一歩も動いていないというのに。

「カッ…カヒュー…クエッ」
彼女の足元で、ナイフを突き立てられた無個性が痙攣している。
その姿を冷たく見降ろす。

「てゆうか…だれがそんな事言ってたんです?」
何の、話だ?

「少なくとも私は、誰にも、一言も、言っていません。」
なに、を?

「いったい誰が【二重能力者】なんですか?そんなこと、私は一言も言っていませんよ。」
彼女は、何を?

「私は二つの能力しか持っていません。『異なる能力を二つ持っている』だけです。」
彼女は、何を、言っている?
異なる能力を二つ、それを【二重能力者(デュアルアビリティ;dual ability)】と呼ぶのではないのか?

「あなた達は『私の事を何も知らなかった』
能力の『本質』に、たどり着いていなかった。
まぁ、それは、私自身も、なんですけど。」


和田彩花は海へと振り向く。
「聞こえていますか?そこの船の人たち。」

波と、漁船と、海鳥。
その漁船が慌てた様子で舳先をめぐらそうとしている。

和田彩花は歩く、桟橋の縁にしゃがむ。
消波ブロック…

「私のような、能力者の事を、組織は、
こう、呼んでいるらしいですよ…【デュアル……

ドォオオオオオン!

最後の言葉は、轟音にかき消された。
彼女が触れた消波ブロック、
超音速まで【加速】された、
そのコンクリートの塊が、漁船を吹き飛ばす、粉々に。

……ス】と。」

動かなくなった無個性の喉からナイフを抜きとる。

立ち上がった和田彩花の後ろに、四つの影。
四人の少女。

和田彩花は、携帯を取り出す。


「花音ちゃん?ええ、彼らは何も……
ええ、『みんな』大丈夫。」

通話を終える。

冷たい、目、
冷たい、声。

「撤収します。」

そして……

桟橋から見える海に、波と、海鳥だけが、残された。



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投稿日:2013/10/30(水) 17:08:41.11 0























最終更新:2013年10月31日 03:23