~第3話 生きるために
朝日の差し込む森の奥にある山に面した洞窟前で、少女の荒い息遣いをしながら息を整えようとする。
少女は、咳き込みながらも身を隠すように暗い洞窟の中に入り、尻餅をついた。
「はぁ、はぁ、げほげほ…っ!」
少女は治まらない動悸を落ち着けようと、水の入ったペットボトルを取り出すと、煽るように飲む。
彼女の名前は、篠原百花。
百花は、生まれつき喘息を患っており、あまり激しい運動は耐えられない身体だった。
500ml入りのペットボトルを半分ほど飲み、ふたを閉める。
自分じゃ、確実に殺されてしまう。
普段は明るく、友人と馬鹿騒ぎをしている彼女も、目の前でクラスメイトが殺さたのを見て、動揺せずにはいられなかった。
どうすれば生きて帰れるか、そこが問題であった。
元々身体が弱く、体格も小柄な自分がクラスの男子や、極悪そうな(百花からはそう見えた)転校生、
下手したら、クラスの女子にも正面から戦っていては勝てないかもしれない。
だが、彼女は諦めない。
身体が弱く、不利の多い自分だからこそ、頭を使ってクラスの中でも上手くやってこれた。
周りに可愛がられる自分を見せることで、相手の庇護欲を誘う。
それが彼女の自己防衛だった。
ならば、今回もそうすればいい。
そうしなければ、生き残れない。
「生きたい…死にたくない」
考えが落ち着いた百花はデイバッグに入った自分の支給品を取り出した。
百花は、デイバッグに入っていた棒状の、それでいてずっしりとした支給品を両手で持つ。
「やけに重いと思ったら…」
それは、刃渡り60センチの日本刀、十分に人を殺せる武器だった。
百花は、ゆっくりと日本刀の鞘を抜き、直ぐに鞘に戻そうとして、洞窟入り口から聞こえた物音に気付く。
そして、その物音の主へ意識を集中した。
「誰か、居るの?」
その少女の声に百花は聞き覚えがあった。
「私だよ、万理ちゃん」
だから、物音の主である聞き覚えのある声の少女――千田万理に、百花は闇から顔を見せた。
すると、万理は安心し百花の名を呼び胸に抱く。
万理は百花の頭一つ分程高かったからだ。(万理は取り分け背が高いわけではないが)
「良かった……百花に会えて。あたし、凄く不安で…」
余程一人で心細かったのだろう。
万理は震えていた。
そんな彼女を、百花はいつもの調子でよしよしと言いながら頭を撫で続けてやる。
「ね、奥に行こうよ」
万理が落ち着いたところで、百花は提案する。
「ここに居たら、誰か通りかかったらすぐに見つかっちゃうし」
百花の言葉に最もだとうなづき、万理は奥へと歩みを進め、その隣に並ぶように百花が続く。
万理も気のおける友人と再会でき、最初の頃と比べかなり安著の表情を浮かべていた。
「ねぇ、万理ちゃんは何を支給されたの?」
何気ない百花の言葉に万理は「ちょっと待って」と言い、デイバッグをごそごそと調べる。
「あ、これみたい」
えへへと照れ笑いを浮かべながら万理が出したのは、木刀であった。
「あぁ~…」
その頼りない武器に、百花は少しだけ落胆したが、それを表情に引き摺らないようにする。
「百花は?」
万理の問いに「あたしはねぇ・・・」とデイバッグから日本刀を出し見せた。
「すごい…やっぱ本物?」
興味津々という風に万理は、百花の持つ日本刀に釘付けになる。
彼女の問いに対し、百花は日本刀を鞘から抜き「うん」とだけ答えた。
「え?」
万理は、日本刀を振りかぶる百花を見ながら今何が起ころうとしているか解らない声を上げる。
まるで小さな百花が刀に振り回されるかのように放たれた渾身の斬撃。
それは、万理の左肩から腰に斜めに刻まれた。
傷はとても深く、傷口から滝のように血が流れている。
――なんで…?
万理の目は訴えるかのように疑問符を浮かべていた。
そして、ごぼっと血を吐き出しながら、ひざから崩れ落ちた。
「ごめんね。役立たずは抱えたくないんだ」
良心が痛まないかと思えばうそになる。
とめどなく血を流しながら、信じられないというような目を向けてくる万理から目を逸らす。
少しだけチクリと心が痛んだ。
少しだけ視界が歪んだ気がした。
武器は回収しないでおく。
食料には手をつけず、飲み掛けのペットボトルだけを交換した。
余剰分のそれらの所持は、他に怪しまれるからだ。
力の弱い自分は疑われたら、おしまいだ。
相手の命を刈り取るその時まで相手の油断を誘わねばなるまい。
万理はクラスでも仲の良い娘だったから、良かったが、他の相手が上手くいくとは限らない。
もっと気持ちを引き締めないと…。
まずこれからの第一目標は、自分を守ってくれるだれかに会う。
クラスメイトの中で冷静に話が出来、人の良さそうでいて強い人がいい。
日本刀に付いた血糊を万理のデイバッグで拭うと、彼女は立ち去ろうとして万理を見た。
突っ伏し倒れたソレは、もう身動き一つしない。
それは彼女の死を意味すると悟る。
百花は、彼女は自分を裏切ったりしなかったかもしれないという考えを抱きかけ、首を振った。
そして、その考えを払うかのように百花は洞窟を足早に出て、お日様の下にその姿を晒す。
その時、百花は初めて自分が泣いている事に気付いた。
百花は涙を手で拭うと、血の付いた靴を雑草に擦りつける。
作業が終わると、彼女は『仲間』を探すべくその場を立ち去った。
~女子7番 千田 万理 死亡 残り25人
【篠原百花】《所持品》日本刀《場所》2-C 洞くつ
※ 洞窟に木刀・食料・飲みかけの水を放置されました。
最終更新:2015年01月30日 11:08