~第6話 口下手
手に持ったライフルを肩に掛け、男は道沿いに悠々と歩く。
坊主頭に筋骨隆々で、学校指定のブレザーをラフに着ている。
男の名は、鷹嶋 龍光(たかしま たつみつ)、野球部の不良エース。
彼もまた、乱堂玲花の死に少なからずショックを受けていた。
乱堂玲花…乱堂毅の従妹で、私生活のだらしない乱堂(兄)の世話を焼いていた。
野球の試合をする乱堂(兄)をよく応援しにやってきていたから、仲の良い従兄妹だなと思っていた。
そして先程、自分の命が危うい状況であるのに、突進した乱堂(兄)の悲しみ・怒りは計り知れないだろう。
湘央中は、全体の生徒数が少ない為、部活をやろうにも部員が足りないというケースが多い。
それは龍光たちの野球部も同様だった。
そこで、運動神経のよい生徒は助っ人として呼ばれることが多かった。
その中でも運動神経抜群で乱堂は飛びぬけて人気があったらしく、複数の部から引っ張りだこだったわけだ。
学校の外ではケンカをやらかし、面倒くさがりで、学校の勉強もあまり出来の良くない龍光であったが、野球だけは譲れぬものがあった。
彼の進学先も野球推薦による、有名校への進学。
野球が上手ければ、馬鹿でも学校に行ける。
その事実は、元々不良だった彼にとっての希望であった。
そんな龍光だからこそ、中途半端な位置で野球をやる乱堂(兄)の事を煙たがっていた。
あいつは気に入らない男ではあるが、死なすわけにはいかないと思った。
乱堂(兄)は、あの時、従妹を失い暴走していた。
あのまま放っておいたら、あいつは恐らく乱堂(妹)の後を追っていたかもしれない。
だから、乱堂(兄)を助けたのだ。
人の命が軽んじられるこんな場所でこそ、そういう気持ちを忘れてはいけないと思う。
「ぢぐじょう…なんでぼぐが……」
青山 拡(あおやま ひろむ)は、鼻水と涙を同時に流しながら道を走る。
2番目という早期に出発した彼は、ただ逃げるためだけに走った。
自分の前に教室を出た綾崎とか言う転校生がいたが、形振り構わず駆ける。
ある程度したら、疲れ、道から少し外れた所で隠れるように休憩をとることにした。
「うっ…ぐずっ……死にたくないよぅ……」
僕は、争いごとは苦手だ…。
クラスの中でも穏健派で、どちらかというと協調性もあったし、出来る相手となら誰とでも仲良くやっていた。
それなのに、何で、僕がっ。
今年の初詣で大凶を当てたからか…。
それとも図書室の本を1週間延滞してしまったからか…。
考えてもそれ以上自分に否のある事は思い浮かばない。
そう、自分はただ平和な生活を送っていて、たまには失敗をする。
そんな何て事のない人生を送っていて、これからもそうありたいんだ。
だから、こんなところじゃ死にたくない。
「そっ、そうだっ」
僕は思い出し、デイバッグの中に手を突っ込む。
それは、重い金属の感触。
黒いフォルムの拳銃よりも巨大なそれは、小型のサブマシンガンだった。
「は、はははは…」
僕は小躍りをしたい気分だった。
口から乾いた笑いがこぼれる。
やはり神様は、僕の味方だったんだ。
慎ましやかで、何の欲も無い誠実に生きてきた僕の事をちゃんと見ていてくれたんだ。
「はははははは」
これがあれば、僕が生き残る事も難しくは無いぞ。
そうだ、そうと決まれば、こんな所でへばってる場合じゃないな。
何処か待ち伏せの出来るところで…学校の近くとか。
そっか、スタート地点間近で待ち伏せれば、かなりの数を殺せるんじゃないか。
そもそも龍光には、好き好んでクラスメイトと戦う気など無かった。
相手の事が気に入らなければ、ケンカになるか、彼は無視を決め込むだけだし、命を奪うなど考えもしない。
だからこそ、龍光は人と出会えそうな開けた道を選んだ。
こんな状況だが、絶望もしたくないし、安易に殺戮の道に走ったりもしたくない。
ならば、どんな道があるかと考えたところ、このゲームをぶっ潰して脱出という手段以外思い浮かばなかった。
だが、龍光は腕っ節には自信があったが、脱出の手段などについては思いもつかない。
だから、そういう頭の働く仲間を探す事に決めた。
しかし、決めたはいいが気掛かりな事があった。
政府側の『転校生』という存在だが…。
「……あ」
龍光は、目の前から見知った顔が歩いてくるのを見て、歩みを止める。
その手には、拳銃と呼ぶには大きすぎる小型の機関銃、マイクロウージーが握られていた。
「……青山」
龍光は、男の名を呼ぶ。
「鷹島くん…」
青山拡は、引き攣った笑みを浮かべながら、龍光の存在を認知する。
しかし、拡は歩みを止めるどころか小走りに龍光の方へ向かった。
両の手に持ったウージーの銃口を龍光に向けながら。
龍光は焦る。
喋りの不得意な自分だから、説得の時、何て言っていいか解らなかった。
だが、彼は戦いたくは無かった。
龍光は殴り合いのけんかはするし、武器だって使う。
でも、命の取り合いで人と戦うのは、彼の本能が拒否した。
互いの距離約10メートルのところで拡が足を止める。
撃てば十分に当たる距離で、二人の間に緊張感が走った。
「お前、やめろ!」
「ご、ごめん…っ」
そんなやり取りしか出来ないうちに、拡が苦笑いを浮かべたままウージーを乱射してきた。
試し撃ちすらしていない…拡は撃つのは初めてである。
反動で狙いは大きく反れ、間断ない弾丸が明後日の方へ飛んでいく。
龍光は頭を低くし、何も出来ない自分を呪う。
あっという間に、カチャリと虚しい音と共に銃弾の雨が途切れる。
「あ、あれ…?」
弾切れ、焦りがその事実を理解するまでに双方しばしの時間が掛かる。
先に動いたのは龍光だった。
彼は、ライフルを手に距離を詰める。
逃げる事も忘れ、拡は、カートリッジ(弾)の交換に夢中になる。
だが、手が震え上手く作業が出来ない。
拡が気付いた時には、龍光は目の前にいた。
その瞬間、拡には龍光の事が鬼のように見えたのだろう。
恐怖に引き攣った拡の目から涙が滝のように溢れ出す。
ライフルがバットの様に振るわれた。
その一撃が拡の脇腹にめり込む。
骨がひしゃけるような音を立て、拡は倒れた。
その手からは、ウージーが零れ落ちる。
「うえっ、がぁ…ごほっ!」
拡は、打たれた箇所を押さえ、のた打ち回る。
「…形勢逆転だな…何でこんな事を……」
龍光は、クラスメイトの行動をさも愚行かのように吐き捨てる。
「…そんなの死にたくないからに決まってるだろ!!」
そして、拡は地面に転がったウージーを手に取ろうと手を伸ばす。
道から少し離れた草むらの陰、二人からやや離れたその場所から少女は見ていた。
少女は、転校生、綾崎 楓(あやざき かえで)、茶髪のロングヘアーにモデルのようなスラリとした美人である。
彼女は、スラリとはしているが、決して痩せ細っている訳ではない。
スポーツウーマンのそれの如く程よく筋肉に包まれており、それでいて胸や尻はふくよかで、グラビアを飾るかのようのようなスタイルである。
だが、中学生から掛け離れたその外見からは想像はつかないが、彼女はれっきとした中学三年生である。
一人は、クラスメイトの暴走を止めた坊主頭の大柄な男子。
あの目立つ行動も外見からも、よぉく覚えいてる。
あの坊主頭の男子と手が組めれば、私の生き残る確率が格段に上がるのではないか。
ここで、助けて恩を売るのも悪くは無い。
もう一人は、先程自分が隠れてやり過ごしたが、何故か道を戻ってきた出席番号一番の男子。
先程観察した感じではかなり情緒不安定な感じで、あまり接触したい相手ではなかった。
そして、二人は接触と共にすぐさま戦闘が始まった。
私は二人の男のやり取りを見守る事にした。
転校生という立場上、二対一という状況になるかもしれない。
それに折角二人が消耗してくれるというのに無理に止める必要もない。
互いの獲物は、坊主がライフル、出席番号一番がサブマシンガンだった。
どう見てもサブマシンガンの方に分があった。
だが、使い手の力が勝利を左右したようで坊主が勝利した。
ライフルで殴られた一番が尻餅をつく。
だが、坊主はとどめを刺す訳でもなく、どうしようか考えあぐねているようだ。
「…甘いのねぇ」
坊主の方は、見た目と違い、だいぶお人好しなのだろう。
もしかしたら、銃を撃たなかったのは怯えているからなのかもしれない。
だいたい、生殺与奪権を握った人間が何の得もなく、相手を生かしておく必要などない。
ここで日常の考え方は、通用しない。
やれる時にやってしまうのが普通だ。
相手を引き入れようと思ったんだけど…。
「そうねぇ…」
私は頭の中でこれからのシナリオを思い浮かべた。
案の定、出席番号一番が取り落としたサブマシンガンに手を伸ばす。
私は、ボウガンの狙いを片方の少年に向けると引き金を絞った。
ウージーに右の手を伸ばしたに青山の目から光が消える。
肉を突く嫌な音と共に青山の額にツノが生えた。
急に身体の支えを失った青山は、頭からおびただしい出血をしながら倒れた。
俺はその光景をただ呆然と見て立ち尽くす。
「え……」
何が起こったか理解するまでに、龍光には若干の時間が必要だった。
(矢か、即死? 敵は何処だ!?)
「あの……私、敵じゃありません」
凛としたしっかりした口調で龍光に呼びかけながら女が姿を現す。
クラスメイトの女子ではない、転校生、綾崎楓。
その手にはボウガンが握られており、矢先は地面に向けられていた。
「あ、あんたは…」
相手は「自分は敵ではないと」言っているが、龍光の方は緊張が走った。
彼の横目には、額を矢で撃ち抜かれたクラスメイト。
それをやったのは、目の前の転校生、綾崎楓なのだ。
龍光は、無意識に後退りながら、ライフルを両手に持つ。
「待って下さい! 貴方が私を信じられないのは解ります」
龍光は、自分の心が筒抜けになっているのではないかという錯覚に襲われた気がした。
ライフルを握る手が汗でぬれる。
「でも、私は殺し合いに乗る気はないんです。
何故だか解らないですが、突然こんな所に連れて来られて…恐くて…。
でも、貴方が殺されそうになってたから、助けなきゃと思って…私……人を……」
楓はこぼれた涙を隠すように左手で覆う。
その姿を見て、龍光は冷静さを取り戻す。
そして、違う意味でうろたえ出す。
「すまん……あと、な、泣くのはよせ」
龍光の言葉に、楓は少しだけ不安そうな顔でこくりと頷く。
その様子に龍光は、落ち着きを取り戻した。
「で、あんたは…綾崎楓さんは、どうしたいんだ?」
「貴方のお名前は?」
「俺は龍光、鷹島龍光だ」
「龍光くんか…カッコイイ名前だね。よろしくねっ」
「ああ…よ、よろしく」
少したじろぎながら、龍光はこういうのは苦手だ。と内心思う。
突然楓は、メモ帳を取り出すとさらさらとシャープペンを書き走らせる。
そこには、線の細い丸文字で次のようなことが書かれていた。
『首輪には盗聴器が仕掛けられてます これ以降は筆談で』
「何…」
龍光は眉をひそめた。
有り得ない話ではない、むしろ、納得がいける話である。
『私は、信用できる仲間を探して脱出したいなと思ってる』
『私は、プログラムから脱出する方法を握ってます』
『今は説明できないけど、でも信じてください』
龍光は、考えをめぐらせる。
嘘かもしれない…だけど、本当の話かもしれない。
しかし、目の前のか弱い女の子は、己の手を汚し、自分を助けてくれた。
ならば、彼女を助ける事が彼女の誠意へ答えることじゃないのか。
それに、この女の子の『脱出する手段がある』というのは、信じる価値のある事かもしれない。
龍光は、メモ帳をひったくると、ペンを走らせる。
『わかった。信じよう』
龍光の書いたメモを見ると、楓は顔を綻ばせ喜びの表情を見せ「ありがとう」と笑った。
「取り敢えず、これからどうするか、だが…」
「このまま進まない? 地図を見たんだけど、島の北東に町があるみたいなの。
このまま、道沿いに行って、トンネルを抜けて北上した場所。
そこなら、人も集まりそうだし、」
『仲間も増やせるかもしれない』
と筆談。
「いいと思う。北東の町だな」
龍光は、満足そうに頷いた。
「じゃあ、早速向かいましょうか」
「ちょっと待ってくれ」
龍光は、ポケットから、がらもののハンカチを取り出すと、それを死んだクラスメイトの顔にかけてやる。
そして、黙祷をする。
楓は、そんな龍光の姿を何とも言えぬ表情でただ見ていたが、直ぐに出発できるようにと青山拡の遺品を回収する。
「待たせて悪かったな、行こうか」
「そうね」
そして、二人は並んで歩き出す。
「龍光くんってガタイいいのねぇ、スポーツとかやってるのぉ?」
「ああ、野球をな」
「へぇ~、ねぇ、龍光くんのクラスメイトってどんな人がいるの?」
「ああ、そうだな……」
そんなこんなで、楓は、龍光から出来る限りの情報を集めていく。
生き残るためには、情報は不可欠である。
楓は龍光に幾つかのウソをついていた。
盗聴されている、といったのも脱出という話しにリアリティを出させる為に言った出まかせである。
(まあ、実際には盗聴されているのだが)
二つ目、脱出する手段など彼女は持ち合わせていない。
彼女の目的は、プログラム優勝で手に入る膨大な金である。
もし脱出などしてしまったのなら、金は手に入らなくなってしまう。
だから、彼女のこのプログラムでの目的は、最後の一人になる事である。
三つ目、北東の村へ向かうと言ったが。彼女はこの道のすぐ側で潜伏していた。
そして、この道を通ったのは、青山拡と龍光しかいない。
龍光は、出席番号でも比較的やや後ろの方の人間だ。
という事は、これから自分達の進む場所には人はいない。
山を越えて、町に向かう者も居るかもしれないが、極めて少ないだろう。
ならば、現在の時点で北東の町は安全である確率が高い。
楓の目的は、最後の一人になる事である。
だから、出来るだけ他の人間に潰しあってもらい、自身の消耗を抑えるのが賢いやり方である。
「…(全く…男というのは女の涙に弱いっていうけど、本当ねぇ)…」
「楓さん、何か言ったか?」
「…うん、人、死んで欲しくないね…」
「そうだな。もう誰にも命を落とさせたくないぜ」
~男子1番 青山 拡 死亡 残り24人
【鷹島龍光】《所持品》ライフル
【綾崎楓】《所持品》ボウガン、ウージー
※二人は、北東の町へ向かいます。
最終更新:2015年01月30日 11:10