第15話 魔術師と警察官


「……殺し合いだと? これも聖杯戦争に関係が……?
 いや、あるわけないか……ハァァァ」

 手の甲の”令呪”を見て、錬水の魔術師、紫藤洋介は溜息をついた。
 その理由は色々ある。
 殺し合いという意味の状況。
 あと、令呪を通して、彼のサーヴァントであるランサーとの繋がりを感じられなかったりしたから。

 令呪とは、いわゆる、聖杯戦争におけるマスターのサーヴァントに対しての絶対命令権である。
 すなわち、マスターとサーヴァントの強固なつながりである筈の令呪を通して、互いを感じられないというのは大きな異常事態であるのだ。

 ちなみに、錬水の魔術とは、液体を魔術で加工して操る能力である。
 まあ、錬金魔術の水バージョンみたいなものだと言えば分りやすいかもしれない。

 彼は魔術としての修業は子供時代にほんのごく僅かな間しかしておらず、その後は一般人として俗世にまみれて生活してきた。
 そんな魔術師として半人前以下の実力しか持ち合わせていない紫藤が殺しあえとか言われて、頭を抱えているのは無理もない話であるのだ。
 彼は取り敢えずデイバッグを開けることにした。
 出てきたのは”魔法のカンテラ”という魔法のアイテムだった。
 カンテラに対し、軽く魔力を篭めるだけで長時間光り続けるという優れもの。

「おっ、光る光る……って光過ぎじゃないか? これ」

 だが、魔術の扱いはまだ半人前の彼は魔力の微調整ができずに、魔法のカンテラは激しく光りだしてしまう。

「そこに誰かいるの!?」

 案の定、通りすがりの誰かに見つかってしまう。
 その声は、若い女の声だった。

「フリーズ! 動かないでね。状況が状況だから、撃たれても文句は言わないでね?」

 手にボウガンを構え、公園前派出所の警官、秋本カトリーヌ麗子は隙のない構えで紫藤の前に姿を現した。

「おっと待ってくれ。俺は殺し合いなんてする気はないぜ。おまわりさん。
 ちなみに俺の支給品は、このカンテラなんだ。これで殺し合いなんてできないってもんだろ?」

 紫藤は、アメリカで七年もの間生活していただけあって、銃を持っている警官には手慣れたものといったばかりにゆっくりと秋本を刺激しないよう手を上げる。
 そして、カンテラを見せながら、それを地面へと落とし、両手を上げて敵意のない事を示そうとする。

「それは殺傷力のある武器があれば、殺し合いに乗るとも取れるわね」

 だが、麗子は油断せずに詰問を続ける。
 彼女もまた海外での生活が長かった為にか警戒心が強い。

「どんな武器だろうと殺し合いなんて胸糞悪いもんに乗るつもりはないぜ。
 俺はラマダコネクションって会社に勤める営業主任の紫藤洋介ってもんだ」

「身元が証明できるものはあるかしら?」

「名刺があれば是非お渡ししたいんだが、生憎持ち合わせてないみたいなんだ。そこは俺の言葉を信じてもらう他ないね」

 両手を上げたままの紫藤。
 そして、彼にボウガンの矢を向けたままの麗子だったが、やがて、彼女はゆっくりとボウガンを下した。

「分かりました。貴方の言葉を信用するわ。警察官として、貴方の身柄を保護させてもらいます」

「そいつは有難いな。アンタが話の分かる警察官で助かったぜ」

「まるで警官が話の分からない人間だってばかりのセリフね」

「ああ、知り合いにひとり、やけに好戦的で話の分からない警官がいるもんでね……」

「そう。……ええと、紫藤くん? あたしは、葛飾区亀有公園前派出所勤務の秋元カトリーヌ麗子巡査。
 麗子って呼んでくれて構わないわ。気が付いたら警察手帳は持っていなかったから、そこはお互い信用って事で頼むわね」

「そうかい、よろしく頼むぜ。麗子ちゃん」

 手を差し出す紫藤に麗子は、力強く握り返す。
 ここにまたひとつの奇妙なコンビが結成されたのであった。
最終更新:2015年01月26日 23:09