第30話 地獄からの使者

「おいおい……何だありゃ?」

 練水の魔術師、紫藤洋介は素っ頓狂な声を上げた。
 隣を歩いていた婦人警官、秋本カトリーヌ麗子もまた同様の顔をしていた。
 二人の目線の先にいたのは、右片腕しかない上半身裸の大男――杉村弘樹。
 それがふらふらとこちらへと歩いて来ていたからだ。

「あ、あなた! 大丈夫? その腕――」

 麗子が声を掛けた瞬間、杉村はダッシュした。
 向かう先には、紫藤と麗子の二人。

「と、止まりなさい、止まらないと――」

「撃て!麗子ちゃん!!」

 ボウガンを構えたまま、撃つのを躊躇っている麗子を怒鳴りつける紫藤。
 その声に触発されたかのように麗子が矢を放つ。

 だが、その矢は軽々と右手で受け止められる。
 そして、杉村の跳躍。
 次の瞬間、杉村の殺人的な跳び蹴りが麗子の頭蓋を粉砕する。

―――事はなかった。

 杉村の全身が真っ赤な血に染まる。

「っ!?」

 それは、練水の魔術師である紫藤がペットボトルの水で作った”水の刃”を飛ばしたからであった。
 彼の”水の刃”は幾重にも広がり、杉村の身体を引き裂く。
 ボウガンはフェイクで、本命は水の刃の魔術であったのだ。

「ふぅ……こんな戦闘のやり取り、八神や翔子と何度もやり合ってなかったら、出来なかったぜ」

 今は亡き喧嘩仲間、八神に感謝の念を捧げると、紫藤は杉村との距離をつめる。

「悪いが、無力化させて貰うぜ」

 地面に転がる杉村のみぞおちに全身全霊の蹴りを叩き込もうとする紫藤。

「なっ―――ごふっ!!?」

 杉村は寝たまま身体を回転させ、紫藤を転倒させる。

「紫藤くん!この!」

 麗子が杉村に飛びかかろうとする。
 彼女もまた警察官。
 柔術もお手の物である。
 しかし、彼女の手が杉村に届くことはなかった。

「溜めは既に終わっている」

 それだけ言うと、杉村の手から気功波が放たれた。
 麗子は光の渦の直撃を受けて地面をゴロゴロと転がった。

「麗子ちゃん!!テメェ!!」

「怒るなよ……悔しいなら、俺を殺してみろよ、おっさん」

 冷めた言葉を紫藤に投げ掛けると、ゆっくりと腰を下ろし、右拳を突き出す。
 それは杉村の戦闘続行の意思であった。

 紫藤は麗子のボウガンを拾い上げると、その矢先を杉村に向けた。

「え――」

 向けた先に杉村は居なかった。

「戦闘中に一瞬でも相手から気を逸らすとは腑抜けにも程があるな」

 背後からの掌打。
 それは、紫藤の内臓を破壊するほどの威力であった。
 思い切り吐血し、地面に倒れる紫藤。
 ピクピクと白目を剥いていた紫藤だったが、やがて動かなくなる。

「……足りぬ。この程度では俺が死ぬ等あり得ない」

 杉村は死を求めるために、周りに死を振り撒く。
 まさしく地獄からの使者のように道連れを増やしながら、島を徘徊する。





「そんな……」

 全身の痛みを堪え、立ち上がった麗子が見つけたのは、紫藤洋介の骸であった。
 彼女は生きていた。
 実を言えば、杉村の体力消耗により、気功波の威力が激減している為なのだが。

――警察官として、貴方の身柄を保護させてもらいます。

 あの時、吐いた言葉が頭の中に反すうする。
 麗子は泣いた。
 これは本当の殺し合いだということを理解して。


 紫藤 洋介@仮Fate     死亡    残り26人
最終更新:2015年01月29日 21:36