~第2話 そして、惨劇 (桑田 修哉視点)
単細胞が…俺はそう思った。
乱堂毅といえば、スポーツ万能・頭脳明晰・天才と言われた男だ。
そこに絶対の自信があったのだろうか、その慢心がこういう危機的状況を生むんだ。
西川は、毅に向けられたリモコンのスイッチを押した。
だが、西川と毅の間に割って入った者が居た。
「玲花!」
それは、毅の従妹である乱堂玲花であった。
彼女の首輪がリモコンから発せられた赤外線を受信する。
ピッ ピッ ピッ ピッピッピ―
首輪は電子音と共に赤く点滅をはじめ、その音がどんどん早くなっていく。
毅は従妹に手を伸ばし駆け寄るが、
彼女は少し寂しげな表情を浮かべ振り返りながら、毅を見て
「つよしは、あたしが居ないとダメなんだから」
従兄をトンと突き放す。
ピッピッピピピピピピピピピピピ―
電子の音が激しさを増す中、彼女は最後に笑った。
ボンッ!
という乾いた音と一緒に血飛沫が舞い、ゴロゴロと毅の足元で玲花の首が転がった。
クラスから悲鳴が上がる。
だが、恐怖に反して、明らかな怒りを見せたものが居た。
「西川ーーー!!」
西川に向け、怒号と共に突っ込む馬鹿、乱堂毅。
だけれども馬鹿は、一人だけではすまない。
もう一人、立ち上がり怒りの矛を西川に向ける男を見て心臓が止まるかと思った。
それは親友、遠山圭介――あのくそったれ馬鹿!!
勿論、兵士達が機関銃を構える。
だが、状況を察した御巫が遠山を後ろから覆いかぶさるように押さえつけてくれた。
俺は友人を失わずに済んだ御巫の冷静な行動に感謝した。
「ふせろ!」
背中から聞こえた。
誰の声か解らないが、声に従い俺は反射的に目を閉じ、身を伏せた。
皆も俺と同様の行動を取っていた。
だが、乱堂は――
ダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
機関銃の音が教室中に鳴り響く。
俺は頭を抑え、銃声が鳴り止むをひたすら祈る。
俺は、これ以上クラスメイトの血が流れない事を祈った。
辺りに静けさが戻る。
暫くそのまま伏せていたが、辺りが気になり俺は顔を上げる。
意外だった。
そこには、血を流し倒れている乱堂でもなく、少しだけ期待したが、大人達を殴り倒している乱堂でもなかった。
身長180の毅の突進を止め、床に叩きつけていたのは野球部の鷹島龍光だった。
ヤツと龍光は傍から見て仲があまり悪くないと思っていたが。
「はぁ…運がええね、ランドー君は」
西川は、その光景をゲンナリした様子で、さも面白く無さそうにその光景を見ていた。
「ええか! このランドーさんは悪い子供です!」
床に血だまりをつくる玲花を指差し、西川は強い口調で言う。
「皆さんもこうなりたくなかったら…頑張って殺し合いましょう」
「…して…る……殺してやるからな……」
乱堂毅のその呪詛のような小さなつぶやきを聞いたものはいるだろうか。
「…覚えときや。次も許可無くプログラムの進行を妨害したもんは、早々に消えてもらうでぇ」
火薬と血の匂いが充満する中、西川が生徒達に着席するよう指示を出す。
逆らうものは、誰も居なかった。
「あのぉセンセェ」
沈黙を破ったのは、甘ったるいようなぶりっ子声で挙手をする澤井 可憐(さわい かれん)だった。
「何や?」
乱堂達の反抗が未だに糸を引いているのか、西川の態度は横柄だ。
生殺与奪権を持った上から見下すその態度は、俺だけでなく皆の不安を呼ぶ。
だが、彼女はそれを意に介するでもなく普段通りの調子で言葉を続けた。
「なんか知らないヒトたちがいるんですけどぉ」
澤井が向ける視線の先に目をやると、異質な空気を放つ見知らぬやつらが居る。
俺も彼らの事は、気になっていた。
だが、俺はこんな惨劇の起こった場でも、いつも通りの振る舞いを見せる澤井に何かしらの異様さを感じていた。
彼女はもうこの状況を受け入れたのか、俺の中で不安がよぎる。
「そうやな…君らのクラスは人数少ないやん。彼らは転校生や。紹介しとかななぁ」
そして、再び西川の顔に微笑が浮かんだ。
そんな感じで西川による名前と顔合わせという簡易な紹介が始まった。
一人目は、女、綾崎 楓(あやざき かえで)。
一言で言うなら、美人。
長身でモデルのような容姿の彼女は、場所と場合が違ったなら、歓声の一つでも上がっていただろうに。
彼女は、西川の紹介の間にも笑顔で手を振ったりして友好的であるかのようだ。
だが、それは明らかに場違いな行動である。
その態度は、先程の澤井のような危険性を秘めていた。
ニ人目は、男、伊集院 秋貴(いじゅういん あきたか)。
精神異常をきたしているかのような、赤髪で巨体のイカれデブ。
明らかにその体躯は、横にも縦にも龍光や毅よりもでかい。
目をギラつかせ、気持ち悪い笑い声をあげながら、いかにもヤル気ですって雰囲気を漂わせている。
三人目も、男、霧咲 冥(きりさき めい)。
黒いコートを羽織った全身黒尽くめ。
ガラの悪いヤンキー。仏頂面で気難しそう、地毛だろうか…そのきらびやかな金髪が目立った。
四人目も、男、白神 大地(しらかみ だいち)。
優男。
表情からは、感情を読み取りずらいタイプ、一言で言うなら食わせ物といった印象。
全身白のスーツという霧咲とは対照的な白尽くめという独特の格好から、やはり異常な印象を受ける。
五人目も、男、氷室 玲人(ひむろ れいと)。
銀髪の男。
落ち着ききったその様子は、場慣れのせいか。
やはりこの男も常人とは違うのだろう。
六人目も、男、薪条 翼(まきじょう よく)。
今までやつ等と比べれば、至って普通のスポーツマンといった感じだ。
緊張感と恐怖が混ざったような、少し顔が強張っているように見える。
そこが『普通』と言う印象を俺に与えた。
こいつらは、一体どういう基準で選ばれたのだろうか。
七人目は、女、三上 蓮華(みかみ れんげ)。
白髪(はくはつ)、虚ろな目と表情をしていて、まさにその姿は幽鬼。
黒い野球帽を深々と被っている。
時折覗かせるその生気の無い眼を見ていると、地獄の底に引きずりこまれそうな錯覚に陥りそうだった。
「ええかぁ、賢い子らはわかっとると思うが、この7人は君らを殺すために志願してきた子らや。
君らは、僕が一番最初に見た時に比べ随分皆さんの目つきが変わったと思います。
獲物を狙う獣の目、狩られる獲物の目、さまざまですね。
ランドーさんみたくなりとうなかったら…、精々気張ることやなぁ」
言わなくてもいい事をいちいち言うやつだ、と俺は思う。
だが、これでクラスのお気楽連中もこいつらに対する警戒心を持ったと思い、俺は何とも言えぬ安心感を得た。
「さて、他には…」
「と、と父さんや、かか母さんは!」
手を挙げ、ドモり気味に質問をしたのは、青山 拡(あおやま ひろむ)。
クラス内ではいつも落ち着いており、寛大な男だが、ここまで落ち着きを失った姿を見るのは初めてだった。
「うん、ええ質問や。心配あらへん。親御さんは納得済みやわ。
ついでに君らの担任やった先生も二つ返事で快諾しよったで。心配なく戦いなさい!」
西川は、さも愉快そうに手を叩き笑った。
泣きそうな顔で青山は着席した。
「他には、何ぞありますかぁ」
「はい!」
続いて手を挙げたのは、転校生、霧咲冥。
「俺の親父は政府の高官だったはずだ! それに、このクラスは俺のクラスでもない! 何故俺がここにいる!?」
意外な言葉が出て、俺は驚いた。
転校生は、俺達を殺すためだけに志願したと先程西川に聞かされたが、そういう者だけじゃないのか…。
西川の表情を見ると、明らかに不機嫌になった。
「あのね、霧咲君…親が政府の人間だとか、何だとか、それは関係ないんだよ。
人はそれぞれ個々人で有する能力は違いますが、法の下で平等の権利を持っているんですよ」
馬鹿だなぁ、とでも言いたげに苦笑い気味に西川が肩を竦めた。
いちいち癇に障るリアクションをとるやつだ。
「ま、その答えで納得いかないんだったら、君、見捨てられんじゃない?
君は資料によると、素行不良で、暴力沙汰もいっぱい起こしとるみたいやしなぁ。
人を傷つける事なんて何とも思っとらんのんやろ。ほんま怖いでぇ」
「くそっ!!」
西川のペースに巻き込まれ、霧咲は苛立ちげに着席した。
その姿に西川は満足気だ。
だが、ケンカと殺し合いは違う。
が、俺は霧咲という人間がよく解らない。
圭介みたいに誰とでも仲良くなってしまうようなヤツだったら霧咲の事をどう取るだろう…と思い、圭介の方を見た。
再び背に冷たいものが伝う。
圭介が無言で手を挙げていた…あの馬鹿、さっきの様子を見ていたら何を言い出すか解らない。
「遠山君か…何や?」
明らかに不機嫌、西川の額に血管が浮き出ていた。
あの馬鹿を止めろと思い御巫に視線を送るが、気付かない。
流石に西川に面と向かって注目されていて、何か行動を起こそうという気にはなれないのだろう。
というか、こんな状況でそんなことするのは恐怖のせいで出来ないといったところか。
俺だって、やりたくはない。
御巫も見るからに青ざめた表情で震え上がっているといった感じである。
「せ、先生、そんなメンドクセー…やつ放っといて…サ…さっさと話を続けて下さいヨ」
圭介が口を開く前に割って入ったのは、宮嶋博和(みやじま ひろかず)だった。
だが、声が震えている。
圭介を止めるために出てきたのであろう。
お調子者で、気が弱く、面倒くさがりな男のくせにこういった肝心な所に口を挟みたがる男。
クラスでも取り分け仲の良い、飛鳥、御巫、宮嶋、トリオの一人である。
宮嶋の機転で我に返った御巫が圭介を無理矢理座らせる。
しかし、一人残った宮嶋が不幸にも立ち尽くす。
無言の中、宮嶋と西川が視線を交わし、宮嶋も「あはは…」と力無く引きつった笑いを浮かべる。
「ん~、宮嶋君。先生は空気の読める子は嫌いやない。ええで、座りや」
それを聞いて、ほっとするように宮嶋が着席し、俺も気が抜けた。
「遠山君、あんま皆を困らせるもんやない。君はほんまにあかん子やわ」
「ほな、これから君らにはバトルロワイアルしてもらおうっちゅうわけなんやが…まずプリント配布しよかぁ」
『バトルロワイアル 基本ルール
・貴方はとある無人島にいます。島はエリア毎に区切られており、3時間毎に禁止エリアが増えていきます。
・禁止エリアに立ち入った場合、首輪が爆破されます。
・24時間以内に誰も死ななかった場合、首輪が爆破されます。
・72時間以内に優勝者が出ない場合、全員の首輪が爆破されます。
・首輪を無理矢理外そうとした場合、首輪が爆破されます。
・プログラム進行の妨害をした場合、首輪が爆破されます。
・最後の1人になるまで殺し合いをしましょう』
そんな事が書かれていた。
思わず破り捨てたくなったが、思いとどまった。
こんな俺と同じ感情を抱いたやつがこのクラスに何人いるだろうか…。
「まあ、そういうわけや。これから君らには支給品の入っとるデイバッグを持って校舎を出発してもらいます。
この校舎は、東西南北に4つの門があり、皆さんには交互にそこから出てもらいます。
そして、最後の生徒が出発して10分後にはこの校舎から半径400メートル以内は禁止区域になるので気をつけましょう。
これは、待ち伏せ行為等が不平等だ、という意見がありましてね、それに対する措置だと思ってください。
…現在午前7時55分です。正午を境に6時間ごとに放送を入れます。
その際に禁止区の指定など、重要事項を伝えますので、聞き逃さんようにしてください。
それから、飲料水、食料、時計、地図、コンパス、筆記用具、ランダムで武器を支給します。
武器は当たりもあれば外れもあります。これは各人の戦闘力の差を埋めるための措置です。
外れたをひいた場合、知恵と工夫と努力で頑張って下さい。
もしかしたら、島の何処かに何ぞ武器があるかもしれません。
頑張って探しましょう!小さなことからコツコツと、やでぇ!」
一通り説明を終えた西川は、満足気に大きくうなずくと、ぐるりと教室内を見回す。
「そうやなぁ~、女子出席番号一番から、デイバッグを持って男女交互に出発してもらおかぁ。
まずは女子一番、綾崎 楓さん、ちゃっちゃと行ったってや」
こうしてクラスメイトの死を悲しむ暇も無く、惨劇の幕が上がる。
―【乱堂 玲花 死亡 残り26人】
最終更新:2015年01月30日 11:07