~第8話 足掻け


俺の心は激情に駆られた。
――だが、すぐに空虚に包まれた。

玲花は死んだ。
俺の従妹(いもうと)であり、たった一人の家族。
乱堂玲花は、無残に殺された。
理不尽に殺された。
玲花には、まだまだやりたい事があったであろう。
俺も玲花と共に過ごしたかった。
だのに、俺は救えなかった。


俺と玲花は従兄妹同士の関係だった。
家も近所で親同士も交流があり、物心ついた時から、本当の兄妹のように過ごしてきた。
そんな何気ない日常が崩れたのは、小学生を卒業し立ての頃だった。
卒業旅行とでもいうのか、俺と玲花の家族は沖縄へ旅行に出掛けた。

「つよし~つよし~?」
「何だよ、レイカ」
「海キレイだね~」
「おー青いなー」
などと、最初俺と玲花は、はしゃいでいたのだけは覚えている。
「玲花、毅ー!」
両親達が呼んでいた。
俺と玲花は手に手を取り合って、両親達のもとへ走る。
そんな日常が続くと思っていた……けれど――

父さんと母さんが叫んでいた。
玲花のおじさんとおばさんも叫んでいた。
来るな、と叫んでいる。
助けようと思った。
助けられるのは、俺しかいないと思った。
玲花に後ろから押さえつけられる。
父さん達はあっという間に燃え盛る炎に包まれた。
俺達は顔をすすだらけになりながら、救出される。

父さん達の命を奪ったのは、大東亜へ不満を持つ反政府組織の放火であった。
俺達の泊まっていたホテルに政府の高官が泊まる予定だったらしい。
そういう脅迫書が送られてきたというのを偶然知った。
事前に知らせてくれれば良かったのに…ホテルの評判を下げたくなかったのだろう。

そして、葬儀の時も…。

『何でアイツらだけ生きてるんだ…』
親族達のひそひそ話が聞こえてくる。

『どうせガキなんだ。財産放棄させちまえよ』
大人達の言葉が暴力となって俺達を襲う。

『アイツ等も死ねばよかったのに…』
大人達は、信用出来ないと思った。
「俺がお前を守るから…」
子供心に、そう思った。
俺が隣の玲花の手をぎゅっと握ると、玲花が握り返してきた。



――死のう、と今、俺は思った。
俺の心は、それ程の絶望感に包まれていた。

ふらふらと歩いていると、廃棄された工場跡地を見つける。
途中、誰かゲームに乗っているバカがいれば、無気力に笑い命を差し出していたかもしれない。
だが、幸か不幸か俺の儚い望みは叶えられる事は無かった。

俺は、木箱を踏み台にして天井から輪を作ったベルトを垂らした。
玲花のいない、この世界に未練など無かった。
死ぬのか…死ぬのなんて怖くは無い。
こんな世界虚しいだけだ…。
外は最後の一人まで続く殺し合い。
そんなゲームに乗りたくは無いし、今更生き残ったとしても俺は、楽しい事なんて何も無い。
知らずの内に視界がくぐもった。

「涙…?」
泣いていた。
玲花の死に泣いているのか、それとも死ぬのが怖いのか。
考えても分からなかった。
だが、これから死ぬ俺には関係ない、か。

俺は、一思いに首を引っ掛け、木箱を蹴飛ばした――
つもりだったのだが…

動けなかった。
足が震えて動けなかった。
身体中を冷たい汗が覆う。

絶望していた。
光が見えなかった。

だのに、死ねなかった。
玲花が死んだのに、今俺の頭の中は妙に冷えていて、死ぬのが怖かった。

その時、俺はようやく気づく。
目の前に白いスーツに身を包んだ男が居る事に…。
コイツは、転校生の…。
確か、白神と言ったっけか。
よく見ると若い。俺と同い年ぐらいか。
白神は何も言わず滑稽なものを見るかのように静かに笑った。

――死なないのか?
そう死神に囁かれた気分だった。

「死ぬのは怖い。当たり前の事ですよねェ」
今度は、くくっ、と噛み殺したように男が笑う。
心が見透かされているようで、俺は不快な気分になった。
「いやいや、失敬…君の事は教室で見ていましたが…。君がどういう感情を持って、そういう行動に出たかはしりませんけどね」
そう言いながら、白神が真剣な顔を作る。
「もうちょっと足掻いてみませんか」
「足掻く、だって?」
オウム返しに聞き返す俺に、白神が頷く。
「多少なりとも興味があるようですね。ではでは」
そう言って、取り出したノートにサラサラとシャープペンで何かを書く。
「ここに書かれている時・場所で落ち合いましょう」
そう言って白神はノートを綺麗に破ると、それを折り畳んで床に置いた。
何を考えているのだろうか、この男は…。
待ち伏せ? そんなまだるっこしい事などしなくても、ここで殺せばいいではないか。
最初にこちらが気づく前に殺す事も可能であったろう。
「ご存知でしょうが、僕は白神大地といいます。貴方は?」
「俺は、乱堂毅…」
「では、乱堂君。お待ちしていますよ」
俺が言葉を返すよりも先に白神は、走り去った。
最終更新:2015年01月30日 11:12