~プロローグ1 教室

「明日から修学旅行だが、遅刻常習者はいつもの調子で決して遅刻しないように」
クラスからクスクスと笑いがこぼれた。
「…以上だ。解散」
「起立礼!」
日直がそういうと、担任教師は足早に教室を出て行った。

「よう、遅刻魔」
そう言って遠山 圭介(とおやま けいすけ)の側に寄ってきたのは、桑田 修哉(くわだ しゅうや)だった。
悪気はないのだろうが、桑田は何処か皮肉っぽさを持ってる物言いをする男であった。
彼は優等生というイメージが強く、皆に押されるように学級委員長などに選ばれていたりする。
細身で色白、眼鏡を掛けていて真面目そうな雰囲気を持っている。
そのせいか、一見何処か冷たい雰囲気があるように周りから見られていた。
「うるせえな、誰が遅刻魔だ」
そう言って圭介は桑田の肩をパシッと叩き、笑う。
圭介は彼とは真逆で、明るく、色んな人間と仲良く出来るタイプだった。
「ハハ、ネタにされたくなかったらもっと早めに起きるんだな」
桑田は圭介に笑い返す。
すると、二人の元に女子が二人寄ってきた。
「ねぇねぇ、遠山君に桑田君、これから旅行に持ってくものの買い足しに行くんだけど、付き合ってよ」
そう言って強引に誘おうとしてきたのは戸波 美沙(となみ みさ)だった。
その後ろには彼女と仲のいい神野 千早(かんの ちはや)がヘッドフォンを肩にかけて立っている。
「んーと…」
圭介はちらりと周りを気にして
「湯崎は?」
と美沙に聞く。
美沙は少し不機嫌そうな顔をすると
「凛なら、美術部に顔出してバイトだってさ」
と、千早が少し気まずそうな笑顔を浮かべて間に入る。
「そっか、湯崎も大変だよな。ところで町まで出るの?」
「う、うん」と美沙がおずおずと頷く。
「ほら、学級委員さん、付き添い頼むよ」
千早が桑田に話を振ると
「ああすまん。悪いけど俺は姉さんの手伝いあっから。来ィ張ってるけど、病み上がりだしな」
「そっか、仕方ないな…んじゃ明日な」
「おう」
そう言って、手をふって桑田は教室を出て行った。
「ほっら~、いいじゃんか、遠山くんも買い揃えなきゃならない物とかあるんじゃないの?」
「うんまあ、洗面道具買わないといけないけど」
「じゃあ、決定ね」
千早は、そういうと荷物を背負いなおすと
「んじゃ、あたしも帰るねぇ~」
「え、神野さん帰るの?」
「うん、あたし英会話の塾あるしねぇ~じゃ、お先~」
千早はヘッドフォンを耳にはめると、周りに漏れるくらいの大音量の音楽を聴きながら帰っていった。
帰り際に彼女が美沙に僅かに目配せをしたのに圭介は気付かない。
「行こ、遠山君」
「あ、ああ」


圭介たちがそんなやり取りをしてる教室の別の一角では
「ねぇねぇ、自由行動何処行こっか?」
小柄で、黒のセミロングヘアーをした幼い感じの篠原 百花(しのはら ももか)が言った。
「ふっふっふ、いいものがあるのだよ。百花くん…じゃっじゃ~ん!」
と明るく千田 万理(ちだ まり)がグルメ雑誌を取り出す。
タイトルには「食い倒れ天国大阪」と書かれていた。
「わ~、真理ちゃん頼もし~!」
百花がきゃぴきゃぴと騒ぐ。
「えっと、たこ焼きにお好み焼きにてっちりにぃ…」
「ぶたまんとか良いわね」
宋 明日香(そう あすか)が言う。
彼女は陸上部のエースで短距離の選手。スラリとした小麦色の肌の美しい少女だった。
「あ、明日香ちゃん~」
ぽふっと百花が明日香に抱きつく。
「ねぇ、明日香ちゃんも帰りにお茶してこうよ~」
猫撫で声で甘える百花。
「ごめんね、しばらく陸上の練習も出来ないし、走りこみしてこうと思ってんだ」
せっかくの誘いを断ることにちょっと悪そうな面持ちで明日香が断る。
「え~おねがい~明日香ちゃんと話したいよ~」
明日香は少し考え込みつつ
「仕方ないわね、少しだけ…ね」
としぶしぶ了承したのだった。
「明日香も百花には甘いわねぇ」
と真理が笑った。
最終更新:2015年01月30日 11:00