第2話 偽・聖杯戦争
天津市警に努める生活安全課巡査、八神恭二。
担当教官、高田に怒鳴り散らしていた男だ。
だが、彼には裏の顔があった。
魔術師という裏の顔が。
彼は、どんな願いでもかなえてくれるという聖杯を巡って他の魔術師と殺し合う聖杯戦争の真っ只中にいた。
だというのに――。
「意味が分からないぞ……これも聖杯戦争の一環なのか……いや」
「やあ、目つきの悪いお兄さん」
「あン?」
八神に声を掛けたのは、ファンタジー世界の住人のようないでたちの青年だった。
サラサラの銀髪、長身で、プレートメイルを着た端正な顔立ちの男である。
「僕は、ジークフリート。さっきまで山で小屋を建ててたんだけど、いきなりまた殺しあえだなんて参っちゃうよね」
爽やかな笑顔で穏やかに身の上話を始めるジークフリートだったが、一方の八神は背筋が凍りついたような気分を味わっていた。
「ジークフリート……プロイセンの英霊……」
(やはりこれも聖杯戦争に関係があるのか……)
目の前に強力なサーヴァントがいる。
それもジークフリートといえば、武勇に優れ、知名度も高い。
ちなみにサーヴァントの戦闘力は、知名度の高さにより補正値がつくのだ。
「おお、僕って結構有名人だったんだね。ちょっとビックリ」
のほほんと笑うジークフリートに対し八神が思ったのは以下の通りだった。
(あれ……コイツ何かバカっぽいぞ。緊張感もないし……やれるんじゃないか……?)
そして、八神は一瞬で決めた。
目の前のサーヴァントを打倒する事を。
淡く鈍く光る八神の魔術回路。
彼のもっとも得意とする”硬化の魔術”を行使する。
「死ね」
魔術により、ダイヤモンド並の硬さを得た拳を無造作に、だが、人の命を刈り取るには充分に足る威力で放つ八神。
だが、あっさりと避けられた。
「――竜鱗装甲(Armored Dragoon)」
ジークフリートは宝具を開放した――八神はそう判断した。
一瞬にして、身体中が鋼鉄をも凌駕する装甲に覆われるジークフリート。
同時に今までの能天気な雰囲気は掻き消え、圧倒的な殺気を放つ。
(え、何だ、これ、人間じゃない、いや、サーヴァントだから、死ぬ?
このままだと殺される、どうしようもない、勝てない、逃げなくては、逃げるしかない)
八神は、一瞬にして自分が狩られる側だと察知した。
理屈ではない。動物的な本能でそう理解せざるを得なかったのだ。
(だが、下がっても殺される)
だがなお、魔術師として、戦士として、八神の拳が動いてた。
八神は拳を振るい応戦する道を選んだのだ。
ぶつかり合う八神とジークフリード、双方の拳。
核爆発級の衝撃が互いの拳を通して、身体中に駆け巡り、八神は風に舞う紙切れのように吹っ飛んだ。
「ゼェゼェ……チィ、強い、な!」
口からこぼれた血を拭いながら、八神はゆっくりと、だが、しっかりとした足取りで立ち上がる。
「やるじゃないか。逃げ腰だったあの状態から、よくあんな拳撃を打てたもんだね」
穏やかな口調。
だが、敵を蹴散らす英雄の闘気を放ちながら、ジークフリートは何事もなかったように八神を見下ろす。
たったの一度、拳を重ねただけで八神は既に満身創痍の状態であった。
一方のジークフリートは、無傷で、疲労も痛みも感じていない。
パッと見ただけでも二人の力量の差は一目瞭然であった。
(強い……だが、目の前の相手が本当にジークフリートならば、俺はヤツの弱点を知っている。
伝説によれば、ジークフリートの全身を覆う装甲は、魔竜の血を全身に帯びた事により、顕現したものだそうだ。
だが、ヤツは、背中の中心部に木の葉が付着していた為、そこだけは魔竜の血を帯びていない。
それ故に、その部位だけが生身の状態のまま……つまり、そこ――背中がヤツの弱点なんだ)
「ふふ、何だか勝算あり、そんな顔をしているね?」
「ああ、勝算はたっぷりとあるぜ」
ニヤリと不敵に笑い返す八神。
「もしかして、僕の背中の弱点を知っているのかな?」
白い歯を見せて笑うジークフリート。
心中を読まれた事に軽い動揺を覚える八神。
ぶぅーーーーん
「顔色が変わったね、当たりだったかな?
だけど、キミ程度がこの僕の背後を取れるとでも――え?」
今のは何の音か。
それは、エンジン音だった。
バイクの走行音である。
ジークフリートもその音に気付き振り返ろうとしたのだが、気付くのが遅すぎた。
ドガッ!!
何かと何かがぶつかり合う衝撃音。
ぶつかってきたのは、大型バイク、シャドウエアロだった。
背中の中心部に突き抜けるような衝撃をうけて、真正面に吹っ飛ぶジークフリート。
自分の方へ迫ってくる強敵ジークフリートを見て、八神は思った。
(ああ……そうだな。ぶつかって駄目なら)
「何度でもぶつかっていけばいいんだな……」
そして、全身全霊を篭めた拳をジークフリートの心臓目掛けて叩きつけた。
八神の拳が悲鳴を上げる。
彼は、ジークフリートの装甲に拳が触れている間、硬化の魔術が薄れていくのを感じていた。
その装甲には”マジックキャンセラー”の効果でもあるのか……そう心の中で悪態をつく八神。
だが、彼はただひたすらに拳に魔力を流しつづけ、そして硬化の魔術が解けぬよう拳を前へ突き出した。
下がることは許されない――彼の人生で唯一尊敬した兄のように。
背後からは、大型バイクの突進、前方からは八神の必殺の拳を受けてジークフリートの時が止まる。
ぴきっ
それは、何の音か。
ジークフリートの装甲に亀裂が入る音だ。
八神の拳がジークフリートの装甲を突き破り、その胸板を割る。
「……ぐはっ」
ぱりん、とガラスの割れるような音と共に砕け散った彼の全身の装甲。
装甲の破片は、塵となり、やがて、霧のように消えていく。
彼は、多くの血を吐くと、白目を剥いて崩れ落ちた。
「……はは、ざまぁミ、ロ」
両手をだらりと落とした八神。
彼の魔術回路がショートし、光を失う。
全身の血管から流れ落ちる幾つもの血液の線。
彼の眼に光はなかった。
彼は、立ったまま果てたのだ。
ジークフリート@英雄戦争
八神 恭二@仮Fate 死亡 残り46人
最終更新:2015年01月26日 22:57