第11話 文明の利器
名も無き町。
その無人の商店街の通りで、二人の女が顔を合わす。
ひとりは背が高く、もうひとりは小柄な少女であった。
「あら、可愛らしいレディね。
私は魅神楽……いや、今は風間でしたわね。
私の名は、風間姫子ですわ」
背の高い少女、姫子は、凛とした雰囲気のまま名乗りを上げて、小柄な少女に微笑みかける。
「私は、シェリー・ウォッカ。
こんにちは、綺麗なお姉さん。
こうやって、私に親切に話し掛けてくれたって事は、殺し合いには乗ってないって解釈してもいいのかしら?」
小柄な少女は、姫子を見上げ、見た目に似合わない値踏みするような目線を向けた。
「勿論……そんな無粋な遊戯、この風間姫子の趣味ではないことでしてよ!
シェリー、貴方はどうでして? ここで私と殺し合いでもしますこと?」
「冗談はよして欲しいわね。
それこそ私の趣味ではないわよ」
「へぇ、私達、気が合うかもしれませんわね?」
「ええ、そうね。あなたの事、姫子って呼んでもいいかしら?」
「構いません事よ。ところで私の支給武器は、このトリアイナという三又槍だったのだけれど。
シェリー。貴方の支給品は何でして?」
重そうな三又槍を軽々と肩に担ぎ、姫子が言う。
「私の武器……? っていうのかしら?
よく分からない小型の長方形の物体だったわ」
そう言って、シェリーが取り出したのは、携帯電話だった。
シェリーもまた剣と魔法のファンタジー世界の出身であるため、携帯電話などしらないのだ。
「こ、これは!? 新機種のスマートフォンじゃなくって!?
今どこのお店も品切れで、入手の困難な大型ディスプレイで有名な……!?」
シェリーの持つ新型携帯スマートフォンをヨダレを垂らしながら超至近距離で食い入るように凝視する姫子。
(……スマートフォンというのね。これは。ハズレだと思ったけど、もしかしたら凄いアイテムなのかもしれないわね)
姫子の凄まじい反応に思わず期待のガッツポーズをするシェリー。
「……良かったら、使い方を教えてくれない? 姫子」
シェリーは、スマートフォンを姫子に差し出す。
姫子は、咳払いをしながら、少し照れ臭そうにそれを受け取った。
「良いです事、シェリー。これがあれば、これと同じものを持つ遠くにいる人間と話をすることが出来ますのよ!」
「へぇ……それは便利ね。早速やってみせて貰ってもいいかしら?」
「お任せなさい! ……あら? 電話番号が2つ登録されてますわね。ピポパ……発信ですわ!」
姫子は、予め登録されていた1つ目の番号へ電話をかけてみる事にした。
そのすぐ横で、携帯電話越しの会話を聞こうと、シェリーは耳を近づけた。
「もしもし? 私、風間姫子といいますわ。貴方は?」
まずは、最低限の礼儀として自分の名を名乗る姫子。
「それは昨日言っただろう?(笑」
携帯電話越しからは、若い男の声がした。
電話越しの意味不明な、返答にシェリーと姫子は目線を交わし、顔をしかめた。
「あっ、すまない。君にとっては明日の出来事だったな」
「貸して、姫子」
シェリーはそう言うと、姫子からスマートフォンを受け取る。
「……戯言は結構なんで、名前を教えてくれないかしら?」
「イーノック」
「イーノック? それがあなたのお名前?」
「そう、アイツが初めに名乗った名はイーノック。アイツは昔から話を聞かないヤツだったよ」
シェリーは無言のまま、手に持ったスマートフォンを地面へと叩きつけようとする。
だが、それを姫子が阻止。
彼女はスマートフォンの通話を切った。
「短気は損気ですわよ。もう一件の電話番号にかけてみましょう」
そう言って、再びスマートフォンを操作する姫子。
十数度の発信音の後、電話がつながる。
「もおぉぉぉしもぉぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおぉしッッ!!!」
電話先から、聞こえてきたのは鼓膜が破れてしまうかと錯覚してしまいそうな怒鳴り声だった。
姫子とシェリーは、耳を押さえて会話を続ける。
「……もしもし、私、風間姫子というものですけれども」
「おお!! 携帯電話から女性(にょしょう)の声が……!?
携帯電話……何という魔術的な香り漂うもの……それがし、驚きでござる……いや!
いやいや、なるほど……瑠璃子殿が携帯電話越しに独り言を呟いていた理由がやっと理解できたわい!!
携帯電話とは、喋る小箱型の使い魔でござったのか!? こんな小さいのに生きており、人語を解するとは驚きの驚きでござる!!
それがし、関羽雲長でござる!! もしもし!! 関羽雲長でござる!! もしもし!? もしもし!!!?」
「……そんな大声で喋らなくても聞こえていましてよ。鼓膜が痛いですわ。
カンウウンチョーさん? 呼びにくいので、関羽さんって呼んでもよくて?」
「それがし、一向に構わぬッッ!!」
「まず、最初に断っておきますけど、私は携帯電話ではありませんわ。
改めて、私は風間姫子、携帯電話というものを介して、貴方と会話しているれっきとした人間ですのよ」
「おお……成る程。おぬしは携帯電話ではなく、携帯電話という魔法の道具を使って拙者と会話しておる風間姫子殿という名の人間なのだな?」
「ええ。かなり回りくどい言い方ではあるけど、関羽さんの解釈で大体合ってるわ」
「何か天然っぽいけど、ちゃんと理解はしてくれてるみたいだし、馬鹿ではなさそうね……姫子、関羽さんを仲間に誘ってみない?」
シェリーの提案に、姫子は頷く。
「単刀直入に言うけど、私は殺し合いに乗っていません。
それで、同じ意志を持つシェリー・ウォッカという女の子と行動を共にしていますの。
良かったら、関羽さんの力を貸してくれないかしら?」
「うむ……拙者も無益な殺生は好まぬ。
女二人ではさぞ心細かろう。それでは――」
会話の途中で通話が切れる。
「あ……携帯、電池切れですわ……」
「でんち? 何それ」
がっくりと肩を落とす姫子。
電池というものが何なのか分からないシェリー。
二人の苦難はまだ続く。
最終更新:2015年01月26日 23:04