~プロローグ4 勿忘草

「ただいまー!」
「おかえり」
乱堂毅(らんどう つよし)が自宅マンションの玄関の扉を開くと、胃を刺激するよい匂いが漂ってきた。
毅が台所に立つと、彼の同居人である従妹の乱堂玲花(らんどう れいか)が夕飯の支度をしていた。
「今日は」
「カレーだなっ! すげー腹空いてるんだ! 味見させろよ!」
「ダメ…手洗ってきな」
玲花がおたまを片手に、はしゃぐ毅を見ながら嬉しそうに小さく笑った。
福神漬けがどうだ、りんごとハチミツがどうだと毅は騒ぎながらも、洗面所に消える。
彼女は、その後姿を見ながら、夕飯の支度に戻った。
「うん、ちょっと甘いけど毅は甘いのが好きだし…」
カレーを味見しながら、玲花が恥ずかしそうにまた笑った。

夕飯が終わり、風呂を済まし、あとは寝るだけになった。
「おう、風呂出たぜ! 明日は修学旅行だからなっ! 早く寝ろよ! 明日の準備は出来てるか!」
毅は少し濡れた長めの髪をタオルで拭きながら、リビングで家計簿を付けている玲花に声を掛ける。
「毅じゃないんだし、とっくに出来てるよ」
玲花は、シャープペンを走らせながらそれに答えた。
少しだけ間が空き
「そっか、そうだな。何時も悪いな。お前だって部活とかあるのによ。いつも家事とかさせちまって」
玲花がペンを置き、顔を向けると、少しだけしんみりした様子の毅がいた。
彼女は少しだけ考え答えた。
「ううん、毅はあたしの唯一の家族だもの。あたしは、毅が側にいてくれるだけで元気がもらえるよ」
と無邪気に笑った。
毅は、少し照れながらも「明日は楽しもうぜ!」と言いながら自室に引っ込んだ。


「今日も毅が元気で過ごせてありがとうございます。明日も毅が元気でいられますように」
彼女は誰に言うでもなく、そうつぶやく。


観賞用に机の中央に置かれた手の平サイズの勿忘草が小さく揺れ、花びらを落とした。




~プロローグ5 とある担任教師のキモチ

私は、自分が担任を受け持つクラスがプログラムに選ばれるとは思っていなかった。
考えてもみろ、年間50クラス、単純に1県に1クラス。
確率的には、とても低く今までは対岸の火事のようなものだと思っていた。

私は、プログラムを受け入れた。
生徒達が殺し合いをするという事を諾承したのだ。
自分のとった行動は教師として、人として最低だったのだろう。
自分の担当するクラスがプログラムに選ばれた事に反抗し、非国民の名の下に粛清された教師も数いる。
今日のBR担当教官との面会の際、私は何も言えず凍り付いていた。
彼の耳につく関西弁のイントネーションやギョロリとした大きな瞳、思い出したくない。
自分の教え子達がプログラムに選ばれたと知らされた時、私の頭に浮かんだのは最愛の娘と妻の顔だった。

これから先、私は心の底から今までの通り教師という仕事をまっとうできないだろう。
親であり、夫である事を選んだ為に、私の教師生命は今日終わった。
最終更新:2015年01月30日 11:02